第62話 答え合わせをしよう
リッキーことエリック・ハイメリンはエリザベートと同じトレジャーハンターで、マリュージャから少し離れた場所で一人暮らしをしている。一人暮らしと言っても、職業柄彼は世界各地を年中放浪しているためこの家で過ごす時期は限られているらしい。そのため、たまたまエリックが家に滞在していてラッキーだった。
歳はエリザベートと同じくらい、群青色の髪を持つ眼鏡をかけた青年だ。トレジャーハンターという割にはおっとりした感じを醸し出している。
部屋を出て少し待つとダイニングテーブルの上に六人分の食事と俺の病人食が並び、葉月とサンダーの食事も用意してくれた。エリックと琴音が作ったらしい。
セファンの言った通り、エリックの料理も琴音のと同じくらい美味しい。
「大丈夫かい? 食べれそう?」
「はい、ありがとうございます。美味しいです」
「それは良かった。あ、敬語無しでいいよ?」
心配そうに尋ねてきたエリックに返答する。胃がビックリしない様に、消化に良いものを用意してくれていた。
最初はそこまで食欲があるわけでは無かったが、一口食べるとだんだんお腹が空いてきた。大怪我をした上に三日間何も食べていなかったため、体が栄養補給を求めているのだろう。
「うーん、やっぱ美味えなぁ!」
セファンが至福の極みといった感じで食べている。
「ありがとう。作り甲斐があるよ」
「リッキーは本当に女子力高いわよねーー? 誰かお嫁にもらってくれるといいのにねえ?」
「ぼ、僕はそういう趣味はないよ!」
「エリちゃんより断然家事全般上手くできるんだもーん。いい奥さんになれると思うわよ?」
「僕は一緒に家事する奥さんが欲しいよ」
「リッキーは彼女とかいねーの?」
セファンがリッキーに聞く。
「はは、残念だけどいないなあ。絶賛募集中だよ。まぁこの仕事してる限り無理な気がするけど」
「そっかぁ。お互い頑張ろうな!!」
「う、うん?」
セファンがテンション高めでサムズアップするが、エリックは困惑した表情。
「ところでエリちゃん、さっきの話だけど……」
八雲が会話を切り出した。先ほど話しかけた、俺とエリザベートの契約の事だろう。
「あぁ、契約の話ね? 八雲姫は地下武闘会の前日、カジノで会った時のこと覚えてる?」
「えぇ。確か下見に行って、それでエリちゃんに会ったわね」
「そ! その時にオルトくんとコッソリ契約結ばせてもらっちゃったー!」
──そう、地下武闘会会場に入るための合言葉を教えてもらう時、俺達は契約を交わしたのだ。
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「私の条件はねぇーー」
「……何?」
エリザベートはニマニマしながら八雲を見て、そして俺に急接近して耳元で囁いた。
「地下武闘会運営者の中で一人、こっそり話したい奴がいるの。大会終了後に会うつもりだから、グランと一緒に人払いを手伝って欲しいわ」
「会いたい奴って?」
「それは明日話すわ。明日来るとは思うんだけど、約束してる訳じゃないからね」
エリザベートが珍しく真剣な表情で話す。
「一応努力はするけど、人と現場状況が分からないし保証はできないよ。あと、来なかった場合はどうする?」
「それはそれで構わないわ! エリちゃんの読みが甘かったってことで」
何だか、エリザベートはかなり怪しいことを考えている気がする。裏の大会の運営者と秘密裏に会って話すこととは何だろうか。
「エリちゃん、ちなみに会って話したい内容って……?」
「ふふ、それは内緒よー」
やはり教えてくれないか。取り敢えず地下武闘会の合言葉を手に入れるアテも無いし、大人しく条件をのむことにしよう。
「分かった。交渉成立だ」
「オッケー! じゃあ合言葉を教えるねー!」
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八雲が怪訝な目で俺を見た。
「あの時、合言葉を教えてもらうかわりにオルトが何かを引き受けてたわね……二人でコソコソ話してるから聞こえなかったんだけどすごーく気になってたわ」
「それそれ! 実は、人払いの手伝いを頼んでたのよー」
「「「人払い?」」」
八雲とセファン、琴音が同時に聞き返した。
「あはは、皆息ピッタリね!!」
「どういうこと?」
「エリちゃんとリッキーの友達がね、少し前に殺されたの。友達もトレジャーハンターやってて、持ってるアイテムを狙われたみたいでね」
「え……」
ちょっと待て。その辺の話は聞いてないぞ。
「調べたらその殺した奴は地下武闘会の関係者だってことがわかったのよ。だから、今回の地下武闘会に参加して盗られた物を取り返そうって思ったわけ。それで、オルトくんには全部試合が終わった後コッソリ私が犯人を脅すところを目撃されない様に人払いをしてくれる様頼んだのよー」
「待て待て! 俺は会って話したい奴がいるから人払いして欲しいって言われただけだぞ!?」
「秘密にしててゴメンね? オルトくん」
「……はぁ」
俺は額に手を当て溜息をつく。少し申し訳なさそうにするエリザベート。
まさかそんな物騒な話だったとは……いや、条件を聞いた時点で何かあるなとは思っていたから、軽く流してしまった俺にも落ち度はあるか。
「……その犯人って、もしかして……」
俺だけは犯人が誰なのかエリザベートに聞いている。しかし八雲は思い当たる節がある様だ。
「犯人の特徴は空色の長髪の女性。盗られたのはバリアを周辺に張る氣術器」
エリックが声のトーンを落として話す。
「うん、シャーロットだよん。で、シャーロットが盗んだ氣術器をクリストファーが使ってた。オルトくんが会場めっちゃめちゃにして観客全員避難させてくれたから、堂々と取り返せたけどねー!」
「あー、まさか自分でもあんなことになるとは……すまん」
「エリちゃん、あなたがシャーロットの方に行った後、彼女が倒れてた様に見えたんだけど……」
「あら、あの状況で見られちゃってた? そうなのよねーちょっと抵抗されちゃって」
「……エリちゃん、まさか」
八雲がエリザベートを叱責する様な目で見た。
「きゃあ八雲姫怖ーい。大丈夫大丈夫、気絶させただけよー? でもあの後すぐ闘技場崩れちゃったし、どっちにしろ気絶してた運営者三人はペチャンコになってるだろうけど」
「エリちゃん!」
八雲が机を叩いて立ち上がった。俺とエリザベート、そしてグランヴィル以外が驚く。
もしシャーロットが気絶していなければ彼女達は助かったのかもしれないのに、と八雲は思ったのだろう。
気まずい空気が流れた。エリザベートは冷たい視線を八雲に送る。そして八雲は目を伏せた。
「……大声出してごめんなさい。私があの時、あの人達の方まで気が回っていれば……助けられたかもしれないのに」
「甘いねーえ八雲姫? 奴らは悪党よ? 人をたくさん殺してるし、人殺しをさせる大会を運営してる。同情する必要なんて無いわ。それに、あの状況で全員助けるなんて無理でしょ。オルトくん助けるのに必死だったのに」
「そ、それでも私は……」
「それが八雲の良いところだよ、エリちゃん」
俺の発言を聞いて、皆がこちらを見た。
「でも八雲は気に病む必要は無い。俺はあんまり覚えてないんだけど、今の話だと受付嬢もシャーロットもクリストファーも俺が殺したことになる。だから俺のせいだよ」
「オルト、そんな……」
「お、オルトは悪くねえよ! 八雲だって! 皆一生懸命だったんだ、誰が悪いとかじゃねえよ」
「そうですよ、あれは色々なことが重なって起こった事故です」
フォローに入るセファンと琴音。八雲は泣きそうになっている。エリザベートは全く表情を変えない。グランヴィルに関しては最初からずっと無表情だ。
「……みんな、ゴメンね? エリーもちょっと気が立ってるんだ」
非常に重くなった空気の中、一番に開口したのはエリックだった。彼はエリザベートのことをエリーと呼んでいるらしい。
「実はその殺された仲間っていうのが、僕の親友でありエリーの婚約者だったんだ。だからちょっと、色々思いがあるというか」
「ちょ、リッキー! 余計なこと言わないでいいからーー」
「え、そうなの? あの、えっと……ごめんなさい。エリちゃんにも事情があって、それに……死なせようとした訳じゃないものね」
慌ててエリックの口を押さえるエリザベート。そしてエリザベートの心情を察して俯き、座る八雲。
「あーーいや、エリちゃんもちょい言いすぎたかも? ごめんね」
「う、うん」
「はい、じゃあこの話は終わりにして、楽しく食べようね」
エリックが仕切り直す。セファンと琴音はホッとした様子だ。
俺も食事を再開する。八雲は少し気恥ずかしそうに、エリザベートは何も気にする様子なく普通に食べ始めた。
「──あ、そーいやオルトくんに聞きたいことがあったんだ。いいかな?」
「……何?」
食事が終わる頃、エリザベートが俺に聞いてきた。人の心を見透かす様な目でこちらを見てくる。
答えたくない内容の質問がくる気がする。というか、何を言い出すのか大体分かった。
「オルトくんって何者?」
予想通りの問い。
少しの間、その場に沈黙が流れた。
「エリちゃん何言ってんだ? オルトはオルトだ……」
「分かってるんだろ?」
セファンの声を遮って、俺はエリザベートに言う。
するとエリザベートはニヤリと笑った。
「確証はないんだけどねー? オルトくんって、エルトゥールでしょ」
「なっ!?」
エリザベートの発言に驚いたのは八雲だ。この中では、八雲だけが唯一俺の正体を知っている。
まぁ目を紅くしながら暴走するのを見られてただろうから、エルトゥール一族のことを知っていればバレて当然だろうな。そもそも訳ありとは思われてたみたいだし。
「そうだよ」
「やっぱりー! でもあの一族って滅亡したんじゃなかったの?」
「あぁ、滅びたよ」
「エルトゥールなのを隠してるのは何で? てか何でまた一族がいないユニトリクに行きたいのかなー?」
「俺は追われてる身だからね。ユニトリクに行くのは竜の鉤爪の本部に行って、神子信仰を脅かすコンクエスタンスっていう組織の情報を得るためだよ」
「コンクエスタンス?」
八雲が聞き返してきた。
「カルヴィンが言ってた。あいつ、異変を起こしてるコンクエスタンスっていう組織の一員だった。しかも竜の鉤爪のメンバーでもあった」
「なっ!?」
竜の鉤爪、という言葉に反応したのは琴音だ。
「カルヴィンが、竜の鉤爪のメンバー……」
考え込む琴音。
「琴音はカルヴィン見たこと無かったのか?」
「えぇ。あの強さだと幹部上位クラスだと思うんですが、私は上位の人間はガルシオしか見たことがありません。他は噂で少し聞くくらいで……あ」
「? どうしたの琴音?」
「上位五人の中の一人に、メデューサという異名を持つメンバーがいます。最近はあまり竜の鉤爪としての仕事をしてなくて、幹部からは煙たがられてると聞いたことがあります」
メデューサ。正装をしたカルヴィンとはちょっとイメージと違う様な気もするが、まぁ確かに蛇を生やしてるという点では同じか。
「それがカルヴィンか。最近はコンクエスタンスの方に入り浸ってて、大会に出たのは堂々と内臓を食うため、って感じなのかな」
俺と八雲と琴音が考え込む。セファンはよく理解できていないらしく、キョトンとしていた。
「ふんふん、なるほどー。で、オルトくん達はそのコンクエスタンスの情報を手に入れて異変っていうのを阻止したいのかな?」
「そうだよ」
さすが、エリザベートは理解が早い。
「じゃあ、異変を阻止するのはエルトゥールと何か関係があるのかなー?」
「!」
エリザベートはほぼ確信を得ていながら聞いてくる。
「? オルト、そうなの?」
「……そうだね」
「んーじゃあ、こうしない? エリちゃん実はコンクエスタンスの情報ちょーっと知ってるんだよね。それを教える代わりに、オルトくんに今まで何があったのか教えて欲しいなー」
エリザベートが片目を瞑りながら言った。皆が俺の反応を待つ。
さて、どうしようか。コンクエスタンスの情報はできるだけたくさん集めておきたい。本当はカルヴィンを捕まえて色々と吐かせたかったのだが、その手は自分で潰してしまった。隠密性の高い組織だから、重要な情報もなかなか出回らないし……。
「大丈夫、オルトくんのこと言いふらしたりしないよー? ただ、ユニトリクで何が起きたのか、あとアリオストで何があったのか知りたいだけよん。前にグランと揉めてたわよねー?」
「おい、それは……」
グランヴィルがエリザベートを睨む。マリュージャに向かう船の上で、俺とグランヴィルはアリオストの神子の件で言い合いをしたことがあった。
「グランも知りたいでしょ? 真実を」
「……」
グランヴィルは眉をひそめ、エリザベートから目を逸らした。
「オルトくん。エリちゃんは職業柄、信用を大事にしてるからね! 契約はちゃんと守るわよー」
トレジャーハンターは貴重な物品を売り捌く仕事だ。どんなに希少な骨董品を手に入れても、信用が無ければ取引してもらえない。エリザベートが信用を大事にしているというのは本当だろう。
それに、既に俺がエルトゥールであることは知られている。これ以上隠す必要も無い。
「分かった。話そう」
「やったぁー! 契約成立ねー!」
「オルト、大丈夫なの?」
「うん。話すとちょっと長くなるから、食べ終わってからにしよう」
「俺達も聞いていいんだよな?」
「私も……聞きたいです」
セファンと琴音が俺の顔色をうかがいながら聞いてきた。
「うん、もちろん。今まで黙っててごめん」
「じゃあ取り敢えず食べちゃいましょ!」
こうして食事のひと時が終わり、ダイニングテーブルからリビングソファに移動する。エリックが紅茶を用意してくれた。皆の視線が俺に集まる。
「──じゃあ、話そうか」
俺がユウフォルトス・E・エルトゥールから、オルト・アルクインになるまでの話を。