第61話 暗闇からの生還
──暗い暗い、闇だけの世界。あたり一面真っ黒で何も見えない。
俺はどうしてここにいるのだろうか。何をしていたんだっけ。何も分からない。
何か、とても嫌な出来事があったはずなのだが。しかし思い出せない。
それにしてもここはどこなのだ。何なのだ。何も見えないし何も感じない。自分の体の感覚もわからない。
そもそも俺は生きているのか? まさかここは……
「──ユウ!!」
声が聞こえた。振り向くとそこには父さん母さん、そして兄さんと妹がいた。皆、金髪焔瞳だ。
「──!」
歩み寄ろうとしたが、体が動かない。声をかけようとしたが、声が出ない。
いや、そもそも動かせる足や音を発する喉が無いのかもしれない。そうしている間に、家族が遠ざかっていく。なぜか皆は笑顔で手を振っている。
待ってくれ。俺を置いていかないでくれ。頼むから。しかしその思いは届かず、どんどん離れていく。
……そして、家族は暗闇に呑まれた。胸が締め付けられる。凄く寂しくて、悲しくて、切ない気持ちになった。
周りは再び真っ暗な暗闇の世界になる。
「──ユーリ」
するとまた名前を呼ばれた。振り返る。そこには、親友が佇んでいた。紫色のロングヘアをハーフアップにし、大きな飾りのついた錫杖を持っている美しい女性だ。彼女はなんだか切なそうな表情でこちらを見ている。
「──」
やはり、声が出せない。
「……まだ、あなたはこっちに来ちゃいけませんわ」
親友がそう言う。どういう意味だろうか。
すると、親友もまた遠ざかっていく。
あぁ、待ってくれ。君に言いたいことが、話したいことがたくさんあるのに。
「それはまた今度の機会に、ね? ほら、あの子が呼んでいます」
俺の後ろを指差しながら親友は遠ざかる。
「──ト!」
後ろから声が聞こえた。親友の体がどんどん遠のき、闇に呑まれていく。嫌だ。待って。お願いだから、行かないでくれ。
「さぁ、行ってあげてください」
その声を最後に、親友の姿が消える。また酷く胸が締め付けられた。悲しい、寂しい、切ない。
そして、後ろから聞こえる声がだんだん大きくなってきた。
「──ルト!」
振り向くと、闇の中に一筋の光があった。何だか温かい感じがする。
俺はそちらの方へ向かった。足が動かせるわけではないがしかし、光の方へと近づくことができる。
ゆっくりと近づき、そして体が温かい光に包まれた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「──オルト!!」
目が覚めるとそこに、八雲の顔があった。心配そうにこちらを見ている。
「……八雲?」
「良かった……! 大丈夫? 凄くうなされてたけど」
「……あぁ」
起き上がろうとする。しかし体を起こした瞬間目眩がし、それは叶わなかった。
寝た状態のまま周りを見回すと、見慣れない景色が広がる。誰かの家の様だ。
ログハウス調の個室にベッドが置かれており、俺がそこに寝ている。窓のそばには机があり、ペンとノート、そして鳥の図鑑が置かれていた。八雲はその机のそばにあったと思われる椅子をベッドの横に持ってきて座っている。葉月は床で寝そべっていた。
「あ、無理しないで。傷は治したけどまだ血も栄養も足りてないし、体が受けたダメージも回復しきってないはずだから。……あぁ、それにしても良かった。ちゃんと目覚めてくれて」
「……ここは?」
「マリュージャから少し離れたところにあるエリちゃんの友達の家よ」
……思い出した。俺は宝剣を取り戻すためにカジノにあった地下武闘会に出場して、決勝戦でカルヴィンと戦って、そして八雲が襲われて……あれ、その後どうしたんだっけ。
「オルト、地下武闘会でのこと覚えてる?」
「……いや、決勝戦の途中から記憶がない。何か……八雲が捕まったのを助けようとして、それからどうしたのか分からないな」
「そっか……。その後はオルト暴走してカルヴィンを倒して、会場も盛大に破壊したのよ? で、気絶しちゃったんだけど、エイリンさんのお守りから出てきた竜が崩れる地下会場から脱出させてくれたの。それに死にそうだったオルトの回復もしてくれたわ」
「お守り? 竜……?」
「貰ったの覚えてない? 小さな巾着袋の」
「……あぁ、あれか。確かにエイリンさんから貰ったけど……そこから竜が出てきただって?」
「えぇ。私達を脱出させたらお守りごと消えちゃったけど。私達カジノも地下武闘会もめちゃくちゃにしちゃったからマリュージャにはもういられないってことで、その後すぐに宿に置いてあった荷物を回収してここまで来たのよ」
「そうか……あれからどれくらい経った?」
「もうここに来て三日ね」
「三日!?」
そんなに俺は寝ていたのか。何というか、情けないな。
ふと、部屋の端に宝剣が立てかけてあるのに気がついた。
──あ、何となく思い出してきたぞ。怒りに任せて暴走して闘技場破壊してカルヴィン刺したな。……でもやはり刺した後の記憶は無い。
「三日で回復するなら早いくらいだと思うわよ? オルト死にかけてたんだから。あの竜がいなかったら今頃どうなってたか」
八雲がそう言って俯いた。
「八雲?」
「本当に、心配したんだからね……! オルトの馬鹿」
「……ごめん」
体をゆっくりと起こす。今度は目眩も無く上体を起こすことができた。
八雲の頭を撫でてやる。すると、八雲の目から涙がポロポロとこぼれ出した。そして、抱きついてくる。
「オルト、ちゃんと生きてて、ちゃんと目を覚ましてくれて本当に良かった……! 私、すっごく怖かった……」
「心配かけてごめんね。ありがとう」
八雲の背中に手を回し、反対側の手で頭を撫でる。
「もうあんな無茶しないでね?」
「うん、気をつけるよ」
「絶対よ? あと暴走しない」
「うん、気をつける」
「死んだらしたら許さないからね?」
「うん、分かった」
「……あと、リアって誰?」
「え?」
急に八雲が顔を上げた。涙目でこちらを睨んでいる。何だか……怒っている?
「オルト、うなされてる時ずっとリアって人のこと呼んでたわよ? 名前からして女の人よね?」
「あぁ、それは──」
「あ! オルトくんおっはよーー!!」
エリザベートの陽気で大きな声に遮られた。八雲が慌てて俺から離れる。
「エリちゃん、すまない。迷惑かけたみたいで」
「いいよいいよー、ちゃーんと契約も守ってくれたし? それより体は大丈夫?」
「あぁ、まだ全身だるいけど大丈夫」
「え、契約って何? オルト」
「それは……」
「あー、待って。それは後でちゃーんと話してあげるわ! 取り敢えずお水持ってくるねー食欲はある?」
「ん、たぶん食べれると思う」
「そりゃ良かった! オルトくん大怪我の上に飲まず食わずで今エネルギーすっからかんだからねぇ。八雲姫がお水は何とか飲ませてくれてたみたいだけど」
「そうなの? ありがとう」
「どういたしまして。結構失敗したけどね」
八雲が恥ずかしそうに目を逸らした。エリザベートがそれを見てニヤニヤしている。
「じゃ、お水持って来まーす」
そう言ってエリザベートは部屋を出て行った。沈黙が流れる。
すると、さほど間を開けずにセファンと琴音とサンダーが部屋に入ってきた。おそらくエリザベートから聞いたのだろう。
「オルト、目が覚めたんだな!!」
「良かったです……! 大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。心配かけてすまなかった」
二人とも安堵の表情を浮かべる。
「ほーんと、どうなることかと思ったぜ!? 八雲とエリザベートとエイリンさんに感謝しろよ!?」
「そうだね。セファンもありがとう」
「え、いや俺は別に……」
「セファンと私は何もしていませんよ」
「ハッキリ言うなおい!」
「はは、でも俺のせいで迷惑かけたし心配もしてくれたんだろ? だからセファンも琴音もありがとう」
セファンと琴音が照れる。するとエリザベートがまた入ってきた。
「はい、お水ーー! 今リッキーがオルトくん用にご飯作ってくれてるわよー。ちょっと待ってねん」
「リッキー?」
「ここの家主でエリちゃんのトレジャーハンター仲間だよー」
「リッキーの飯すっげー美味いんだぜ!? オルトも早く一緒に食べれるようになるといいけど、まだ歩けないもんなあ?」
「……よいしょ」
ゆっくりと体を回転させ、ベッドの横に足を出す。そして立とうとした。
「ちょ、オルト無理しないで!?」
「んー、行けるかも?」
ゆっくりだが、何とか立てた。今更だが、自分が知らない寝巻きを着ているのに気づく。
「おぉ、立てたね! オルトくんすごい丈夫な体してるねー!」
八雲が治療してくれたおかげで傷の痛みは無い。しかし、全身に倦怠感を感じる。
まだフラつくが、歩き出してみる。八雲が支えてくれた。
「おぉ、行けそうだな!」
「じゃあリビングに行こっか! 皆でお昼ご飯食べましょーー!」
三人+二匹が先に部屋から出て行く。俺は八雲に支えられながらスローペースで歩いて行った。




