第57話 姿なき魔の手
グランヴィルが倒れ、俺が剣を鞘に入れて数秒後。ようやく観客達は試合の決着がついたことを理解した。大歓声があがる。
「オルト選手の一撃がグランヴィル選手にクリーンヒット! グランヴィル選手ダウンです!!」
クリストファーがグランヴィルの元へ駆け寄った。体に触り、様子を確認している。
「グランヴィル選手、意識不明により戦闘不能。よって、オルト選手の勝利です!」
クリストファーが試合終了を告げる。俺は胸を撫で下ろした。
「や、やったぁ!!」
「あちゃー、グラン負けちゃったかぁ……でも良い戦いだったわねー」
リング外で喜ぶ八雲と、隣で額に手を当てながら悔しそうに、しかし笑顔で言うエリザベート。
「見事、激戦を制したのはオルト選手でした!!」
「うおぉーー! 凄かったぞぉー!!」
「ナイスファイトーー!!」
観客席も大盛り上がりしている。その中で、セファンと葉月を抱えた琴音が笑顔で手を振っているのが見えた。それに手を振って応え、八雲達の元へと向かう。
クリストファーがグランヴィルを担ぎ上げて連れてきてくれた。リングを降り、クリストファーはグランヴィルをエリザベートの前に横たわらせる。
「お世話おかけしまーす!」
エリザベートがクリストファーに敬礼した。クリストファーは一礼して、再びリングへと戻る。
「オルト、お疲れ様! 怪我は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
心配そうに体全体をまじまじと見る八雲。
「結構ボロボロに見えるわよ? 血もたくさん出てるし……控室で治療する?」
「いや、急に治ると怪しまれるからいいや。取り敢えず包帯で止血だけはしとこうかな」
エリザベートに聞こえない様小声で話す。エリザベートはグランヴィルに膝枕をしてほっぺをぺちぺちと叩いていた。
「グランーー? おーい、起きて! 次の試合始まるから戻ろーー?」
「う、ん……」
グランヴィルが目を覚ました。一瞬ぼーっとした後、ハッとして起き上がる。
「おっはよー! そしてお疲れ様!」
「……そうか、俺は負けたのか」
グランヴィルは周りを見渡した後、こちらを見た。彼は眉をひそめる。
「……次は必ず勝つからな」
「俺は負けないよ」
少しの沈黙の後、お互いに少し口角が上がる。
「よし、じゃーエリちゃん達は客席に戻るね! オルトくん決勝戦も頑張って!」
「あぁ、ありがとう」
エリザベートは親指を立ててウインクし、箒を出して跨った。グランヴィルは箒に乗るのを拒否し、自分で階段の方へ歩き出す。
「じゃあ私達は取り敢えず控室で止血しましょうか」
「うん、手短に済ませよう。次の試合も見ておきたいし」
次の試合で戦う二人のうち一人が決勝戦で当たる相手だ。できるだけ手の内を把握しておきたい。特にカルヴィンに関してはこれまで全ての試合をほとんど一瞬で終わらせてしまっているので、準決勝で何かしら彼の能力の片鱗が見えるといいのだが。
さっさと控室に入り、用意されている救急箱を利用して手当てをする。自分で手際よく血を拭き、消毒し、包帯を巻いていく。
「手伝いましょうか?」
「ううん、大丈夫。慣れてるし」
八雲は普段傷ができた場合は治癒能力を使って治すか、誰かに手当てしてもらうことが殆どだ。よって誰かを手当てすることには慣れていない。もっと時間があれば練習も兼ねて八雲に手当てしてもらうのもアリだが、今は手早く済ませて試合を見たいので自分でやってしまうことにする。
何だか八雲が少し寂しそうな顔をしているのは気になるが。
「よし、これで大丈夫。行こうか」
「うん!」
控室を出て、近くの空いている観客席に座る。試合はまだ続いていた。
「良かった、まだ終わってないみたいだな」
カルヴィンがまた一瞬で試合を終わらせる、という状況にはならなかった様だ。さすがに準決勝ともなるとそうはいかないか。
リング上ではカルヴィンとモーゼスが距離を取って睨み合っている。モーゼスは腕や太腿に切り傷があった。カルヴィンは相変わらず涼しげに杖をついて立っている。
リング外にはそれぞれのセコンドがいた。カルヴィンのセコンドは黒いローブで全身を覆っており、フードを深く被っているので顔もよく見えない。モーゼスのセコンドは赤髪ショートカットの女性で、モーゼスに似ている。彼の姉か妹だろうか。
「オルト、モーゼスって人の武器燃えてない?」
八雲がモーゼスを指差す。モーゼスはハルバードを手にしており、その斧の部分が燃えている。
「あれは……氣術器みたいだね」
「え、あれも!? 氣術器って稀有なものじゃなかったっけ? 地下武闘会に来てからちょいちょい出てきてるけど」
「うん。氣術器は特殊な細工を施す技術が必要だから、そうそう出回るものじゃないよ。だから、この大会のためにクリストファーのバリアと修復機能のあるリングを調達するのはすごく大変だったはず。あのモーゼスのハルバードは……こういう大会で手に入れたんじゃないのかなぁ?」
「そんなすごい武器持ってるなら、カルヴィンもやっつけれるかしら?」
「どうだろう。氣術器は発揮する能力が限定されてるから、あれを持っているだけで強いってことにはならないかな。持ち主の氣力も食うし、使い方次第だね」
リング上で睨み合っていた二人が動いた。カルヴィンが一歩前に踏み出し、モーゼスはバク転で後退する。するとモーゼスがいた場所が抉れた。
「!? 何あれ!」
「カルヴィンの武器か氣術か何かでやったんだろうね」
リングが何かに噛まれたような形で直径二十センチほど抉れている。
「モーゼス選手、またまた謎の攻撃を躱した模様です! カルヴィン選手の一手なのでしょうが、またしても何が起こっているのか私には分かりませんでした!!」
「さすがモーゼスだな!」
「モーゼスには相手の攻撃が見えてるのか!?」
「でもカルヴィンには全く攻撃当たってないぜ? 避けれてもそれじゃダメだろ!」
やはり、モーゼスはカルヴィンに全く攻撃できていないらしい。見えない攻撃を避けるのが精一杯と言ったところか。
「ふっざけんなよ!!」
ヤジに背中を押され、モーゼスが怒鳴りながらカルヴィンの方へと走る。姿勢を低くしながら駆ける途中、何度か見えない攻撃を避けた。
「凄い、凄いですモーゼス選手! カルヴィン選手の攻撃を躱してどんどん距離を縮めていきます!」
攻撃を避けながらどんどん近づいてくる敵に対してカルヴィンは全く動揺していない。涼しい顔をしてちょび髭をいじっている。
「ふむ、あなたはどうして避けられるのですかね?」
「匂いで大体分かんだよおぉ!!」
その問いの答えを聞いて、カルヴィンは不気味な笑みを浮かべた。
「ほほう、なるほど」
モーゼスがハルバードを振りかぶる。そして、カルヴィンに向かって勢いよく振り下ろした。
「なっ!?」
しかしハルバードはカルヴィンに当たることはなく、その目の前で止まる。モーゼスが寸止めしたのではない。カルヴィンが見えない何かでハルバードを防いでいるのだ。
「まだまだあぁーー!!」
モーゼスの叫びに応じてハルバードの斧が火を吹いた。その火がカルヴィンの見えない何かの輪郭を型取り、そしてカルヴィンまで届く。
「何とーー! カルヴィン選手、モーゼス選手の武器に焼かれております! さすがのカルヴィン選手もこれはひとたまりもないかーー!?」
会場が沸く。しかし次の瞬間、モーゼスが血を吐いて膝をついた。
「が……あぁっ!?」
モーゼスはハルバードを落とし、大きな金属音が鳴り響いた。そして彼はゆっくりとリングに倒れこむ。
会場内が一気に静まり返った。カルヴィンは体についた火を振り払い、舌舐めずりをする。
「……え!? 何が起こったの!? カルヴィンの変な武器はハルバードを受け止めてたんじゃ……」
「複数ある、ってことだね」
「あぁっとー!? モーゼス選手、吐血して倒れてしまいました! お腹にも傷がある様です! どんどん血の海が広がっていきます!」
再びカルヴィンによって作り出されたその光景に観客達はざわつきだす。
「うわ、マジかよ……」
「モーゼスでもダメだったか……」
「モーゼスまでやられちまうなんて、あいつ一体何者なんだよ!? 変な攻撃使うしよぉ!」
カルヴィンはモーゼスから少し離れ、咳払いをする。するとクリストファーがモーゼスのところへやってきた。彼の様子を確認する。モーゼスは全く動かない。
「……モーゼス選手の死亡を確認。よって、勝者はカルヴィン選手!!」
クリストファーの宣言に会場はどよめく。落胆する声や怯える声が聞こえた。先ほどの試合の大歓声とは真逆の反応だ。
「嘘、でしょ……? モーゼス? モーゼス!!」
悲痛な声をあげながらモーゼスに駆け寄るセコンドの女性。顔面蒼白でモーゼスの体を揺さぶり話しかけている。
「嘘だぁ……嘘だぁっ!!」
泣き崩れる彼女。その様子を八雲が辛そうな表情で見ていた。そして頭をブンブンと振り、こちらを見る。
「オルト……大丈夫? カルヴィンが決勝の相手になっちゃった……」
「うん、大丈夫だよ。カルヴィンの攻撃のカラクリは大体予想がついてるから」
「そうなの?」
カルヴィンは何か見えないモノを使って相手の腹を切り、内臓を奪い取っている。初戦の時からそれは何となくだが見えていた。それは少なくとも二つ以上あり、そして、先ほどハルバードの火によって見えた輪郭はまるで蛇の様だった。蛇の様な形の武器なのか、それとも……
「それでは、十分休憩を挟みまして決勝戦を開始します!」
クリストファーの声が会場内に響き渡る。俺達はリングへ向かって歩き出した。