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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第68話 神子選考の開始

 図書館事件の翌日から、俺は講義を増やされることになった。神子選考に備えるためと、そして俺の自由時間を減らすのが目的だ。毎日勉強と武術の稽古漬けで、遊ぶ時間や外出する時間はほとんど作られなかった。

 しかしそれは神子候補になる権利を持つ兄さんも同じだった。ただ、兄さんはもともと勉強好きだし神子になる気満々なので、不満どころか喜んで受け入れていた。マリィはまだ幼いので、そこまで詰め込んだスケジュールは組まれていない。


 俺も武術の稽古は好きだし、勉強も新しいことを学ぶのは楽しいと思う。しかし、一日中屋敷に缶詰という生活がずっと続くのはしんどかった。

 あれから季節は巡り、夏が過ぎて秋になった。次の神使が現れる期限まであと半年も無い。夜中に屋敷を抜け出したあの日以来、俺は屋敷を勝手に出たりはしていない。それは時間が無いのもあるが、当然あのことを深く反省しているからだ。それに抜け出したところでレオンには会えないし、会おうとすれば迷惑がかかるだろう。

 たまに屋敷に当主含めローウェンス家の人間が来るが、レオンが来ることは無かった。

 俺にとってレオンとハインツは親友だ。特にレオンは体力面で競うことが多く、ライバルでもあった。しかし今、俺のせいで彼は軟禁生活を送っている。そのことが俺の背中に重くのしかかっていた。


「……はぁ」


 午後のつかの間の休憩時間、頬杖をついている俺は窓の外に見える中庭を見つめながら溜息をついた。


「ユウ、疲れた?」


 隣に座る兄さんが話しかけてきた。ここは屋敷の授業部屋のひとつで、黒板と机、椅子が用意されている。生徒は俺と兄さんの二人で、並んで座って講義を受けるのだ。

 今は休憩時間なので講師はいないが、あと少しで次の授業が始まる。


「いや、大丈夫。ちょっとお腹空いたかも」


 溜息をついたのはレオンのことを考えていたからなのだが、小腹が減っているのも事実だ。頭を使うとお腹が空く。


「これ食べる?」


「ん、ありがと。さすが兄さん」


 兄さんは包紙に巻かれたチョコレートを差し出した。俺はそれをありがたく頂いて食べる。うん、甘くて美味しい。


「ユウさっきの講義ちゃんと分かった? 結構難しかったけど」


「うーん、たぶん」


「分からないとこあったら言ってね。教えてあげる」


 わざわざ神子候補を巡るライバルである俺を心配してくる兄さん。どんだけ優しいんだ。これだから、誰かに神子候補は俺でいいんじゃ、とか言われると辛い。

 俺はチョコレートの包紙を丸めて、部屋の端に置いてあるゴミ箱へ投げた。見事ストライク。ガッツポーズをし、そして俺は時計を見た。


「なかなか先生来ないね? どうしたんだろ」


 時刻は休憩時間を過ぎて次の講義の開始時間となっている。


「そうだね。いつもならもう来てる時間なのに」


 兄さんは首を傾げる。そして立ち上がり、ドアの方へと向かった。


「ちょっと様子見てくるよ。ユウはここにいて」


「はーい」


 兄さんがドアに手をかけようとしたその時、勢いよくドアが部屋の内側へ開いた。


「ぶ!!」


 ドア目の前にいた兄さんは豪快にドアにぶつかる。鼻を押さえながら悶絶して後ずさった。


「あ、あ!? すみませんフレンジルト様!! おおお怪我は!?」


 ドアを開いた犯人である次の講義の講師は慌てて兄さんに駆け寄る。王子に怪我をさせたとなっては一大事だ。とは言っても、俺達はそんなこと全然気にしないので問題無いのだが、講師は冷や汗ダラダラになっている。


「だ、大丈夫です……それより何かあったんですか?」


「あ、は、はい!! フレンジルト様、ユウフォルトス様、ライファルト王の部屋までお急ぎください!」


「え、父さんの部屋に……ですか?」


「はい、お伝えしなければならないことがある、とのことです」


「「???」」


 父さんから俺達に伝えたいこと……一体なんだろうか。講師の慌て方から、何か重要な話なのだろうとは思うが。まさかお説教? 俺達何かしたかな……。

 俺と兄さんは顔を見合わせ、そして廊下へと出た。言われた通り、父さんの元へと足を進める。


「何なんだろうね?」


「僕にも分かんないよ。取り敢えず急いで行ってみよう」


 兄さんは歩くスピードを速める。俺もそれに合わせてついて行った。

 いくつか階段を上り、長い廊下を抜けて父さんの部屋の前につく。兄さんがノックした。


「──おう。入れ」


「失礼します」


 父さんの声が聞こえ、俺達は部屋の中へと入る。ちなみに、昼間は客人が来た際の体裁のためと礼儀作法習得の一貫で、王である父さんには敬語を使っている。

 部屋の中、奥に配置された机には沢山の書類が積まれており、そこに父さんは座っていた。俺達は机の前に並んで気をつけの姿勢をとる。


「父上、話とは何でしょうか?」


「うむ。聞いて驚け……実はな、」


 父さんがニヤリと笑う。悪戯っ子の笑みだ。どうやらお説教では無いらしい。なんだろう。



「──新しい神使が現れた」



 新しい王を決める、神子選考の日取りが決まった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 新しい神使が現れてわずか三日後、神使選考は開かれることになった。朝一でバルストリア家とローウェンス家の当主、神子候補、そしてその付人達が現王族であるエルトゥール家の屋敷に来る。

 俺は気持ちが高鳴った。ようやくレオンに会える。レオンは軟禁生活から解放される。そう思うと嬉しくて、ソワソワして屋敷の中を歩き回った。

 屋敷内には今日は沢山の人が出入りしている。俺には特に役目は無いので自由に動き回っているが、皆はとても忙しそうだ。

 キョロキョロといつもと違う雰囲気の屋敷の中を観察しながら歩いていると、レオンが彼の父親と一緒に屋敷のエントランスに来たところでちょうど鉢合わせた。


「──あ」


「……」


 レオンと目が合う。しかしいざ会ってみると、何となく気まずくて声をかけることができなかった。

 それは隣に怖い父親がいるからなのかもしれない。または、レオンの雰囲気が前と違うからなのかもしれない。レオンからは何だか刺々しいオーラが漂っていた。神子選考の重圧と緊張のせいだろうか。それとも軟禁生活のせいで性格が変わってしまったのだろうか。少しやつれた様にも見える。

 少しの沈黙の後、レオンは気まずそうに目をそらした。そして何も言わずに父親と一緒に歩いて行ってしまう。俺はその様子をただ見ていることしかできなかった。


「レオン……」


 ぽつん、と取り残された俺の心の中には先ほどまでの高揚感は無かった。待ち望んでいたレオンとの再会が、あっけなく期待を裏切られる形で終わってしまいとても悲しかった。

 やはりレオンは俺のことを怒っているのだろうか。そうであれば、謝りたい。……うん、きっとそうだ。後で会いに行って謝ろう。

 そう気持ちを切り替え、俺は今日の儀式用の正装に着替えるため部屋へ戻った。


 選考の場はいつも父さんが神使と会っている、屋敷の奥庭だ。選考は正午から行われるのだが、その前に開会式を行う。大広間で王の前に神子候補が並び、それぞれが宣誓するのだ。

 開会式にはエルトゥール家、バルストリア家、ローウェンス家の人間だけでなく、国の政治を補佐する官僚や国を護る騎士なども出席するため、かなりの人数が集まることになった。大広間奥にある王座に父さんが座り、その隣には伯父さんが立っている。王座の前には神子候補が立ち、その後ろには親族席と官僚席が用意されていた。さらにその後方に騎士達が立っている。ジゼルも親族関係者として後ろの方に来ていた。

 大広間に列席者全員が集まり、いよいよ開会式が始まる。


「皆様、お集まり頂き誠にありがとうございます。わたくし、司会を務めさせて頂きますフィデリオ・エルトゥールです。よろしくお願い致します。それでは、本日執り行う神子選考の儀に先立ちまして開会式を行います! ではまず──」


 フィデリオ伯父さんの司会で開会式がスタートする。王の挨拶や、三人の神子候補の紹介が行われていく。


「……大丈夫かな、兄さん」


 王の前に立つ三人の神子候補。その中の一人である兄の姿を見ながら俺は呟いた。





 ──神使が現れたあの日の夜、俺は再び父さんに呼び出された。ドアをノックし、部屋に入る。


「父さん、何?」


 夜なので敬語ではなく、普通に話す。父さんは窓際に立って夜の景色を眺めていた。


「ユウ、お前は神子になりたいか?」


「え?」


 父さんが振り返り、こちらを見た。父親らしい優しい笑顔をしている。


「俺は……騎士になりたい。神子になるのが絶対嫌って訳じゃないんだけど、それよりは伯父さんみたいに最前線で戦いたいな」


「そうか」


 父さんは腕を組んで何かを考えている。


「父さん、俺達の中で誰を神子候補にするか迷ってる?」


「そうだな。屋敷の中の者は、お前を神子候補に推す者が結構多いが、それはどう思う?」


「俺は、俺よりも兄さんの方が適任だと思ってるよ。頭良いし、器もでかいし、それにいつも人の為に何かすることを考えてる。自分のことばっかりの俺とは違うよ」


「ふむ、確かにフレンは頭が良いし優しいな。でもユウも武術は大人顔負けの実力があるし、氣術量はずば抜けて多いぞ? ちゃんとユウにも周りを見る能力だってあるし、肝も座ってる」


「そうかな……」


 図書館事件のことを思い出す。俺にちゃんと周りが見えていれば、あんなことはやらかさなかったと思うが。


「もし、フレンが神子になったらユウはどうする?」


 父さんが俺に聞いてきた。


「そりゃ、精一杯兄さんを支えるよ。兄さん臆病なところもあるから、そういう時は俺が背中を押してあげる。何かあったら俺が護るし」


「じゃあユウが神子になったら?」


「それは……それはそれで、神子になった以上は頑張るよ。皆に頼りまくると思うけど」


「ははっ。そうか、わかった」


 父さんは笑いながら俺の頭をクシャクシャと撫でた。


「話はそれだけだ。もう行っていいぞ」


「はーい」


 そうして俺は父さんの部屋を出て自室へと戻った。





 結局、その翌日の朝に神子候補は兄さんに決定した。父さんの判断だ。兄さんの方が頭が良いし、器がでかいし、何よりやる気がある。だから俺はそれで当然だと思った。


「フレン兄、足が震えてる」


 俺とマリィと母さんは親族席から兄さんを見守る。兄さんは大勢の、しかも国の運営に関わる凄い人達の視線に晒されてめちゃめちゃ緊張している。

 それはレオンもハインツも同じだった。レオンはあまり緊張しているのを見せない様にしているが、俺からすれば明らかに表情が堅い。ハインツは兄さんよりさらに緊張具合が激しく、冷や汗が流れ足は震え、目は泳いでいた。


「それでは、神子候補からそれぞれ一言、宣誓をして頂きます。まずはフレンジルト・E・エルトゥール」


「はい」


 名前を呼ばれた兄さんは前に出る。神子候補達の王座争いが今、始まる──。




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