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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第6章 エルトゥールの末裔
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第63話 とある日の少年達

 十年前のユニトリク。自然豊かで資源は豊富、首都のフェラーレルは人も多く栄えており、そこには国を交代で治める三つの神子一族があった。バルストリア、ローウェンス、エルトゥールだ。

 この三家の中で神使に認められた者がその代の王であり神子となる。神子もしくは神使が没した時が世代交代のタイミングで、その際は三家からそれぞれ神子候補を擁立して神使に選ばせるのだ。三家は王座を取り合うライバル同士であり、良き仲間でもあった。

 神使が神子として認定する条件は特に無いが、氣力量が高くそして芯の強い人間が選ばれることが多い。今はエルトゥールが国を治めているのだが、つい最近神使が没したため次の神使が現れ次第、新しい王の選定を行うことになる。


 俺はユウフォルトス、八歳。王であるライファルト・エルトゥールの次男だ。母親はイリスティナで、兄妹は二歳年上の兄のフレンジルトと二歳下の妹のマリアルナがいる。

 エルトゥール家の屋敷はフェラーレルの端、丘を背にした場所にある。屋敷の裏には青い芝の生えた丘があり、そこには花畑が広がっていた。

 バルストリアとローウェンスの屋敷もそれぞれ街の端にあり、神子三家の屋敷と街の中心にある教会を線で結ぶとちょうど街が三等分される位置関係にある。

 フェラーレルの治安は悪くはないが、王族の命や金品を狙う輩もいるため俺達子供だけで外出することは禁じられていた。



「やっべ、隠れろ!」


「ユウも早く!」


「ははっ。そんな焦んなくても大丈夫だって!」


 俺達は物陰に隠れる。ここは街はずれの廃墟だ。二階建ての古い木造の建物で、昔は小さな図書館として使われていたらしい。

 一緒にいるのはハインツことハインリヒ・バルストリアと、レオンことレオンハルト・ローウェンスだ。三人で昼過ぎにコッソリ屋敷を抜け出して探検に出かけて、街はずれに来たところでちょうどこの廃墟を見つけた。そして外側を物色していた際に誰かが近づいてくるのが見えたため隠れているのだ。

 足音がだんだん大きくなってくる。俺達がいるのは建物に立て掛けられる形で放置されていた本棚の裏だ。本棚の周辺には壊れた机や椅子も置いてあり、物陰からは音の主がよく見えない。


「誰だろう? もしかして、僕達が内緒で来るのがバレて探しにきたのかな?」


 少し気弱に小声で話すハインツ。彼は俺と同い年の八歳で、茶髪に糸目、バルストリア家の一人っ子で次の神子候補だ。王の任期は神子か神使が死ぬまでなので、少しでも任期を長くするために神子候補には子供が擁立されることが多い。ちなみに各一族一人の候補を立てることができる。


「どうだろうな。俺はそんな簡単にバレるヘマしてねえと思うけど」


 ハインツを流し目で見ながら少し意地悪に言うレオン。彼も八歳で髪は青色、切れ長三白眼を持つローウェンス家の長男で、神子候補だ。彼には妹がいる。


「うーん、でも俺達を探してるんなら名前を呼びながら来るんじゃない?」


 俺がハインツとレオンに小さい声で言う。


「俺達を探してる人じゃないとしたら、一体誰なんだ? こんな街はずれの廃墟に来るなんて」


「それは俺も分かんないよ」


 俺はレオンとヒソヒソ声で話す。

 すると、建物の扉が開く音が聞こえた。誰か一人、中に入っていく音がする。俺とレオンは物陰から少し頭を出して、扉の方を見た。扉は開いており、辺りに人はいない。


「もしかして俺達と一緒で探検しに来たとか?」


「マジ? 声かけてみる?」


「や、やめてよそんな。怖い人だったらどうするんだよ」


 乗り気のレオンと怖がるハインツ。俺とレオンが中に入った人間を確かめるために物陰から出たその時、建物内から扉の方へ歩いて来る足音が聞こえた。中に入った人物が引き返してきたらしい。急いで俺達は隠れる。そして謎の人物を確認するために少しだけ顔を出した。

 すると、その人が建物から出てきた。黒いローブを羽織っており、フードも被っているから顔が確認できない。

 こちらに気付かれない様息を殺す。


「ここで良さそうだな」


 そいつは男の声でそう言った。そして俺達に気づくことなく街の方へ歩いていく。

 しばらく身動きせずに男が遠ざかるのを見守る。そして、男の姿が見えなくなったところで俺達は一気に息を吐いた。全身脱力する。


「はあぁー。ドキドキしたね!」


「別に何てことねえよ」


「うう、怖かったよぉ」


 涙目になっているハインツ。俺はハインツの肩をポンポンと叩いた。そして棚の裏から出る。


「よしっ! 俺達も中に入ってみよう」


「おう。ほらハインツ、早く来いよ」


「う、うん……大丈夫かなぁ。お化けとか出ないかなぁ」


「まだ昼だよ? お化けなんていないよ」


 俺達は男が開けっ放しにした扉を通り、中に入った。さすが廃墟だけあって、埃まみれだ。いくつもの割れた窓から太陽の光が入っており、中は比較的明るい。

 図書館だったため本棚がたくさんあるが、大半は倒れて壊れてしまっていた。本も大量に散らばっている。机と椅子も置いてあるが、埃まるけな上に蜘蛛の巣がはっていた。


「うわ、すごい埃っぽい」


「へえー意外と明るいな」


「ねえ、やっぱもう帰らない?」


「アホかハインツ。まだ入ったばっかじゃねえか。奥行ってみるぞ」


「ええぇー」


 レオンがハインツの手を引いてどんどん奥へ進んでいく。俺はその後について行った。周りをキョロキョロと観察しながら歩いていく。

 俺達は謎の廃墟の中を探検、というシチュエーションにドキドキワクワクしていた。ハインツはしてないかもしれないが。


「本だらけだね」


「お宝とかねえかなあ?」


 階段を上り、二階に行ってみる。階段もかなり腐朽が進んでいて足を乗せるたびに軋んだ。

 二階に上がるとフロアはいくつかの部屋に分かれていた。レオン達を抜かして廊下を歩き、そして近くの部屋のドアノブに手をかけようとした瞬間。

 足元の床板が割れる。


「うわっ!?」


「うおぉ!」


「ひええぇ!!?」


 異変を察知してすぐ足を離したため落ちずに済んだが、足元には子供一人ならすっぽり入りそうな穴が空いてしまっていた。穴の奥からは一階の床が見える。


「危なかった……」


「ビックリさせんなよユウ!」


「はわわ、心臓止まるかと思ったよぉ」


「あはは、ごめんごめん」


 気を取り直して、足元に気をつけながらドアを開く。俺達はゴクリと唾を飲んだ。

 ゆっくりとドアを開け中を見ると、窓からの光で部屋内は明るかった。部屋の奥には新聞が大量に積まれている。

 近づいて見てみるとこちらも埃まるけで、しかも変色していた。


「何か古そうな新聞だね」


「字も何か見たことない様なやつだな」


 昔の字だから読めないのだろうか。


「よし、次行こうぜ!」


「も、もう止めようよー」


 特に妙なものは無いと判断したレオンは弱腰のハインツを引っ張り部屋を出る。そして隣の部屋のドアをゆっくりと開けた。

 レオン達が部屋に入るのに俺も続く。今度の部屋には机と椅子、そしてベッドが置かれていた。この部屋も明るいが、そこら中に蜘蛛の巣がはっている。


「誰か住んでたのかな?」


「ここ図書館だぞ? んな訳あるかよ」


「何でベッドがあるんだろうね」


「さぁな。よし、次!」


 俺達はまたさっさと部屋を出て、隣の部屋のドアの前に行く。

 すると、ドアの前に立った瞬間その部屋の中で何か物音がした。ガサガサと何かが動く音だ。


「「!?」」


「ひいぃ!」


 ハインツが驚いてレオンに抱きついた。俺とレオンも固まる。


「……今、何か音したよな?」


「う、うん。聞こえたね」


「も、もうやだよぉ!」


「どうする?」


「そ、そりゃおまえ! 男ならやっぱ開けるべきだろ!」


「じゃあレオン頼んだ」


「何でだよ! ユウ行けよ!」


「何で俺なんだよ!」


「帰ろ! 帰ろうよぉ!」


 引きつった顔で互いを見る俺とレオン。さすがにこれは怖い。……けど中に何がいるのか知りたい気もする。どうしよう。


「……じゃあ、一緒に開けようぜ」


「わ、分かった」


 俺とレオンがドアノブを掴む。冷や汗が流れ、鼓動が速くなる。ハインツはレオンの背中に顔を埋めている。

 ハインツの言った通りお化けだったらどうしようか。逃げられるだろうか。あぁヤバい怖い。でも引き下がりたくないし音の正体が何なのかも知りたい。

 ゆっくりとレオンと目を合わせ、同時に頷いた。そして勢いよくドアを開ける。


「……?」


 部屋の中には何もいない。ボロボロの汚れたキッチンと戸棚、そしてテーブルと椅子があるだけだ。

 しかしこの部屋の窓のカーテンは閉まっており、さっきまでの部屋と違ってかなり暗い。特に変わった様子は無いが、何だか不気味だ。


「……何もいねえぞ?」


 ハインツもレオンの背中から顔を離して部屋の中を覗き込んだ。


「おかしいな。さっきの音は一体……」


 そう言いながら俺が部屋の中に足を踏み入れた瞬間、また物音がした。


「「「!!」」」


 ガサガサと何かがどこかで動いている。俺達は部屋の中を凝視しながら後退る。

 するとその時、大きな音を立てて勢いよく戸棚一番下の扉が開き、何かがこちらへ突っ込んできた。


「「「ぎゃああぁーーーー!!!」」」


 俺達は一目散に逃げる。一体何が飛び出してきたのかはよく確認していないが、怖くて条件反射で逃げ出した。

 軋む廊下と階段を駆け抜け、本が散乱する一階を全速力で走る。出てきた何かが追ってきているのかどうかは分からない。しかしもうそれどころではない。

 三人皆涙目になりながら建物外を目指し、そして出口に向かって大ジャンプする。見事建物から脱出し、俺達は着地してそのまま倒れ込んだ。


「……に、逃げられたか?」


「……分かんねえ。っていうか何から逃げたのかもよく分かんねえ」


「お化けだよ絶対お化けだよーー! あぁ怖かったよぉ!」


 うつ伏せの状態から体を起こして四つん這いになる。

 とその時、建物の中から何かが走ってくる音が聞こえた。お化けがまだ追ってきている、と思い血の気が引いた。そしてすぐ振り向いて建物を見る。


 すると、中から出てきたのは──



「……え」





 ────一匹の薄汚れた三毛猫だった。




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