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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第1章 旅立ち
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第6話 正体〜red eyes〜

 ──黒い影は卯月の真上でグルグルと渦巻いている。卯月の体から黒い影が全て放出され、頰と首元のアザが消えた。そしておどろおどろしい上空の影の中央には赤黒く光る目が現れる。


「なに……あれ……!?」


「あれが、神使に取り憑いていたみたいですね」


「じゃああれのせいで卯月はおかしくなってたの?」


「恐らく……そうですね」


 冷静に答えるオルトさん。


「何なのあれ!? 一体……」


「それは……分かりません。が、危険なものには間違いないです」


 影は体積をどんどん膨らませながら、手の様なものを生やした。低い唸るような風音が影の周りで鳴っている。影の赤黒い双眸がこちらを睨みつけた。

 私はハッとして、卯月を見た。解放された卯月はグッタリとしている。虫の息だ。


「卯月、大丈夫!?」


 卯月の返事は無い。薄眼を開けたまま、かろうじて息をしている。


「八雲さん!!!」


 その声に顔を上げると、影が勢いよく迫ってきていた。


「ひゃ!!」


 影の体当たりを避けることができた。フワフワとしていて空気抵抗があるせいなのか、影の攻撃は卯月のものよりもスピードが遅かったのだ。


「大丈夫です?」


「えぇ」


 オルトさんが剣を鞘から抜いた。


「ホラ来い、諸悪の根源! 相手してやるよ」


 オルトさんは影に向かって叫ぶ。挑発だ。すると影はオルトさんの方へ方向転換し、口の様なものを開けて突進していく。オルトさんはサッと避け、同時に影を斬りつけた。


 ──しかし、剣は空を斬る。


「な……!!」


 影を斬った筈なのに、剣は影をすり抜けた。影に触れることはできないというのか。

 影は先端の尖った手の様なものでオルトさんを突き刺そうとする。オルトさんはそれを剣でガードした。鋼の鋭い音が響き渡る。

 その光景を見て私の中に疑問が浮かぶ。オルトさんの剣は影に触れることができなかった。しかし、影の手は今剣に触れている。一体どういう事だろう。


「……自分が攻撃する時だけ実体化できるって感じか? 都合のいい体してるな!!」


 そう言ってオルトさんは影の手を振り払う。そしてすかさず斬撃を入れるが、また影をすり抜けてしまった。


「ちぃ……!」


 影は連続で攻撃を繰り出す。それを的確に見切ってオルトさんは防ぐ。そして再び斬りつけるが影には当たらない。そうやって影とオルトさんの攻防が繰り広げられている。攻防というか、オルトさんの攻撃は当たらないから防戦一方になってしまうのだが。

 と、自分のしようとしていた事を思い出して私は卯月の側に膝を下ろす。まずは卯月を助けなければ。


「卯月、しっかりして!」


 治癒能力をかける。しかし、なかなか効果が現れない。


「お願い……!!」


 最大出力で術をかける。すると、キュウゥとか細い声をだしながら卯月が目を開けた。


「卯月! 気がついたのね! 大丈夫?」


 影は激しい攻撃をまだ続けている。オルトさんもまたそれを避け続けている。その攻撃の合間に影がチラッとこちらを見た気がした。


「逃げてください!!!」


 オルトさんが叫んだ。私は顔を上げ、彼の方を見る。

 すると影の後ろ側から三本ほどの尾の様なものが出てきてウヨウヨと動いた、と思った次の瞬間、尾は影を離れて私達目がけて飛んで来た。このままでは私も卯月も串刺しだ。


「ダメ……!!」


 私は卯月を庇うために立ちはだかる。


「マジかよ……!!!」


 咄嗟に、オルトさんは持っていた剣を投げる。疾風の勢いで剣は飛び、三本の尾を突き刺して地面に刺さった。尾は塵の如く崩れて消える。凄い芸当だ。助かった。

 そう感心した直後、影がオルトさんに襲いかかる。丸腰のオルトさんは影の突進をもろに喰らい、後ろの木々に押し付けられた。押し付けられた衝撃で木が倒れる。


 そして木から影が離れると、オルトさんの姿が見えた。彼は木の根元に崩れ落ち、上半身をもたれかかせている。

 ────動かない。



 どうしよう……!!!



 影が私を睨む。足が震える。声が出ない。

 蛇に睨まれた蛙の様に、ただ立ち尽くしている。そんな私に、影は容赦なく牙をむく。

 ダメだ…そう思って目を瞑ったその時、自分の周りで大きな何かが動く風を感じた。目を開くと……影の攻撃を押さえつけていたのは卯月だった。


「卯月!!?」


 影の体全体に巻きついて動きを封じている。衰弱しているせいで卯月の息は荒々しい。影が必死に抵抗する。それを卯月が懸命に抑え込む。


「卯月、ダメよあなたそんな体で……! もたないわ! 私のことはいいから、今すぐ離れて!!」


 卯月は小さく首を振る。

 あぁどうしよう。このままでは卯月が死んでしまうかもしれない。でも何か攻撃しようにも影には触れることができないし、そもそも攻撃手段も無……あれ?

 私はおかしな点に気がついた。卯月は影に触れることができている。オルトさんの戦いから、影の攻撃時には一部が実体化するのだと思っていたのだが。実際、さっきの尾の攻撃もそうだった。しかしなぜ今卯月は影を押さえつけることができているのだ?


「クエェー!」


 卯月が私に逃げろ! と言っている。


「そんな、卯月を置いていけないわ!」


 ふと、卯月の体から少し光が出ているのに私は気づいた。


「そうか!! 氣力をまとえば影に触れられるのね!」


 どうやら影には氣術が有効らしい。そうと分かれば早速術で攻撃……といきたいが、生憎私は里に結界を張るのと治癒能力を使う以外は氣術の才能がない。攻撃用の術は持ち合わせていなかった。

 あぁもう! 攻略法がわかったところで手段が無いんじゃどうしようもないじゃないか!! オルトさんも卯月も必死に戦っているのに、私だけ何もできないなんて!!


 自分の不甲斐なさに心底嫌気がさす。とその時、屋敷に続く扉が勢いよく開いた。


「な、なんだこれは!!?」


「ひぃ!??」


 一継と智喜だ。どうやらこの騒ぎを聞きつけて駆けつけたらしい。二人とも全く状況が飲み込めない、という表情をしている。


「八雲様、これは一体どういうことですか!?」


 一継が叫ぶ。智喜は青ざめている。


「え……あ……」


 私が口を開きかけると、影が大きく動いて卯月を振りほどいた。卯月は地面に叩きつけられる。卯月がギャウ!! と悲鳴をあげた。

 影はまた赤黒い目で私を見る。こちらに狙いを定めた様だ。


「あ……」


 もうダメだ。オルトさんも卯月も倒れた。一継と智喜は遠い。もう誰の助けも見込めない。自分で反撃することもできない。


 ────私は、何て無力なんだろうか。


 影はこちらへ向かってくる。

 短い人生だった。もっと外の世界を冒険してみたかった。色んな景色を見てみたかった。ユニトリクにも行ってみたかった。いつも屋敷の中ばかりで過ごしていて、友達と遊ぶこともまともにできなかった。

 唯一、お互い気兼ねなく遊べたのが卯月だったのに、その親友も救えずに終わってしまうのか。


 そんなの……そんなの……




「嫌あぁーーーーーー!!!!!」




 私は渾身の力で叫ぶ。影は目の前まで迫っている。


 そして当たる──と思った瞬間、影が炎に包まれた。


「!!?」


 影が苦しそうに後ろへ飛び退く。


「全く……あまり氣術は使いたくなかったのですが」


 ──そう言って、近づいてきたのはオルトさんだった。頭から血を流している。


「オルト……さん?」


 オルトさんは地面に突き刺さっていた剣を抜く。こちらを見てニコっと笑ってから、影の方を向いて構えた。すると、オルトさんの目が燃え盛る炎の様に紅く染まり、剣には炎が宿る。

 影は自分を包んだ炎を振り払い、怒り狂ったようにオルトさんへ迫った。オルトさんも影に向かって駆ける。


 一瞬だった。影は炎の剣に斬り裂かれ、真っ二つになった。影の赤黒い目からは生気が消えていき、斬り裂かれた体は塵のように崩れて消える。私は思わず腰を抜かした。


 影が消滅し、池周りに静寂が戻る。私も一継も智喜も、あっけにとられていた。


「大丈夫でしたか?」


 オルトさんが歩いてくる。

 今の──武器に氣術を宿す力。そして金髪美青年で焔の瞳。


「あなた、もしかしてエルトゥールの……」


「はい、俺の本当の名前はユウフォルトス・E・エルトゥール。エルトゥール一族の最後の生き残りです」


 オルトさんは私の前にしゃがんで目線を合わせた。



「──でも、内緒でお願いします」


 そう言って、彼は人差し指を口に当てながらニッコリと笑った。




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