第46話 改革の始まりと別れ
竜の鉤爪のアジトを殲滅し、ランバートに戻ってきてから五日が経った。現在はエイリンの屋敷に滞在させてもらっている。
あの日アジトから帰ると、ランバートに入ってすぐにチェチェが迎えに来た。俺達が街に戻ったのをエイリンが感知したらしい。怪我だらけの有様に驚いた後、屋敷に案内された。
屋敷では深夜だというのにエイリンはまだ起きており、雑務をこなしていた。チェチェの話によると、俺達が街を出た後すぐにエイリンはキメラ事件について、そして自分が神子である事を公表したらしい。その後は人々の問い合わせやら苦情やらに対応したり、キメラによってなおざりにされた雑務の処理や、屋敷に残った財産の確認などに追われていた。
そして今は、
「ふぅ、今日はこの辺にしときましょうか」
「そうですね。お疲れ様ですエイリンさん」
俺はエイリンと共に町の有力者訪問をしている。エイリンは町の人々全員の家を訪問して、キメラ事件についての謝罪と自分が神子であることを伝えたいと言っていたが、町の人口を考えると途方も無い時間がかかるのでチェチェに却下された。
そこで、ひとまず街の人間を取りまとめる有力者だけにでも会っておくことにしたのだ。……それにしたって結構な数だが。その付き添い兼護衛として俺はエイリンと共に行動している。
本来なら護衛は琴音に任せて俺は八雲の側にいるべきなのだが、屋敷では伊織が療養しており琴音が彼の世話をしている。琴音と伊織を離すわけにもいかないし、ランバート近くのアジトは壊滅したため当分は襲撃が無いだろうと判断して、琴音に伊織と八雲を見ていてもらうことにした。
「もう暗くなってしまいましたね」
「帰って夕飯にしましょう。琴音さん、料理がお上手なので楽しみです」
本来なら炊事、洗濯、清掃などはチェチェの仕事なのだが、なんせ今は緊急事態だ。テオルが強制徴収したお金の返金や、屋敷の財産の売却、そして新しい使用人の雇用など、様々な仕事にチェチェが走り回っている。よって屋敷内の仕事にまで手が回らないので、その辺りはずっと屋敷にいる琴音がやってくれているのだ。もちろん八雲とセファンも手伝っているのだが、二人とも家事についてはあまり経験が無いらしくお手伝い程度になっている様だ。
「そうですね。今日は何かな」
一緒に野宿するようになって分かったが、琴音は料理上手だ。俺もある程度は料理するが、彼女ほど手の込んだものは作ったりしない。
……彼女の私も毒入れる側です発言を聞いてからは少し抵抗があったが、それも慣れてきた。
「それにしても、やはり皆さんの反応は厳しいですね……分かってはいたのですけれど」
エイリンが歩きながら少し俯く。この五日間、何軒もの家を訪問して説明しているが、その反応は様々だ。同情して応援してくれる人もいれば、もう神子なんて信用しないと突っぱねる人もいる。金を早く返せと怒鳴る人もいた。その中でも一番多い反応は、驚きと困惑、といったものだ。神子が偽物だったのもそうだが、本物の神子が人前に姿を現わしたことに動揺する人が多い。当然だが。
「反応が厳しい、というよりはどう反応すれば良いかわからず困っているという感じでしょうね」
俯き、少し気を落としている様子のエイリンに話す。
「大事なのはこれからだと思います。町の人は今、あなたを信頼すべきかどうか迷っているんですよ。だから、エイリンさんはしっかり行動で示せばいい」
「そう……ですね。ありがとうございます」
顔を上げてエイリンが微笑む。笑ってはいるが、だいぶ疲れが出ているのが感じ取れた。
もともと牢屋生活で窶れていたのに、ここ数日は日中は有権者まわり、夜は神使との会話、雑務処理とチェチェとの会議でほとんど休んでいない。倒れてしまわないか心配になる。
ランバートに戻ってから俺達がまだしばらく滞在しているのは、そんなエイリン達が心配なのと、そもそも人手が足りないのと、伊織の体調が落ち着くのを待っているからだ。
「あ、おかえり!」
エイリンと話をしているうちに屋敷についた。
ドアを開けた先にちょうど八雲がいた。こちらを見るなり嬉しそうにして走ってくる。
「ただいま」
「ただいまです」
「どうだった?」
「んーーまぁ相変わらずって感じかな」
「そっかぁ。お疲れ様! エイリンさんも!」
「ありがとうございます」
「ご飯できてるわよ! 早く行きましょ!」
八雲に手を引かれて食堂へと向かう。なんだかエイリンの護衛をする様になってから八雲の様子が変化した気がする。出かける時は若干不機嫌で、帰ってくるとやたら俺と話す時のテンションが高いと思うのだが……気のせいだろうか。
「あ、おかえり二人ともー! 俺様ちょー腹減ってたんだけど待っててやったぜ!?」
「おいおい、エイリンさんは神子様だぞ? そんな言葉遣いしたら毒殺されるぞ」
「えぇ!? 琴音まさか!!」
「入れてませんよ」
冗談半分のセファンの言葉に冗談で返す。それを見てエイリンさんが笑う。この屋敷に滞在する中で、エイリン達とだいぶ仲良くなってきた。
「……あはは」
伊織が俺達のやり取りを見て笑う。伊織ともだいぶ打ち解けてきた。
伊織の体調はだいぶ回復してきている。アジトから帰った当初は肉体的疲労、精神的疲労、そして薬の影響で衰弱していたが、琴音の介抱もあって顔色がだいぶ良くなった。麻薬の禁断症状も比較的軽く済んでいるらしい。八雲とセファンが積極的に話しかけたおかげで、無表情だった顔にも笑顔が見られる様になっている。
「それじゃ、いただきまーす!」
今日も琴音の作った夕飯を皆で食べる。炒め物や煮物、サラダなど結構な品数が色鮮やかに食卓に並べられている。葉月とサンダーの分も別で用意されていて、他の家事と伊織の世話をしながらよくこの人数分の食事を用意できるな、と感心した。
「そういやエイリンさん、神使っていうのはどこにいるんだ? 毎日屋敷のどっかで会ってるんだよな? でも俺屋敷の掃除してて見たことないぞ?」
「こら、セファン。神使には神子しか会えないのよ? 居場所も秘密なの」
「え、そなの?」
神子信仰についてはよく知らないセファンの質問を八雲が制止した。チェチェがギョッとした目でセファンを見る。
「モグちゃんは地面の下にいますよ。私と会う時だけ姿を見せてくれます」
「「モグちゃん?」」
エイリンの発言を聞いて、八雲とセファンの質問がハモった。
「土の中に住むモグラの様なのでモグちゃんです。姿はモグラではありませんけど」
笑顔で返答するエイリン。
「へぇ……なんか、神使って厳ついのを想像してたんだけど、モグちゃんって言うと可愛らしく聞こえるなぁ」
「モグちゃんはとっても可愛いですよ? 本当は見せてあげたいのですが、残念です」
ふーん、と言いながらセファンは想像を巡らせている。
「そういえば、皆さんはこれからどうしますか? 異変を探って旅をされているのでしたよね。手助けいただいてとてもありがたいのですが、いつまでも私達を手伝っている訳にはいかないですよね?」
エイリンが俺に向かって話しかけた。
「そうですね。ある程度落ち着いたら出発しようかと思ってます」
「それでしたら、だいぶ仕事については見通しが立ってきましたよ」
チェチェが答える。
「やることはたくさんありますが、だいぶ色々と整理がついてきました。あとは、新しく人を雇ってひたすらこなす感じです。募集をかけてもまだ人が集まらないのですが……。ですが、もういつ出発されても大丈夫なように準備はできてます」
この短期間でよくその状態まで持ってこれたものだ。チェチェは相当手際が良いらしい。
根本的に人手が足りていないのは心配だが……ここにずっと留まっている訳にもいかない。
「そうですか。じゃあ明後日出発とかでどうかな、八雲、セファン?」
「え? えぇ、私は大丈夫だけど……エイリン達は大丈夫なの?」
いつの間にかエイリンを呼び捨てにしている。まぁ神子同士というのもあるのだろうし、ここで過ごす中でそうなったらしい。
「はい、もう大丈夫です。後は私達でやっていけますので。本当にありがとうごさいました」
「明後日でお別れかぁーなんか寂しくなるな!」
「琴音はどうする?」
「え?」
俺に質問を投げかけられて、キョトンとする琴音。しかし、すぐに質問の意味を理解した。
「私は……伊織のそばについていようと思います」
琴音は伊織の世話をするために、俺達と別れてここでしばらく過ごそうと思っている様だ。
「そっか……琴音とはここでお別れなのね」
「あーーまぁ伊織が心配だもんな。仕方ねえかぁ」
落胆する八雲とセファン。琴音が申し訳なさそうに下を向く。
すると伊織が食器を置いて口を開いた。
「姉様……あの」
「……伊織?」
「姉様は、今まで通り旅を続けてください。僕はもう大丈夫、自分でやっていけます」
「い、伊織!? どうして?」
「八雲とセファンに今までの旅の話を聞きました。オルト達と異変の原因を調べてるんですよね? それに、竜の鉤爪を潰すんですよね?」
「それは……そうですけど」
「でしたら、姉様は旅を続けてください。姉様のやるべきことはそこにあるはずです」
「でも、じゃあ伊織はどうするのですか?」
「エイリンさん、チェチェさん、僕を雇っていただけませんか?」
「「え!?」」
いきなり話を振られたエイリン、チェチェが驚く。琴音は伊織の言った意味が飲み込めずに伊織とエイリン達を交互に見やる。その光景を八雲とセファンはポカンと口を開けて見ていた。
「人手が足りないのですよね? 僕をここで働かせてもらえませんか? もう自分のことは全部自分でできますので。もちろん、落ち着いて僕が不要になればここを出て行きます。そしたら、八雲の里にお世話になりに行こうと思ってます」
「えっと……私は構いませんが。人手が足りないのは事実ですし」
「そうですね……働きたいと言っていただけるのはとてもありがたいのですが、本当に良いのですか?」
チェチェとエイリンが返答する。その言葉を聞いて伊織は安心したように表情を緩め、再び琴音の方を向いた。
「ですので姉様、僕はしばらくここで働きます。姉様は姉様のすべきことを果たしてください。僕の側にずっといて、その力を持て余していてはいけません」
「伊織……でも……」
「僕には戦う力はありません。でも、姉様は強いです。竜の鉤爪を潰すこともできるはずです。どうか、僕達の様な被害者を出さないためにも旅を続けてください」
「……」
伊織の真剣な眼差し、そして言葉に押されて黙る琴音。複雑な表情をして悩んでいる。
皆が琴音と伊織を見守った。
「……分かりました」
琴音が覚悟を決めた様に表情を引き締めた。そして伊織を見つめ、手を取る。
「必ず、竜の鉤爪を殲滅します。そして帰ってきたら一緒に八雲の里に行きましょう。それまで、伊織も頑張ってください」
「はい、姉様!」
二人は互いに真剣に見つめあって頷いた後、にこやかに笑った。
そして琴音はこちらに顔を向ける。
「……ということで、私も一緒に行ってよろしいですか?」
「当然だよ」
「わーい、琴音も一緒に行けるのね!」
「これからもよろしくだぜ!」
八雲とセファンは大喜びだ。やり取りをずっと見守っていた葉月とサンダーも嬉しそうに尻尾を振っている。
「では、伊織さん。これからよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして伊織はエイリンの下で働くことになり、俺達は再び四人+二匹で旅を続けることとなった。
翌々日──。
神子屋敷の門前でエイリン達が見送りにきてくれている。
「では、お世話になりました。またそのうち来ますね」
「いえ、こちらこそ助けていただいて本当にありがとうごさいました。このご恩は必ずお返しします」
エイリンが深々と頭を下げる。
「エイリン、大変だと思うけど……頑張ってね! 今度来た時はゆっくりお喋りしましょ! 一緒に遊びにも行きたいわ」
「はい、そうですね。その時までにはしっかり問題は片付けておきますので。この屋敷はもうすぐ手放すので、もっと狭いお部屋にしかご案内できないと思いますが」」
「ありがとな! 楽しかったよ! また何かあったら助けに来るぜ!」
「ありがとうごさいます。私達も、あなた方に困りごとがあればお助けいたしますよ」
「お世話になりました。伊織をよろしくお願いします。伊織、頑張ってくださいね。何かあればすぐ教えてください。駆けつけますので」
「姉様も頑張ってください。ご武運を」
各々が挨拶を終え、屋敷に背を向け歩き出す。俺が最後に一礼し、振り返って歩き出そうとした時、エイリンが歩み寄ってきた。そして俺の手を彼女の両手が掴む。
「本当に、ありがとうごさいました。あなたの行く道は苦しく、険しいものかも知れません。でも、決して諦めないでください。八雲さんのためにも。それに、私と神使の加護もあなたをお守りします。……どうか、あなたの未来に幸多からんことを」
真剣な目でエイリンが俺を見つめ、そして手をぎゅっと握った。
「……ありがとうごさいます。エイリンさんの未来も、明るいことを願っています」
俺も彼女の瞳を見つめ返す。そしてお互いに微笑み、ゆっくりと手を離して振り返った。
すると、それを恐らくずっと見ていた八雲と目が合う。その後ろにいるセファンと琴音も目を細めていた。
「……え、何?」
「オーールーートーー???」
「えっ、ちょっ!?」
八雲が俺の腕を掴み、グイッと引っ張る。勢いよく引かれてつんのめった。
「ほら! 早く行くわよ!!」
「え、何か怒ってる?」
「怒ってないわよ!」
顔を逸らしたままぐいぐいと腕を引っ張る八雲。
……絶対怒ってる。何か変なことしたかな。
八雲は俺を引いてどんどん進んでいく。
「オルト……」
「……俺、分かっちゃいたけど何か複雑だな」
琴音の視線も何だか痛い。セファンに関しては少し落ち込んだ様子で意味のわからないことを言っている。
「でも諦めねえ! オルト、覚悟しとけよ!」
「はぁ!?」
セファンが人差し指を突きつけて、叫んできた。覚悟って……何の話だ。
「セファンも何言ってるの? ほら早く早く!」
「いてて、八雲ちょっと痛いよ!」
セファンから謎の宣戦布告を受け、琴音からは痛い視線を向けられ、そしてなぜか怒っている八雲に腕を引かれて────こうして俺達はランバートを出発した。




