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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第5章 王家の剣
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第49話 船上の剣士と元騎士

 首に回された細い両腕、背中に当たる柔らかい感触、そして耳元で発せられた明るい声。

 どういう状況かと言うと、俺は後ろからいきなり抱きつかれたのだ。


「え、エリザベートさん?」


「もーう、オルトくんってば! エリちゃんて呼んでって言ったでしょ?」


「えっと……」


 何と返そうか考えて、ふと二人の視線に気がついた。すぐ隣、至近距離から琴音の鋭い視線、そしてその奥からさらに鋭い八雲の視線だ。二人の後ろから黒い炎の様なオーラが見えるのは気のせいだろうか。


「取り敢えず離れません?」


「エリちゃんって呼んでくれたら離すよー? あ、あと敬語もいらなーい」


「……エリちゃん、離して?」


「はーい!」


 満足気な顔をして手を離すエリザベート。しかし今だ八雲達の険しい目つきは変わらない。どういう意味の視線なのかイマイチ分からないが、怒っているのは確かだ。ただ俺が何かした訳でもないはずだし、理由を聞くのもなんだか憚られるのでスルー。そして目の前のエリザベートはニヤニヤしている。


「まさか、同じ船に乗ってるとはね」


「うふふ、エリちゃんもビックリしたよ? まさかまた会うとはねー」


「あの、この船に乗ってるってことはエリザベートさん達もクライナスに?」


 深呼吸をして怒りを落ち着けた八雲が会話に入ってきた。


「八雲姫、エ・リ・ちゃ・ん! あと敬語ー!」


「あ、えっと、ごめんなさ……ごめん。エリちゃん達もクライナスに行くんだよね? 何しに行くの?」


「うん、エリちゃんとグランもクライナスに行くんだよ。目的はお宝を探しに、かなぁ」


「お宝?」


「エリちゃんはトレジャーハンターってやつなの。財宝とか貴重な骨董品とか探して売り捌いて稼いでるんだー。グランはエリちゃんの護衛役ね」


「へぇー何かカッコいいなぁ!」


「ありがと、ファンファン!」


「何かそのニックネーム動物みたいだよな……」


 複雑な顔をするセファンを尻目に、えっへんと腕を組んでドヤ顔するエリザベート。


「で、オルトくん達はクライナスに何しに行くのかな?」


「俺達はユニトリクを目指しててね。クライナスはその中継地点だよ」


「へぇ? 確かにモルゴからユニトリクに行くにはここを通らないとねぇ。でもどうしてユニトリクに?」


「それは内緒かな」


「えーー? つれないなぁーー」


 エリザベートが頰を膨らませて抗議する。しかしユニトリクが故郷だと話してエルトゥールであることがバレてもいけないし、竜の鉤爪の本部を叩くと言ってその情報が流れてしまえば奇襲が難しくなる可能性がある。素性の知れない相手に易々と話すことはできない。

 かと言って、このバラエティに富んだ格好の面子だと友達同士で旅行なんて言っても信じてもらえないだろう。よって、適当にはぐらかすことにした。


「気になるなぁーー?」


 エリザベートは追及の手を緩めようとしない。さて、どう切り抜けようかと考えたその時、


「あ、見て! 魚が今飛んだわよ!?」


 八雲が水面を指差して叫んだ。その声にエリザベートもつられて振り向く。


「え、飛んだ!? 魚が飛ぶ訳ねーだろ?」


「本当だってば! 羽みたいなの生えてたわよ!?」


「……おそらくトビウオではないでしょうか」


「「トビウオ?」」


「そうそう、魚だけどヒレが羽みたいに大きくて滑空できるのよー?」


「そ、そうなのか!?」


「あ、また飛んだわ!」


 八雲とセファンが手摺の格子を握り締めながら水面を凝視している。二人の目はキラキラと輝いていており、時たま飛び出すトビウオを発見しては歓声をあげた。琴音がそれを母の様に見守り、エリザベートは二人と一緒になってトビウオが出るのを待っている。

 思わぬ形で話が逸れて、俺は胸を撫で下ろす。……すると、手摺にもたれながら水面を見るエリザベートが流し目でこちらを見て、口の端を吊り上げた。


「……食えない奴だな」


 ぽつり、俺は聞こえないくらいの声で呟いた。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 クライナスまでの船旅は昼過ぎまでかかる予定だ。今はその半分くらいまで進んでいる。船から見える景色はひたすら青い海面が広がっており、時折海鳥が群れをなして飛んで行く。日差しがだんだん強くなってきて、ほとんどの乗客は室内でくつろいでいた。


「うぅーーーー気持ち悪い」


 八雲が船酔いした。八雲はデッキの端で座り込んで必死に吐き気と戦っている。

 俺はその背をさすっていた。


「吐けるなら吐いた方が楽になるよ」


「うぅ……」


 涙目になりながらグッタリとする八雲。ちなみにセファンも船酔いしており、今は雑魚寝スペースで寝転がっている。そしてそれを琴音が介抱している次第だ。


「はぁ……ありがと、オルト。少しだけ楽になってきたかも……」


「そう? 無理しないでね。まだしばらくこうしててもいいよ?」


「う、ん……じゃあもうちょっとだけ……」


 八雲の背をさすりながら、海の方を見る。何気なく眺めていると、遠くで何かが海面から出るのが見えた。遠くてイマイチよくわからないが、背ビレの様に見える。

 しかしもしそうだとすると、この距離で見えるということはヒレの持ち主はかなりの大きさになるのだが。


「……船酔いか」


 後ろから、冷たく感情の消えた声をかけられる。振り向くと、そこにはグランヴィルが立っていた。


「……あぁ」


「情けないな」


「そんな言い方しなくてもいいだろ? 八雲は初めての船なんだし仕方ないじゃないか」


「……う、いいの。オルト……情けないのは本当だし……」


「八雲……」


「……気に障ったのならすまない。どうも話すのが苦手でな」


 依然、感情の消えた目でこちらを見下ろしてくるグランヴィル。どこまで本気で言ってるのか掴めない。

 そして、下からグランヴィルを見上げてふと気になった。


「なぁ、あんた騎士か?」


「いや、違うが。どういうことだ?」


「アリオストの騎士の服装に何となく似てるんだよな、それ。細部はちょこちょこ違うけど」


「なるほど、よく知っているな。確かに俺はアリオストの騎士だった。四年ほど前まではな」


「四年前に……辞めたのか?」


「あぁ、あんなくだらん神子を崇める国の騎士などやっていられるか」


 グランヴィルの口から冷たく言い放たれたその言葉は、酷く俺の気に障った。

 ──四年前にいた神子がくだらない神子、だって?


「何だって……?」


「愚かな神子にあの国は騙されている」


 ──愚かな神子、だと?


「一体どういう……」


「どういう意味も何も、そのままだ。愚劣で愚鈍な神子を信仰するなど、愚の骨……」


「訂正しろ」


 気づけば、俺は立ち上がり目の前のグランヴィルを睨みつけていた。


「オルト……?」


 八雲が気持ち悪さを堪えながら、心配そうな目でこちらを見る。

 グランヴィルが怪訝な表情をする。


「何を訂正しろと?」


「四年前、あんたが騎士をやっていた時の神子を侮辱するのは……許さない」


「ほう、あの神子を知っているのか?」


「……訂正しろ」


「訂正はしない。奴は愚かだった」


「……」


 怒りが込み上げる。

 四年前のアリオストの神子を俺は知っている。とてもよく知っている。彼女は決して愚かなどではない。むしろ聡明で、賢明で、高潔で、実直だった。

 そして彼女は……俺の親友だった。


「あんたが……何を知っている……」


「お前こそ、何を知っているんだ?」


 互いに緊張感が高まる。大切な親友を侮辱された。もうこの世にはいない親友には聞こえないだろうが、それでもその尊厳を穢され否定された悲しみ、苦しみ、そして怒りが俺の中で暴れまわる。頭の中に怒りの渦が巻き起こっており、体に力が入る。何とか抑えているが、気を抜けば爆発してしまいそうだ。

 グランヴィルもまた、目に怒りを宿してこちらを睨みつけている。


「ちょ、ちょっと! 落ち着いて二人とも!」


 一触即発の雰囲気の中、八雲が間に飛び込んできた。


「何かよく分かんないけどケンカは良くないわ!」


「……部外者は引っ込んでろ」


「八雲、ちょっとどいて」


「オルト……」


 二人にどくことを命じられて八雲は悲痛な顔をした。だが、それを気にしてられる程今の俺に余裕は無かった。

 八雲が渋々引き下がろうとしたその時、


「「!?」」


「きゃ!?」


 突然、轟音と共に船が大きく揺れた。船が水面下で何かにぶつかったような低い音だ。

 バランスを崩し、倒れそうになる八雲を受け止める。


「何だ!?」


 何回か大きく揺れた後、少しずつ収まっていく。

 すると、デッキ前方の海面から大きな水しぶきをあげて何かが飛び出した。


「ひゃあ! じゅ、獣魔!?」


 船の前方に出てきたのは大きなサメの獣魔だ。大きな背ビレ、灰色の二十メートルほどある体に大きな口、そしてその口からのぞく多数の鋭い牙。さらに尾は触れれば切れそうなほど端が鋭くなっている。ジャンプしたその大きなサメは、こちらを一瞥したあとまた海へ潜った。


「さっきのあの背ビレはあいつか!!」


「……この船を襲う気か」


 俺とグランヴィルは剣を抜き、甲板前方へ向かう。揺れと音に驚いて、客室から乗客や乗組員達がデッキへ出てきた。何があった、などと叫びながら周りを見回している。

 すると再びサメが飛び出し、今度は横から船に向かって突っ込んできた。それを見た観衆の悲鳴が聞こえる。

 サメは大きな口を開け、俺達を飲み込もうとした。


「ぬっ!」


「はぁっ!」


 俺達はサメの口を斬りつけた。致命傷には至らず、ひるんだサメは俺達を通り越して反対側の海へダイブする。


「……仕留め損ねたか」


「さて、次はどこから来るかな?」


 背ビレを隠してサメは船の周囲を泳いでいる。姿を消したところで殺気がダダ漏れなので、だいたいの位置はわかるが。


「オルト、大丈夫!?」


「うん、大丈夫だからちょっと隠れてて」


 後ろの観衆の中から八雲が叫ぶ。

 顔だけ振り向いて答え、サメの次の行動を待つ。


「……!?」


 それまで穏やかだった水面に変化が出た。船の進行方向に円形の水流が起き、それがどんどん速くなって音を立てる。中心部が凹んでいき、円は大きくなっていく。渦潮だ。

 サメは氣術でこの船を破壊することにしたらしい。


「あーー、これはマズイねぇ」


「飲まれる前に仕留めればいい」


「でも相手は水の中だよ?」


「そうだな……俺は氣術は使えん。飛び込むか奴を待つかだな。もしくは船に近づいたタイミングで海ごと斬る」


「三つ目はなかなか頼もしいねぇ」


 しかし、渦潮はもう目の前だ。サメの行動を待つ時間は無いだろう。

 そして、恐らく奴は深く潜って安全な場所で渦潮に俺達が巻き込まれるのを待っている。


「じゃあ……向こうから上がってきてもらわないとね」


 そう言って、俺は自分の手の甲に剣で軽く切り傷をつけた。傷口から血が滴る。


「……? お前何を……」


 グランヴィルの質問に答えず俺はデッキの端まで歩き、手摺の向こうに手を出して血を海の中へ落とした。

 そして一度手摺から離れ、助走をつけて手摺の上にジャンプし、手摺を踏み台にして海の上へ飛ぶ。


「「「オルト!?」」」


 八雲の声、そしてセファンと琴音の声も聞こえた。

 俺の体は海の上を放物線を描いて飛ぶ。

 そしてもう少しで着水するところで、水面から突如大きな口が飛び出てきた。


「来たな!!」


 血の匂いに惹きつけられてサメが出てきたのだ。多数の鋭利な歯が並ぶ口が俺の体を挟む前に、剣を口の中へ深々と突き刺した。噛まれないよう口を手と足で押さえる。

 刺された激痛にサメの悲鳴があがった。剣はサメの頭部を深く貫いており、本来ならもう動けないはずなのだが、サメの勢いは止まらずそのままジャンプして船の上へと浮遊する。


「──グラン!!」


「あぁ」


 次の瞬間、グランヴィルの剣が放つ一閃によってサメの胴体が真っ二つになった。

 完全に力を失ったサメの体はデッキの上にゴトゴトと無惨に落ちる。大量の血で辺りが赤に染まった。

 サメと一緒に落ちたデッキから俺は身を起こし、刺さったままの剣を抜いた。剣についた血を振り払う。サメはもう動かない。


「やった!」


 見ていた乗客や乗組員から歓声があがった。皆がこちらに駆けてくる。もちろん八雲達も。


「はぁービックリしたわ! でもさすがオルトね」


「何か凄いことになってんな!?」


「お疲れ様です」


 セファンはだいぶ回復した様だ。


「あややー何かごっついの出てきたねぇ。二人ともお疲れー!」


 エリザベートも寄ってきた。俺達とサメの周りに人だかりができる。

 口々に、ありがとう、凄いな、などと言われた。




「……オルト、先ほどは失礼した」


 野次馬達の熱が少し冷めて人がはけたところで、グランヴィルが急に話した。


「……え」


「すまなかった。アリオストの神子と知り合いなのだろう? 少し言いすぎた」


 グランヴィルが目を逸らしながら謝る。


「あ、いや俺の方こそすまなかった。少し熱くなりすぎたよ。グランにもきっと……事情が何かあるんだろ?」


「あぁ、まあな」


 そう言って、グランヴィルは踵を返して歩いて行く。エリザベートはねーねー、何の話ー? と面白そうに質問しながらグランヴィルについて行った。


「なんか、仲直りできたみたいで良かったわ!」


「さっきはごめんね、八雲」


「なぁ、何かあったのか?」


「内緒だよ」


「えぇ!? 何でだよ……」


 八雲がその様子を見て微笑む。


 この後順調に船旅は続き、予定通り昼過ぎにクライナスに着いた。




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