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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第5章 王家の剣
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第52話 風呂ロマン

 久しぶりの露天風呂。外はすっかり暗くなり、顔に当たる夜風が心地よい。大きな石で囲まれた湯船には少し熱めの温泉が溜められており、入ると体の疲れが癒されていくのが分かる。

 端の石にもたれかかり、湯気の中から夜空を見上げて一息つく。耳に聞こえるのは竜の置物の口から流れる湯が立てる音、たまに風になびく植栽の音、虫の声、そして────




「ひゃっほおぉーーーーい!!」




 ──その静けさをぶち壊す、セファンのはしゃぎ声だった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 時は、約一時間前──。


 俺達はカジノを出て宿に戻り、それぞれの部屋で夕食の時間になるまで休憩することにした。俺とセファンが同室、八雲と琴音が隣の部屋だ。

 以前は全員同室で寝ていたが、琴音のスパイ疑惑が晴れてからは(いや実際スパイだったのだが、竜の鉤爪を抜けてからは)男女別で部屋を取っている。


「オルト、まだ夕食まで時間あるよな? 暇だし温泉行かねー? さっき受付で大浴場あるって言ってたし」


「んー、俺は遠慮しとくよ。行っておいで」


「えーー何でー?」


 セファンが不満そうに見てくる。


「そいや、前もオルトそうだったよな? 大浴場あるのに一緒に行かずに、深夜の人がいなさそうな時間にコソッと行ってなかったっけ? エイリンの屋敷でも大きい風呂あるのに俺と一緒には入らなかったし……あ、もしかして俺と入るの嫌なのか……?」


 自分で喋ってるうちにあらぬ方向へ結論が出て、声が小さくなるセファン。少し泣きそうな顔になっている。


「違う違う。そうじゃないよ」


 俺は慌てて訂正する。しかし、セファンはまだ疑った目でこちらを見てきた。


「そうじゃなくて……あんまり人に体を見られたくないというか」


「ん? 何で? オルトのトレーニングで引き締まった体ならむしろどんどん見せびらかしていいと思うけど」


 セファンは腕を組み、首を傾げて言う。


「あーいや、そうじゃなくてね」


「あ、アソコに自信がないってことか!」


「違う!! あ、いや別に自信があるわけでもないけど」


「じゃあ何なんだよ?」


 いよいよ意味が分からない、という感じで若干キレ気味に迫るセファン。


「えっとね。実は俺の背中、結構エグい傷が入ってるんだよ。見る側からしたら気持ちいいもんじゃないから、一人でしか入らない様にしてる」


 そう、俺の背中には大きな三本線の傷がある。十年前に深く刻まれたこの傷は、消えることなく時々疼き続けている。左肩から右腰まで斜めに入った傷は痛々しく、人に見せられる様なものではない。

 それに、この特徴的な傷で俺の正体がバレる可能性もある。よって普段は個室の風呂で済ませるか、人目につかないタイミングでしか大きな風呂には入らないのであった。


「そんな酷い傷なのか?」


「かなり」


「うーん……」


 セファンは下を向いて何か考え込む。そして、勢いよく顔を上げた。


「よし、ちょっと待ってて!」


「え?」


 てっきり諦めるのかと思いきや、セファンは部屋を出てどこかへ行ってしまった。待っててと言われたが……何をするつもりなのだろうか。


 それから約十五分後。ドタドタと大きな音を立てて走りながらセファンが戻ってきた。


「オルト! 露天風呂貸切にしてもらったぜ! だから一緒に入ろう!」


「えぇ!?」


「いやさー、受付の横に予約すれば露天風呂貸切にできるって書いてあったの思い出してさ。今日は利用客少ないから貸切オッケーだって!」


「え、そうなの?」


「何かこの宿二種類露天風呂あるらしいぜ? 宿の東側と西側でそれぞれ男女別であるから四つか。西側の方借りれたから行こう! あ、八雲達にも伝えないとな。あいつも普段落ち着いて大浴場行けないっぽいし」


 そう言ってセファンは再び部屋を出て行く。俺は呆気に取られ、その場で突っ立っていた。


「……はは」


 一瞬で、自分が抱え込んでいた悩みの一つをぶち壊された気がする。何というか、怯みもせずに普通にそこまでしてくれるのが嬉しいと感じた。

 ……今までずっと隠していたのが馬鹿みたいだ。セファンは優しいな。


「ありがたく、一緒に入らせてもらうか」


 心が温かくなる。腰を上げ、セファンと共に露天風呂へ向かうことにした。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 こうして話は冒頭に戻る。


 結局セファンは俺の傷を見ても全く動じなかった。それどころか、傷は戦士の勲章だぜ! なんて言ってくれた。もっと早く話してしまえば良かったかな。


 露天風呂は隣合う男湯と女湯が木の板で仕切られており、大きい声を出せば当然隣に聞こえる。予想以上に大きい露天風呂が貸切にできて、テンションMAXのセファンの叫び声はおそらく女湯でもハッキリと聞こえているだろう。セファンが誘ったらしいので、きっと八雲達は今あちらに入っているはずだ。


「ひっろいなぁ!! な、サンダー!?」


「ワオーン!」


 なんと、露天風呂にはペット専用の湯船まであった。これには驚いた。おかげでサンダーのテンションもMAXで煩さ二倍である。貸切で良かった。


「やっぱり大きい風呂は皆で入った方が楽しいよな!? オルト!」


「あぁ、そうだね。ありがとう」


 セファンが湯船で泳ぎながら言う。正直もう少し大人しくしてもらいたいが、こうして人目を警戒することなくゆっくり入れてるのはセファンのおかげなので見守っておく。

 さらに楽しくなってきたのか、セファンはサンダーを巨大化させて湯船の周りを走らさせた。もう何がしたいのか意味が分からない。ノリに任せてはしゃぎまくっている。そろそろ止めた方がいいだろうか。


「ちょっとーセファン!? 煩いわよ!」


 八雲の声が女湯から聞こえた。やはり煩かったらしい。


「あーーごめんごめん。ゆっくりできてるかー?」


 木の板越しにセファンが話しかける。


「あ、うん。とってもリラックスできてるわ! ありがとね!」


「えへへー」


 竜の鉤爪を警戒しなければならない八雲も久しぶりにゆっくり露天風呂に入れている様だ。セファンの妙案に感謝しないとな。


「なあ、オルト」


 セファンが俺の方へ寄ってきた。


「何?」


「オルトはその……好きな人とかいるのか?」


「え?」


 セファンが声のボリュームを先ほどより大幅に落として聞いてきた。なぜか少し恥ずかしそうだ。


「だから、その……八雲のことはどう思ってんだ?」


「八雲? どう思うって……うーん、旅の仲間で護衛対象」


「え、それだけ?」


「それだけって……可愛いと思うよ? あと芯が強い」


 セファンの質問の意図がイマイチ読めない。何を求められているのだろうか。


「あーいや、いいや。変なこと聞いてごめん」


「?」


 勝手に自己解決してセファンは顔を湯面につけた。そして潜る。しばらく息を止めて潜水したかと思えば、いきなり勢いよく水飛沫をあげて出てきた。


「オルト、良いこと思いついたぞ!」


「……何?」


 セファンが悪戯っ子の様な表情でニンマリと笑った。嫌な予感がする。

 そしてセファンが俺の耳元で囁く。


「女湯、覗こうぜ」


「はぁ!?」


「ちょ、声大きいよオルト! だってあの板の向こうは女湯だぜ? 気にならない?」


「セファン、お前なぁ……」


「絶対どっか小さい穴とかあるって! 探そう!」


「おいおいやめとけ」


 俺の制止を聞かず、仕切りの方へ歩いて行くセファン。面倒ごとになっても困るので、止めるために仕方なく追いかける。


「セファン、大人しく風呂に入ろう?」


「オルト、だってここには俺達しかいないんだぜ? 向こう側にも八雲達しかいない。他の人に見られたり、知らない人見ちゃったりする訳じゃないし良いだろ?」


「いや良くないだろ」


「もぉーーオルト、男のロマンじゃないか!! オルトまだ若いのにもう枯れてんのかぁ!? ちょっとくらい……あ、良い穴あったぞ!」


「え……嘘だろ」


 セファンがしゃがんで、その目線の位置あたりを指差す。すぐ側の植栽で分かりづらくなっているが、確かに小さな穴が空いていた。それを覗こうとセファンは顔を近づける。


「ちょ、おいマジやめとけセファン」


「まぁまぁ……あ?」


 セファンが小さな穴から女湯を覗こうと目を近づけたその時。

 俺達の後ろから巨大な影が迫った。


 ……振り向くと、そこには


「「サンダー!?」」


 千鳥足になっている巨大化したサンダーがいた。フラフラしている。舌を出し、目は虚ろだ。どうやらのぼせたらしい。


「ちょ、サンダー大丈……でえぇ!!」


 フラつきながら近づいてきたサンダーが、濡れた床面で前足を滑らせ、こちらに倒れてきた。サンダーの巨体に押されて板にぶつかる。

 サンダーと板に挟まれて押し潰される、と思った時、板の付け根が音を立てて割れ、女湯側へ傾いた。嫌な予感がする……というか、血の気が引く。

 俺とセファン、サンダーは板と共に豪快に倒れる。仕切り板が床に叩きつけられ、大きな音が響き渡った。


「いって……」


「痛あっ! おいサンダー、しっかり……あ」


 突っ伏した体を持ち上げると、そこには禁断の領域が広がっていた──女湯だ。造りは男湯とほぼ同じで、見た感じ男湯と左右対称になっている。辺りには湯気が立ち込めて幻想的な風景だ。

 貸切のため人影は少なく、湯気の中そこにいたのは……八雲と琴音だ。琴音は湯船に浸かっており、八雲はちょうどそこを歩いていたのか──俺達の目の前だった。


「……え、オルト、セファン……?」


 八雲の白い肌は明かりに照らされて艶々としており、細い手足はとても美しい。華奢な体だが、女性特有のくびれがあり流麗な曲線を描いている。

 以前アクシデントで裸を一度見てしまったことがあるが、その時よりも少し成長しているというか……女性らしくなっている気がした。


「あ、ごめん……」


 八雲の顔がみるみる赤くなり、タオルを持っている手がワナワナと震える。


「あーーぐふぅ」


 覗くどころか目の前で思いっきり見てしまい、セファンが鼻血を出して倒れた。刺激が強すぎたらしい。

 八雲の後ろから琴音の鋭く冷たい視線を感じた。……殺気を放っている。寒気がする。ヤバい。死ぬかもこれ。


 そして、目の前の八雲が涙ぐんだ。


「き……きゃああぁーーーー!! ばかあぁーーーー!!!」


「わわ、ごめんなさいーー!」


 八雲の強烈な平手打ちの音が、露天風呂にこだました。





 この後、露天風呂を出た俺達は八雲と琴音にこっ酷く説教をされることになったのだった。




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