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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第5章 王家の剣
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第59話 ──灰燼となれ

 刹那、時が止まった感覚に襲われた。

 全身から血の気が引き、ほんの一瞬だが動揺が目に現れてしまったらしい。それをカルヴィンは見逃さなかった。


「やはり、そうなのですね」


 互いに剣撃を繰り出し合い、そして同時に引き下がって距離を取る。カルヴィンは深緑色を引きちぎった。これで残りの大蛇は四匹だ。

 ……しかし、この状況は全く喜べない。カルヴィンにエルトゥールであることを何故か気付かれた。


「オルト選手、電撃を食らいながらも三匹目の蛇も倒しました! 形成逆転なるかー!?」


「いいぞぉーー!」


「その調子で全部斬っちまえーー!」


 観客席までは俺達の会話は届いていない。せいぜい八雲までなら何とか聞き取れるくらいだろう。

 俺はカルヴィンを睨む。


「……何のことだ」


「誤魔化しても無駄ですよ? 私、あなたの顔に見覚えがあります。──もう十年も前のことでしたので、だいぶ成長されて最初は分かりませんでしたが」


「……十年前だと?」


 カルヴィンがちょび髭を触りながら不敵な笑みを浮かべた。十年前にキメラであるカルヴィンが俺を見た……嫌な予感がする。


「えぇ。十年前にエルトゥールの屋敷を襲撃した際、まだ子供のあなたを見ました」


「……!」


 その言葉を聞いて、全身に悪寒が走った。キメラ実験をし、神子信仰のある地で異変を起こしている謎の組織──それに属するカルヴィンが十年前、俺達の暮らしていた屋敷を襲った、と言う。


「お前が……あの時の犯人……!?」


「まぁ、私だけではありませんがね」


 依然としてちょび髭をいじりながら、カルヴィンは少し上を向く。あの日のことを回想しているのだろうか。


「オルト、どうしたの!? 大丈夫!?」


 俺達の様子がおかしいことに気がついて八雲が叫んだ。会話の内容はどうやら聞こえていないらしい。

 しかし、今はそれに答えている余裕は無い。


「お前ら、一体何者なんだ……! どうして俺達を……!!」


 怒りが込み上げる。平穏に暮らしていた家族を、一族を、すべて一瞬にしてぶち壊した犯人が目の前にいるのだ。


「……それは教えられませんね」


「──っ!!」


 カルヴィンに斬りかかる。しかしカルヴィンに辿り着く前に大蛇が口を開けて襲いにきた。

 毒液を吐いたり、電撃波を出してくる奴もいる。足場が悪い中ジャンプし、身を捻り、そして屈んで躱していく。

 数が減ったので少し戦い易くなったが、それでも五対一だ。なかなかカルヴィンに近づけない。


「ぐ……!」


 腹の傷が痛む。そして、準決勝と合わせてかなり出血もしている。体がだんだん重くなってきた。息も切れ始める。

 対するカルヴィンは大蛇が三匹戦闘不能、本体は多少火傷があるくらいだ。


「オルト選手、蛇達に阻まれてなかなかカルヴィン選手に攻撃できません! かなり体力も消耗している様です!」


 このまま死ぬ訳にはいかない。カルヴィンがエルトゥール滅亡に関わったと知った今、棄権する訳にもいかない。彼を倒して、あの日のことを全部吐かせる。そして俺の正体がバレている以上、殺さなければ。


「使うか、氣術……!」


 もうカルヴィンには隠す必要は無い。観客席からでは目の色までよく見えない、ということを期待しよう。


「そう言えば、エルトゥール一族は瞳の色が真っ赤だったはずですが……あなたの目は青いですねぇ? あなたをあの日エルトゥールの家で見たのは間違い無いと思うのですが……」


 カルヴィンが突撃してきた。剣で受け止める。

 その時、黒色が二人の剣を咥えた。互いの剣が蛇によって固定されて動かせなくなった瞬間、後ろに蛇の気配を感じる。


「させるか!!」


 剣に炎を宿した。急に剣が発火し、黒色は思わず剣を離す。自由になった剣を後ろに回して赤色を斬りつけた。致命傷とまではいかなかったが、蛇の首元に切り傷が入る。

 そしてカルヴィンと剣を打ち合い、飛び退いた。


「今一瞬、紅くなりましたね? ……なるほど、光の氣術で色を変えているのですか」


「……さすがだな」


「お褒めに預かり光栄です。オルト・アルクイン……いや、ユウフォルトス・E・エルトゥールでしたか?」


「……!」


「ふふ、驚くことも無いでしょう? あなたはエルトゥール一族の中でも重要人物だったのですから。襲撃前にちゃんと名前と顔くらいは調べてますよ」


 カルヴィンは首を鳴らした。


「オルト選手の剣が今燃えたように見えました! 氣術でしょうか!? ここにきて奥の手を出した様です!」


 会場が再び盛り上がる。セファンのとても驚いている表情が視界の端にチラリと見えた。


「余所見をしている場合ですか!?」


 カルヴィンと大蛇が迫って来る。迎え撃とうとしたその時、足場が崩れた。

 そして四方のリングから岩のドリルが突き出す。


「くそっ!」


 風の氣術を利用して高く跳躍しドリルから逃れる。そして追い風を起こしてカルヴィンの元へ剣を向けながら滑空した。

 カルヴィンに剣が届く前に、赤色が攻撃を受け止めるために前へ出て口を開ける。


「うおぉーー!」


 剣にも鋭い風を纏わせる。猛スピードで赤色に突っ込んだ。俺の剣は赤色蛇の口を貫通し、その勢いのまま赤色を盾にしながらカルヴィンを突き倒した。蛇を貫通した剣はさらにカルヴィンの右胸を貫く。

 しかし同時に、右腹部と左太腿、右ふくらはぎ、そして右肩に激痛が走り、さらに電流が体中に流れた。


「があああぁあぁ!!!」


 咄嗟に蛇とカルヴィンを貫いた剣を抜き、同時に自分周りを発火させた。すると太腿とふくらはぎ、そして肩に噛み付いていた蛇が離れる。大蛇達は燃え移った炎を必死に踠いて消そうとしていた。

 そして、同じく炎に飲まれているカルヴィンは俺の右腹部を貫いている剣を抜き、立ち上がって炎を振り払う。


「ぐふっ! やってくれましたな……」


「ぐ、そっちこそ……」


 すぐさまカルヴィンと距離を取る。カルヴィンは苦痛を顔に滲ませながら血を吐いた。大蛇はようやく炎を振り切る。


「オルト選手、氣術を上手く使って蛇ごとカルヴィン選手を刺しましたー! しかし同時にカルヴィン選手と蛇の攻撃をモロに受けてもはや満身創痍です!! 勝負あったか!?」


 あぁ、マズいマズいマズいマズいマズい。刺された傷口からどんどん血が流れる。噛まれた太腿やふくらはぎは肉が抉れて骨が見えている。肩もかなりの損傷だ。全身が痛い。力が入らなくなってきた。


「オルト!!」


 八雲の悲痛な声が聞こえる。目眩がし、目が霞んできた。

 足の自由がきかず、俺はリング状に倒れてしまう。客席で悲鳴があがった。


「あぁーー!? ついにオルト選手ダウンです!」


「オルト、もういいわ! 棄権しましょう!!」


 ヒビ割れ、バリバリに砕けているリングの上を走ってくる足音がする。おそらく八雲が駆け寄って来ているのだろう。


「お待ちください。まだ試合は終わってませんのでセコンドの方は……」


 クリストファーが入ってきた八雲を制止する。


「オルト! 大丈夫!? 死んじゃ嫌よ!!」


「お待ちください!」


「おおっと! オルト選手のセコンドが乱入してきました! クリストファーに止められております!」


 俺は力を振り絞り、何とか上体を起こす。八雲の方を見た。


「仕方ありませんね、タイムです!」


 クリストファーがそう宣言し、八雲が制止から解放される。急に解放されたことで勢い余ってバランスを崩した。

 その時、被っていたフードが外れる。


「オルト!」


 しかし構わず駆けてくる八雲。


「八雲、ちょっと待っ……! フードが……!」


「タイムです! 一時試合休止となりました!!」


 会場がどよめく中、悪い足場の上を走ってくる八雲があと少しで俺の元へ辿り着く。


 ──その時、赤色を引きちぎっていたカルヴィンが呟いた。



「────ピンク髪に特異な髪飾りの少女と金髪のボディーガード」


 カルヴィンを見る。するとカルヴィンは目を見開いており、そして口角を上げた。

 さらに彼の後ろで景色が歪む。それを見て戦慄した。


「八雲!! 結界を張れ!!」


「え?」


 次の瞬間、八雲に向かって景色の歪みが二つ、猛スピードで突き進む。

 ヤバい、マズい! しかし体が言うことを聞かない。


「ぐはぁっ!!」


「きゃあぁっ!?」


 カルヴィンの見えない蛇は、クリストファーを彼のバリアごと実況席の方まで弾き飛ばした。実況席の机にぶつかり、置いてあった宝剣がリング場外の端に落ちる。クリストファーは衝撃で気絶した様だ。

 そして八雲はもう一つの見えない蛇に巻かれ、持ち上げられていた。カルヴィンが光の氣術を解き、新たに二匹の白い大蛇が姿を現わす。


「ひゃあぁ!? く、クリストファー大丈夫ですかっ!? かかカルヴィン選手何てことを! 審判にもセコンドにも手を出すのは反則ですよ!?」


「クソっ、まだ二匹隠していたか!」


「ふふ、奥の手は最後まで取っておくものですよ。それにしても、まさかボスの探している少女のボディーガードがエルトゥールだったとは」


「ボス……!? お前竜の鉤爪なのか? 組織の人間だったんじゃ!?」


「あなたはもう長く持たなそうなので冥土の土産に教えて差し上げますが、私は竜の鉤爪であり、そして神子信仰撲滅を図るコンクエスタンスの一員でもあります」


「コンクエスタンス……!?」


「まぁ、兼任って感じですかな」


 カルヴィンは焼かれてチリチリになったちょび髭をいじる。


「八雲を離せ!」


「それはできませんよ。頂いていきます」


 白色が八雲を締め上げる。


「あう……!!」


「八雲!!」


 苦しそうに声を上げる八雲。


「や、めろ……!!」


 肉が抉れた部分、そして刺された腹部を凍らせて無理矢理立ち上がる。氷で負傷部分の激痛が一時的に和らいだのを利用し、八雲を拘束する大蛇に斬りかかった。

 しかし、カルヴィンと他の大蛇がそれを阻む。剣はカルヴィンに止められ、もう一匹の白色にタックルで弾き飛ばされた。先ほどのドリルの腹に思い切りぶつかり、ドリルが折れる。


「ぐはっ!」


「……オル……ト……!!」


 喘ぐ八雲。


「やめろ……!!」


 思うように体が動かない。全身が痛い。恐らく今の激突で肋が何本か折れただろう。

 それでも、何とかして起き上がらなければ。八雲を助けなければ。


「安心してください、殺しはしませんよ。ただ、大人しくしていただけないと相応の対応はしますがね」


 血を吐きながら、カルヴィンが笑う。


「カルヴィン選手、やめて下さい! 失格になりますよ!?」


「失格で結構。いい土産が見つかりましたのでもうここに用はありません」


 八雲の方へカルヴィンが歩いて行く。


「あなた、なんかに……捕まるもんですか! オルトだって……あなたなんかに負けないわ!!」


 締め付けられながら八雲が叫び、暴れた。それを聞いてカルヴィンが表情を歪める。


「ふむ、大人しくして欲しいと言ったはずなんですがね。仕方ない」


 カルヴィンが手を上げた。すると次の瞬間、八雲に電流が流れる。


「きゃああぁあぁああぁぁ!!!」


 八雲の悲鳴が、闘技場内に響き渡った。




 ────プツン。




 何かが切れる音が、聞こえた。


 物凄い量の氣力が体の中を巡る。怒りが、憤怒の感情が脳内を埋め尽くす。さっきまであった体じゅうの激痛はどこかへと行ってしまった。ゆっくりと立ち上がる。


 八雲を苦しめるカルヴィンを許さない。

 八雲を傷つけるカルヴィンを許さない。

 家族を殺したカルヴィンを許さない。

 もう、誰に見られたって関係ない。

 エルトゥールだとバレたって構わない。

 誰が巻き込まれても構わない。

 カルヴィンを絶対に許さない。

 カルヴィンを絶対に──この手で葬る。



「──灰燼かいじんとなれ」



 その瞬間、八雲を縛る大蛇が燃えた。




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