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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第5章 王家の剣
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第56話 激戦

 その後、盛り上がる観客に見守られながら試合はどんどん進んでいった。剣や槍で戦う人、氣術で戦う人、猛獣を連れてきて戦わせる人もいた。オルトもグランヴィルも何回か試合に出て勝利し、順調に勝ち進んでいる。

 そして、カルヴィンも同様に勝ち上がってきていた。対戦相手はほとんど何もできないまま、皆血を吐いて倒れている。武器を使っているのか、それとも氣術を使っているのかさえも分からない、得体の知れない攻撃に怯えて棄権するものもいた。


 全てのブロックの対戦が終わり、それぞれのブロックを勝ち抜いた者がリング上に並ぶ。その隣にはクリストファーと受付をしていたバニーガールがいた。


「さあ皆様、各ブロックの勝者が決まりました! まずは第一ブロック、オルト・アルクイン選手!」


 オルトが一礼すると、会場内が沸いた。最初は無名で全く歓声など無かったのに、今や誰もが認める強者剣士となっている。


「そして第二ブロック、カルヴィン・オーランジュ選手!」


 カルヴィンも名を呼ばれて一礼する。オルトの時とは違い、歓声というよりは騒然とした感じだ。彼の戦い方が原因だろう。


「第三ブロック、グランヴィル・モーズレイ選手!」


 グランヴィルは無表情、そして微動だにしない。しかしオルト同様、客席は盛り上がる。


「最後第四ブロック、モーゼス・フリングス選手!」


 モーゼスと呼ばれた赤髪オールバックの男性が礼をすると、大歓声が起こった。オルト達の時とは比べものにならない。

 エリザベートの話だと、彼もセシリアと並ぶ優勝候補らしい。年は三十代前半くらいで背は四人の中で一番大きく、ハルバードを所持している。


「以上、この四名で優勝を競い合って頂きます!」


「うわーなんか凄い面子だな! ドキドキする」


「大丈夫かしら……準決勝でカルヴィンに当たりませんように」


「誰と当たってもなかなか厳しい戦いになりそうですね」


「ねー! さすがに準決勝ともなると強ーい人達ばっかりね。雰囲気全然違うわー」


 洗練された四人から醸し出されるオーラは確かにこれまで敗者となった者達とは違う。そしてそれだけではなく、会場内の空気もクライマックスが近くなりつつあるからか熱を帯びていた。


「それでは、準決勝の組み合わせを発表いたします」


 バニーガールが持っている白い箱の中にクリストファーが手を突っ込んだ。どうやらあれで準決勝の対戦相手が決まるらしい。

 クリストファーが取り出した紙を確認する。


「準決勝第一試合、まず一人目は──オルト・アルクイン選手!」


「わわ、また一番最初ね! 私行かなきゃ!」


 私はセコンドの役目を果たすために、客席から立ち上がる。


「まぁまぁ八雲姫、そう焦らなくても大丈夫だよー? 取り敢えず対戦相手の名前を聞こうじゃないの」


「そうそう、ちょっと待とうぜ!」


 再びクリストファーが箱から紙を取り出した。


「二人目は──グランヴィル・モーズレイ選手!」


「えぇ!?」


「あらー、準決勝で当たっちゃったかぁ。よろしくね、八雲姫! ファンファン、賭けは負けないわよーー?」


「おう! 俺だって負けねえ!」


「セファンじゃなくて、オルトは負けませんよ」


「ということで第二試合は自動的にカルヴィン選手とモーゼス選手になります。それでは、オルト選手とグランヴィル選手並びにそのセコンドの方々はスタンバイをお願いします!」


 エリザベートは立ち上がり、箒を出した。


「よっしゃあ行きますかーー! 八雲姫、一緒に乗ってく?」


「え、いいの? じゃあお願いするわ」


「えーいいなぁ八雲。俺もそれ乗ってみたい」


「ファンファンはまた別の機会でねー」


 エリザベートの後ろに跨り、彼女の腰に手を回す。


「じゃあ飛ぶよ? しっかりつかまっててね!」


「うん!」


 エリザベートが地を蹴ると同時に足が浮いた。箒が高度を上げ、観客席が眼下に広がる。不思議な感覚だ。ちょっとだけ怖い。

 箒はリングに向かって一直線に飛んで行き、あっという間にオルトの側までついた。


「エリちゃんありがと」


「いいえーどういたしましてっ」


 私達は箒から降りる。カルヴィンとモーゼス、バニーガールは客席の方へ戻っていった。


「オルト、頑張ってね!」


「あぁ」


「グラン、頑張ってーー!」


「……あぁ」


 私とエリザベートはそれぞれ声をかけた後、リング外へ出てセコンドとして彼らを見守る。


「……それでは、準決勝第一試合、オルト・アルクイン対グランヴィル・モーズレイを開始します」


 オルトとグランヴィルは剣を抜いた。


「レディ……ファイっ!!」


 クリストファーの掛け声と同時に剣と剣がぶつかり合い──とはならず、二人は互いに構えながら出方をうかがっている。じりじりと、互いに間合いを詰めながら睨み合う。


「さて開戦しました準決勝、オルト選手対グランヴィル選手! どちらも初出場の新顔です! 初出場ながらも素晴らしい剣技でここまで二人とも勝ち上がってきました! というか、今回準決勝に進んだ四人中三人は初出場でしたね、何ということでしょう!!」


 ずっと実況を続けているシャーロットは全く疲れていない。それどころか、さらにテンションが上がっている気がする。休憩なしで全戦実況する彼女の体力も驚異的だ。


「……さて、何だかやり辛いね」


「……ふん。さっさと終わらせてやるよ」


 オルトとグランヴィルは互いに少し笑みを浮かべながら牽制し合う。


「試合開始から膠着状態が続いております! 先手を切るのはどちらでしょうか!?」


 シャーロットも観客もかなりヒートアップしている。

 ──その喧騒の中、観客席で誰かが飲み物の容器を落とした音が聞こえた。


「「────ッ!!」」


 その音を皮切りに、オルトとグランヴィルがぶつかる。鋭い綱音が鳴り響いた。重なった剣同士が競り合い、音を鳴らす。

 そして互いに剣を弾き合い、剣撃戦が始まった。


「ようやく火蓋が切られました! 激しい剣の打ち合いとなっております! 動きが速すぎて私にはよく見えません!」


 オルトが突き、弾き、振り、薙ぎ払う。対するグランヴィルも躱し、打ち、受け止め、突く。

 二人共攻撃しては避け、攻撃しては避け、の繰り返しだ。

 お互いに一歩も譲らず剣を振り続けている。


「おぉーオルトくん凄いねぇ。グランがあんな楽しそうに戦ってるの初めて見たかもー?」


「た、確かに楽しそうに見えなくもないわ……」


 本来ならセコンドは互いに自分の選手側で戦いを見守るものだが、特にセコンドの立ち位置を指定されているわけではない。なので今はエリザベートと一緒にオルト側とグランヴィル側のちょうど中間地点で観戦している。

 依然、オルトとグランヴィルの攻防は続く。二人とも、激しい剣撃戦の中でいくつかかすり傷ができていた。


「両者全く譲りません! この拮抗状態をどちらが崩すのでしょうか!?」


 オルトが仕掛けてグランヴィルが避け、グランヴィルがカウンターを繰り出してオルトが避ける。そしてその逆もまた然り。

 全く戦況は動かないが、その戦いの美しさに観客は皆引き込まれていた。ブーイングなどは飛ばすことなく、ドキドキハラハラしながら見守っている。


「なかなかやるなぁ」


「お前もな」


 二人とも何だか楽しそうに戦っている。セファンの言ってた男の熱い戦い、とかいうやつなのかな。


「オルトお前、氣術が使えるんだろう? なぜ出さない?」


「あれ、バレてた? ちょっと訳ありで、人前では使わないよ」


 グランヴィルにはオルトが氣術を使えることがバレているらしい。さすが、と言うべきか。リング上での会話は私達の位置でようやく聞き取れる程度の音量なので、恐らく客席には全く届いていないだろう。


「あははー、やっぱりオルトくん氣術隠してたんだね?」


「ちょ、エリちゃん! もうちょっとボリューム下げて!」


「あら、ごめんごめんー」


 テヘペロするエリザベート。


「だからさ、お互い氣術無しの剣技だけで真剣勝負といこう!」


 そう言ってオルトは力強く剣を振った。グランヴィルが飛び退いて躱す。


「……ふん、上等だ」


 剣を握り直し、グランヴィルが不敵に笑う。


「何という熱い戦いでしょう!! そしてこの迫力! あぁ、私も胸のドキドキが止まりません! あ、違いますよ? 恋とかじゃ無いですよ?」


 シャーロットが興奮しながら叫んでいる。興奮のあまり実況内容がだいぶ自由な感じになっていた。

 今度はグランヴィルから攻撃を仕掛けた。大きく振られた剣をオルトは自分の剣で受け止める。

 すると、受け止めきれずにオルトの手から剣が離れた。回転しながら剣がオルト後方へと飛ぶ。


「オルト!」


 グランヴィルの刃がオルトを狙う。それをオルトはすかさずしゃがんで躱し、片手を軸にしてグランヴィルの腹に蹴りを入れた。


「ぐふっ!」


 グランヴィルが後ろへ吹っ飛ぶ。オルトはすぐにバックステップで落ちた剣の位置まで後ずさり、剣を拾って構えた。


「うおーー!」


「いいぞーー!!」


「もっとやれーー!」


 観客が沸く。グランヴィルも体勢を立て直して剣を構えた。


「やってくれたな」


「そっちこそ。船の上で海を斬るとか言っただけあって、結構痛かったよ」


 オルトがグランヴィルの方へ走り出した。対するグランヴィルは向かってくるオルトに再び力強く剣を振る。

 オルトは高くジャンプしてそれを避ける。飛んだ体はちょうどグランヴィルの真上に浮き、剣を振り切ってガラ空きになっているグランヴィルの頭部と背中を狙える位置にきた。


「甘い!」


 オルトが斬りつける。グランヴィルは斬られまいと即座に身を回し、剣撃を繰り出した。


「「ぐっ!!」」


 お互いの攻撃がヒットし、グランヴィルは左肩から背中を、オルトは左肩から胸あたりを斬られて出血した。しかしそのまま攻撃の手を緩めることなく、お互い剣を打ち合う。


「おっとー! オルト選手のアクロバットな動きから斬り合いが始まりました! 二人とも刀傷を負ったまま、また激しい攻防をしています!」


 オルトもグランヴィルもそこまで傷は深くない様だが、二人とも出血は続いている。このまま剣撃戦が続けば、お互いに血が足りなくなって倒れるだろう。


「うっひゃぁーー、凄いバトルだねぇ! グランが怪我するのなんて久しぶりだよー」


「大丈夫かしら、二人とも……まぁまぁ血が出てるし、このままじゃ……」


「ま、それで先に倒れたほうが負けってことね!」


 またしばらく拮抗状態になる。お互いに剣撃がかすり、傷がさらに増えていく。

 オルトは頬から、グランヴィルは額から血を流す。血を流しながら激しい攻防を続けているせいか、二人の息があがってきた。


「はぁ、はぁ。決勝戦もあることだし、そろそろ決着つけようか」


「はぁ、はぁ……ふん、負けるのはお前だ」


 二人は一度距離を取り、そして同時に駆け出す。剣と剣がぶつかり合った。

 そして二人とも手から剣が離れ、二本の剣はそれぞれの持ち主の後ろへ回転しながら落ちる。それに見向きもせずに、今度は拳での勝負を始めた。


「両選手の武器が弾かれてしまいました! もはや二人の体は切り傷でボロボロです! しかし彼らはまだ諦めずに肉弾戦を始めました! これぞ男のバトル!!」


 オルトはしなやかに、軽快に身をこなしながら攻撃を避け、そして仕掛ける。対するグランヴィルは重厚に、どっしり構えて攻撃を防ぎ、そして仕掛ける。


「なんかオルトくんの動きって変わってるねー? 軍隊っぽいんだけど、ちょっと違う」


「軍隊?」


「私も格闘技詳しくないからよく分かんないんだけどね!」


 オルトの経歴は結構複雑だから、どこかで軍隊に入る機会があったのかな。そんなことは言ってなかったと思うけれど。


「ぐあっ!」


 オルトが腹にパンチを食らって飛ばされた。リング上に仰向けになって倒れ、少量の血を吐く。


「オルト!!」


「オルト選手、お腹に強烈な一撃を食らってしまいましたー! ダウンです! 立ち上がれるでしょうかー!?」


 観客席から感嘆の声と悲鳴が聞こえる。恐らく、どちらが勝つか賭けているのだろう。


「オルト、大丈夫!? しっかりして!」


 リング外から私は叫ぶが、オルトの反応は無い。気絶してしまったのだろうか。グランヴィルがオルトに向かって歩いていく。

 そしてすぐそばまで近づいた時、オルトは目を開き蹴りを繰り出した。


「!!」


 グランヴィルの顔面目掛けて伸びた足はグランヴィルの頬をかする。かろうじて避けたグランヴィルがオルトの足を掴もうとした時、オルトは膝を曲げグランヴィルの首に引っ掛け、その体を倒した。


「オルト選手、まだ意識はありました! グランヴィル選手を倒して形勢逆転です!」


 首の後ろを膝で押さえつけられたグランヴィル。うつ伏せに倒れて踠いている。


「あちゃー! ちょっとグラン! 何とかして勝ちなさーい! ファンファンに負けちゃうじゃない!」


 エリザベートが叫ぶ。その声に反応してグランヴィルの体に力が入り、押さえつけるオルトを押しのけた。押しのけられたオルトはすぐ側にあったグランヴィルの剣を握り、駆け出す。グランヴィルもオルトの剣を拾った。


「お前にその剣は使いこなせん!!」


 グランヴィルは叫びながらオルトを迎え討とうとする。


「……分かってるよ、そんなこと」


 走りながらオルトが笑った。そしてグランヴィルの元へ辿り着く少し直前、剣を勢いよく前方へ投げた。グランヴィルはそれを剣で弾くが、その間にオルトは懐に潜り込んだ。


「そんな小細工が効くか!」


 グランヴィルの斬撃がオルトへ向かう。オルトに当たる、そう思った時、


「グランにもその剣は使いこなせないよ」


 グランヴィルの攻撃が少しブレた様に見えた。同時にオルトの手刀でグランヴィルの手に握られていた剣が離れる。

 次の瞬間、剣をキャッチしたオルトが柄でグランヴィルの腹部を強打した。


「ぐ……!!」


 グランヴィルがフラつく。苦しそうに歯を食いしばっていた。

 そして胃液を吐き、仰向けに倒れる。鈍い音を立てて倒れたグランヴィルを見て、会場がしんと静まり返った。彼は白目を剥いている。


「ちょっとクセのある剣でね。使いこなすのはなかなか難しいんだ。たとえ一振りするだけでも」


 そう言ってオルトは剣を鞘へ戻した。




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