第74話 悠々
リアトリスが焔瞳を封印してくれたお陰で、俺は部屋から出ることができる様になった。朝食を済ませてリアトリスに散歩がてら屋敷内を案内してもらう。まだ体が思う様に動かないため、リアトリスに手を引いてもらって歩いて行った。
さすがアリオストの神子屋敷なだけあって、とても広い。外観も内観も白を基調とした綺麗な建物で、華美に飾り過ぎない装飾は清楚さを感じさせる。中庭の大きな花壇はよく手入れが行き届いており美しい。屋敷内を歩く途中で何人もの使用人に出逢ったが、皆丁寧に挨拶してくれた。俺はリアトリスの遠い親戚、ということになっているらしい。リアトリスがどうやってねじ込んだのかは知らないが。俺が病み上がりだということも周知されていて、使用人達は皆気遣ってくれた。
「そういえば、リアって何歳?」
リアトリスの後ろを歩きながら俺は尋ねた。
「8歳ですわ」
「え、俺と同い年!?」
しっかりしているから、てっきり年上かと思っていた。年の割に落ち着いているのは神子という立場もあるからだろうか。
「どうかしました?」
「いや、何でもない。リアのお父さんやお母さんは仕事中なの?」
「いいえ。両親は私が幼い頃に病気で亡くなりましたわ」
「あ……ごめん」
「いえ、気にしないでください。ユーリもご両親がいないから、私達似た者同士ですわね」
前を歩くリアトリスが振り向き笑顔で答える。天使か。
「リアは神子だから、毎日神使からお告げをもらってるんだよね? どこで神使と会ってるの?」
「あちらの別館ですわ。あそこは神子以外は出入り禁止になっているので、ユーリは残念ながら入れませんけど……」
リアトリスは窓を指差した。その先には教会の様な形をした白い建物がある。あそこで神使と会うのか。
「あ、大丈夫。俺もそれは分かってるし」
俺も神子候補だったんだ。神子や神使についての掟は熟知しているつもりである。
「リアトリス様、おはようございます」
すると、廊下前方から女性騎士が歩いてきた。赤髪ショートカットで青色の目をした綺麗な優しそうな人だ。腰には剣を携えている。その剣を見て、ジゼルに手放すなと言われたエルトゥールの宝剣のことを思い出した。俺がリアトリスに助けられた時には、宝剣はどこにも無かったらしい。川に落ちた時におそらく無くしたのだろう。体の調子が戻ったら探しに行かなければ。
「おはようございます、アリーチェ」
「リアトリス様、そちらのお方は?」
「私の親戚のユーリですわ。ここで一緒に暮らすことになりましたの」
そしてリアトリスはこちらを向く。
「ユーリ、この方はアリーチェ。アリオストを護る騎士の1人ですわ。お仕事でこの屋敷にいらっしゃってるの」
「ゆ、ユーリです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますユーリ様」
アリーチェは丁寧にお辞儀をした。
「しかしリアトリス様にユーリ様の様な親戚がいらしたとは……あまり似ていませんね」
アリーチェはまじまじと俺を見る。
「遠い親戚ですもの。それでもユーリはれっきとしたカルティアナ家の一員ですわ」
「あ、いえ大変失礼したしました。そんなつもりではなくて……ご気分を害されたのでしたら申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」
リアトリスのいつもより少し強めの口調に慌てるアリーチェ。そんなアリーチェに俺は笑顔で応答する。
「では、私は仕事がありますので失礼します!」
「はい、頑張ってくださいませ」
アリーチェは敬礼し、そして去っていった。リアトリスは笑顔で彼女に手を振る。
「彼女、ちょっと天然なところがありまして。でもとても良い人ですのよ」
「うん、何となく分かるよ」
俺がそう答えると、リアトリスは嬉しそうにした。
「ふふ、では一度休憩しましょうか。結構歩いてユーリも疲れているでしょうし」
「ありがとう。体がだいぶ鈍ってるなぁ。これくらいで疲れるなんて」
「まだ病み上がりですもの。仕方ありませんわ」
俺達は中庭に出て、パーゴラ下のオシャレなテーブルベンチに座る。すると、少ししてから使用人が紅茶を淹れてくれた。中庭に出る前にリアトリスが頼んだらしい。
「ありがとう、セドリック」
「他にご所望のものがあれば、何なりとお申し付けください」
セドリックと呼ばれた執事服の男性はクッキーが数枚乗った皿をテーブルに置き、一礼して少し離れたところで待機する。俺とリアトリスは紅茶をゆっくりと一口飲んだ。
「なんか、こんなにゆっくり過ごすの久しぶりだなぁ」
「あら、あちらではお忙しかったのですか?」
ユニトリクでは、小さい頃から神子候補として日々勉強や鍛錬に追われていた。そして神子選考が行われる半年前からは、ほとんど自分の時間は無くなっていた。それはそれで充実していたが、やはり遊ぶ時間も多少は欲しかったものだ。それが今、こうして日々のタスクから解放されてゆったりと過ごしている。何もしなさ過ぎて逆に不安になるくらいだ。
「うん。王座を勝ち取るために色々勉強とか稽古とかで毎日忙しかったからね。何かこう、急にそれが無くなると何していいか分かんないな」
「あら、じゃあこれからは私と一緒にゆっくり遊びましょ。私も日々のお勉強はありますけど、それとお告げの時間以外は結構自由に動けますの」
「リアは護身用の武術とかやらないの?」
「私はそういったものはやりませんわ。苦手でして。その代わり、騎士の方々にお願いして常に近くでお守りして頂いてるのです。いつも屋敷内には何人か側近の騎士が配備していますのよ」
先ほどのアリーチェもリアトリスを護る側近の騎士、ということか。エルトゥールも屋敷には騎士を配備していたが、基本的には建物外の警備が役割だ。騎士の人数も限られるため、街中の警備や国の防衛に多くの人員を割いており、王家に配備する騎士は最小限にしてあった。建物内で俺達の側に騎士を常駐させることはなく、もしもの場合は自己防衛できる様に鍛錬していたのである。
「俺も……リアを守るよ」
もう少し体が回復したら、また鍛錬しよう。それで元の様に戦える様にして、何かあったら俺も恩人であるリアトリスを守れる様にしよう。
「あら、頼もしいですわね」
クッキーを食べながらリアトリスは微笑んだ。あまり本気にしていないらしい。まぁ俺はこんな状態だし、こんな子供が戦ったところで強い大人には敵わないだろうから仕方ないのかもしれない。
「ちゃんと、体治して強くなるから」
「はい。楽しみにしてます」
リアトリスは紅茶を飲む。それにつられて俺も飲んだ。
「ユーリ、もう少し体が良くなったら今度街にお出かけしましょう。散歩がてら、お買い物でも」
「うん、行きたい。早く治すね」
俺とリアトリスはお互いを見つめ合い、そして笑った。幸せなひと時だった。
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それから数日後、俺とリアトリスは外出することになった。アリーチェの護衛付きで。リアトリスが俺に街の案内をしてくれるらしい。
「さぁユーリ、行きましょう!」
楽しそうに俺の手を引くリアトリス。街に出るときは屋敷内とは違って質素な格好をしている。俺も念のため帽子を被っていた。
「ヴォルグランツも大きな街だね。ユニトリクのフェラーレルもこんな感じだったなぁ」
俺はアリオストの首都であるヴォルグランツの街並みを見渡しながら言う。
「ヴォルグランツは商業がとても盛んですの。アリオスト全体の流通の要ですわ。そして、アリオストで唯一神子のいる街なのです」
リアトリスの屋敷はヴォルグランツの中心部にあり、そして首都ヴォルグランツにいる神子がアリオスト全体にお告げを与えているらしい。つまり、ここにいる唯一の神子リアトリスがアリオストの命運を握っているのだ。だから、騎士達も積極的にリアトリスの護衛に力を入れている。
「リアは凄いなぁ」
「ありがとうございます? さ、こっちに来てください! お菓子の美味しいお店がありますの」
リアトリスは楽しそうに街の色々な店や観光名所、そして公園などを紹介してくれた。俺達は食べ歩きをしたり、雑貨などを買い物したりして街を満喫する。
そして、歩き疲れて一度休憩しようと近くの公園のベンチに腰掛けた。
「私、ちょっと御手洗いに行ってきますわ」
「うん」
リアトリスとアリーチェが近くのトイレへと歩いて行った。俺は公園内にある噴水をぼーっと眺める。するとその時、
「おい! てめえ何者だ!」
後ろから急に怒鳴られた。
「?」
振り向くと、そこには同じ年くらいの三白眼の少年が立っていた。その少年はまるでーー
「ーーレオン?」




