第4話 唄と決心
夜になり、屋敷ではオルトさんを囲んで宴会が開かれた。
「へぇ、八雲さんと智喜さんと春華さんは昔から仲良いんですね」
「はい、僕も春華も八雲様と年が近いので、小さい頃はよく遊んでいました」
「八雲様が神子になってからは、なかなか遊びづらくなってしまいましたが…」
オルトさんと智喜、春華が楽しそうに喋っている。
「ねぇねぇ、オルト様超格好良くない?」
「ね! 本当にイケメンよね!!」
「八雲様と春華いいなぁ席が近くて。私もお話したいー」
侍女達はオルトさんに釘付けだ。確かにあれだけ顔立ちが整っていれば、女性であれば誰だって注目するだろう。皆キャッキャと楽しそうにしている。
その楽しい宴会の雰囲気の中、私は卯月の事をずっと考えていた。明らかにさっきは様子がおかしかった。苦しそうだったし、挙動もおかしい。これがもし、オルトさんが追っている異変の一部なのだとしたら……。卯月もこの里もこれからどうなってしまうのだろう。ここはオルトさんに相談すべきだろうか。だが、神子一族でもない異国の旅人に卯月の事を話して良いのだろうか。
「……え、じゃあ無断で外出は今日だけじゃなかったんですね」
「そうなんですよ……。八雲様ったら、しょっちゅう僕達の目を盗んで抜け出すんです! ホント、困ったもんで。って八雲様、聞いてます?」
智喜に話しかけられて、私はハッと我にかえる。
「そうね……。次はもっとうまくやるわ!」
「やるんかい!! もぅ勘弁してくださいよぉー」
智喜が大袈裟に嘆く。春華は上品にクスクスと笑った。
「それよりも智喜、あなたの絶望的な状況把握力と戦闘能力の方が困ったもんよ! 春華、聞いて! 智喜ったらさっき……」
「ああぁあぁーー!!! ちょ、す、すいませんでした!!」
顔を真っ赤にして止めに入る智喜。大きく手を振りながら、あ、の、飲み物いりますか!? とか甘い物とかいります!? とか必死に聞いてくる。挙動不審だ。それを見てオルトさんと春華がフフっと笑う。私も不安を悟られない様、笑みを作った。
あぁ、本当にどうしよう……。
結局誰にも悩みを打ち明けられないまま、宴会はおひらきになった。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
夜遅く、私は寝間着姿に一枚羽織った状態で中庭に面した縁側を歩く。卯月の事が気になって眠れないのだ。虫の音が静かに鳴り響き、冷たい夜風が心地よく頰を撫でる。
やはり、一継に相談すべきなのだろうか。だが神子でない一継には何も対処のしようが無いし、あの卯月の様子だと会ったところでまた空元気を使われる可能性もある。
「はぁ……」
大きな溜息がもれた。
すると、口笛の音が耳に入ってきた。こんな夜遅くに誰だろうか。顔を上げて周りを見回して見るが、音の主は見当たらない。
この曲は……神子一族に伝わる唄だ。私は音のする方向へ向かって歩いていく。すると、中庭の中央にある四阿の屋根の上に人影が見えた。
「オルトさん……?」
私は縁側から降りて四阿の方へ駆け寄る。するとオルトさんは口笛を止め、こちらの方にくるりと顔を向けた。
「あ、すみません。煩かったですか?」
「え、いえ。そんな事は無いけど、こんな夜中に口笛吹いてると蛇が来るわよ? ……あ、えーっとそうじゃなくて、その唄どうしてあなたが知ってるの?」
するとオルトさんはニコっと微笑んで、手を差し伸べてきた。
「一緒に夜風に当たりませんか? 気持ちいいですよ」
わわ……。なんか王子様みたいだ。ちょっとドキッとする。
というか今質問スルーされた? と思いながら、私はオルトさんの手を掴む。するとヒョイっと簡単に体が屋根の上まで持ち上げられた。私はオルトさんの隣に座る。
「あの……さっきの唄、神子一族しか知らないはずよ。どうしてあなたが知っているの?」
「実は以前、神子に仕えていた事があるんです。この唄はその時知りました。どこの国の神子でも、唄は共通なんですね」
「え、でもオルトさんって神子一族じゃないのよね!? 神子に仕える事なんてできるの?」
「んーまぁ、彼女とは親友だったといいますか。特例みたいな感じでした」
「……だった?」
「彼女も……異変に巻き込まれて亡くなりました」
「あっ……ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ」
笑顔で爽やかに返答するオルトさん。少しの沈黙が流れる。
「その……オルトさんってどこの国の出身なの?」
「ユニトリクですよ」
「ユニトリク!??」
それを聞いて思わず私は大きな声を出して立ち上がった。オルトさんはビックリしている。
「ユニトリクってあの! 三つの神子一族が交代で国を治めてるトコですよね? あの国を題材にした物語が私大好きなんです!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて座りましょう。危ないですよ」
オルトさんが慌てて制止する。私は興奮冷めやらぬまま従い腰を下ろした。
「御三家の中でも特にエルトゥール家のファンなんです! エルトゥール家はみんな金髪の美男美女家系で、炎の様に紅い瞳を持ってるんですよね? しかも武器に氣力を乗せる特殊な力があるらしいじゃないですか! うーんカッコいい!!!」
……再び少しの沈黙が流れる。オルトさんがキョトンとしてこちらを見ていた。その様子に私は我に返る。
「はっ! ご、ごめんなさい!」
やってしまった。一人で勝手にテンション上がってペラペラと喋ってしまった。最上級に恥ずかしい。
「いえ、大丈夫ですよ。本当に好きなんですね」
オルトさんが笑顔で返してくる。あぁ、紳士だなぁ。
「あの、オルトさんが仕えてた神子ってもしかしてエルトゥール家?」
「いえ、家を出て他国の神子に仕えていました。エルトゥール家はだいぶ前に滅びてしまいましたし、今は一つの王家が国を治めていますよ」
「えぇ!! そうなの!?」
何ということだ。私は憧れの一族が既に滅びてしまっていたと知り落胆する。
「滅びたって、いつ……?」
「十年前ですね」
ショックだ。もうあの一族に会いに行くことはできないのか……。いや、そもそもこの里から出ることなんて無いので会いに行くことなど無理なのだが。
それにしても十年前に滅びたという情報がこの里に入って来てないのは、ユニトリクが遠い上にこの里がど田舎だからだろうか。
「なんかすみません」
あまりに落胆している私の様子を見てオルトさんが言った。私は何とか心を落ち着ける。
「あ、いえ、その、大丈夫です」
「……ところで八雲さんはこんな時間になぜ出歩いていたのですか?」
うわ、痛いところをついてきた。
「えっと、それは……考え事というか」
オルトさんが青い双眸で見てくる。その瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
卯月の事で悩んでいた、と正直に言うべきだろうか。今日この里に来た異国の人に神使の話を安易にしていいのだろうか。しかしオルトさんは前に神子に仕えていたと言っていた。神子一族の唄も知っている。
──そして、私を助けてくれた。悪い人では無いはずだ。
「オルトさん、お願いがあります」
私は覚悟を決めて、オルトさんの方に体を向ける。オルトさんは頷いて先を促した。
「明日、神使に会ってもらえませんか?」
それを聞いて、オルトさんは呆気に取られていた。
「卯月、最近様子がおかしくて、病気みたいで。あ、卯月って神使の名前ね。それに、オルトさんが見たって竜、卯月の特徴そのままなの。だから卯月を見て確認してほしいのと、色々な異変を見てきているあなたに知恵を貸してほしい」
「でも、一継さん達はそれを認めないんじゃないですか?」
確かにそんな事をすれば、「何ぃ!? 馬鹿者ぉ!!! 神聖な神使を他人に晒すなど言語道断じゃぁ!! 八雲様あなたという人は本当に……」などと怒鳴られかねない。
「それは……何とかします」
今は何の案も無いが、極秘でオルトさんを卯月に会わせられる方法を明日までに考えよう。うん、きっと何か方法があるはず。
するとオルトさんは少し考えた後、答える。
「……分かりました」
「本当に!??」
優しい表情で承諾したオルトさん。その返答が嬉しくて、私は思わず立ち上がる。と、その瞬間足が滑って体勢を崩した。
「「あ……!!」」
屋根から体が離れていく。四阿の屋根の高さは三メートルくらいだろうか。地面に向かって私の体が引き寄せられる。
「きゃーーっ!!!」
地面に体が押し付けられる音がした。死ぬことは無いだろうけど落ちたらかなり痛そうだな、なんて登る際に思っていたのだが、体にさほど痛みは無かった。
「……!?」
自分の下に何かがあるのを感じた。私はゆっくりと目を開けてみる。
「きゃ!」
オルトさんが私の下敷きになっていた。咄嗟に庇ってくれたのか。道理で痛くなかったわけだ。
「ご、ごめんなさい!!」
私は急いでオルトさんの上から体をどける。本当に申し訳ない。
「お怪我はありませんか?」
イテテ、と腕を押さえながらオルトさんが起き上がる。
「だ、大丈夫。ってそれ! 手! 怪我してる!」
「あぁ、こんなの大したことな……」
「貸して!」
オルトさんが言い終わる前に、私は彼の怪我した手を取る。そしてもう片方の手を添えて念じると、掌から柔らかな光が出た。シュウゥと小さな音を立てて手の傷が消えていく。
「!! なっ…!?」
オルトさんがそれを見て驚く。
「はい、これで大丈夫!」
私はオルトさんの手を離した。
「八雲さん、この力は……?」
オルトさんが青い目を見開いて聞いてきた。
「何かよくわからないんだけど、私だけ治癒能力が使えるの。一継には絶対に人前で使うなって言われてるんだけど」
オルトさんは再び呆気に取られる。まぁ珍しい力らしいので仕方ないだろう。
それにしても……協力を承諾してくれて良かった。相談して良かった。また助けてもらってしまったし、やっぱりオルトさんは良い人だ。あぁ、安心したら何だか眠くなってきた。
「だから、内緒ね!」
私は人差し指を口に当ててそう言う。目をぱちくりさせるオルトさん。
私は立ち上がり、縁側へと歩き出した。
「聞いてくれてありがと! また明日ね!」
ぽかーんと呆気に取られてまだ座っているオルトさんに手を振り、私は自室へと向かった。