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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第65話 ガキ大将の誤算

 翌日兄さんがジゼルに交渉した結果、俺達は外出できることになった。せっかくなので、レオンとハインツも誘って皆で公園に向かう。

 レオンの妹のビアンカもついてきた。ビアンカはレオンと同じ青髪を肩下あたりまで伸ばしており、レオンと違って愛らしい瞳をしている。ビアンカはレオンと年子で七歳だ。二人はとても仲が良く、公園まで手を繋いで歩いて行った。


 途中、ビアンカが俺の方をチラチラと見てくる。しかし俺がビアンカの方を見ると顔を赤くして目を逸らされてしまった。……どうしたんだろう。

 ちなみに俺達兄妹もマリィを間に挟んで三人で手を繋いでいる。兄弟のいないハインツだけが一人で歩いていた。


「お、誰もいないね!」


 ジゼルの教会近くにある大きな公園に着いて、俺が言う。公園には広い芝生広場と、すべり台やブランコ、鉄棒など様々な遊具がある。ロープを張り巡らせたタワーや大きくて複雑なアスレチックもあった。

 しかし不思議なことに今日は誰も利用していない。


「じゃあ私はここで見てるので、好きに遊んでください」


 ジゼルが公園入口近くのベンチに座った。そこからなら遊具広場全体が見渡せる。


「じゃあ僕も、座って本を読んでようかな」


「えぇ、兄さんここでも本なの!?」


 せっかく公園に来たと言うのに、ジゼルの隣に座って本を開きだす兄さん。

 本なら屋敷でも読めるじゃないか……。


「ビアンカ、行こー」


「うん」


 マリィがビアンカを誘って芝生広場へと向かう。ビアンカはマリィと対照的で引っ込み事案なのだが、相性が良いらしく妹同士とても仲が良い。


「よし、じゃあアレで競争しようぜ!」


 レオンがアスレチックを指差す。それは木製の遊具で、丸太吊橋や雲梯、平均台やターザンロープ等が組み込まれていて小さな子供にはそこそこ難易度が高そうなものだ。

 そのアスレチックの端から端まで競争しよう、ということである。


「うん、いいよ!」


「えぇ、そんなの僕勝てるわけないよぉ。二人でやってよぉ」


「そんなの分かんねえだろ!? ハインツのスーパー運動能力が目覚めるかもしれないぜ?」


「そうそう、眠れるスーパーハインツが覚醒するよきっと」


「二人とも適当なこと言わないでよ! 名前ダサいし!」


 レオンは俺と同じで運動神経が良いが、ハインツは運動が苦手だ。そのかわり、ハインツは氣術の扱いがとても上手い。それはバルストリア家の傾向でもある。

 バルストリア一族は武術こそ得意とはしないものの、氣術に関してはエルトゥール一族やローウェンス一族を凌ぐ能力を持っている。


「じゃあ行くぞぉ? レディ……」


 俺達はアスレチックのスタート地点につき、前傾姿勢になる。ハインツもしぶしぶ構えた。


「ゴーー!!」


 レオンの合図と同時にダッシュした。デッキの上を走り、丸太の階段をロープを使いながら登る。俺とレオンはほぼ同じ速さで競り合いながら進んで行く。

 一方ハインツはスタートダッシュを失敗したらしくかなり後方から追って来ている。


「うおぉ!」


「負けるかぁ!!」


 俺とレオンが同時に丸太吊橋に乗ったので、吊橋は大きく複雑に揺れて非常に進みにくい。しかも狭い吊橋を無理矢理二人並んで渡っていく。


「あ、危ないよ二人共ぉ!」


 後ろからハインツが叫ぶ声が聞こえたが、俺達は構わず吊橋を渡って行った。吊橋を渡り終え、次は雲梯だ。

 これもまた二人並んで進むため、やりにくいことこの上なかった。


「ユウ邪魔だ!」


「レオンこそ!」


 互いを見て火花を散らす俺達。


「ユウ兄頑張ってー!」


「お兄ちゃん達頑張って!」


 マリィ達の声が聞こえた。アスレチックを進みながらも芝生広場の方に視線をやると、マリィ達は花冠を作っている最中だった。俺達を見て手を振っている。

 一応手を振り返し、デッキを走り抜ける。後ろをチラ見すると、ハインツは丸太吊橋と悪戦苦闘していた。

 俺とレオンはネットの足場を駆け抜け、丸太階段を降り、平均台を走り抜けて今度は登り棒を上り、そして最後のアトラクションであるターザンロープまで辿り着く。しかし、ロープは一本しかない。


「「俺が先だぁ!」」


 二人同時にロープに飛びついた。ターザンロープを吊るワイヤーが撓みながらも、ロープは二人を乗せて加速しながら進み、ゴールへと近づいていく。

 そしてターザンロープの終点に着き、慣性で体が前に振られた瞬間俺達は手を離してアスレチックのゴールへと飛んだ。見事俺達は綺麗に着地し、刹那その場の時が止まる。


「──俺の勝ちだな!!」


「いや、俺の方がちょっと速かったよ!」


 ドヤ顔で勝ち誇るレオンに抗議する俺。しかしレオンも譲らない。


「いやいや、俺の方が速かったって!」


「いーや! 俺だね!!」


 睨み合う俺とレオン。主張を曲げない二人の顔がどんどん近づいていく。すると少し遅れてハインツがターザンロープにようやく辿り着いた。

 しかしロープは俺達を乗せてゴールの方に来てしまったため、ハインツはアスレチックを降りてこちらまで走らなければならない。溜息をついた後、あぁもう嫌だなあとか文句を言いながらハインツはゆっくりとアスレチックを降り、こちらへ駆けて来た。

 そして、あと少しでゴールという時に足を何かに引っ掛け転びそうになる。


「わわっ!?」


「「ハインツ!!」」


 俺とレオンで転びかけたハインツを受け止めた。


「大丈夫?」


「う、うん。ありがとう」


 ハインツが体を起こそうとした時、俺はハインツに触れた感触に違和感を感じた。


「あれ、ハインツ……腕腫れてない?」


「え?」


 服に隠れているが、触れたハインツの腕は明らかに膨れ上がっている感触がした。レオンがキョトンとする。

 するとハインツは青ざめて俺達から離れた。


「そ、そんなこと無いよ! 気のせいじゃないかな!?」


「え……ハインツ、腕見せてみて」


「それは……!」


 ハインツは少し震えながら目をそらす。一体どうしたというのだろうか。怪我をしているのなら手当てをしないといけないのに。レオンも心配そうに見ている。


「昨日の夜転んじゃって、ちょっと打っただけだから大丈夫!」


「……本当に?」


 ハインツの様子と腕の腫れ方から、転んだ怪我にはとても思えないが。何か隠している様に見える。



「──きゃあ!」


 その時、ビアンカの悲鳴が聞こえた。俺達は芝生広場の方を見る。

 すると、ビアンカが俺達より二、三歳くらい年上と思われる少年に腕を掴まれていた。いかにもガキ大将、といった感じの恰幅のいい少年で、その後ろには四人の少年を引き連れている。

 マリィはビアンカの後ろでへたり込んで怯えていた。


「ビアンカ!?」


 レオンがその光景に驚き、そして一目散にビアンカの方へ走り出す。俺とハインツも同じくそこへ向かった。

 すると、ガキ大将的少年がこちらに気づく。


「あー何だ? お前ら仲間か?」


「おいお前! 俺の妹に何してんだよ!」


 俺達は少年達の前まで辿り着いた。


「へぇ、お前こいつの兄貴か。何してんだはこっちのセリフだぜ?」


「はぁ? どういう意味だよ」


「この公園は俺らの縄張りなんだよ。勝手に使ってんじゃねえ」


「な、何言ってんだお前!? 公園は皆のものだろ!」


 すると、ガキ大将は舌打ちをした。マズい、このままだと喧嘩になりそうだ。少年達は俺達が神子一族だとは気づいていないらしい。もし気づいていれば、神聖であり戦闘力も高く、そして国をまとめている一族の子供に普通は手を出したりしないだろう。

 ジゼルの方をチラリと見た。しかし、先ほどまでベンチに座っていたジゼルの姿は無く、兄さんだけが本を手に持ちながらこちらを見て顔面蒼白になっている。

 こんな大事な時にどこ行ったんだ、ジゼル。


「ふん、お前俺が誰か分かってねえみたいだなーあ?」


「い、痛い……!」


 ガキ大将はそう言いながらしかめ面をして、ビアンカを握る手に力を入れた。


「おい、止めろ!!」


 レオンがガキ大将に殴りかかった。しかし、ガキ大将は卑劣なことにビアンカを目の前に引っ張り盾にする。それを見てレオンの拳が止まった。


「てめ……卑怯だぞ!!」


 激昂するレオン。しかしガキ大将はそれを見て嬉しそうに笑う。いかにも悪役、という感じの顔だ。


「はは、このグンタ様に逆らう奴はこーなるんだよ!!」


「は、離して!」


 ビアンカが抵抗するが、グンタの手から逃れることができない。ビアンカも普段武術の稽古はしているらしいが、まだ未熟なのとグンタの力が強すぎてどうにもできないのだろう。

 レオンの怒りボルテージがMAXに近づく。するとガキ大将ことグンタはビアンカを盾にしながらレオンを殴ろうとした。

 あぁ、これはマズイな。


「──やめなよ」


 レオンにグンタの拳が届く直前、俺はビアンカを捉えている手を捻った。グンタの手からビアンカが解放される。

 そして捻られた手の痛みでグンタの攻撃が止まった。


「痛って!?」


「ひゃっ……!」


 腕が自由になったビアンカが俺達の後ろへ隠れた。俺の手はまだグンタの手を掴んでいる。


「大人しくここは引き下がってもらえないかな? 君がどこの誰だか知らないけど、ここは皆で使う公園だよ? それに暴力はよくない」


 俺はグンタに冷たい視線を送りながら、しかし口調は努めて優しく話す。


「この野郎……偉そうにしやがってクソガキがぁ!!」


 グンタは俺の忠告を全く聞かず、頭に血を上らせた。そして俺の手を振り払い、殴りかかりに来る。

 するとその瞬間、


「クソガキはお前だ、タコ」


 レオンの膝蹴りがグンタの腹にクリーンヒットした。グンタは一瞬何が起きたのか分からずに目を泳がせ、その後レオンの方を見ながら痛みに悶える。

 直後レオンがとどめの一撃にパンチを繰り出した。モロにそれを食らったグンタは無様に倒れる。グンタの後ろでただ様子を見ていた少年達は呆気に取られていた。


「あーあ、だから言ったのに」


 レオンも俺と同じく毎日武術の鍛錬を欠かしていない。よって、その辺のガキ大将くらいじゃ喧嘩ではそうそう叶わないのだ。

 かと言って、またトラブルを起こして母さん達に怒られるのも嫌だったので、レオンがブチ切れてグンタをボコボコにする前に穏便に済ませたかったんだけど……無理だったな。


「こ、こいつやりやがったな!!」


「舐めんなよ!?」


 グンタの連れの少年達が怒って俺達に飛びかかってきた。


「「あーもう」」


 俺とレオンは互いを見やり、そして口角を上げた。

 次の瞬間、俺達は少年らの攻撃を全て躱し、それぞれ二人ずつにカウンターを食らわせた。見事それぞれの腹に拳がヒットし、四人の少年も全員芝生の上に倒れる。

 気を失って動かない。後ろでマリィがわぁーと感嘆の声をあげた。


「んーやっちゃった。怒られるかな」


「大丈夫だろ。悪いのこいつらだぜ?」


 芝生でのびている五人を見ながら俺とレオンが話す。


「……あ、あの!」


 するとビアンカが恥ずかしそうに俺に話しかけてきた。


「ん? ビアンカ大丈夫だった?」


「う、うん大丈夫。その……ユウ、ありがとう」


 真っ赤に頬を染めるビアンカ。


「うん、いいよ。怪我が無くて良かったね」


「……!!」


 俺がそう言うと、ビアンカはレオンの後ろに隠れてしまった。

 まただ……。何か変なことを言ってしまっただろうか。


「ビアンカどうしたの?」


「……ユウ、お前一発殴っていい?」


「えぇ!? 何で!?」


 ビアンカの頭を撫でながらレオンがなぜか俺を恨めしそうに見て発言する。

 殴られる意味が分からない。俺ビアンカに何かしたか?


 すると、ようやくジゼルが戻ってきた。


「ちょ、これは……私がお手洗いに行ってる間に一体何があったのですか!?」


「あーー、ちょっと絡まれてただけだよ」


「お怪我は!?」


「大丈夫。誰も怪我してないよ」


「はああぁーー。良かったぁ……」


 ジゼルがへたりこむ。その後ろから兄さんがバツが悪そうに歩いてきた。恐らく怖気づいて喧嘩の仲裁に入らなかったことに引け目を感じているのだろう。別に俺達はそんなことは全く気にしていないのだが。

 それよりも、大事な時にトイレで不在という失態をやらかしたジゼルの方が問題である。


「というかトイレ長くない? ジゼルう◯こしてたの?」


「ゆ、ユウ様!? 違いますよ、というかそんなはしたないこと言ってはいけません!」


 ジゼルが慌てて俺をたしなめる。う◯こ発言に兄さん以外は爆笑。


「でも、どうしよう? この人達このまま放っておけないよね……?」


 ひとしきり笑い終わった後、ハインツが言った。確かにこのまま彼らを放置してはおけない。

 俺は倒れたグンタのそばにしゃがみ、頬をペチペチと叩く。


「おーい、起きろー?」


「う……ん……?」


 グンタが目を覚ます。少しの間ぼーっとして、そして急に目を見開いた。


「!! ひっひいぃ!」


 俺の顔を見て怯えて起き上がり、そして倒れている仲間を見る。


「おい起きろお前ら!!」


 仲間達を起こしにかかるグンタ。


「……う、ん?」


「……う、うわあぁ!?」


 仲間達も俺達を見るなり怯えた。そして立ち上がり、一目散に逃げていく。

 途中何度もこちらを振り返り睨みつけながら、少年達は街の中へと消えていった。


「あははー行っちゃったねー。ユウ兄すごーい」


「はあ、取り敢えず大ごとにならなくて良かったです……。本当にすみませんでした」


 ジゼルが平謝りする。


「ううん、大丈夫だよ」


「そうそう。俺達結構しっかりしてるぜ?」


 俺とレオンがそう言うとジゼルは微笑んだ。


「さぁ、皆さん満足しましたか? そろそろ帰りましょうか」


「まだだ! ユウ、ハインツ、もう一回競争だ!」


「おう!」


「ええぇー!? 僕はもういいよぉ」


「ほら行くぞ! ウルトラハインツよ目覚めろー!」


「またそんな無茶苦茶言ってぇー!」


 再び俺達はアスレチック競争をする。結局何度やっても勝敗はつかず、日暮れが近づいてきたので決着がつかないまま帰ることになった。




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