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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第5章 王家の剣
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第55話 実力差〜upset〜

 小さな金髪の少女が腹から、そして口から大量の真っ赤な血を流して倒れた。静かに倒れたセシリアの鮮血でリングがみるみる赤く染まっていく。優勝候補であるセシリアのその無残な姿に誰もが目を疑った。

 対するカルヴィンは先ほどより二歩くらい前に出た程度で、何も変わっていない。シルバーのモノクルに黒いちょび髭、黒の燕尾服にシルクハットをクールに着こなし、こげ茶色の杖を持って静かに佇んでいる。


「な、何が起こったの……?」


 カルヴィンが何かした様には見えなかった。クリストファーの合図の後、急にセシリアが倒れたのだ。隣のオルトは驚いた様子で目を見開いていた。


「な、な、何と!? 今何が起こったのでしょうか!! 急にセシリア選手が倒れました!! じ、持病とかじゃないですよね!?」


 シャーロットも何が起きたのか分からず慌てている。


「お、おい嘘だろ!? セシリアが倒れたなんて!」


「今何があったんだ!? あのジジィにやられたのか!?」


「分かんねぇ! ただ立ってた様に見えたぞ!?」


 あまりの出来事に呆気に取られていた観客も次々と口を開く。皆も何が目の前で起きたのか全く理解できていないらしい。

 クリストファーがセシリアに近づき、しゃがんで様子を確認した。


「……セシリア選手、死亡。よってカルヴィン選手の勝利です」


 冷静に試合終了を告げるクリストファー。それを聞いてカルヴィンは軽く会釈し、リングの外へと歩き始めた。


「何ということでしょう! まさかまさかのセシリア選手死亡! 優勝候補と騒がれていた彼女が初戦敗退という大番狂わせです!! カルヴィン選手、一体どんな手を使ったというのでしょうか!?」


 会場内がざわつく。カルヴィンはシャーロットや観客の疑問に全く答えることなく杖をつきながら歩いて行く。

 すると、カルヴィンの向かう方向とは反対側にいたセシリアのセコンドが叫んだ。


「おい、お前!! 一体お姉ちゃんに何したのよ!!」


 片割れを失った金髪の少女は涙をこぼしていた。その声は怒りと悲しみに満ちている。カルヴィンはその声に一度足を止めた。


「……ただぼうっとしてらしたので、ちょっと中身を頂いただけですよ」


「なっ!?」


 カルヴィンは淡々と話し、また前に歩き始める。


「うぅ……何なの!!」


 セコンドの少女はリングに上がり、セシリアの元へ走った。そして、変わり果てた姉の姿を目の当たりにして崩れ落ちる。


「お、お姉ちゃん……お姉ちゃん!! ああぁーー!!」


 少女の泣き叫ぶ声が鳴り響いた。しかし観客のヤジや議論の声は静まらず、相変わらず煩い。誰も同情などしていない様だ。

 一人の少女の死とその妹の啼泣を前にして、全く感傷的にならないこの雰囲気を私は異常だと感じた。確かにこの危険な大会への参加を表明したのは彼女達自身だろうが、それでも少しくらい何か感じてもいい気がするのだが。ここにいる人間は皆、裏社会で生きている人達ばかりだからなのだろうか。


「わぉー。なーんか大変なことになっちゃったわねぇ?」


 エリザベートが呑気な声で喋った。オルトと琴音、そしてグランヴィルは何か考え込んでおり、セファンは顔が青ざめている。恐らくはたから見れば私はセファンと同じ感じになっているのだろう。


「琴音、今の見えた?」


「えぇ、何となくですが……」


「グランは?」


「当然だ」


 オルト、琴音、グランヴィルはさっき何が起きたのか分かっているらしい。


「オルト、どういうこと?」


「んとね、セシリアが倒れたのはカルヴィンが攻撃をしたからなんだ。おそらく、内臓を持ってかれてる」


「「えぇ!?」」


 私とセファンがハモる。あの刹那、そんなことがあったのか。そしてそれが三人とも見えていたのか。

 というか、内臓を持ってかれたって……?


「俺も遠目で見てるから確証は無いんだけど、さっきカルヴィンは中身を頂いたって言ってたよね? だからまぁ、そういうことだと思う」


「……そ、そんなことを一瞬でやっちゃったの?」


「や、ヤベェ奴じゃんあいつ……オルト大丈夫かよ!? 次あいつに当たるんじゃ?」


「カルヴィンは隣のブロックだから、少なくとも準決勝までは当たらないはずだよ。各ブロック一試合ずつ順番でやるみたいだから」


「そ、そうか。なら安心……じゃねえな! 勝ち上がったら結局当たるんだもんな!!」


 総勢四十人の参加者が四ブロックに分かれて対戦し、各ブロックで勝ち上がった者同士で準決勝、決勝戦を行うらしい。


「っていうか、グラン次試合なんじゃないの? 早く行かないとマズいんじゃない?」


「あ、そうそうオルトくんの言うとーり! グラン、早く行かないとだよーー?」


「……そうだな、行くぞ」


 本当は自分の二試合前までに控室に行かないといけないのだが、この二人は余裕で客席から観戦している。大丈夫なのだろうか。


「じゃ、ちょっくら行ってきまーす!」


 エリザベートはそう言って、マントの中から茶色の棒を出した。そしてそれを片手で一回転させると、棒が身長くらいの長さに伸び、先端は箒状になった。


「え!? 何それ!?」


「うおっ! 何かカッコいいな!」


「あは、ありがとー! 氣術器だよん。風の氣術が組み込まれてて飛べるのー。じゃ!」


 エリザベートは箒に跨り、地面を蹴ってリングの方へと飛んだ。観客が一斉にエリザベートに注目する。グランヴィルは普通に階段を降りていった。


「エリちゃんって本当に自由人ね」


「あぁ、マイペースってやつかな」


 リングがまた綺麗に修復され、既に次の対戦者とクリストファーがグランヴィルを待っていた。先にエリザベートがリング横に降り立ち、クリストファーにちょっと待ってくださーい、なんて言っている。

 待たされている対戦相手はいかにもキレやすそうな、スキンヘッドにタンクトップを着た地黒の男だ。アクセサリーをじゃらじゃら付けており、腕と服の間から見える背中には刺青が入っている。片手に大きな斧を持っていた。


「待たせたな」


 ようやくグランヴィルもリング上に上がり、対戦者同士が定位置についた。スキンヘッドが何かぶつぶつ言っているが、会場が騒がしくて聞き取れない。表情からしておそらくグランヴィルに遅れた文句でも言っているのだろう。


「それでは第三試合、グランヴィル・モーズレイ対イルボ・ハロネンを開始します!」


 クリストファーの声に、観客は静まり返った。


「レディ……ファイっ!!」


「うおらあぁぁ!!」


 開始と同時に大声をあげながら斧を振り上げ、グランヴィルを狙うイルボ。しかし、グランヴィルは動じることなく最低限の動きでかわした。勢い余ってイルボは体勢を崩す。


「愚かな」


 バランスを崩したイルボを狙ってグランヴィルが剣を振った。


「なんてなぁ!?」


 そのグランヴィルの攻撃を読んでいたかの様にイルボは剣撃を避け、遠心力を利用して思い切り斧をグランヴィルに叩きつけた。グランヴィルは斧を剣で受け止める。


「イルボ選手、先制攻撃からのフェイントを仕掛けてきました! しかしグランヴィル選手はこれを読みきっていたようです! 見事に受け止めています!」


「ちっ!」


 イルボは飛び退き、斧を構えた。そして雄叫びをあげる。するとイルボ周りに強力な風が吹き始めた。


「うおおぉ! 粉々に砕け散れ!!」


 イルボの叫びに合わせてリングのあちこちに細い竜巻が現れた。轟音と共に多数の竜巻がグランヴィルの方へと進んでいく。


「おおっとぉ! イルボ選手が風の氣術でたくさんの竜巻を作りだしました! 竜巻に囲まれたグランヴィル選手に逃げ場はありません! このまま呑み込まれてしまうのでしょうか!?」


 どんどん竜巻がグランヴィルへと近づいていく。しかしグランヴィルは立ったまま動かず、溜息をついた。


「……やはり愚かだ」


 グランヴィルは表情を変えずにそう言った。そして次の瞬間、グランヴィルの一太刀が前方の竜巻数本を断ち斬る。斬られて消滅した竜巻の先、そこには竜巻に隠れて飛びかかろうとしていたイルボがいた。

 イルボの顔が引きつる。すると、腹が裂けて血が噴き出した。


「な、ん、だと……!?」


 膝をつき、そして倒れたイルボ。先ほどの一太刀は竜巻だけでなく、イルボの体も斬ったらしい。術者が倒れたことで他の竜巻も消滅した。


「なんとーー! グランヴィル選手の剣は竜巻もろともイルボ選手を斬った様です! 竜巻越しに斬ってしまうなんて、なんて威力なのでしょう! イルボ選手ダウンーー!」


 倒れたイルボの周りに血がじわじわと広がっていく。全く動かなくなったイルボの姿に、観客は試合の終わりを察した。


「うわー、グランもすっげえなぁ! あっさり終わっちまった。オルトとどっちが強いかな!?」


「さぁ、どうだろうね? 準決勝か決勝で当たったら分かるかもね」


「うーん、私はあんまり二人に戦って欲しくないわ」


「何で?」


「だって仲間同士で戦うのなんて嫌じゃない?」


「いやいや、やっぱ男同士のアツい戦いとか燃えるじゃん? 男のロマンだぜ!」


「私には理解できないわ……」


 クリストファーがイルボの元へ駆け寄る。エリザベートはリング外でやったねー! とか言いながらピースサインをしていた。


「イルボ選手、意識不明により戦闘不能。よって、グランヴィル選手の勝利!!」


 観客がおぉーと歓声をあげる。しかし、先の二試合ほどの盛り上がりは無かった。無名の人間同士の戦いだったからだろう。


「第三試合もあっという間に終わってしまいました! どの試合も圧倒的な実力差があった感じです。どうやら今回は精鋭揃いの様ですね。決勝が楽しみです!」


 グランヴィルは一礼してリングをあとにした。エリザベートは再び箒に乗って飛び、先に戻ってくる。


「「「お疲れ様!」」」

「お疲れ様です」


「いやぁ楽勝だったわー! さっすがグラン!」


 私達とハイタッチして箒から降りるエリザベート。遅れてグランヴィルも戻って来た。


「お疲れ様」


「すごかったわね!」


「すげーよグラン!」


「お疲れ様です」


「……大したことない。奴は雑魚だ」


 無表情のままハイタッチもせずに座るグラン。しかし少しだけ口が緩んでいる気がする。


「オルトとグランが対戦するの楽しみだな!」


「あららーじゃあファンファン、どっちが勝つか賭けてみるー?」


「おう! 俺はもちろんオルトだぜ!」


「うふふーエリちゃんは当然グランに賭けるよ?」


「ちょ、二人とも……賭け事だなんて……。それにまだ勝ち上がれてもいないのに」


「俺は勝ち上がるつもりだよ?」


「……俺もだ」


「私もオルトに賭けます」


「琴音まで!?」


 どうやら私以外は皆乗り気らしい。


「じゃあ、八雲は俺が負けると思ってる?」


「あ、いやそういう事じゃなくて……もうオルトの馬鹿!」


 そんなやり取りをしていると、再び歓声が起こる。第四試合が始まった。



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