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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第77話 血の覚醒〜control〜

 風邪を引いたのは久しぶりだ。やはり、体力が戻っていない体で昨日冷たい川に入ったのが原因であろう。熱は三十八度五分、咳に鼻水、喉痛に頭痛といかにも風邪らしい症状のオンパレードとなっていた。あーしんどい、と思いながら寝ていると、ドアがノックされ開けられる。


「お邪魔します。大丈夫ですの?」


 与えられた自室で横になる俺を心配して、リアトリスが部屋まで来てくれた。手にはカットされたリンゴが乗った皿を持っている。


「ゴホゴホっ……うん、大丈夫だよ」


「……あまり大丈夫には見えませんわね」


 俺は上体を起こしてリアトリスを迎える。リアトリスは苦笑しながらベッドの隣にあったイスに座った。


「食べますか?」


 リアトリスが爪楊枝が刺さったリンゴを差し出す。


「うん。いただきます」


 俺が有り難くそのリンゴを受け取ろうとした時、リアトリスはそのまま俺の口元までリンゴを寄せてきた。


「あーん」


 リアトリスが微笑みながら俺に口を開けるよう催促する。リアトリスのまさかの積極的な行動に俺は顔が熱くなった。


「あ、あーん」


 大人しくそれに従いリンゴを食べる。リアトリスにあーんして貰えたことが衝撃的過ぎて、嬉し過ぎて、もはやリンゴの味など分からなかった。


「美味しいですか?」


「う、うん」


 リアトリスが返答を聞いて嬉しそうにする。俺はなんだか恥ずかしくて目を逸らしてしまった。


「り、リア、いきなりどうしたの?」


 なぜ急にこんな行動に出たのかリアトリスに尋ねる。すると、リアトリスは少し茶目っ気のある表情をして答えた。


「実は、アリーチェに言われまして。こうするとユーリが元気になると聞いたのですわ」


 アリーチェ……やってくれたな。いや、やってくれてありがとう、か。リアトリスが自発的にやった訳では無かったことは残念だが、まぁ非常に幸せだったので良しとしよう。


「ユーリ、元気出ましたか?」


「あ、うん。かなり元気になったかも」


「まぁ、それは良かったですわ!」


 素直に喜ぶリアトリス。あぁ、可愛い。


「……っくしゅ!!」


 くしゃみが出た。俺は飛沫が飛ばないよう腕で口を押さえる。ーーと、その時。


「きゃ!?」


 突然、カーテンが燃えだした。リアトリスは驚いて立ち上がる。


「え、え!?」


 なぜいきなり発火した? この部屋に火の元なんて無い。リアトリスが慌てて氣術で消火する。


「び、ビックリしましたわ……どうして燃えたのでしょう」


「わ、分からない。何でだろう……」


 俺もリアトリスも何もしていない。ということは……お化けか?


「いや、そんなバカな……」


 脳内に浮かんだ仮説を否定しながら俺は部屋を見回す。別段変わったところは無い。


「ちょっと気味が悪いですわね……一応アリーチェに部屋を調べてもらいましょうか」


「う、うん。そうだね」


 リアトリスは部屋を出てアリーチェを呼びに行った。基本、リアトリスが屋敷にいる時アリーチェは建物内を見回りしているか、執務室にいる。もし今見回りをしているのならなかなか出会えない可能性もあるが、リアトリスはすぐに帰ってきた。


「大丈夫ですか、ユーリ様!?」


 リアトリスに連れられてアリーチェが部屋に入ってきた。


「うん、俺は何ともないよ」


「このカーテンがいきなり燃えましたの。どうしてでしょう」


 アリーチェはリアトリスが示したカーテンを念入りに調べる。しかし、特に妙なところは無いらしく首を傾げていた。


「うーん、変なところは無い様ですね。どうして突然発火だなんて……」


「……くしゅん!!」


 アリーチェの言葉を俺のくしゃみが遮った。すると、


「ひゃ!?」

「わっ!?」


 リアトリスとアリーチェが悲鳴をあげる。俺は何事かと彼女達が見つめる先に視線を移した。


「……え?」


 そこには、氷漬けになった机があった。今さっきまで、全く異変など無かったというのに。

 そして、俺達は気づく。先ほどのカーテンの発火も、机の氷漬けも俺のくしゃみと同時に起こったことに。俺とリアトリス、アリーチェは目を合わせた。


「「「まさか」」」



 ーー原因は俺、なのか?



「リア、俺……」


「ま、まだそうと決まった訳ではありませんし……」


 不安げにする俺に対してフォローを入れるリアトリス。


「ユーリ様は氣術、使えるのですか?」


 アリーチェが真剣な顔で聞いてきた。


「う、うん」


「氣力量は多いですか?」


「んー、まぁそこそこだと思う」


 神子候補の中でもダントツに俺は氣力量が多いらしいが、謙遜しておく。


「アリーチェ、何か心当たりがあるのです?」


「はい、リアトリス様。もしかしたら、ユーリ様の氣力が暴走しているのかもしれません」


「「暴走!?」」


「はい。ユーリ様は体調を崩されて、体の中にある大量の氣力をうまくコントロールできていないのではないかと」


「あら、そういうことですの」


「えーっと……じゃあどうすればいいの?」


「体調が戻るのを待つか、ある程度氣力を消費して漏れ出てくるのを落ち着けるかですね」


「へくしゅん!!」


「きゃあ!?」


 今度はくしゃみと同時に突風が吹き、リアトリスのスカートをめくり上げる。あ、白だ。……決してわざとやった訳ではない。申し訳ないと思いながらも、心の片隅でラッキーと一瞬だけ考えただなんて口が裂けても言えない。

 咄嗟にリアトリスはスカートを押さえた。


「ご、ごめんリア!!」


「……まぁわざとでは無いので許しますわ」


 少し顔を赤くしながらリアトリスは言った。すると、俺はリアトリスの後ろで浮遊する羽ペンに目がいく。俺の視線に気づいたリアトリスとアリーチェも羽ペンを見た。


「これも、ユーリの暴走ですの?」


「その様ですね」


 すると、部屋中の物が浮遊し始めた。ペンやノート、着替えやコップなどが風を纏って浮き、部屋の中を飛び交い始める。


「わ、ちょ、危ない!?」

「ひゃあ!」

「り、リアトリス様こちらへ!」


 だんだん飛び交うスピードを増す浮遊物体たち。着替えやノートはともかく、ペン等は当たると危ない。アリーチェがリアトリスを守る様に抱きしめる。


「ど、どうしよう……!!」


 このままではリアトリスやアリーチェを傷つけてしまう。部屋だって破壊してしまうだろう。だが、氣術を上手くコントロールすることができない。


「ユーリ、ちょっとごめんなさい!」


 そう言ってリアトリスがこちらに掌を向けた。


「あだだ!!」


 次の瞬間体に電撃が走った。とは言っても、加減してくれているのでそこまでダメージはないのだが。すると電気ショックのお陰で体が怯んだのか風の氣術が消え、浮遊していたペンなどが床にボトボトとおちた。


「リア、ありがとう……」


「いいえ、電気を流させてもらいましたけど大丈夫でしたか?」


「うん、大丈夫」


 取り敢えず事態が収拾して一息つく俺達。


「……しかし、妙ですね」


「? どうしましたのアリーチェ?」


 リアトリスを離したアリーチェが顎に手を当て深妙な表情で考え込む。


「氣術が暴走した現場は何度か見たことがありますが、いずれも当人から炎や水が乱発射され続けて近づけない、という状態でした。しかし今のユーリ様は違います。いきなり離れた場所の物体が燃えたり凍ったりしました。まるでそれが氣術を宿していたかの様に」


「あ……!!」


「?」


 俺はその現象に思い当たる節があった。リアトリスは不思議そうに首を傾げている。


「……エルトゥール」


「「!!」」


 アリーチェが発した言葉に固まる俺とリアトリス。


「物質に氣術を宿して遠隔操作できる能力を持つ、ユニトリクの神子一族の一つ。先日エルトゥール一族は滅び、その生き残りが指名手配されたと聞きましたが……まさか」


「あ、アリーチェ違うの、これは……」


 アリーチェは困惑した顔で俺を見る。リアトリスは必死に誤魔化そうとしてくれていた。


「おかしいと思いました。いきなりリアトリス様の親戚として屋敷にボロボロの状態でいらして。まさか、ユーリ様がエルトゥールだったとは」


「アリーチェ……」


 俺は嘆願する様にアリーチェを見つめ返した。リアトリスもアリーチェの次の行動を待って身構えている。すると、アリーチェは真剣な表情を崩し、ニコッと笑った。


「あ、お二人ともそう身構えないでください。大丈夫です。言いふらしたりしませんのでご安心を」


「! アリーチェ……あなた……」


「ユーリ様が大罪を犯す様な人間でないことは今まで見てきて分かっていますよ。何かトラブルに巻き込まれたところをリアトリス様が助けたってところでしょうか」


「「はぁ、良かった……」」


 俺とリアトリスは胸を撫で下ろす。そして安心したところで、もう一つ疑問が浮かんだ。


「俺、まだ遠隔操作使えなかったのに……何で?」


 父さんや母さんはエルトゥール特有の能力を使えていたが、俺も兄さんもマリィも未熟だからかまだその力は発動したことが無かった。それが、今いきなり暴走という形で発現している。


「何かキッカケがあったのかもしれませんね」


「キッカケ……あっ」


 そう言えば、以前も一度不可思議な現象が起きたことがあった。仮面の男から逃げる時だ。漆黒の闇に呑まれ、高ぶる感情に任せて氣術を放出した時、闇が晴れると同時に周りが炎に包まれていた。あの時、エルトゥールの力が解放されたのだろうか。


「思い当たることがありますのね、ユーリ?」


「うん」


「ユーリ様が本来の能力を使える様になったのは喜ばしいことですが……これは誰かに見られるとマズイですね。早く暴走を止めないと」


「ということは……風邪を急に治すことなんてできませんし、氣力を使い切るしかないですわね。ユーリには負担がかかってしまいますが」


 リアトリスとアリーチェが揃ってこちらを見た。


「うん……頑張るけど、どうしたらいいかな?」


「私が水の膜をユーリの周りに張りますわ。ユーリは全力の炎でそれを破ってください」


「私は他の人が来ない様見張っておきますね」


「え、でもリアトリス大丈夫?」


「ご心配なく。私結構氣術使うの上手いんですのよ? 氣力量も多い方だと自負しています。そう簡単には膜は破れませんので、遠慮なくぶちかましてくださいませ」


「……じゃあ、よろしく」


 俺はベッドから降りリアトリスの前に立つ。すると、リアトリスが俺の周りに膜を張った。


「ではどうぞ」


俺は唾をゴクリと飲んだ。


「よし、いくよ! うおおーー!!!」


 全身に氣力を巡らせ、そしてそれを掌に集中させて勢いよく火炎を発射した。すると火炎は水の膜に衝突して霧を発生させながら消える。水の膜に穴が開いた。その穴の向こうに、驚いた様子のリアトリスが見える。


「……まさかこの膜を破るだなんて、驚きですわ。ユーリ凄いですわね」


「えっと、ありがとう。でもこれやっぱやめた方がいいのかな?」


 これをまた行って大事故にでもなったらシャレにならない。


「大丈夫です。さらに膜を強くしますので。最大出力できてもらって構いませんわ」


「……じゃあお言葉に甘えて」


 リアトリスが水の膜を修復したのを確認し、俺はフルパワーで火炎放射を繰り出す。膜に当たるが、今度は破れない。放出され続ける炎によって、発生する霧は次々乾くため視界が真っ白になることは無かった。


「はぁ、凄いですね」


 廊下からチラチラこちらを見ながらアリーチェが感心している。


「アリーチェ、もし私の氣力が尽きたら援助してくださいね」


「は、はい。私程度の氣力で助けになるかは分かりませんが」


「はああぁーー!!」


 俺は遠慮なく炎を出し続ける。しばらく氣術を使い続けたが、水の膜が破れることは無かった。




「はぁ、はぁ……これで大丈夫かな……」


 ほぼ氣力は使い切ったハズだ。もう炎が出てこない。目の前のリアトリスもかなり疲弊している。


「その様ですわね。ユーリ、お疲れ様でした」


「ありがとうリア」


「こんなに氣術を使い続けられるなんて、とんでもない氣力量ですね。ユーリ様もリアトリス様も」


「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ」


 そう言いながら水の膜を霧散させてリアトリスはへたり込んだ。廊下で見張りをしていたアリーチェが部屋に入り、リアトリスの横にしゃがむ。


「大丈夫ですか?」


「えぇ、少し疲れただけですわ」


「ユーリ様も、お体の調子はいかがでしょう?」


「うん、何か……風邪は治ってないけど、体の中に溜まってたものが全部吐き出された感じ」


 俺はベッドに座る。すると、一気にだるさが押し寄せた。もともと風邪で辛かった体で全力で氣術を使ったため、さっきより症状が悪化した様な気もする。


「あ……もうダメ」


「ユーリ!?」

「ユーリ様!」


 強力な眠気に襲われた。俺はそれに全く抵抗できず、そのまま倒れて寝てしまった。




 その後少しの間体が非常に重かったが、二日後には回復して氣術が暴走することも無くなっていた。それ以来俺は、人目につかない場所で遠隔操作を練習することにした。





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