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番外編2 留守番ヒーロー

これは第4章の後のお話になります(正確な時系列で言うと第45話の後)。

まだ第4章が未読の方は、先にそちらを読んでいただけると理解がしやすいかと思います。

 オレはサンダー。青い毛並みに黒の瞳、フラフサの尻尾を持つ犬の獣魔だ。口元とお腹は白い毛で覆われてて、体長は六十センチくらい。地属性の氣術が得意で、セファンの氣術で体を巨大化&強化してもらって戦うのがオレの戦闘スタイルだ。


 竜の鉤爪のアジトからランバートに戻ってきて今日で五日目、今はセファンと一緒に屋敷でお留守番中だ。八雲達は買い出しに行ってる。本当はオレ達も行きたかったんだけど、屋敷を空にする訳にはいかないってことで、留守番することになった。

 オルトはエイリンの護衛をしなきゃいけないし、チェチェは仕事で色々走り回らなきゃいけないし、料理をする琴音が買い物に行かないと意味ないし、八雲と伊織は琴音と一緒にいないと危険だから……仕方ないよな。


「あーー俺も外行きたかったなーー」


 セファンが床で仰向けになっている。琴音には留守中掃除をしておいて、と言われていたのだが、八雲達と一緒じゃないとどうもモチベーションが上がらないらしくて今は休憩している。正直、掃除の時間よりも休憩時間の方が長い。


『セファン、そろそろ掃除を再開しないと帰ってきた琴音達に文句言われるよ?』


「分かってるよぉ……でも何かやる気出ないんだよなぁ」


 恐らく八雲がいない、というのが大きいのだと思う。セファンは八雲のことが好きだ。でも八雲はそれに気づいていないし、たぶん八雲はオルトが好きなのだろう。そしてその事実をセファンは何となく分かっているみたいだ。

 それでも、懸命に何とか自分の方へ振り向いてもらおうとしている。主に突っかかってみたり、悪戯してみたりと実に子供っぽいやり方なのだが。オレとしては、掃除を頑張って見直してもらう、とかの方がよっぽど評価が上がる気がする。


『セファン、そう言わずに頑張ろう?』


「うーん、はぁ、分かったよ」


 セファンは渋々起き上がり、掃除を再開しようとした。

 するとその時、コンコンと門を叩く音が聞こえた。


「ん? 今誰か門を叩いたか?」


『うん、誰か来てるみたい』


「うえーーマジで? 来客とかどうしよう……俺対応できねえよ」


 エイリンがキメラ事件と自分の正体を明かしてから三日間くらいは、毎日たくさんの来客があった。発表内容が信じられなくて確認に来る人や、金を返せと怒ってくる人、応援にくる人など様々な理由で人が来ていた。まぁ苦情が結構多かったと思うが。そしてその対応は全てエイリンとチェチェがしていた。

 エイリンとチェチェの対応が良かったおかげか、昨日くらいからはお客さんがあまり来なくなったのでこうしてオレとセファンで留守番していた訳だ。しかし今、屋敷の前に客人が来ている。セファンにはエイリン達のような対応能力はないと思うのだが……どうしようか。


「えーー、苦情とかだったら嫌だなぁ? 俺ちゃんと話できる自信無い……」


『じゃあどうする? 居留守使う?』


「うーーん、いや、出よう。一応俺達留守を任されてるし。分かんないこと聞かれたら、後でエイリン達から連絡してもらうようにしよう」


『うん、そうだね』


 セファンと共に玄関を抜け、門まで向かう。門に近づくにつれて、隣を歩くセファンの緊張感が高まるのが伝わってきた。

 再びコンコンと門を叩く音がする。それを聞いてセファンがビクッとした。


『大丈夫だよ、セファン。敵意は感じないから安心して』


「お、おう」


 何かこちらに敵意を向けるような輩が来ているのであれば、もっと禍々しい気配を感じるはずだ。しかし、門の向こうからはそういったものは感じない。

 セファンは門に手をかけ、ゆっくりと開けた。


「は、はーい。何でしょうか……?」


 恐る恐る門を開けた先、そこには一人の老婆が立っていた。腰が曲がっており、身長はセファンと同じくらいになっている。白髪混じりで杖をついており、恐らく歳は八十前後で顔は皺くちゃだが、優しそうに見える。服装は小綺麗でそれなりの身分である雰囲気を漂わせていた。


「あの……ちょいとお願いがあるんじゃが……」


「えっと……何ですか?」


「落し物を探して欲しいんじゃ」


「はい?」


「ワシはアーグニヤ。さっき財布を落としてしまってねぇ。本物の神子様なら見つけてもらえるかと思って来ましたのじゃ」


 いくら神子だからと言って、そう何でもできる訳ではないと思う。オレたちは神子についてはあまり詳しくないからよく分からないけど。


「えーっと、それはちょっと……」


「凄く困ってましてなぁ。どんだけ探しても見つかりませんし、このまま家に帰ったら家族に叱られるじゃろう。もう神子様に頼るしかありませんのじゃ」


「あーー、えぇーー……?」


 悲しそうな顔をして懇願するアーグニヤ。そして返答に困って何とも情けない声を出すセファン。

 うーん、どうしたものか。


「神子様、どうにか助けてもらえませんじゃろうか?」


「……うーん、分かったよ! 俺はセファンです。神子じゃないけど、一緒に探しましょう! 今神子は外出中なんで……それでも良いですか?」


「おぉ、お優しい! さすが神子様のお付きの方ですな! よろしくお願いします」


 結局アーグニヤの頼みを聞き入れることにしたセファン。こういうところにセファンの人の良さが出るんだよね。ちょっと面倒事っぽいけど、オレはそんなセファンを誇らしく思うよ。

 念のため、とチェチェから渡されていた鍵でセファンは屋敷を施錠して門の外へと出る。


「で、財布ってどんなやつですか? あと最後に見たのは?」


「掌くらいの大きさで、茶色い長方形のものじゃ。最後に見たのは……さっき大通りで買い物した時かのう。一応歩いた道はくまなく探したんじゃが、見当たらなくてお手上げじゃ」


「うーん、そっかぁ。サンダー、匂いを辿れるか?」


『うん、やってみるよ』


 オレはアーグニヤの匂いを嗅ぐ。そして、覚えた匂いを頼りに財布を探すことにした。ひとまず大通りに向けて歩いて行くことにする。鼻に集中し、地面や空気中の匂いを嗅ぎながら進む。


「大通りの何のお店で買い物したんですか?」


「時計屋じゃ。実は息子の誕生日でのう。プレゼントを買ったんじゃ。なかなか優秀な息子でな、私の自慢の子じゃよ。もう六十歳になるがまだまだ頭の回転は速いし、体もしっかりしとってな。まぁもともと地頭が良くて勉強はよくできた子で……」


「あーー、えっと他にどっか寄ったお店はあります?」


 長ーい息子自慢が始まりそうだったので、セファンがそれを遮った。


「いや、お店は寄ってないのう。その時計屋で買い物した後、アイス屋の前にあるベンチで休憩したわい。で、休憩を終えて帰ろうとした時に財布が無いのに気づいたんじゃ」


「じゃあ時計屋からアイス屋の道の間のどっかで無くしたのか……」


「それが、探しても見つからないんじゃ」


 話している間に大通りについた。ここまで特に手掛かりは無かった。


「あそこじゃ」


 アーグニヤが時計屋を指差す。示された時計屋の近くまで歩いた。


「どうだ、サンダー?」


『うーん、アーグニヤの匂いは微かだけど残ってる。辿ってみるよ』


「頼むな」


「ほう、セファンはそのワンコと話せるのか」


「サンダーね。何となく言ってることは分かりますよ」


「ほほう、固い絆で結ばれた飼い主とワンコ……いいのう」


 一人で感慨に浸るアーグニヤ。それを余所目に、オレはアーグニヤの匂いを辿る。

 先ほどの証言通り、アイス屋の方へ向かっている。クンクン、クンクンと鼻を鳴らしてゆっくり道を進んで行く。特に妙な匂いは感じない。


「警察犬みたいじゃな」


「サンダーは凄いんですよ? 俺もよく物無くすけど、すぐ見つけてくれます」


『セファンはもうちょっと気をつけてよね。もう探してあげないよ?』


「えぇ、ゴメン! それは困る!」


 ドヤ顔で言うことではない。正直、何度も探し物をさせられるオレの身にもなってほしい。


『……あれ』


「あれれ」


 そんなことを言ってる間に、アイス屋の目の前についてしまった。ここまでで、特に匂いに変化は無かった。財布を落としていれば、匂いが分かれたり落とした場所の匂いが強くなったりするはずなのだが。


『おかしいなあ? 特に何も無かったよ?』


「アーグニヤさん、確かに時計屋からアイス屋のどっかで無くしたんですよね?」


「うーん、だと思うんじゃが……時計屋では確かに財布があって、ここで無いことに気づいたんじゃ」


 そう言ってアーグニヤはベンチに座った。


『……あ』


「サンダー?」


『財布ってここに置いてたのかな』


 そう言ってオレはベンチの上を鼻で示す。


「アーグニヤさん、休憩してる時ってここに財布置いてました?」


「そうじゃな。ここにバッグを置いて通りを眺めておったよ」


 アーグニヤはその様子を再現する。ベンチに座った横にトートバッグを置き、大通りの方を見る。置かれたバッグは口を開けたままだ。オレはそのバッグの周りを嗅ぐ。


『セファン、もしかしてこれは落としたんじゃなくて、盗まれたのかも』


「え、マジ?」


『バッグの周りに妙な匂いが残ってる。たぶん財布は抜き取られたんだ』


「えぇ!!」


「どうしたんじゃ?」


 アーグニヤが怪訝な目で聞いてきた。


「もしかしたら、財布は落としたんじゃなくて盗まれたのかも」


「なんと!?」


「サンダーの鼻は確かです。誰かが財布を抜き取ったみたいですね」


「それじゃあ……」


「大丈夫、追えるよな? サンダー」


『まかせて!』


 盗みを働いた主の匂いを追う。大丈夫、まだ匂いは消えていない。匂いも新しそうだから、まだ近くにいるはずだ。大通りを少し歩き、角を曲がってすぐ路地に入り、くねくねと道を進んで行く。


「狭いな……こんなとこ通ってったのか」


「うぅ、ちょっと手を貸しておくれ」


「あ、はい。掴まってください」


 かなり狭い路地だ。人一人通るのがやっとなくらい。アーグニヤはセファンに手を引かれながら歩いてついてくる。

 しばらく歩くと、だんだん匂いが強くなってきた。


『セファン、近いよ。気をつけて』


「お、おう。どんな奴かな……ヤバい奴だったら逃げような」


「わ、私の財布は……?」


「命には代えられないでしょ? 危険だったら逃げましょう」


『たぶん、そんな危険人物じゃないよ。強い殺気がある訳でもないし……あ、この先だ』


 曲がり角の前で立ち止まった。オレの後ろのセファンとアーグニヤも足を止める。


「アーグニヤさんはここで待ってて。……よし、行くぞ……!」


『うん』


 セファンは若干怖気付きながらも、足を踏み出す。頬には冷や汗を垂らし、踏み出す足は少し震えている。セファンの高鳴る心臓の音が聞こえてきそうだ。

 ゆっくりと角を曲がって先を見据える。

 すると、少し広くなった路地の端っこ、捨てられた箱の上に──犯人が乗っていた。茶色いボサボサの体毛に黄色い目、太く短い尻尾を持つその猫は、口に茶色い長方形の財布を咥えている。後ろ足を使って体を掻いている途中だ。


「…………猫?」


『うん、あいつが犯人だね』


 すると、猫がこちらに気づいた。財布を置き、鋭い目で睨んできた。


『……なんだてめえら』


「なんか、拍子抜けだな。厳ついオッサンとか想像してた」


『あぁ?』


 セファンの気の抜けた台詞に猫の毛が逆立つ。


『その財布、返してくれないかな』


『なんだ、お前らこの持ち主の仲間か? はっヤダね! 返すかよ』


「……何か分かんないけど、簡単には返してくれそうにないね」


『うん、その通りのことを今言ってたよ』


 睨み合うオレ達と猫。しばしお互いを威嚇し合う。


『……オレも手荒なことはしたくない。それ置いてってくれるかな?』


『冗談じゃねえな。……じゃあな!!』


「あっ!!」


 猫は言い捨てて財布を咥え、こちらに背を向け走り出す。巻かれまいと、オレもダッシュする。


「待てー!」


「ど、どうしたんじゃ!?」


 慌てて追いかけるセファン。そして、何事かと隠れていたアーグニヤが顔を出す。


「ちょっと待っててください! すぐ捕まえますから!」


 振り向きながらセファンが叫ぶ。


「サンダー!」


『あいよ!!』


 先ほどより少し広めの路地を走る猫の前、おそらく曲がろうとするであろう角に辿り着く直前に、高い岩の壁を出現させた。地面から急にそびえ立ったそれは、路地に隣接する建物の屋根までの高さがある。


『わわ!?』


 目の前に突然出てきた壁に驚く猫。急ブレーキをかけるも止まりきれず、激突した。

 すぐ立ち上がり、フラつく頭を左右に振って意識をしっかり戻す。そして壁を見上げ、


『な、なんじゃこりゃあ!?』


『それがオレの能力だよ!』


 立ち止まった猫との距離が急速に縮まる。猫はそれにすぐさま気づき、こちらに向かって攻撃の姿勢を見せた。喉を唸らせて威嚇をする。

 ある程度近づいたところでオレ達は走るのを止めた。


『さ、大人しくそれを置いてきな』


『ふ、ふざけんな!!』


 猫がオレに向かって飛びかかってきた。


『ふん!』


 迫り来る猫に対して、足元から小石混じりの砂の霧を噴射した。猫の体にダイレクトに砂霧が当たる。


『ぎゃっ!?』


 大したダメージは無いが、砂まみれになるのと小石が当たって少し痛いくらいの攻撃を受けて猫がひっくり返った。

 すぐに起き上がったが、面食らって目を白黒させている。


『き、氣術使うなんて卑怯だな!』


『盗みを働く奴に卑怯とか言われたくないな。串刺しになりたくなかったら、早くそれ置いて逃げなよ』


『う……ち、畜生!!』


 猫は悔しそうに財布を離した。それと同時にオレが岩の壁を消滅させると、脱兎の如く逃げていく。


『覚えてろよーー!』


 遠くなる声がそう叫ぶのが聞こえた。


「やったなサンダー! アーグニヤさん、財布を取り戻しましたよ!」


「あぁ、ありがとう。サンダー、君は氣術が使えるんじゃね。凄いのう」


『いえいえ、大したことないですよ』


 セファンが落ちた財布を拾い、アーグニヤに手渡した。


「でも何で猫が財布なんか盗んだんだろうな? 猫も買い物するのか?」


『んーー、たぶんパンと勘違いしたんじゃない?』


「あ、そう言われれば形と色がパンに似てるな」


「ほほう、なるほど。あの猫はパンと間違えて盗ったのか」


 長方形で茶色の財布。質感も遠目で見れば何となく似ている……気がする……か?。


「ありがとう、セファン。とっても助かったわい」


「いえいえ、大したこと無いですよ。それじゃ戻りましょうか」


 そうしてオレ達は大通りへ戻る。何度も何度もお礼を言われ、しまいにはあれを買ってあげるこれを買ってあげると色々言われたが全て断って別れた。一応留守番を任されている身なので、足早に屋敷へ帰る。

 そして、恐らくあと少しで八雲達が帰ってくるのに全く掃除が進んでいないことに気づき、猛スピードで作業した。







 ──その翌日。


「セファンさん! 昨日、何かありましたか!?」


 エイリンが慌てた表情でいつも通り掃除をするセファンの元へ駆けてきた。セファンの両肩をガッチリ掴む。

 普段おっとりしているエイリンの興奮した様子に、側にいた八雲が驚いた。


「……セファン、何かやらかしたの?」


「人聞き悪いな、何もしてねーよ!」


「昨日、アーグニヤさんという方に会いませんでしたか!?」


「え、あぁ会いましたよ。何か財布無くして困ってたんで一緒に探したんですけど」


「そうですか……!」


「え、俺なんか悪いことしちゃいました……?」


 肩に手をかけたエイリンががっくりと力を抜く。セファンの表情が一気に曇った。何か昨日の件で失敗した点があっただろうか? 屋敷を空けたのがまずかったか?


 するとしばしの沈黙の後、エイリンは一息吐いて勢い良く顔を上げ、


「セファンさん! ありがとうございました!!」


「……え?」


 セファンと八雲がキョトンとなる。エイリンの顔は笑顔で輝いていた。


「実はアーグニヤさんは、町で一番力のある方のお母様なのです。昨日セファンさんが助けてくださったのをお家で話されたみたいで、先ほどその有力者の方がお礼に来てくださいました! 忙しい方ですぐ帰られてしまいましたが、これから私達のことを応援してくださるそうです!! これはとっても力強いことです!! セファンさん、本当にありがとうございます!!」


「え、あ? マジで?」


「セファン……凄いわ!」


「お、おぉ!!」



 この後チェチェからも褒めちぎられることになる。オレもついでに褒められた。

 オレ達は意図せぬうちに大手柄を立てていたらしい。



 昨日のセファンはちょっとした留守番だけしていたはずなのに、まさかまさかの大貢献のヒーローとなった。





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