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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第75話 ライバル

 振り向いた先、視界に入ったのはここにいるはずのない人物。よく一緒に屋敷を抜け出して街中を駆け回って遊んで、俺の親友であって、ライバルであって。そして、仲違いしたままもう二度と会えないと思っていたレオンーー




「は? 誰だそれ」


 では無かった。背格好や目つきはとても良く似ているが、髪はローウェンスの青色ではなく黒だ。顔も何となく似ているため、俺はレオンを重ね合わせて見てしまっていた。


「何だよ、黙ったままジロジロ見やがって。気持ち悪い」


 旧友に再会できた刹那の喜びと、そしてすぐ人違いであることに気がついた落胆で俺の表情は固まってしまっていた。フリーズした俺を見て嫌悪感を露わにしながら悪態を吐く少年。俺は深呼吸をして思考と気持ちを整理する。


「あの、すみませんでした。人違いです」


「ふん!」


 腕を組み、不満そうに鼻を鳴らす少年。


「で、お前何者だよ?」


「……えっと、一体どういう意味?」


 何者、とはどういうことなのか。名前を言えばいいのか? しかし突然怒鳴りつけてきた見ず知らずの少年に名乗っても大丈夫だろうか。


「だ・か・ら!! リアと一緒に街中デートしてるなんて、お前一体どこのどいつなんだよ!? リアとはどういう関係だ!?」


「……は? 君、リアの知り合い?」


「聞いてんのはこっちだ!!」


 黒髪の少年はヒートアップする。なぜそんなに怒っているのだ。


「あ、ロベルト!」


 すると、リアトリスが戻ってきた。手を振りながら駆けてくる。


「り、リア……!」


 リアトリスの姿を見た瞬間、先ほどまでの勢いが即座に消え失せたじろぐ少年。


「おかえりリア」


「ユーリ、ただいまですわ。ロベルト、お久しぶりです」


「お、おう」


 威勢のいい姿はどこへやら、ロベルトは恥ずかしそうに俯いて返事をした。


「えーっと、リアとこの子は知り合いなの?」


「はい。街に出るときは良く一緒に遊びますのよ。彼の名前はロベルト。この街の商人の息子さんですわ」


「そっか。リアの友達だったんだね。俺はユーリ。よろしく」


 ロベルトの方へ手を差し出す。しかしロベルトは握手することなく、そっぽを向いた。


「ロベルト、無視は良くないですわ」


「……」


 リアトリスの忠告も聞き入れずロベルトは腕を組んだ。


「ごめんなさいね、ユーリ。普段はいい人なんですけど……」


「……そいつ、何なんだよ」


 ロベルトが俺を睨みつけながら聞いた。リアトリスはキョトンとする。


「ユーリは私の遠い親戚ですわ。今屋敷に一緒に住んでいますの」


「な、一緒に!?」


 ロベルトは驚愕し、青ざめる。

 何というか……顔はレオンに似ているが、中身はレオンよりだいぶ落ち着きがない。さっきの意地の張り方といい、子供っぽい感じがする。


「なんでまた急にこんな奴が!? てか最近こっち来なかったのはこいつのせいか!!」


 俺を指差し怒鳴りつけるロベルト。


「ユーリはちょっと事情があって私の屋敷に住むことになったのですよ。今は療養中なので優しくしてあげてくださいまし」


「ふん、何でオレがこんな奴に……」


「ロベルト、仲良くしてくださいな」


「ぐ……」


 必死で怒りをこらえ、震える拳を握り締めながらロベルトはこちらを見た。


「なんか気に触ることしたかな、俺。ごめんね?」


「……ふん!」


 俺が再び差し出した手をロベルトは弾いた。お互いの掌同士が当たって乾いた音が鳴る。それを見て、リアトリスは満足気に微笑んだ。


「はい、これで仲直りですわ」


 仲直りって……俺は喧嘩をしていたつもりは全く無いのだが。一方的にロベルトがなぜか俺を敵視している。


「さて、ユーリの体力のこともありますし、私達はそろそろ帰りますね。次はロベルトも一緒に遊びましょう」


「え、こいつも混ぜて遊ぶのか!?」


「はい。きっと楽しいですわよ」


 満面の笑みをロベルトに向けるリアトリス。ロベルトは一度こちらを睨みつけた後、観念したらしく分かったと手で合図した。


「ではまた」


「おう」


「じゃあね」


「……」


 俺の挨拶だけロベルトは無視した。会っていきなり怒鳴りつけてきて、なぜか終始俺のことを敵視して無視するロベルト。最悪のファーストコンタクトだ。


「では戻りましょう、アリーチェ」


「かしこまりました」


 俺達は少し離れて見守っていたアリーチェと合流する。そしてゆっくりと歩きながら屋敷へと帰った。


 俺の体は久々の散歩でかなり疲れたらしく、屋敷についたらすぐに寝てしまった。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 数日後の朝。俺は体の調子が少しずつ戻ってきたので、軽い鍛錬を始めることにした。まだリアトリスが朝食を持って起こしにくるまでは時間がある。中庭に降りて少し運動しよう。


「んー、早く体力戻さないとな」


 伸びをして着替え、廊下に出て中庭を目指す。すると、窓から妙な景色が見えた。


「……煙!?」


 中庭の方から煙が上がっている。火事だろうか。エルトゥールの屋敷が燃えた光景がフラッシュバックし、血の気が引く。


「お、落ち着け俺……!! まだあれならボヤくらいで済むはずだ! 急がないと!」


 急いで消火しなければ、そう思い俺は駆け出した。最短ルートで中庭を目指す。


「水の氣術をかけて……燃え広がりそうだったら氷を周りに張って……」


 頭の中でシュミレーションしながら走る。次の角を曲がれば中庭に面した廊下だ。唾を飲む。そして角を曲がり中庭を見た瞬間、予想外の光景が目に飛び込んできた。


「え?」


 中庭の中央に集められた落ち葉から煙が出ており、その隣にはリアトリスとセドリックがしゃがんでいた。二人にまったく慌てた様子は無い。どうやら火事ではないらしい。俺は胸を撫で下ろした。


「こんな早朝から何やってんだ?」


 一息ついてから、彼女達の方へと歩いて行く。中庭に出ると肌寒い風が頬を撫でた。もうすぐ冬だな、なんて思う。


「おはようございますユーリ様」


「おはようセドリック」


 こちらに気がついたセドリックが立ち上がり、会釈した。リアトリスも俺に気がつく。


「おはようリアトリス。何してるの?」


「おはようございますユーリ。今、焼き芋を作っているのですわ。セドリックがたくさん落ち葉を集めてくださいましたので。ユーリはどうされましたの? 一人で出てくるなんて珍しいですわね」


「あ、うん。ちょっとリハビリのために運動しようかなって思って」


「そうですか、お疲れ様です。ユーリ、だいぶこの屋敷にも私以外の人にも慣れてきましたわね。良かったですわ」


「ありがとう、リアのお陰だよ。もう毎日起こしてもらわなくても大丈夫かも」


「ふふ、急に逞しくなりましたわね。それはそれでちょっと寂しいですが」


「え、じゃあやっぱり頼むよ」


「あらあら」


 リアトリスと毎朝会えるのは嬉しい。彼女と一緒に喋りながら朝食を食べる時間はとても充実していて楽しかった。俺にとって凄く幸せなひと時だ。だから、正直俺としてはこれからも毎日朝会いにきて欲しいのだが、それはそれで彼女の負担になるような気がしていたのだ。でも、寂しいなんて言ってもらえるならやっぱり甘えてしまおうか。


「リアトリス様、そろそろ良い焼き具合になっているかと。確認させていただきますね」


「えぇ、お願いしますわ」


 セドリックが煙を上げる落ち葉の中から、長いトングを使って銀紙に包まれた芋を取り出す。非常に熱くなっているであろう銀紙をセドリックは難なく剥がしていく。すると、湯気を上げる芋が見えた。それを真っ二つに割ると、美味しそうな焼き芋の黄色い断面が顔を出す。セドリックはそれを一口食べて、


「ふむ、大丈夫ですな」


「では食べるとしましょう。ユーリは焼き芋を食べたことはありますか?」


「いや、初めてかも」


 エルトゥールの屋敷で焼き芋などしたことが無かった。レオンが以前焼き芋を祖父としたらしく、話には聞いていたのだが。

 セドリックが俺とリアトリスの分の芋を取り出し、丁寧に銀紙と皮を剥いて渡してくれた。


「ありがとう。いただきますわ」


 リアトリスがホクホクの焼き芋にフーフーと息を吹きかけ、一口食べる。


「うん、美味しいですわ」


 それを見て、俺も焼き芋を頬張る。


「あっふ!」


 頬張り過ぎて熱い。口の中が焼けそうだ。


「うふふ、そんな急がなくても焼き芋は逃げませんわよ? ユーリ」


 リアトリスが俺を見て笑う。可愛い。


「うん……甘くて美味しいね!」


 初めて食べたが、なかなか美味い。クセになりそうだ。俺もリアトリスも夢中で焼き芋を頬張る。


「リアトリスはよく焼き芋やるの?」


「落ち葉の季節になるとやりますわね。あとは、この前久しぶりにロベルトに会って焼き芋のことを思い出した、というのもありますが」


「ロベルト?」


 ロベルトの名前がいきなり出てきて俺は怪訝な顔をする。


「はい、彼に焼き芋を教えてもらいましたの」


 そう言いながらリアトリスは嬉しそうに空を見上げた。その様子を見て俺は何だか切なくなる。


「私がもっと小さい頃、街に出かけた時に迷子になってしまったことがありまして」


 リアトリスは懐かしそうに話し出した。


「護衛もつけていたのですけどね、気がついたら周りに誰もいなくなっていたんですの。私それでとても怖くなってしまって、あちこち駆け回りましたわ。そしたらいつの間にかスラム街に入ってしまっていたんです。護衛の方を探し回っても全く見つからなくて、だんだん日も暮れてくるしお腹も空いてくるしで、私は途方に暮れてしましましたわ。そこに現れたのがロベルトだったのです」


 焼き芋を食べながら少しムスッとして話を聞く俺の隣で、リアトリスは焼き芋に目を落とし話し続ける。


「ロベルトはお腹の空いた私に焼き芋を差し出してくれて、そしてスラム街の外まで連れて行ってくれたんです。そしたらすぐに護衛の方と出会えまして。それ以来、私が街に出かける時はよくロベルトと遊ぶようになったのですわ」


「そっか……そんなことがあったんだね」


「はい、ロベルトは私の恩人ですわ」


 ニッコリと笑うリアトリス。それを見て、俺は胸を締め付けられた。近くにいるはずのリアトリスとの間に大きな溝が空いた気がして、そしてリアトリスとロベルトの距離が急に近づいた気がして切なくなった。リアトリスとロベルトが一緒に過ごした時間は俺とのものよりも遥かに長い。そして彼女はロベルトを恩人として慕っている。ただ拾われ養われているだけの俺とはリアトリスの中のランクは雲泥の差だろう。それがとても悔しかった。


「どうかしましたか、ユーリ?」


「あ、いや何でもないよ」


 黙り込んでしまった俺を心配げにリアトリスが見る。


「俺……頑張るから」


「はい?」


 リアトリスともっと仲良くなりたい。ロベルトよりも。そして、彼女を守れる様にもっと強くなりたい。


「ちゃんと、強くなってリアを守るから」


「はい、楽しみにしてますわね」


 リアトリスは可愛らしく笑った。



 君を守る。ロベルトには負けない。


 ーーそれがどういう感情からくる想いなのか、俺はまだ知らなかった。





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