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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第70話 神使の意図

 父さんから伝えられた事実に、大広間で新しい王の誕生を今か今かと待っていた人々は衝撃を受けた。全く予想外の結果だったため、一瞬何と言ったのか理解ができなかった。


「……ユウ兄、どういう意味?」


 マリィが上目遣いで聞いてきた。そして、周りの人達もざわつき始める。神子候補の親族達は唖然としていた。


「母さん、こんなことってあるの?」


「いいえ、私も初めて聞いたわ」


 母さんもかなり驚いている。官僚も騎士も皆突然のことに混乱していた。


「ライファルト王、それは誠ですか……?」


 官僚の一人が父さんに聞いた。他の人達も困惑した顔で父さんを見ている。皆、父さんの返事を待つ。


「……あぁ、本当だ」


 ゆっくり、そしてハッキリと父さんは答えた。その言葉に、さらにざわめきが大きくなる。


「そんかことがあるのか!?」


「じゃあ一体どうするんだ!?」


 親族達はかなり動揺している。官僚や騎士も次々に質問を投げかけた。


「お母さん、どうなっちゃうの?」


 周りの異様な雰囲気が怖くなったのか、マリィが母さんにしがみつきながら聞いた。


「大丈夫、お父さんがちゃんと纏めてくれるから」


 そう言ってマリィの頭を撫でる母さん。

 すると父さんは再び口を開き、通る声で言った。


「神使は、この神子候補三人の誰も選ばなかった! よって神子選考は仕切り直しとする! 神子三家よりそれぞれ一名新たに神子候補を擁立し、明日の同時刻に神子選考の儀を執り行うこととする!」




 神使は、誰も選ばなかった。




 父さんの神子再選考開催宣言にしんと静まりかえる大広間。神子候補達はただ黙って悔しそうな顔をしている。


「では、今日の神子選考の儀は閉会とします! また明日同じ時間に開会式を行います。急な話で大変申し訳ありませんが、王を決める大切な儀式です。万障お繰り合わせ頂き、ご出席くだされば幸いに存じます。よろしくお願い致します」


 伯父さんが締めくくる。そして、父さんと一緒に出て行ってしまった。すると再び皆騒ぎ出す。神子三家の関係者は頭を抱え、騎士達はまだこの状況が信じられず動揺して仲間同士で話し合い、官僚達は明日の予定を確認し始めた。


「ユウ、マリィ、父さんのところへ行きましょう」


 母さんに連れられて俺達は大広間の出口へと向かう。向かった先、大広間の扉付近には神子候補達が暗い顔をして立っていた。


「フレン、お疲れ様。レオン君もハインツ君もお疲れ様。よく頑張ったわね」


「あ……いえ……」


 母さんの呼びかけに少し気まずそうに答えるレオン。ハインツは下を向いたままだ。


「ありがとう母さん」


「父さんのところへ行くわよ。フレンもいらっしゃい」


「はい」


 母さんと兄さんはレオンとハインツに一礼し、廊下へと出て行く。マリィもその後を可愛らしく追いかける。俺は二人に話しかけるべきかどうなのか迷って立ち止まっていた。

 さっきのこともあるし、もう少し落ち着いてから話すべきだろうか。ハインツは死んだ魚の様な目をして俯いており、話しかけられそうにない。そしてレオンは、母さん達を目で見送った後こちらを見た。


「……なんだよ」


「あ、え……。えっと……」


「……神子になれなくてバカにしてんのか?」


「え、いやそんなんじゃなくて! 三人とも頑張ってたのに残念だって思ってるよ! だからその、今回は運が悪かったのかなっていうか……。それに俺、レオンにずっと謝りたくて」


「お前はいいよな、ユウ」


「え?」


「神使に言われたんだよ。私が求めてるのはお前らじゃ無いって。神使はたぶん、ユウを指名してる」


「え、そんなの……」


「分かるよ。神子三家の子供の中じゃ一番武術も強いし氣力量もある。カリスマ性、っていうやつもありそうだし」


「そんな、レオンだって強いじゃないか。俺が一番強いだなんて……」


「まぁ俺とユウは同じくらいかもしれないけど、本来ならローウェンスの方がエルトゥールより武術なら得意なはずなんだぜ? でもユウは俺と互角か強いくらい」


「でも、だからって神使が俺のことを選ぶかなんて分から」


「だから、分かるんだよ!!」


 レオンが大きな声で怒鳴った。それまでざわついていた広間内の人間が話を止める。ハインツも驚いて顔を上げ、こちらを見た。


「れ、レオン?」


「お前はいいよな、ユウ。親の期待を一身に背負う訳でもなく神子候補のプレッシャーも無く自由に振舞えて。才能にも恵まれてる。それに比べて俺は一生懸命勉強も武術も頑張ってきたのに神子になれなかった。ハインツだってユウの兄貴だってそうだ。ユウよりずっとこの日のために努力してたんだ。なのに、神使はユウを選ぼうとしてる。ローウェンス家にもバルストリア家にも俺達以上の神子候補はいない。だから、お前なんだよ」


 レオンが鋭い目で、そして涙を滲ませながら俺を睨みつけている。レオンは……そんな風に思っていたのか。ハインツも、兄さんも。


「レオン、行くぞ」


 するとレオンの父、ベルトラムが隣に来てレオンを促した。気がつくと周りの人は皆俺達に注目していた。レオンは俺から目を逸らし、大広間を出て行く。


「……」


 俺は何も言えなかった。どうすれば良いのか分からなかった。


「ユウ様、大丈夫ですか?」


 この事態を見ていたジゼルが駆け寄ってきた。俺はただ唖然としてレオン達が去る姿を眺める。ジゼルが心配そうに俺の手を握った。


「ライファルト王のところへ行きましょう」


「レオン……」


 俺が見つめる視線の先、レオンは廊下の角を曲がって見えなくなった。俺は俯く。

 そしてジゼルに手を引かれ、父さんの部屋までトボトボと歩いて行った。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「明日の神子候補はユウにする。宣誓の練習しとけよ」


 父さんにそう言われた。

 俺は今、中庭の芝生に大の字になって寝転がり空を見上げている。もう冬が近い。秋風が少し肌寒かった。

 屋敷の人間は神子の再選が決まって予定が狂い、バタバタと対応に追われている。今日は講義も稽古も休みなのでやることがなく、遅めの昼食を終えた後はこうして手持ち無沙汰でダラダラとしていた。


「ユウ、大丈夫か?」


 中庭に兄さんがおりてきた。俺の方へと近寄ってくる。


「ん、大丈夫って何が?」


「ジゼルに聞いたよ。さっきレオンと喧嘩になったんだって?」


 兄さんが俺の隣に座る。表情は晴れやかだった。神子候補の重圧から解放されたからだろうか。


「あぁ……うん。レオンは神使が俺を選ぶと思ってるみたい。兄さん達みたいに神子になるための努力をしてない俺が」


「確かに神使は僕らを指名しなかった。ただ、誰を求めているのかは分からない。ユウかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、僕はユウがちゃんと努力してるの知ってるよ」


「……」


「ちゃんと朝早く起きて、武術の自主練して、その後は僕と一緒にみっちり勉強。午後も講義が終わった後特別に師範に稽古してもらったりしてるだろ? かなり頑張ってると思うけど」


「……それでも兄さん達ほどじゃないよ。レオンだって一日中屋敷に缶詰にされて俺よりずっと勉強してたはずだし」


 そう言い、俺は額に手を当てる。


「何で、こうなっちゃったんだろ」


 言葉にして出すと、さらに悲しくなって涙が溢れ出てきた。悲しい。寂しい。もう元の関係には戻れないのだろうか。


「ユウ……」


「ちゃんと……俺と遊んだせいでレオンが屋敷から出られなくなったこと謝りたかった。でもレオンと全然話せなかった……話すどころか、怒られちゃった」


 声が震える。それを兄さんは何も言わずに聞いてくれている。


「俺……どうすれば良いんだろう。レオンと仲直りしたいよ……。神子にならなくても良いから、レオンと前みたいに話したいよ……」


「レオンもきっと、そう思ってるんじゃないかな」


「……え?」


 俺は兄さんの方を見た。


「レオンはたぶん屋敷から出られなくなったのをユウのせいだなんて思ってないよ。彼は彼でローウェンス家の大きな期待を背負ってるから、そのプレッシャーでピリピリしてたんだと思う。それで、一生懸命勉強して宣誓も一番上手くできて神子選考に臨んだのに、神使に選んでもらえなくて悔しかったんじゃないかな。それでユウに八つ当たりしちゃったって感じ?」


「……そうなのかな」


「うん。レオン、だいぶやつれてたでしょ? 結構キツイ生活しててストレス溜まってたんだと思うよ。だから、明日の神子選考が終わったら話したらどう? 神子選考終わった後ならユウもレオンもプレッシャーから解放されて落ち着けるだろうし」


 兄さんが笑顔で俺の頭を撫でた。さらに涙が流れ出てくる。俺は腕で顔を隠した。


「……うん。兄さん……ありがとう」


「ユウも色々大変だね」


「うっうっ……」


 俺は泣きじゃくる。落ち着くまで、しばらく兄さんは隣で俺を撫でてくれていた。

 そして俺は涙を流しきり、再び空を見上げる。


「ユウ落ち着いた?」


「うん。ありがとね……っていうか、本当は俺が兄さんを慰めなきゃいけなかったね」


「はは、そうだよ。僕神子選考に敗れて落ち込んでるのに、もっとユウが落ち込んじゃってるんだもん」


「ごめん、兄さんお疲れ様。残念だったね」


「ありがと。まぁでも何となく分かってたけどね」


「そうなの?」


「神子になりたいけど僕はたぶん選ばれない、とは思ってた。てっきりレオンが選ばれるかと予想してたんだけど」


「レオン、落ち込んでるかな……」


「きっとそうだね。だから、明日ちゃんと話そうね?」


「うん!」


 俺は体を起こし、兄さんに笑顔を向けた。兄さんも笑う。そして、俺達は自室へと戻った。




 ──夜。夕食を終え、父さんと母さん、それとジゼルに明日の宣誓の練習に付き合ってもらった。風呂にも入った。

 ジゼルは今夜この屋敷に泊まるらしい。母さん達とお酒を飲みながら色々お喋りしたいのだとか。まぁ明日もし新しい王が決まれば、きっと皆バタバタして当分ゆっくり飲み明かすなんてできないからだろう。

 俺は明日に備えて寝ることにする。


「……はぁ、寝られるかな」


 まさか俺が神子選考に参加するなんて思ってなかったから、心の準備がまだできていない。宣誓は上手くやれるだろうか。神使に認めてもらえるだろうか。もし選ばれたら、王としてやっていけるだろうか。

 それに明日、ちゃんとレオンと話さなければ。レオンは俺と話してくれるだろうか。色々考えれば考えるほど、不安になってきた。


「うーん、寝られない……」


 ベッドの上で何度か寝返りをうつ。たとえ寝付けなくても、こうして暗い部屋で横になることで体は休まる、と聞いたことがあった。まぁ最悪、朝まで寝付けなくても体が少し休まればいいか。


「神使ってどんなのなのかな」


 神使には原則神子しか会うことができない。だから先代の神使がどんな姿なのかは父さんと、そして例外的に会える他の先代の神子候補しか知らない。

 兄さん達は新しい神使を見ている。兄さんに神使がどんな姿をしていたか聞けば良かったな。神様の使いってくらいだから、やっぱり強そうなオジさんとかだろうか。それとも天使みたいな感じなのかな。それとも……


 そんなことを考えているうちに、俺は眠りに落ちた。









 ────そして、悪夢が始まる。



 焦げ臭い香りに鼻をつつかれ、俺は目を覚ました。


「……なんだよ、これ」



 部屋が、燃えていた。




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