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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第67話 闇の使い手

 頭が痛い。体もあちこちが痛む。眠っていた意識を呼び戻したのは、不快なカビと埃の臭いだった。

 まだぼーっとする意識の中、ゆっくりと目を開ける。すると、暗い部屋の中に積まれた埃まみれの新聞紙が目に入った。

 ここは……屋敷ではない。どこだろうか。

 起き上がろうとしたが、それはできなかった。俺は腕が後ろで縛られていることに気づく。そして暗がりの中周りを見回すと、近くにレオンが縄で縛られて倒れていた。


「──レオン!?」


 ギョッとして、腹筋だけで体を起こす。一体何が起こっているのだろうか。レオンは大丈夫なのだろうか。どうして俺達は縛られてここにいるのだろうか。ここはどこなのだろうか。

 フルスピードで思考回路を回転させて記憶を遡る。


「……あ」


 思い出した。そうか、俺達は──


「夜中に屋敷を抜け出して、廃墟探検しようとしたら変な奴らに捕まったってことか」


 我ながら言ってみてひどく情けない事実だった。それにしても最後に見た真っ暗闇は一体何だったのだろうか。キェルという奴の氣術だろうか。

 見覚えのある読めない字が書かれた新聞紙が積まれていることから、ここは図書館二階の一部屋だろう。

 取り敢えずレオンを起こしにかかる。


「おい、レオン! 起きろ!」


 部屋のドアは閉まっているが、すぐ近くに敵がいる可能性はある。そのため俺は小声でレオンに呼びかけた。


「う、ん……?」


 レオンが目を開ける。まだ意識が朦朧としているらしく、少しの間こちらを見て固まっていた。


「……ユウ!?」


「しーーっ!!」


 レオンが覚醒して俺の名を大音量で呼んだ。俺は慌ててレオンを制止する。腕が縛られているため、口に指を当てることはできなかったが。

 レオンはすぐに状況を察知して小声になった。


「俺ら、捕まったのか。ここって図書館二階だよな?」


「うん、そうだと思う。レオン、気を失う前に真っ暗にならなかった?」


「あぁ、いきなり真っ暗になってビビった。そんで、たぶん殴られて気絶したんだと思う。何か後ろ頭痛いし」


 やっぱりそうか。となると、やはり氣術か何かで俺達に目くらましをかけて、殴って昏倒させたのだろう。特殊属性の氣術だろうか。


「どれくらい時間が経ったのかな……早くここから逃げないと」


「そうだな。訳わかんねえ奴らに殺されるのは嫌だし、屋敷抜け出してんのがバレるのも嫌だ」


「取り敢えずこの縄外さないとね」


「そうだな」


「レオン、縄切れる? 俺が燃やすと焦げ臭くなって気付かれるかもしれないし」


「あぁ、ちょっと待ってな」


 そう言って、レオンは腕から刃を生やした。レオンの腕ほどの長さがある三日月形の鋭い刃は、生えると同時にレオンの縄を切った。

 ローウェンス一族の人間はこの刃を体から生やす能力がある。皆武術が得意であり、神子三家の中では一番近接戦を得意としているのだ。

 レオンは俺の縄も切って、刃をしまった。俺達は立ち上がり、体についた埃を払う。気絶させられた後奴らに雑に扱われたのか、体の所々に擦り傷ができていた。


「ありがとレオン」


「おう。さぁどうやって逃げようかな」


「うーん、敵の人数が分からないしさっきの暗闇使われたら困るから、正面から行くのはやめといた方がいいかもね。窓から逃げるとか?」


 この部屋には窓がある。大人でも簡単に通れるサイズだ。一部ガラスが割れている。少し高い位置にあるが、その辺の新聞紙などを踏み台にすれば届くだろう。


「よし、それで行こうか」


 俺は風の氣術を使い、新聞紙の山を浮かせて窓際へ移動させた。俺達は窓へ近づく。

 そして新聞紙に乗り、鍵を開けて音を立てない様ゆっくりと窓を開けた。そして、窓から顔を出して下を見る。すると、


「「っ!!」」


 ここ二階の窓の真下で見張りをしていたと思われる男と目が合った。俺達はすぐに顔を引っ込めて新聞紙降りる。

 が、時既に遅し──。


「おい! ガキ共が逃げようとしてんぞ!!」


 見張りの男が大きな声で叫んだ。それを聞いて、一階から何人かが階段を上ってくる音がする。


「あーーヤバいヤバい!! 取り敢えず窓から逃げるぞ!」


「はぁ、まさか子供おれたち相手に窓の下にまで見張り付けてるなんて!」


 そう言いながら俺達は新聞紙に乗り、窓枠を蹴って外へ飛び降りる。一階から迫る多人数を相手にするよりは、一人の見張りを出し抜く方が得策だ。


「な、飛び降りやがった!?」


 二階から躊躇なく飛び降りる俺達を見て驚く見張り。大方、逃げるにしてもロープか何かを使うと思っていたのだろう。

 俺達の体がどんどん見張りの頭上へと迫る。


「頼んだぜユウ!」


「おう!」


 俺は落下しながら見張りに掌を向けた。そして、颶風ぐふうを発生させる。


「うおぉっ!?」


 猛烈な勢いの風に煽られて見張りの男が吹っ飛んだ。そして俺達は発生させた上昇気流で落下速度を落とし、無事に着地する。


「よし、ダッシュだ!!」


 俺とレオンは隠れられそうな茂みの方へ走る。全速力な上に、俺は氣術で二人の周りに追い風を発生させてさらにスピードを上げた。


「よし、これなら……!」


 光明が見えたその時、建物入口のドアが開く音がした。


「脱兎の如く、って奴やな」


「! またあいつだ……!!」


 キェルの声が聞こえて俺は顔だけ振り向く。マズい、またあいつに変な氣術を使われたら……!


「逃さへんで、兎ちゃん」


 遠ざかるキェルの表情が、不敵な笑みに変わったのが見えた。

 すると次の瞬間、キェルの背中から漆黒の闇が勢いよく広がってくる。


「ヤバいぞ、レオン!!」


「くっそおおぉ!!」


 闇はどんどん広がり、俺達を追いかけてくる。


「何なんだよコレ!!」


 そう言いながら俺は火球をキェルに向けて放った。


「ふむ、逃げ方といいその年でそこまで器用に氣術が使えるなんてただの子供じゃあらへんな?」


 キェルは抜刀して火球を斬り裂き、俺達を追って走り出した。


「もしかして、依頼内容と関係あるんかなー?」


 キェルは闇の侵食スピードを上げた。とうとう俺達は闇に追いつかれ、そして周りが真っ暗になる。さっき食らった時と同じ様に、漆黒の闇の中では何も見えないし何も聞こえない。レオンも消えている。

 しかし、先ほどと違うのはキェルだけがそこにいることだ。なぜか彼の姿は見えるし、声も聞こえる。


「お前さんどこの子や?」


「……」


 俺は走るのをやめ、キェルを見ながら沈黙する。キェルは歩いてこちらに近づいてきた。


「だんまりか。怖がらんでもえーよ? ちゃんと答えてくれれば殺しはせんし」


「……」


 ここで答えたところで殺されないという保証は無い。それに、もし名乗ればエルトゥールに危害が及ぶ可能性もある。


「……怯えて何も言えへんのか? それとも覚悟を決めとんのか?」


 キェルとある程度の距離を取るために、彼が歩くたびに俺は後ずさる。


「拉致があかんな」


 キェルはそう言うと同時に姿を闇の中に消した。俺だけが暗闇に取り残される。


「なっ……!」


 周りを見回す。しかしやはり、俺しかここにはいない。気配も分からない。

 すると次の瞬間、首を掴まれ持ち上げられた。


「があっ!!」


 キェルの姿が現れる。左手で俺の首を締めながら持ち上げていた。

 そして、その足下にはレオンが倒れている。頭を足で押さえられており、虚ろな目をしていて動かない。


「……ぐ、あ……ぅ」


「あんたら、俺らの話どこまで聞いた?」


 キェルは剣先をレオンの首に当てながら言った。しかし俺は答えない。


「……お前さんの名前は?」


「……」


 沈黙を続ける。すると、首を絞める手に力が入った。痛い、息ができない。とても苦しい。


「ぐぁ……!」


「この状況が理解できてへんのか? お友達死ぬで」


 キェルは剣先を少しだけ押す。レオンの首に血が滲んだ。やめろ。レオンを殺さないでくれ。少しずつ視界がぼやけ始める。


「やめ……! お、俺の……名は……!」


 名前を言いかけたその時──


「ああああ!!」


 キェルの体が炎に包まれた。悲鳴をあげながら飛び退くキェル。

 それと同時に漆黒の闇が消えて元の景色に戻り、俺とレオンはキェルから解放される。急に首を掴んでいた手を離されて俺は地面に落ちた。


「ごほっごほっ!!」


 俺はむせ返りながら体を起こす。すると、すぐそばに誰かが立っているのに気づいた。


「……と、父さん!?」


「ユウ大丈夫か?」


 見上げるとそれは俺の父さんであり、そして現ユニトリク国王のライファルト・エルトゥールだった。ローブを羽織り、剣を片手に持って凛として俺の前に立っている。金色の短髪を夜風になびかせ、エルトゥール特有の焔瞳で俺を見つめていた。

 いつもの陽気な態度はどこにも見られない。しかし、安堵感が一気に押し寄せた。


「う、うん大丈夫。父さんどうして……」


「話は後だ」


 そう言って、キェルの方を向く父さん。横を見ると、レオンの父であるベルトラム・ローウェンスがレオンを抱えていた。レオンは目を覚まし、困惑した表情をしている。


「ちょいと部が悪いな! 撤退や!!」


 炎を振り払ったキェルが叫ぶ。それと同時に怪しい男達は一斉に散開した。


「待て!!」


 父さんが追おうとする。しかしキェル達は煙幕弾を投げ、俺達の目をくらました。


「──ち!」

「クソ!」


 父さんとレオンの父が顔をしかめた。あたり一面煙幕に包まれる。


「むん!!」


 父さんが突風を発生させて、煙幕を一気に払った。しかし、もうそこにはキェル達の姿は無い。


「……逃げられたか」


 父さんは溜息をつく。そして剣を鞘へとしまった。


「ユウ、一体何があったんだ?」


「えっと……俺達この図書館を探検しようとしてて、そしたら中にあいつらがいて変な会話を聞いちゃって……」


 屋敷を抜け出したことで怒られるだろう、と思うと説明がしどろもどろになってしまった。


「変な会話?」


「何か、ユニトリクのこれからについて誰かと内緒話するみたいなこと言ってた」


「……ユニトリクのこれから、か」


「それ以上は分からないや……ごめんなさい」


「……ユウ、それはいいんだが、他に謝ることがあるだろう?」


 父さんが真剣な目で俺を見た。俺はそれに怖気付く。


「あ、その……屋敷を抜け出してごめんなさい」


「全くお前は……」


「お、俺も! 父上……すみませんでした!」


 レオンも父親に向かって謝った。


「……この馬鹿者が!!」


 腕に抱いていたレオンを正座させ、レオンの父は怒鳴りつけた。


「す、すみません!!」


 土下座するレオン。


「何を考えているんだお前は! あれ程勝手に外へ出るなと言ったのに。しかも今度は夜中に抜け出すだと!? 危うく死ぬところだったじゃないか!!」


「すみません……」


 レオンは弱々しく謝り続ける。


「それにお前は神子候補なのだぞ!? その自覚があるのか!?」


「まぁまぁベルトラム。ユウもレオンも反省してるみたいだし……」


「お前は甘いんだライファルト! お前がちゃんと倅を躾けていないからこんな事態になるんだ! レオン、今後お前はユウと会うな!」


「ち、父上!?」


「お前はあいつといると悪巧みばかりするな。一緒にいると悪影響ばかりだ!」


「おいおい、何もそこまでしなくてもいいだろ?」


「父上、今回俺達が抜け出したのは俺が言い出しっぺで、ユウは悪くな……」


「これから神子選考の日まで、お前がユウと会うことを禁止する! 外出ももちろん禁止だ!!」


「そ、そんな……!」


 父親の禁止令に愕然とするレオン。これから一年以内のいつになるか分からない神子選考の日まで、レオンは俺と会うことも外出することも許されない。軟禁状態だ。


「ベルトラム、それは……」


「これはローウェンス家の問題だ。口出しするな。ほら、行くぞ!」


 レオンの父は立ち上がり、レオンを街の方へ歩く様促す。レオンはしぶしぶ立ち上がり、悲痛な表情で俺の方を見た。何か言いたかったがしかし、俺は何も声を発することができなかった。

 そしてレオンは前を向き、父親について行く。俺と父さんは立ったままその様子をただ見守ることしかできなかった。


「父さん……俺……!」


 涙がこみ上げてきた。俺は何ということをしてしまったのだろう。夜中に行こうだなんて提案しなければ良かった。もっとキェル達の会話を聞いておこうだなんて思わなければ良かった。

 俺のせいで、レオンは危険な目にあって、しかもこれからしばらく軟禁生活を強いられてしまうのだ。


「ユウ、俺達も帰るぞ。母さん達が心配してる」


「うっ……うっ、うん……」


 もう、しばらくはレオンに会えない。それは俺にとってとても寂しいことで、悲しいことで、辛いことだった。

 自分の命が危険に晒された恐怖よりも、レオンが軟禁生活を送らなければいけなくなったこと、そして俺とレオンがしばらく会うことができないことの方が俺にとっては衝撃的で、悲しかった。涙がどんどん溢れてくる。胸の中は後悔でいっぱいだった。


 そして俺は父さんの胸で少し泣いた後、屋敷に帰った。




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