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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第5章 王家の剣
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第58話 カルヴィンの猛威

 地下武闘会マグナント決勝戦を前に、観客達の熱は最高潮に達している。


「オルト、死なないで」


「うん、大丈夫だよ」


 心配そうに見つめる八雲に手を振り、俺はリングに上がった。


「さぁ、いよいよ地下武闘会マグナント最終試合の開始です! 決勝戦まで勝ち残ったオルト選手とカルヴィン選手は共に初出場! 優勝賞金と景品を手にするのは果たしてどちらでしょうか!?」


 実況席、シャーロットの隣には景品である旧ユニトリク王家の宝剣が飾られていた。

 カルヴィンとクリストファーは既に所定の場所で待機している。俺もそちらの方へと歩いて行く。

 カルヴィンのシルクハットや燕尾服は先ほどモーゼスに燃やされた影響で所々が焼け焦げていた。煤も多少付いている。俺も位置につき歩みを止めたところで、カルヴィンがこちらの方とジッと凝視してきた。目を細め、ちょび髭をいじる。


「……あなた、どこかでお会いしませんでしたか?」


「……? 知らないな」


 ふむぅ、と首を傾げながらジロジロと見てくるカルヴィン。俺は割と人の顔を覚えるのが得意な方だが……彼と会った記憶は全く無い。


「まぁ、良いでしょう。始めましょうか」


 カルヴィンが軽く一礼する。クリストファーが腕を伸ばした。


「それでは地下武闘会マグナント決勝戦、オルト・アルクイン対カルヴィン・オーランジュを開始します!」


 俺は剣を抜いた。カルヴィンは全く動かない。


「レディ……ファイっ!!」


 クリストファーの掛け声と同時に決戦の火蓋が切られ、剣を構えて警戒した──その瞬間、何かがこちらに迫ってくるのが見えた。


「!!」


 横に大きく飛んで、カルヴィンの見えない攻撃をかわした。それと同時に素早く踏み出し、カルヴィンに斬りつける。


「ふむ、あなたにも見えていますか」


 剣がカルヴィンに届く直前、見えない何かが剣を受け止めた。すかさずカルヴィンから離れる。


「まず仕掛けたのはカルヴィン選手の様です! 相変わらず私には見えませんでした、うーん残念! オルト選手は見事にかわして反撃しましたが、これは通りません! しかし決勝戦が一瞬で終わってしまうだなんてことにならなくて良かったです!」


「いいぞーー!」


「殺戮ジジイなんてやっつけちまえーー!」


 盛り上がる観客席。カルヴィンを応援する人間はあまりいない様だ。まぁ確かに、開始早々一瞬で相手の内臓を取って試合を終わらせる戦い方なんて、見ていて楽しくないだろう。

 再びカルヴィンが攻撃を繰り出す。今度は連続だ。それを全て避けきり、カルヴィンの後ろへ回った。背中を狙って剣撃を出すが、また見えないものに阻まれる。そしてそれと同時にカルヴィンの魔の手が俺の後ろから迫る。


「くっ!」


 すぐさま飛び退いてかわし、さらに迫り来る追撃も剣で弾いた。


「オルト選手、謎の攻撃を華麗に躱している模様です! 見えていない私にも何となく分かります!!」


「……私の攻撃が完全に見えている様ですね。大したものです」


「んー、完全に見えてるって訳じゃないんだけど……大体分かるよ。あんた、光の氣術を使ってるだろ?」


「ほう、その通りでございます。どうしてお分かりになったのですか?」


 カルヴィンの攻撃が見えないのは、光の氣術によるものだ。本来、物質に当たって反射した光が目に入ることによって、その物質を目視することができる。カルヴィンは氣術で反射する光を操作して、特定の物質が見えない様にしているのだ。


「氣術のツメが甘いんだよ。光を操作してる部分だけ景色が淀む」


「おや、これでもかなり上達したのですがねぇ」


 カルヴィンの攻撃が通る場所だけ、不自然に奥の景色が揺れる。だから、蛇の形の武器なのか何なのかは見えないが、そこに何かがあるのは分かる。

 気配と殺気はかなり消されているから、それが見えなければ避けるのはかなり難しかっただろう。先ほどのモーゼスの様に超敏感な鼻を持っていれば別だが。


「ふふ、バレてしまっているなら勿体ぶっても仕方ありませんねえ? かなり細かい氣術操作も必要で面倒ですし。それではお見せしましょう」


 カルヴィンが両腕を広げた。すると、腕の付け根辺りから太く、そして長い七匹の大蛇が生えてきた。生えてきたというか、最初から生えていた大蛇が可視できる様になって付け根側から出現したのだが。

 どの大蛇も種類が異なり、それぞれ深緑色、紫色、黄色と黒の縞模様、黒色、群青色、赤色、焦茶色だ。皆舌をチロチロと出している。


「ひぇー! な、なんとカルヴィン選手の体から蛇が出てきました! これが謎の見えない攻撃の正体だったのですね!」


「うええぇ何だあれ!?」


「気持ち悪りぃ!」


 カルヴィンのそのおぞましい姿に客席から悲鳴があがる。八雲もドン引いていた。


「その姿……キメラか?」


「キメラをご存知でしたか。話が早いですね、そうですよ」


「なるほど、それで内臓を狙ってたって訳か」


「ふふ、この歳になると脂の乗った人肉は受け付けなくなりましてねぇ。さっぱりした内臓が好きなのです」


「あんた、その物騒な実験してる組織の一員か?」


「……だったら?」


「なぜ神子を狙う?」


「なるほど。私に勝ったら教えて差し上げます」


 カルヴィンがそう言うと同時に二匹の蛇が襲いかかってきた。一匹を避け、もう一匹には斬りかかる。しかしすんでのところで躱された。

 今度はこちらから仕掛ける。カルヴィンに迫る俺に向かって、前方から三匹と横から二匹の大蛇が噛みつきにきた。

 ステップを踏み、屈み、そして剣で弾いてそれぞれの牙をかわす。前方からきた紫色の蛇には牙をかわした後盛大に横腹を斬り裂いてやった。


「ぬう、やってくれますね」


 未だ余裕のカルヴィンに向かって剣を振り下ろす。しかし、やはりそれは待機していた焦茶色の蛇によって阻止された。その牙で受け止め、そして口を閉じて剣を咥えられる。


「!」


 剣の動きを封じられた隙を狙って、待機していた残りの一匹である群青色が迫ってきた。


「させるかっ!!」


 咥えられた剣を無理矢理力任せに回転させる。すると口の中を斬られて焦茶色が剣を離した。間一髪、群青色の牙を避ける。

 避けた先、また他の大蛇達が噛みつきにきた。身をこなしてカルヴィンから離れながら攻撃を躱していく。


「見事な動きです……はて、どこかで見た様な」


 一部牙が太腿をかすった。服が裂け、血が出る。

 大蛇らの間合いから出た。


「あぁ、私の愛しい子が一人……使い物にならなくなってしまいました。ここまで多重に憑けるのには十年もかかったというのに」


 そう言いながら、カルヴィンは動かなくなった紫色の大蛇を腕で根元から引きちぎった。


「多重に憑ける……!?」


「えぇ、一人ずつ期間を空けながら追加追加でようやくここまで揃ったのに……」


 カルヴィンはやるせなさそうに溜息をつく。


「オルト選手、素晴らしい動きで蛇を一匹討ち取りました! カルヴィン選手からは何だか哀愁が漂っております!」


 カルヴィンが躊躇なく蛇を引きちぎる様子を見て、違和感を感じた。


「何か……前見たキメラとは違うな。奴らは獣魔と完全に合体してるというか、体の一部に獣魔の形質が出てる感じだったが、あんたは体に獣魔がくっついてるみたいだ」


「そうですか。あなたが以前出会ったのはおそらく新しいタイプのキメラですね。獣魔が中に入っているので操作が容易らしいです。私は実験が始まった当初の被験体ですので、外に付いているんですよ。この子達を手懐けるのには苦労しました。今はほぼコントロールできていますがね」


「てことは、蛇を斬ったところであんた自身にダメージは無しか」


「いえいえ。私とこの子らは繋がっているので、当然痛いですよ?」


「その割には平気な顔して引きちぎってたけど」


「私、ポーカーフェイスなんです」


 カルヴィンは首を動かして骨を鳴らす。そして、こちらを睨んだ。


「さぁ、ここからが本番です」


 カルヴィンは杖を構え、そしてその杖から剣を抜いた。鞘を捨て、カルヴィンが走ってくる。


「何とカルヴィン選手、仕込み杖を持っていました! 蛇を引き連れてオルト選手の元へ向かいます!」


 先に大蛇が迫ってくる。迎え討とうとした瞬間、大きく開いた蛇の口から液体が発射された。


「なっ!?」


 かろうじてそれを避けた。液体はリングに付着し、ジュウジュウと音を立ててリングを溶かしている。


「うわ、避けて正解!」


 そう言ってる間に他の蛇達も噛みつきにかかってくる。それを避けていると、今度はカルヴィンが剣撃を繰り出してきた。剣で応戦する。

 すると蛇が後ろから攻撃を仕掛けてきた。


「あーーもう!」


 カルヴィンの剣を弾き、黒色をかわす。がしかし、さらに迫ってきた縞模様を避けきれずに腹を噛まれた。


「ぐっ!!」


 脳内にこれまでカルヴィンと対戦し、そして敗れてきた人達の映像が浮かぶ。皆、一瞬で腹を切り裂かれて内臓を食われていた。

 ヤバい、このままでは中身を持っていかれる。咄嗟に蛇の首元をガッシリ掴んで離れない様にし、そして蛇の脳天から剣を突き刺し貫いた。

 それを見て、後続の蛇達が驚き襲いかかるのを止める。


「痛って……!!」


 縞模様の口が緩み、その牙から解放された。


「あぁ、また一人やってくれましたか」


 カルヴィンの刃が俺を狙う。それをいなし、飛び退いて距離を取った。噛まれた箇所に激痛が走る。しかし噛み方が浅かったのと、対処が速かったことで引きちぎられずに済んでいた。傷の感覚からすると、縞模様は毒蛇でもなかった様だ。


「オルト!! 大丈夫!?」


 八雲が叫ぶ。大丈夫か、と言われれば正直かなり痛い。服に血が滲んでくる。


「カルヴィン選手の猛攻で、オルト選手は深手を負った様です! カルヴィン選手の蛇も一匹戦闘不能になりましたが、まだあと五匹もいます! オルト選手かなり不利になったかーー!?」


 カルヴィンは動かなくなった縞模様を引きちぎる。そして再び構えた。

 こちらも剣を構え、蛇と彼の襲撃に備えた瞬間。

 突然地割れが起きる。


「おわっ!?」


 リングがひび割れ、轟音を立てながら振動して足場が崩れていく。その中、カルヴィンが剣を向けて突っ込んできた。

 バランスを崩しながらもなんとか応戦する。その時、カルヴィンがニヤリと笑った。


「!!」


 すぐさまカルヴィンの剣を押し弾いて焦茶色を避けた。見ると、牙に電流が流れている。


「おっとーー! リングが割れてグチャグチャになってしまいました! カルヴィン選手にくっついている蛇は氣術が使える模様です! オルト選手、この状況は絶望的かーー!?」


「そう、だよな。憑いてるの獣魔だもんな」


「残念、今のはいけたと思ったのですが」


「まさか、七匹それぞれ別の基礎属性持ちとか?」


「いいえ。さすがにそう上手くはいきませんでしたよ。私の体との相性もあるらしくてね」


「そりゃ良かった」


 さすがに全属性の氣術持ちとまではいかなかったはしい。だからと言って、こちらが完全に不利な状況には変わりがない。カルヴィンの剣技と氣術に五匹の大蛇の牙と氣術。こっちも氣術を使わざるを得ない。

 しかし、今この戦いをたくさんの人間が見ている。雑魚相手ならともかく、隠しながら氣術を使う余裕なんて無いだろう。どうしたものか。


「何か作戦をお考えですか? そんな時間は与えませんよ!」


 カルヴィンが斬りかかってきた。同時に大蛇も襲ってくる。カルヴィンの剣はいなし、蛇の牙は避ける。四匹を避け、深緑の牙を剣で受け止めた瞬間、


「がああぁ!」


 電流が体を流れた。激痛の中なんとか牙を弾き返し、そして深緑を斬りつける。腕が痺れているところを狙ってカルヴィンが剣を突き刺してきた。それをギリギリ、体に届く前に剣で防ぐ。

 俺とカルヴィンが至近距離で睨み合う形になった。



 ────すると、カルヴィンの目が見開いた。




「……思い出した。あなた、もしやエルトゥールではありませんか?」




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