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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第5章 王家の剣
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第54話 波乱の開幕戦

 名を呼ばれたオルトと一緒に観客席の階段を降りていく。周りの人達からの視線が一気に私達に集まり、緊張して足が震えた。

 いくらフードを被っているとはいえ、こんなたくさんの人に注目されるのは初めてで、さらに注目しているのがガラの悪い人達だから怖い。自分でセコンドをやると言い出してはみたものの、裏の大会だけに竜の鉤爪のメンバーがいるかもしれないと考えると不安がさらに膨らんでくる。さっきまでは何てこと無かったのに、いざ自分が前に出るとなったら急に恐怖が襲ってきた。

 どうしよう、このまま出て大丈夫だろうか。私はオルトの後ろを歩きながら不安に駆られて下を向き、フードで顔が隠れる様に引っ張った。


「大丈夫だよ」


「あ……」


 そんな私の心を察したのか、オルトが囁きながら手を繋いでくれた。オルトに手を引かれ、どんどん階段を降りていく。

 その背中が心強くて、握られた手が温かくて私は安心し、そして足の震えが止まった。少し笑みがこぼれる。

 階段が終わり、リングへと向かう。既に対戦相手はリングに上がっていた。先ほどエリザベートが優勝候補だと言っていたガタイのいい男だ。クリストファーもその側にいる。相手側のセコンドは双子のうちの一人、お団子頭の少女だ。リングの反対側で腕を組んで立っている。


「オルト、頑張ってね」


「うん、行ってくるよ」


 リング手前で繋いでいた手を離し、オルトを見送った。オルトはリングに飛び乗り、中央へと歩いていく。


「それでは、只今より地下武闘会マグナント第一試合、オルト・アルクイン対ビルガス・ビルトールを開始します!」


 対戦者が揃ったところで、クリストファーが声高らかに試合開始を告げる。オルトとビルガスが睨み合い、クリストファーは二人の間に腕を伸ばした。


「レディ……ファイっ!!」


 クリストファーが腕を素早く上げ、叫びながら飛び退いた。それと同時にビルガスは二本の剣を抜き、オルトに斬りかかる。オルトもすぐさま剣を抜き、二撃とも弾いた。客席からは歓声があがる。


「おぉっとーー! 先制攻撃を仕掛けたのはビルガス選手だ! その強靭な体が繰り出す二本の刃をオルト選手が見事にかわした! さて、次の一手はどちらから切り出すのでしょうか!?」


 急に女性の声で実況が入った。リング周囲を見回すと、観客席一列目の一部分が解説席になっていた。受付にいたバニーガールとはまた別のバニーガールだ。空色のロングヘアーにくりくりお目目の可愛らしい女性だった。


「申し遅れましたが、わたくし本日試合の実況を務めさせていただきますシャーロットと申します! 司会兼審判を務めますクリストファーと共によろしくお願いします!」


 シャーロットが自己紹介している間に再びビルガスの双剣がオルトを狙う。ここからはオルトの表情が見えないが、余裕で躱している様に見えた。


「ふん、ネズミみたいにちょこまかと動きやがって!」


「じゃあ頑張ってネズミ駆除してみなよ」


 ビルガスの顔が引きつる。剣を握る手に力が入り、腕に血管が浮き上がった。


「ビルガス選手の攻撃は再び躱されてしまいました! 対するオルト選手は余裕の表情です!」


 ビルガスが連続で斬りつける。それをオルトはいなし、避ける。何度も何度もそれが続く。


「おぉーい! 何してんだビルガス!」


「そんなひよっこ早く仕留めちまえよ!」


「こっちは常連のお前に賭けてんだぞ! 早くやっちまえ!」


 ビルガスの攻撃が全く通らない戦況にヤジが飛ぶ。観客の大半はビルガスが勝つと思っているらしい。まぁオルトは初参戦だし当然かもしれないが。


「なかなかビルガス選手の刃はオルト選手に届きません! しかしオルト選手も防戦一方です!」


「……違うわ」


 私は小さな声で呟いた。この歓声とヤジの中では誰にも聞こえてはいないだろう。しかし、思わず声に出てしまったのだ。

 オルトが防戦一方? 違う。決してオルトは押されて攻撃できないのではない。

 今までオルトの戦いを見てきて、何となく分かる。


「お前ごときにこれは使いたく無かったが……いい加減、終わらせてやる!」


 ビルガスが突然斬撃を止め、足を力強く踏みならした。するとたちまちリングが氷漬けになり、氷はリング外へとさらに広がってくる。私は慌てて自分周りに結界を張った。オルトはジャンプして氷漬けになるのを回避した様だ。


「な、なんとビルガス選手、リングを氷漬けにしてしまいました! 氷がどんどん広がっていきます! あ、観客席の前にはバリアがあるので皆様ご安心ください」


「……うん、何をする気なのかな」


 オルトがビルガスへ斬りかかる。ビルガスは剣で受け止め、そしてもう片方の剣で反撃をする。オルトはそれを避けて飛び退いた。

 氷は観客席の手前まで広がり、リング上では吹雪が吹き始めた。だんだん視界が白くなってくる。私は結界内にいるし、観客もバリアで守られているため寒くはない。リング端で戦いを見ているクリストファーもどういう訳か寒そうではなかった。


「ビルガス選手の氣術でしょうか、リングが吹雪いています! とても寒そうです! ちなみにクリストファーも自分周りにバリアを張る氣術器を持っていますので平気です!」


 ちょいちょい自分達の情報を入れてくるシャーロット。氣術器というのは、特定の氣術を発動できる様に細工された特殊な道具のことだ。


「凍え死ね」


 ビルガスが双剣を振ると、冷気の塊がオルトへ向かって発射された。その真っ白な冷気にオルトは飲み込まれる。さらに吹雪は強くなり、ほぼ視界ゼロの状態になった。


「あぁっとーー! オルト選手、氷の氣術に飲まれてしまいましたー! というか目の前真っ白です! 全然見えません!」


「オルト……!」


 何がリング上で起きているのか全く分からない。結界の中は影響が無いが、外はおそらく絶対零度の世界になっているのだろう。

 結界の外側が凍ってきた。生身の人間がそう長々といられる環境ではない。オルトは大丈夫だろうか。

 猛吹雪のせいで目の前は真っ白だし、音も聞こえない。目を凝らし、耳を傾けて状況を探る。


「……大口叩いた割に、大したことないな」


 吹雪の中からオルトの声がかすかに聞こえた気がした。そして、次に何か鈍い音も。


 すると少し経って吹雪がおさまり、視界が晴れてきた。


「おや、吹雪がやみましたね!? 一体何があったのでしょうか!?」


 白い世界に色が戻る。開けた視界の先、そこには氷漬けのリングとそこに立つオルトがいた。

 ビルガスは──倒れている。


「何と! ビルガス選手ダウンしております! 吹雪の中でオルト選手がノックアウトさせた模様です!」


 クリストファーがビルガスに近寄り、意識の確認をしている。そして立ち上がり、


「ビルガス選手、意識不明により戦闘不能。よって、オルト選手の勝利!!」


 クリストファーがオルトの腕を持ち上げ、勝利宣言をした。会場内がどよめく。


「試合終了ー! オルト選手まさかの逆転勝利!! 第一試合から波乱の展開です!!」


「マジかよ!?」


「おい! 何があったんだ!?」


「おいこらビルガス金返せーー!!」


 観客席は驚きの声、状況が飲み込めず困惑する声、そして賭けに負けて怒る声、嘆く声でいっぱいだ。

 そんな反応を全く気にせずオルトはこちらへ歩いてきた。


「オルト、大丈夫?」


「うん、全然平気。でもちょっと目立ち過ぎちゃったかな」


「あはは、それは仕方ないわよ。相手が有名みたいだし。お疲れ様」


 オルトは怪我一つしていなかった。体についた雪を払っている。


「おい、あいつ何者なんだ!?」


「ビルガスをあっさり倒すだなんて……」


 今度はオルトに観客の視線が集まり始める。あまり注目されるのも困るのでさっさと観客席に戻ることにした。

 リングを離れ、駆け足で客席の階段を駆け上がる。セファン達が手を振っていた。


「お疲れ様ー! ナイスファイトだったね。あの吹雪の中で何やってたのー?」


 ハイタッチしながらエリザベートがオルトに聞いてきた。


「ん、ちょっと回り込んで首に一発入れてあげただけだよ」


「うへぇーーあんな猛吹雪の中でよくそんなことできたわねー?」


「でも意外とあっさり終わっちゃったな!? 優勝候補ってエリちゃん言ってたから、もっと手強いかと思ってたんだけど」


 セファンがオルトに飲み物を手渡しながら言う。

 それを聞いてエリザベートは、ん? と首を傾げ、


「あーーごめんごめん。優勝候補はビルガスじゃなくって、一緒にいた双子の片方よん」


「……えぇ!? マジで!!」


「ど、どうりで簡単に勝てた訳だわ……てかあの女の子が優勝候補!?」


「まぁ、そうだよね」


「どうやらその本当の優勝候補、次の試合みたいですよ」


 琴音の言葉を聞いて皆リングの方を見る。するとセコンドにいる双子の片割れ、ミディアムヘアの少女がリングに向かって歩いて来ていた。

 セコンドの少女の隣にはビルガスが寝ている。少女がリングに上がる手前で、クリストファーが制止した。


「少々お待ちください。リングを直しますので」


 そう言ってクリストファーがリングに手を当てる。すると、氷が一瞬にして消えて元の綺麗なリングに戻った。


「このリングも氣術器です。試合毎に直しますので思う存分壊していただいて結構です。それではどうぞ」


 ミディアムヘアの少女がリングに上がる。そして、対戦相手と思われる燕尾服の老人もリングに上がった。杖をついているが、本当に戦えるのだろうか。


「それでは第二試合、セシリア・アルクランド対カルヴィン・オーランジュの試合を開始します!」


 セシリアは白いローブを開いて両手を構える。両腕にはリストバンドを付けており、ローブの隙間からは白いワンピースが見えた。対してカルヴィンは軽く会釈し、特に構えたりはしていない。


「レディ……ファイっ!!」


 クリストファーの叫びで戦いの火蓋が切られる。

 セシリアがカルヴィンに猛スピードで突っ込み、そして無防備な老人を一発で仕留めて歓声があがる…………はずだった。




「……がはぁっ!?」



 ほんの一瞬の出来事で、何が起こったのか分からなかった。


「……嘘」


 無意識に声が出た。セシリアのローブが裂け、その少女の小さな体、肩から足の付け根まで大きな傷が入り、鮮血が飛び散る。血を吐きながらセシリアは倒れた。




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