第53話 地下武闘会
翌日夜、俺達はカジノへ向かった。例の武闘会に出るためだ。
日が暮れる時間、マリュージャ唯一のカジノへ入る。昨日下見に来た時は賭け事に興じる人が多かったが、今日は少し様子が違う。ゲームに参加する訳でもなく、ウロウロとフロア内を歩く武装した人相の悪い男や、葉巻を吸いながら休憩スペースの手摺に腰掛けて人間観察している女がいた。明らかに他と雰囲気の違う輩はおそらくこれから行われる大会の参加者か観客だろう。
俺達はルーレット奥のバトラーに向かって歩く。近づくと、バトラーが会釈した。
「どうなさいましたか?」
「ディアボル」
「……どうぞこちらへ」
合言葉を聞いたバトラーは、会釈をしてすぐ隣にあるドアを開けた。ぱっと見はスタッフ用の通用口だが、近づいて中を覗くと地下へと階段が続いている。
「そちらを降りたところで受付を済ませてください」
「分かりました。ありがとうございます」
薄暗い地下への階段を降りていく。俺達全員が入ったところでドアが閉められたため、明かりは足元灯だけになった。一気に暗くなって八雲とセファンがビビっている。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫よ!」
「お、俺だって! 怖くなんてねーからな!」
「足元気をつけてくださいね。踏み外すと一気に下まで転げ落ちてボロ雑巾になりますよ」
「言い方悪いな!? 気をつけるよ!」
階段を降りるごとに四人の足音が響き渡る。五、六階分くらい降りただろうか。
階段が終わり、ドアがあった。ドアレバーに手をかけ、ゆっくりと開く。
「……うわ」
「わ、何これ……」
「うぉー何か凄えなぁ」
「……」
ドアを抜けた先、そこは大きな大きな地下空間だった。武闘会を催すだけあって造りはコロシアムの様になっている。円形に広がる空間の中央には丸いステージがあり、一.五メートルくらいの高さがある。おそらくそこで対戦するのだろう。
壁全周には観客席があり、かなりの人数が収容できそうだ。既に客席の半分くらいは埋まっており、会場内は騒がしくなっている。
「ようこそ地下武闘会へ。参加希望ですか? それとも観戦希望ですか?」
闘技場へ入ってすぐのところに受付があり、バニーガールの格好をした受付嬢とタキシードのバトラーが立っている。地下空間の異様な雰囲気に呆気にとられている俺達へバニーガールが笑顔で話しかけてきた。
「あ、俺は参加でお願いします。他は観戦希望です」
「かしこまりました。ではこちらにお名前をご記入ください」
長机の上に置いてある紙に自分の名前を記入する。自分の名前の隣に、セコンドの名前の記入欄があった。
「えっと、これは?」
「どなたか一人、セコンドを務める方の名前を記入してください」
「無しではいけませんか?」
「いいえ、必ずどなたか一人書いてください。セコンドと言っても、リングのすぐ側で立っているだけでいいです。誰か一人介添人がいないと、参加者が動けなくなったり死亡した場合に引き取る方がいなくて困りますので」
サラッと怖いことを言うバニーガール。
「えっと……じゃあセファン、頼める?」
「おう。見てるだけでいいんだよな?」
八雲を一人にする訳にはいかない。闘技場内にはガラの悪そうな連中が多いので、できれば戦力の高い琴音と一緒にいて欲しい。となると、セファンがセコンドになる。
「すみませんが、あなたはおいくつですか?」
「俺? 十一歳だけど」
「ではセコンドはできません。十四歳以上でないといけない決まりですので」
「え、マジ?」
「あら、お子ちゃまはお断りだってーセファン」
「誰がお子ちゃまだ! 八雲だってそんな変わんねーだろ!」
……となると、八雲とセファンを観客席に座らせて、琴音がセコンドか。
「じゃあ琴音、頼むよ」
「はい」
琴音が名前をセコンド欄に書く。
すると、その名前を見てバニーガールの隣にいたバトラーが顔をしかめた。
「……琴音様ですか。あなたもしや、竜の鉤爪を抜け出された方ですかな?」
「!?」
驚き、顔を上げる琴音。バトラーが顎に手を当てながら琴音を目を細めて見る。
「……どういう意味ですか?」
「地下武闘会オーナーは竜の鉤爪と繋がりがありましてね。先日、竜の鉤爪がブラックリストに登録している人物として新しく琴音、という名があがったそうです」
「ブラックリスト……!?」
「はい。まぁ要するに盗賊団の裏切者や、団に取って都合の悪い人物が登録されている様です。外見の情報も流れてますよ」
確かに、竜の鉤爪が裏切者の琴音を探すであろうことは予想していたが……まさかこんなところまで情報が回っているとは。琴音の表情が固くなる。
「あぁ、まぁ私共は通報したりはしませんのでご安心ください。特にその様な命令は出ておりませんし、あくまでもお客様ですので。……ただし、セコンドを務めるのはお控え願えますか?」
「え?」
「紙に名前が残ると、我々があなたと接触していながら逃した証拠になってしまいますので」
琴音が複雑な表情でこちらを見た。ここで捕まることは避けたいが、しかし琴音もセコンドを務められないとなると八雲を一人でリング側に立たせることになる。琴音もそれが危険であることが分かっているのだ。
「大丈夫、私がセコンドっていうのやるわよ」
後ろでやり取りを静かに見ていた八雲が、俺と琴音の服をちょっと引っ張って言った。振り向くと、自信満々という感じで八雲が見つめてくる。
「いや、でも」
「大丈夫よ! 立ってるだけなんでしょ? それにセファンも琴音もセコンドはできない。でもオルトは出場したい。なら私が行かなきゃ!」
「いやでもな……。それならやっぱり出場を諦めて……」
「だーめ! オルトが探してるものかも知れないんでしょ!? 私なら大丈夫だから。ローブもちゃんと着てるし」
八雲は外出時は常にローブを羽織り、フードを被っている。竜の鉤爪に見つからない様、その特徴的な淡いピンクの髪と髪飾りを隠すためだ。
バトラーの話から考えると琴音が裏切った情報は裏の世界で流れているが、標的である八雲と一緒にいるということまでは知られていない様だ。裏切の細かい経緯まではさすがに伝わっていないらしい。
「ね、だから出場しよう? 私が後ろから見守っててあげる!」
「……分かった。頼むよ」
「はーい!」
正直かなり不安は残るが……ここまで来てしまったからには仕方ない。もし景品が俺の想像と違うものだったら棄権して帰ればいいし、本当に元ユニトリク王家の宝剣だったら……できるだけ目立たない様に戦ってさっさと終わらせよう。
受付を済ませ、観客席の方へ向かう。まだ開始まで時間があるので座って待つことにした。地下武闘会はトーナメント制で、参加者は今のところ三十人くらいらしい。受付時間が終わったところで正式に対戦表が発表され、自分の二つ前の番になったら控室でセコンドと一緒に待つのだそうだ。
「うわー、何かドキドキしてきた」
「何でセファンがドキドキするんだよ。戦うの俺だぞ?」
「えーそりゃまぁそうなんだけどさ。やっぱりこういう場所くるの初めてだし、何か武闘会ってだけで燃えるよな!」
「うーん、そういう男の子の感覚ってよく分からないわ。戦うのとか痛そうだし」
「まぁ八雲は普段戦わねーしな! 琴音はどうだ? ドキワクする?」
「しません」
「うわバッサリ! 戦い上手な琴音なら同意してくれると思ったのに!」
「……私は戦闘狂じゃありませんので」
「え、何か暗に俺が戦闘狂って言ってない? 別に戦い好きだから出場する訳じゃないよ?」
こちらを見ながら言う琴音にすかさず反論。それを見て八雲が笑う。
すると近くに売り子が来た。酒やジュース、菓子類を売っている様だ。八雲とセファンがジュースを買う。
「お・る・と・くーーん! 見いーーつっけた!」
また独特の口調で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。下の方を見ると、観客席の入口あたりにエリザベートとグランヴィルがいる。エリザベートは大きく手を振っていた。
「「エリちゃん!」」
八雲とセファンが手を振り返す。エリザベートはニコッと笑ってこちらの方へ来た。
「ここにいるってことはもう受付は済ませたんだよねー? オルトくんは出場するの?」
「あぁ、そうだよ。そっちはグランが出るんだっけ?」
「そ! もし対戦当たっちゃったらお手柔らかによろしくねー」
「こちらこそ。負けるつもりはないけどね」
「それは俺もだ」
俺とグランは互いに見合い、そして微かに笑う。するとその時、会場がざわついた。観客達が一斉に闘技場入口の方を見ている。そちらの方に視線を向けると、大きな男と小さな少女二人が立っていた。
「おやー優勝候補のおでましかな?」
「優勝候補?」
「あの三人組。昨日カジノで遊んでる時に噂で聞いたんだけど、何かこーゆー感じの大会では有名な賞金稼ぎっぽいわよ? 今日も賞金稼ぎに来たのかしら」
大きな男は胸部と腰に厳つい鎧をつけており、露出した腕と足は筋肉隆々、毛皮のマントを羽織っている。左頬に大きな傷が入っており、目は細く眼光が鋭い。腰には大きな剣が二本携えられていた。
隣にいる二人の少女は双子なのだろう、顔がそっくりだ。二人とも金髪で片方はミディアムヘア、片方は頭の上でお団子にしている。白いローブを羽織って全身を隠していた。
「うわーまた何か変わった組み合わせね?」
「八雲姫達もはたから見れば結構変わった組み合わせだよー? 皆国籍も年齢もバラバラっぽいし、犬と竜も連れてるし」
「私と八雲は同じインジャ出身ですよ。私が忍服を着ているので違う様に見えるかもしれませんが」
「そーなの? あ、ここ座っていい?」
こちらが返事をする前にエリザベートは俺の隣に座った。グランもその隣に座る。
するとその直後、鐘の音が鳴った。闘技場の入口のドアが閉まり、リング上に先ほどのバトラーが布に包まれた何かを持って歩いて行く。会場内が静まり返り、観客は皆バトラーに注目した。小型マイクを胸元に付けたバトラーがリング中央で一息つき、そして会場内を見回す。そして、大きく口を開いた。
「紳士淑女の皆様、よくぞお越しくださいました! 私、地下武闘会の司会を本日務めさせていただきますクリストファーと申します。よろしくお願いいたします」
クリストファーが一礼した。
「本日は総勢四十名の方にエントリーいただきました。勇気ある参加者の方々にはトーナメント方式で優勝を目指していただきます。ルールは簡単。相手が気絶するか死ぬか場外に出れば勝ちです。剣を使っても爆弾を使っても氣術を使っても構いません。何でもアリです。観客席にはバリアが張ってありますので、気兼ねなく暴れてください。そして、優勝者には賞金と景品を差し上げます。今回の景品は……こちらです!」
クリストファーは手に持っていた何かを掲げた。布を取ると、その手には一本の剣が握られている。
褐色の鞘に収められた剣の鍔には細かな装飾が掘られており、中心部分には綺麗な宝石が埋め込まれていた。鞘は年季が入って少し汚くなっているが、間違いなくその剣には見覚えがあった。
「……やはりな」
「あれがオルトの探してたもの?」
「……あぁ」
何の剣なのか分からない観客達がざわつく。
「皆様、こちらはあのユニトリクを治めていたエルトゥール家の宝剣でございます。あの家系の剣士のために特殊な細工が施されており、彼らが滅びた今、同じものを作る技術を持ったものはおりません。かなり希少価値の高いものでございます」
「え、そうなのオルト?」
「あぁ、その通りだ。あれは……父さんの形見だよ」
会場内がさらにざわついている。それをクリストファーが制止した。
「皆様静粛に。この剣を売ろうと思えばかなりの値がつくでしょうし、コレクターにとったは喉から手が出るほど欲しい一品でしょう。そして剣としてもかなり出来のいいものでございます。これと賞金を目指して参加者の皆様には戦っていただきます」
クリストファーが剣を下ろした。そして息を吸う。
「それではお待たせしました! 対戦カードの発表です!」
勢いよく手を振り上げるクリストファー。すると、観客席前の透明なバリアにトーナメント表が映し出された。
「記念すべき開幕第一戦目は──オルト・アルクイン対ビルガス・ビルトールです!」
大歓声が起こり、会場が熱気に包まれる。名前を呼ばれて先ほど双子の少女を連れていた男が下の方の観客席で立ち上がり、ガッツポーズで周りにアピールしている。そしてリングの方へと歩き出した。
こうしてクリストファーの高らかな宣言と共に、地下武闘会が開幕した。