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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第73話 救いの手

 ここはどこなんだ。君は誰なんだ。俺は生きているのか。そんな疑問が次々と頭の中に浮かんだが、目の前の美しい少女が優しい眼差しを向けてきたため、俺はたじろぎ何も言えなかった。


「ご気分はどうです?」


 再び少女は質問を投げかけてくる。


「あ……えっと……」


 俺は体を起こそうとした。すると、全身に激痛が走る。特に背中が痛い。


「っ!!」


 思わず顔をしかめ、体を起こすのを止めた。


「あら、まだ動いてはいけませんわ。酷い怪我をしていますもの。寝ていてください」


「あ、あの……」


「はい?」


「ここは一体……」


「ここはアリオストの神子である私リアトリスの屋敷です」


「アリオスト!?」


 アリオストは俺のいたユニトリクの隣国だ。なぜ俺はそんなところにいるのだ。驚く俺を見て、リアトリスは俺の思考を察したように言葉を続ける。


「あなたはユニトリクとの国境付近で川辺にに打ち上げられていましたわ。大怪我を負っていて、瀕死の状態でしたよ。たまたまそこに私が通りがかって、あなたを発見して屋敷まで連れてきたのです。一応手当はしましたが、背中の傷は特に酷くて跡が残ってしまうでしょうね」


「そうか……俺は……」


 思い出した。俺は仮面の男に追い詰められて、崖から飛び降りたんだった。背中を切られてあの高さから落ちて、まさか生還できたなんて……。


「……」


 いや、むしろ生き残ってしまった、と言うべきか。俺だけ1人生き残ったところで、これからどうしろと言うのだ。家族を全て失って、家も失って国から逃げてきて。それならば、いっそあのまま死んでしまった方が良かったのではないか。


「……大丈夫ですか?」


 リアトリスは怪訝な表情で俺の顔を覗き込んだ。


「……どうして俺を助けた」


 俺は両目を腕で隠しながら、声のトーンを落としてリアトリスに言った。それを聞いてリアトリスはキョトンとする。


「当然ではありませんか。目の前で傷だらけで倒れている人を放ってなんておけませんわ」


「……放っておいてくれれば良かったのに」


 もう俺には何も残っていない。あの時終わってしまった方が楽だったのに。

 すると、リアトリスは少し切なそうな顔をした。


「……何があったのかお聞かせくださいませんか? あとお名前も」


「……」


「言いたくないのであればそれでも構いません」


 リアトリスは俺の顔を隠す腕と反対側の手を握って笑顔を向けた。


「俺は……」


「はい」


「……もう、嫌だ……」


 涙が出てきた。平和に暮らしていた日々が、大好きな家族との生活が、一瞬にして消え失せてしまった。何もかもが終わってしまった。それがとても悲しくて、辛くて、苦しい。大切な人達を失い、心の中にぽっかりと穴が空いてしまった様な虚無感に襲われた。


「もう、死にたいよ……」


 皆のいないこの世界でなんて、生きる意味が無い。


「……それはいけませんわ」


「だって! 俺にはもう何も残ってない!!」


 思わず顔から腕を離し、痛みが走る体を無理矢理起こして声を荒げてしまった。しかし、リアトリスは全く動じずに俺を見ている。


「いいえ。あなたには御自身の命が残っていますわ。それは何にも代え難い大切なものです」


「そんなの……俺だけ生きてたって意味ないよ。もう家族も家も無くなって、何のために俺は」


「でしたら、私が家族になりますわ。居場所がないのならここに住めば良いですわ」


「……え?」


 リアトリスは立ち上がり、そして俺を抱きしめた。一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「大丈夫です。あなたが全てを失ったというのなら、私が与えます」


 本当に、それを信じていいのだろうか。それに甘えて良いのだろうか。心も体もボロボロの状態で生きる気力を失った俺に、優しく救いの光を照らしてくれるというのか。俺は涙腺が熱くなるのを感じた。


「だから、生きてください」


 それを聞いて、父さんとジゼルの言葉を思い出した。


「ーー生きろ」

「生き残ってください」


 大粒の涙が大量に出て、リアトリスの服が濡れる。


「ううっ……!」


「1人が辛いのなら、私と一緒に生きましょう」


 リアトリスが優しく話しかける。


「どうして……君はそこまで……」


「困ってる方を助けるのは人として当然のことですわ」


 リアトリスは俺の背中を優しくさすった。


「うっ、うわあぁん」


 俺は声をあげながらリアトリスの腕の中で泣く。例え彼女が神子だからただその仕事として俺を助けようとしているのだとしても、それでも俺にとって共に生きようと言ってくれることは救いだった。


「大丈夫、大丈夫ですよ」


 リアトリスはさすり続ける。

 しばらく俺は泣き続け、そして涙が枯れる頃ようやく落ち着いてきた。


「大丈夫ですか?」


「……ありがとう」


 父さんとジゼルは命懸けで俺を助けてくれた。俺に生きろと言った。2人の思いを踏みにじる訳にはいかない。それに、全てを失った俺に居場所を与えようとしてくれている人がいる。


 ーーだから、頑張って生き抜こう。


「落ち着いたみたいで良かったですわ」


 リアトリスが俺を離した。そしてニッコリと笑う。俺はようやく心の整理がついたところで、急に醜態を晒したことが恥ずかしくなった。


「あ、あの……さっきは怒鳴ってすみませんでした」


「いえ、大丈夫ですわ」


 髪をかきあげるリアトリス。その仕草ひとつとってもとても美しい。


「では……あなたの名前と何があったのか、もし良ければ話して頂けませんか?」


「あ……」


 そう言えば、さっきの質問に全く答えていなかったことに気がついた。


「俺はユウ……」


 名前を言いかけたところで、ジゼルにエルトゥールであることを隠せと言われたのを思い出した。


「ユー?」


 リアトリスが聞き返す。


「あ、いやえっと、俺はユーリ」


 咄嗟に名前を偽る。ちょっと強引だったか?


「俺は……ユニトリクで暮らしてたんだけど、いきなり謎の仮面の男に家族を殺されて、俺も殺されそうになって逃げてきたんだ。途中であついに追い詰められて、それで崖から飛び降りてからは覚えてない」


 俺の正体は言えないからかなり端折ってザックリな説明になってしまったが、通じただろうか。リアトリスは大きく目を見開いてこちらを見ている。


「ユーリ、それはとても大変で……辛かったですね」


 こんな拙い説明でも納得してもらえたらしい。リアトリスは切なげな表情をした。


「……俺はどれくらい寝てましたか?」


「10日間です」


「そんなに!?」


「瀕死の状態でしたので。むしろこうして生きていることが奇跡なのですよ。傷が疼くせいなのか、夢見が悪いのか、何度もうなされていました」


「そうですか……」


「ユーリ、食欲はありますか? 喉は乾いていませんか?」


「……喉が乾きました」


「分かりました。何か持ってきますのでちょっと待っててくださいね」


 そう言い、リアトリスは全体的に白色で統一された綺麗な部屋を出て行こうとする。


「あ、あの! リアトリスさん」


「はい?」


「ありがとうございます」


 俺を助けてくれたこと、慰めてくれたこと、そして看病してくれていることに対してのお礼だ。


「どういたしまして。あと、私のことはリアと読んでください。敬語もいりませんわ」


 リアトリスは笑顔でそう言い、部屋を後にした。


 こうして俺はリアトリスに救われ、アリオストの神子屋敷で暮らすこととなった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 俺がリアトリスの屋敷で目覚めてから3日。ようやく俺は自力で歩ける様になった。毎日リアトリスが献身的に看病してくれたおかげだ。まだ背中の傷は痛むし、足元もおぼつかないが、食欲も戻ってきたし後遺症等も無さそうなのでリハビリすればまた元の様に動き回れるだろう。


「おはようございます、ユーリ」


「おはよう、リア」


 早朝、リアトリスが部屋に入ってきた。着替えと2人分の朝食を持ってきてくれている。本来なら神子屋敷には世話役の使用人がたくさんいるはずなのだが、俺の世話は全て神子本人であるリアトリスがしてくれている。そして、俺はまだこの部屋から出たことがない。よってリアトリス以外の人間とは全く接触していないのだが、それは俺が頼み込んだ故の状況だった。というのも、もしリアトリス以外の人が俺の姿を見たらエルトゥールだと気づかれるかもしれない。ここはユニトリクではないからまだ認識が薄いかもしれないが、金髪焔瞳という容姿は世間では珍しく、エルトゥールである大きな特徴だ。もし気づかれ仮面の男に通報されでもしたら、俺はまた命を狙われるかもしれないし、リアトリスだって巻き込む可能性がある。だから信用して良さそうなリアトリス以外とは会わない様にしているのだ。


「相変わらず早起きですわね。良く寝られましたか?」


「うん、寝れたよ。何か……早起きする生活続けてたから体が勝手に起きちゃうんだ」


 エルトゥールの屋敷では鍛錬と勉強のために毎日早起きしていた。それが体に染み付いていて、環境が変わったここでも同じ時間に目が覚める。ただ、まだ病み上がりなので起きてもやれることは多少のリハビリくらいだが。


「そうですか。ユーリ、そろそろお部屋から出てみてはいかがですか? もう体もだいぶ動かせる様になってきたみたいですし、お散歩などどうでしょう? 軽く運動になりますし、気分転換もできますわ」


「うーん、やめとく」


「ですが、ずっと部屋に籠っていると気が滅入りませんこと? 外に出るのが怖いのでしたら、私も一緒に行きますのでどうかご安心くださいませ」


 確かに、いつまでもここで引きこもっている訳にはいかないだろう。体に悪いし、完全に回復したらその後は時間を持て余し過ぎておかしくなりそうだ。だが、そうなると他の人目につくことになる。どうしたものか。


「でも……」


「出たくないのには何かご事情があるのですよね? でしたらずっとお部屋でも構いませんわ。さ、朝食を頂きましょう」


 特に嫌な顔をすることもなく、リアトリスは朝食を食べ始める。何だかここまで親切にしてくれている彼女を騙している様な気がして後ろめたくなった。やはり、本当のことを話すべきだろう。リアトリスならきっと大丈夫だ。


「リア、あのさ」


「はい?」


 リアトリスが朝食のサンドイッチを手にしながら俺を見る。2つの意味でドキドキした。1つはリアトリスが可愛くて、もう1つは俺の正体を知った後の反応を見るのが怖くてだ。もしかしたら危険な奴に追われている俺は拒絶されるかもしれない。もしくはその危険な仮面の男に引き渡されるかもしれない。もしくは黙っていたことを怒られるかもしれない。


「その……俺、実は……」


「?」


 口ごもる俺の次の言葉をじっと待ち続けるリアトリス。俺はリアトリスの目を見ることができず、視線を下に向けながら話す。


「実は……エルトゥール一族なんだ。本名はユーリじゃなくてユウフォルトス。ユニトリクの神子一族だ。ユニトリクの新しい王様を決める選考会の前日の夜に、仮面の男に屋敷を襲撃されて俺以外は皆殺された。それで、そいつから逃げるために崖から飛び降りて、そしてリアに助けられた。でも、もしかしたら仮面の男はまだ俺を追ってるかもしれない。命を狙われるかもしれないし、リアだって危険な目に遭うかもしれない。だから、エルトゥールなのを隠さなきゃいけないんだ。……今まで黙っててごめん」


 しばし、その場に沈黙が流れた。やはり、言うのはマズかっただろうか。リアトリスは怒っているだろうか。俺はおずおずと視線を上げてリアトリスを見た。


「……知っていましたわ」


「……は!?」


 予想外の反応に頭の中がフリーズする。リアトリスは全く動じることなくにこやかに俺を見ていた。


「し、知ってた!?」


「はい。ユーリが目覚める少し前に、ユニトリクの神子一族であるエルトゥール家が滅びたという情報が入ってきましたわ。そして生き残りが1人いて、ユニトリクで指名手配されたと」


「指名手配!?」


「何でも国家レベルの大罪を犯したとかで、アリオストの方にも情報提供の呼びかけがきたのですわ」


「そ、そんな……」


 なぜそんな事態になっているのだ。俺が犯罪者で指名手配? むしろ被害者なのだが。濡れ衣もいいところだ。仮面の男の仕業だろうか。


「ですからユーリが目覚めた時、その焔瞳で確信しましたの。あなたが指名手配されているエルトゥールの生き残りだと」


「じゃあ何で……」


 なぜ、そんな指名手配犯だと分かってここに置いているのだ。それともこれから通報するつもりなのだろうか。あぁ、やはり話すべきでは無かった。まさかそんなことになっているだなんて。


「ですが、私にはユーリがそんな大罪人には見えませんわ」


「え?」


 再び絶望の淵に立たされていた俺を容易に引き戻したリアトリス。


「最初ユーリを見つけた時、私はあなたを絶対に死なせてはいけない方だと思いました。何か特別なものを感じたんです。神子の力なのか、それとも他の何かなのかは分かりませんが」


「特別なもの?」


「はい。そしてユーリが目覚めた時、とても酷い境遇に遭われたこと、あなたが指名手配される様な人間では無いことを悟りました。ですから、心配しなくても大丈夫ですわ。私はユーリの味方です。エルトゥールであることを他の人に話したりしませんし、ユニトリクに引き渡したりもしません。ユーリ、とても大変な目に遭われましたね。話してくれてありがとう」


 俺がエルトゥールと知った上でリアトリスは今まで親切にしてくれていた。俺が何も話さないことに突っ込むこともなく、ただ信じて優しくしてくれた。それを知ってとても嬉しくて、有り難くて、そして今まで黙っていたことがとても申し訳なく思えた。心の中でモヤモヤと渦巻いていたものから解放されて、安堵感が一気に押し寄せる。彼女に話して良かった。

 気づいたら俺は泣いていた。リアトリスは優しく俺の目から溢れる涙を指ですくう。


「辛かったでしょう。でも、もう大丈夫です。私がユーリを守りますわ」


「ありがとう……!」


 リアトリスの温かな抱擁にまた甘えてしまった。そしてリアトリスは体を離し、俺の額に掌を当てた。


「リア?」


「外に出たくないのはその目でエルトゥールであることがバレてしまうから、ですわよね?」


「う、うん」


「では、綺麗な焔瞳が見れなくなるのは勿体無いですが……色を隠してしまいましょう」


「え?」


 俺がキョトンとしている間にリアトリスの掌が光り、そして目に何か温かいものを感じた。そしてその温もりが瞬時に消える。


「はい、これで外に出れますわ」


「一体どういう……」


 得意顔のリアトリス。何が起きたのか俺は全く分からない。すると、リアトリスが部屋にかけてあった鏡を指差した。


「顔を見てみてください」


「?」


 俺は言われるがままに鏡の前に歩き、そして鏡面を見る。


「あっ!?」


 するとそこには、金髪焔瞳……ではなく、金髪青目の少年がいた。


「り、リア、これは!?」


「光の氣術を応用して色を変えてみました。しばらく効果は続くはずですわ。また色が戻りかけたら術をかけ直して差し上げます。これで、一緒にお外に出られますわね」


 リアトリスが俺の後ろに立ち、鏡越しに俺に笑顔でそう言った。


 ーー俺は本当に、救われた。本当に、彼女にちゃんと話して良かった。




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