番外編1 街でのひと時
これは第4章の後のお話になります(正確な時系列で言うと第45話の後)。
まだ第4章が未読の方は、先にそちらを読んでいただけると理解がしやすいかと思います。
ボクは葉月。白い体に狐の様な耳、白い翼に小さな角、そして長い尻尾を持つ白龍だ。イミタシオンっていう種類の竜の子供で体長は五十センチくらい。そして翡翠色の目を持っていて、特技は模倣。相手の姿や能力を真似ることができるんだ!
「葉月、行くよー!」
『うん!』
この女の子は八雲。上依の里の神子で、インジャの林でヤマガラス達に虐められていたボクを助けてくれたんだ。治癒能力が使える。とっても優しくて可愛くて、それにすっごく心が綺麗で強いんだ。
今ボク達はランバートの街で買い出しをしている。琴音と伊織も一緒だ。竜の鉤爪のアジトから帰ってきて今日で五日目……かな? 屋敷の食べ物が切れてきたし、伊織の体調も良くなってきたから気分を変えるためにちょっと外に出ようって話になったんだ。
セファンとサンダーはお留守番。オルトとエイリンはゆうりょくしゃ? のところに行ってるんだって。チェチェは何をやってるのかよく分からないけど、とっても忙しそうに走り回ってる。
「ねえ琴音、あれ食べない?」
「良いですね。伊織も食べますか?」
「はい、姉様」
八雲達は大通りにある小さなお店の前で立ち止まった。通りに面してカウンターがあり、その上にはメニュー表みたいなものが乗っている。
八雲がお金を払って、何か買っていた。八雲はピンク色、琴音は茶色、伊織は白色の何かを食べている。美味しそうだ。
ボクがその様子をじーっと見つめていると、
「葉月も食べる?」
八雲がピンクのそれを差し出してくれた。
『うん!』
取り敢えず舐めてみる。うん、冷たくて甘い。美味しい。思い切ってパクっと一口食べた。
『んん!?』
冷たくて美味しい、が、頭が何だかキーンとする。
「あはは、葉月一気に食べすぎよ?」
八雲がボクの様子を見て笑っている。琴音と伊織も一緒に微笑んでいた。うん、何か楽しそうで良かった。
ここ数日ずっとボク達は屋敷に引きこもりっぱなしだった。引きこもると言っても、琴音は伊織のお世話と家事で忙しそうにしてたし、八雲とセファンもお手伝いをしていたからただゴロゴロしてた訳じゃない。あ、ボクはただゴロゴロしてたんだけどね。
八雲は伊織とお話したり、お手伝いしている時は元気なんだけど、たまーに寂しそうにするんだ。それはきっと、オルトがエイリンと一緒に出かけてるせいなんだと思う。八雲はオルトのことが好きみたい。やきもちっていうのなのかな? だから、こうして外に出て気分を変えるのは良いと思う。
「さて、これくらいで大丈夫かしらね」
「そうですね。結構な量ですけど安売りしてて良かったです」
食べ物や必要なしょうもうひんはだいたい買い終わったみたいだ。八雲と伊織が少しずつ、そして琴音がたくさんの荷物を抱えている。それでも琴音は涼しい顔をしていた。
「まだ時間あるし、ちょっと休憩しない?」
「そうですね」
「伊織はどこか行きたいトコある?」
「僕ですか? えっと……あそことか」
八雲の質問を受けて、伊織が通りの斜め向こう側にあるお店を指差した。かふぇって言うやつなのかな。
そこに皆で向かい、琴音が顔だけ店に入れて、店内に入れそうか確認する。
「あの……八雲」
店から顔を出した琴音がなんだか申し訳なさそうな表情をしている。
「どうしたの? 満員だった?」
「いえ、そうではなくて……ペット不可だそうです」
『え!? ボク入れないの?』
「え……葉月入れないのかぁ。伊織、ごめんね。お店変えても良い?」
「僕は大丈夫ですよ」
八雲が残念そうな顔をする。伊織にも何だか申し訳ない。……あ、そうだ!
『八雲、ちょっと待って!』
「葉月? どうしたの?」
『ボク、ここで待ってるから入っておいでよ!』
八雲達は毎日頑張って働いている。それに比べてボクは何もしていない。だから、たまにはボクだって皆のために何かしなきゃ!
「八雲、葉月は何と言っているのですか?」
「んー、何か行ってきて良いよって言ってくれてるみたい」
「え、八雲は葉月の言葉が分かるのですか!?」
「何となくね」
伊織がボクと八雲の意思疎通に驚いている。
「本当にいいの? 葉月」
『もちろん!』
「じゃあお言葉に甘えようかしら。ここでちゃんと待っててね。一人でどっかに行ったりしたらダメよ?」
『はーい!』
「では葉月、荷物番をお願いしてもいいですか? ちょっとお店に入るには量が多くて……」
『まかせて!』
「じゃあ、よろしくお願いします」
そう言って、皆お店に入っていった。うん、ボク良いことしたぞ。
『それにしても、すごい量だ……』
隣に積まれた荷物の山を見上げる。これをほぼ琴音一人で持っていたかと思うと、女の人なのにすごい筋肉だ。あんなに細いのに。
荷物の大半は食べ物みたいだ。まぁ確かに六人+二匹分だから、結構たくさん買わないといけないのだろうけど。
通りの方を見る。色々な格好の人がたくさん歩いている。金髪、白髪、赤髪、青髪、剣を持っている人、杖を持っている人、本を持っている人、犬を連れている人。それぞれ買い物をしたり、お喋りしたり、散歩したり。ここはとても賑やかだ。
そうしてぼんやりと街の風景を眺めていると、隣に何かの気配を感じた。
『……?』
隣に視線を向けると、そこにはボク達の大量の荷物がある。すると、上の方からガサガサと音がした。気配の犯人を見ようと上を見上げると──
『あっ!!』
一番上に乗っていた長いパンが突き出ている大きな紙袋、その中の紙の小袋を咥えた一匹の猫と目が合った。全身が茶色くボサボサの毛に覆われ、黄色く鋭い目に太く短い尻尾が生えている。体の大きさはボクと同じくらいだろうか。
その猫は目が合った瞬間、袋を咥えたまま荷物の山を降りて走る。
『ドロボウ!!』
猫は大通りを横切って反対側へ走り去っていく。それを追いかけようとして、荷物番を任されていることを思い出して足を止めた。
『どうしよう、ここで番してないと……でも盗まれた袋が……』
しばしここを離れて追いかけるべきかどうか迷う。
『ええい! 待てーー!』
盗まれたのはボクに責任がある。せっかく番を任されていたのに、ぼーっとしていたのがいけないんだ。取り返さなくては。
そう思い、全速力でドロボウ猫を追いかけた。
『うう、速い……!』
スタートダッシュが遅れたのと、猫の足がやたら速いのとでどんどん距離が離される。大通りを抜けて路地裏へ回り、細く入り組んだ道なき道を進んでいく。猫はゴミ箱や積まれた箱を踏み台にして屋根まで駆け上がり、屋根伝いに逃げていく。それを追ってボクも小さな翼と踏み台を使いながら屋根まで登り、駆けていく。
この翼で飛べればおそらくすぐに追いつくのだろうが、生憎まだ子供のボクでは多少飛び上がるくらいしかできない。
『こら、返せーー!』
猫に向かって懸命に叫ぶ。その声に反応して猫は走りながら少し振り向くが、スピードを落としたりする気配はない。それどころかニヤリと嘲笑って、そしてボクの視界から消えた。
『え!?』
猫が消えた地点まで急いで走ると、屋根と屋根の間に細い隙間があった。おそらくそこから降りて逃走したのだろうが、そこからはもう猫の姿は見えなかった。
『うーーやられた!』
あぁ、もう最悪だ。どうしよう。周りをキョロキョロと見回しても、当然猫の姿はない。それどころか自分がどこにいるのかも良く分からなかった。
『あぁ、マズイぞ……』
八雲達に怒られる。荷物を取られた上に迷子だなんて……せっかく皆の役に立とうと思ったのにこの有様だ。
『どうしよう……』
取り敢えず、臭いを辿ればもとの場所までは帰れるだろう。あまり時間をあけると八雲達がボクがいないのに気づいて心配するかもしれない。猫は諦めて、ひとまず戻ろう。
溜息を吐き、回れ右して走ってきた道をトボトボと引き返す。気分が重い。そのせいか、足取りも重い。
八雲達に何て言われるだろうか。怒られるかな。許してくれるかな。時間的にまだお店は出ていないと思うけど……。
『……?』
少し歩いたところで、妙な音が聞こえた。小さな鳴き声と、何かが擦れるような音だ。路地を曲がった先から聞こえる。
『何だろう?』
恐る恐る、音のする方へ近づいていく。音が近づくにつれて心臓が高鳴る。
路地を曲がり、その先に視線を向けると──その音の主がいた。音の主は、木の板の上で金属線に足を挟まれて踠いている。白く拳半分くらいの小さな体に長くて黒い尾羽、黒い二本の足。畳まれた黒い風切羽が、白い体の背側にハッキリと黒いラインを入れている。真っ白な体毛に唐突に現れる黒い瞳と黒い小さな嘴で構成される顔はとても愛らしい。
その愛らしい小鳥は、おそらく全く別の獲物を標的としている罠に囚われていた。小鳥がこちらに気づく。
『あ、あの!! 助けてください!』
小鳥が縋るような声で鳴いた。
『あ、え、えっと……はい!』
突然の出来事に一瞬戸惑ったが、すぐに小鳥を救出に向かう。近づいてみると、小動物にとっては脅威の罠だが、ボクくらいのサイズになれば簡単に外せる様なものだった。前足で板を押さえ、牙を使って金属線を持ち上げる。少し隙間ができて小鳥は抜け出すことができた。
『あぁ、助かった。ありがとうございます!』
『いいえ、大丈夫?』
『はい、ちょっと足は痛みますが問題ないです。私はエナと申します』
『ボクは葉月だよ』
『葉月さん。ありがとうございました。何かお礼がしたいのですが……』
『いいよ、お礼なんて。ボク急いでるからもう行くね』
笑顔でエナに返答し再び歩き出そうとしたその時、ふと思いついた。
『あ……あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど』
『? 何ですか?』
『茶色い毛皮に黄色い目の野良猫を見なかった? ボクそいつを追ってたんだけど見失っちゃってさ』
『茶色くて黄色い目の猫……それはきっとブラウですね』
『ブラウ?』
『この辺りを縄張りにしている猫です。人のものをよく盗んだり、自分より小さな動物を虐めています。私も何度か襲われたことがありますよ。何とか逃げ切りましたが』
『あ、結構有名な奴なんだ? そいつの居場所ってわからないかなぁ?』
『んー、彼が根城にしている場所があるので、そこまで行ってみますか? ご案内しますよ?』
『本当に!? ありがとう!』
良かった。まさかエナが本当に奴のことを知っているとは、しかも案内してくれるだなんてボクは運が良い。
『葉月さんは飛べますか?』
『あ、ごめん。翼はあるけどちゃんと飛べないんだ。跳躍距離を伸ばしたり、少し滑空することくらいならできるんだけど』
『分かりました。ではなるべく低空飛行で行きますね。ついてきてください』
こちらに合わせて飛んでくれるエナについて行く。路地をクネクネと走って進み、屋根を登り、そして降りてさらに進んで行く。時々エナは止まってボクを待っててくれた。
しばらく走ると、エナがピタリと止まった。
『どうしたの?』
『この先を曲がったところに粗大ゴミが集積された場所があります。そこがブラウの寝ぐらです。そこに彼が盗んだ物が集められています』
『そっか。案内ありがとう。エナはここまででいいよ。危ないかもだし』
『でも……』
『ボクなら大丈夫だから』
いざとなれば、今は炎の氣術をコピーしてあるからそれをかましてやればいい。攻撃力は……あんまり無いけど。
心配そうに見つめるエナを置いて先に進む。ゴクリと唾を飲み、角を曲がった。
『──見つけた』
曲がった先、ひらけた空間があり、奥にタンスや机など捨てられたボロボロの家具が積まれていた。その積まれた家具の間にできた少し大きめの隙間の中に、ブラウがいた。
気のせいだろうか、先ほど盗んだ時よりも体が汚れている。盗んだ紙袋や、その他盗んだと思われる物品は隙間の奥に集められていた。
『んな!? お前もついてきやがったのか!』
ブラウもこちらに気づき、驚いて目を見開いた。
『その袋を返せ!』
『あーー畜生!』
ブラウはこちらに向かって走ってきた。牙をむいている。おそらく噛み付く気なのだろう。
『食らえーー!』
ボクは炎を吐こうと口を大きく開けた。するとその時、
『!?』
突然急ブレーキをかけてブラウが止まる。
『氣術使えんのか! くっそぉ今日は何て日だよ!』
そう言ってブラウは踵を返してもといた場所まで駆ける。そして、紙袋を持って家具の上へ飛び乗った。
『!? 逃げる気か!?』
『これ以上痛い目見るのはゴメンだ。こいつは頂いてくぜ、あばよ!』
『ま、待てー!』
必死にブラウの元まで走るが、彼は待つことなど無く家具の上を移動して逃げようとする。間に合わない、また逃げられる──そう思った瞬間、
『逃がしませんよ』
上空から透き通った高く綺麗な声が聞こえた。この声は、エナだ。
空を見上げると、エナがホバリングしていた。そして、その周りにはたくさんの、たくさんのエナと同じ種類の小鳥が飛んでいる。
『え、エナ!?』
『仲間を呼びました。ブラウ、その袋を葉月さんに返しなさい』
『な、な、な!?』
思わず立ち止まってたじろぐブラウ。
『行きますよ!』
エナの合図と同時に、小鳥達が一斉にブラウ目掛けて直滑降する。大量に降りかかる嘴を避けることができず、ブラウの毛がみるみる千切られていく。
『だぁー! わ、分かった! 返すから勘弁してくれ!!』
痛そうに叫ぶブラウ。紙袋を離し、懸命に小鳥達を振り払った。小鳥達が離れると、ブラウはダッシュで逃げていく。
『覚えてろよーー!』
そんなベタな捨て台詞が遠くから聞こえた。呆気にとられていたボクのそばに、小鳥達が紙袋を持ってきてくれた。
『ありがとう、エナ』
『いいえ、助けてくれたお礼です。取り戻せて良かったですね』
降りてきたエナがボクの背中にとまった。ボクは取り戻した紙袋を咥える。
『さて、急いで戻らなくちゃ!』
『どちらまで行かれますか?』
『うーんと、大通りに面したかふぇかな。斜め向かいに食べ物がたくさん売ってるお店がある。ボクはそこで荷物番をしてたんだ。臭いを辿れば戻れると思う』
『大通りですか……それでしたら近道を案内しますよ? 今まで通ってきた道だとかなり遠回りになるので。お店に目印が何かはありませんか?』
『たくさんの荷物が置いてあるから、それさえ見えれば分かると思うよ』
『分かりました。皆さん、聞きましたか? 大通り沿いの荷物がたくさん置いてあるカフェを探してください!』
エナが他の小鳥達に言うと、小鳥達は皆頷いて飛び立った。上空で散り散りになっていく。
『皆に店の位置を探してもらいます。私達は取り敢えず大通りに向かいましょう』
『わわ、何から何までありがとね。急いでるから凄く助かるよ』
エナの先導に従って走っていく。エナは迷いなく路地を進み、小さな通りを横切り、民家の間を抜けて行った。すると、前方に見覚えのある大きな道が見える。
『あ、大通りだ……!』
知っている景色が見えて走るスピードが速まる。とうとう大通りへ戻ってきた。
すると、そこへちょうどエナの仲間が降り立った。
『エナ、カフェはあっちだ』
『ありがとう。葉月さん、さあ行きましょう!』
仲間が嘴で示した方向へボク達は進む。少し走ると、先ほど買い物をしたお店が見えた。そしてその先、荷物が目の前に大量に置いてあるかふぇがある。八雲達はいない。まだお店の中にいるみたいだ。
『あそこだ! 良かった……!』
元の場所に戻って来れて安心し、ホッと溜息が出た。荷物も無事だ。
『エナ、ありがとう。本当に助かったよ』
『いえ、こちらこそありがとうございました。葉月さんは命の恩人です』
そう言い、エナはボクの肩にとまった。お互いに微笑み合う。
すると、八雲達がお店から出てきた。
「お待たせ葉月! 待たせちゃってゴメンね。……あれ、お友達ができたの?」
肩に乗っているエナを見て八雲が尋ねる。
『初めまして。私はエナと申します。葉月さんに命を救っていただきました』
「……? 可愛いお友達ね」
エナの言葉は通じていないが、その愛らしい姿に八雲の表情が緩む。
「あ、そうだ!」
八雲は先ほど取り返した紙袋を開けて、中を探り始めた。そして、その中から小さなパンを取り出す。
「これ、オマケで貰ったやつなんだけど……食べる?」
『い、良いのですか?』
「どうぞ! 後ろにいるお仲間も一緒にね」
後ろを振り向く。すると、すぐ側にあった街路樹にエナの仲間が皆とまっていた。そのつぶらな瞳でこちらを見ている。
八雲が地面にパンをいくつかに千切って置くと、一斉に小鳥達が集まってきた。
「お待たせしました……って、何してるのですか?」
「葉月のお友達にさっき貰ったパンをあげたのよ」
「あんまりそういうの、良くないと思いますけど……いえ何でもないです」
「?」
遅れて店から出てきて驚く琴音と困惑顔の伊織。伊織の言ってることは良くわからなかったけど、結局琴音と伊織も笑ってくれてるし良いか。一番楽しそうなのは八雲だけど。
『なんか、結局あげることになっちゃった……あはは』
こうして、ボク達はささやかな外出を満喫した。