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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第4章 首都ランバート
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第45話 帰還

 オルトの指示を受けて、私は琴音と共にアジト内に入る。伊織さんを救出するためだ。

 セファンが先行して入っているらしく、建物内には倒れた雑魚メンバー達がいた。とは言っても数はそれほど多くは無かったが。アジトに入る前、オルト達の周りにたくさんの雑魚達が倒れていたのが見えたから、恐らく殆どの人間は外に出ていたのだろう。

 私はポツリと呟く。


「オルト、大丈夫かな……」


「きっと大丈夫です。オルトなら」


 琴音も、そう自分に言い聞かせる様に話す。

 これで通過するのは四回目の見慣れている廊下を通り過ぎ、琴音は迷いなくアジト内を突き進む。建物内ではさすがにスピードを落として走っていた。


「伊織さんのいる場所は分かってるの?」


「はい、大丈夫です」


 セファンの姿は見当たらない。もう既に伊織さんの元へ辿り着いているだろうか。

 セファン達が全員敵を倒したらしく、襲いかかってくる人はいない。

 琴音は道をクネクネと曲がり、そしてピタっと足を止めた。


「……琴音?」


「あそこにいるはずです」


 そう言って琴音は私を降ろした。彼女は下へ降りる階段の先──地下室を指差している。そちらに目を向けると地下室のドアが開いており、そこから明かりが漏れているのが見えた。鉄製のドアは無理矢理開けたのかひしゃげており、その近くには壊れた鍵が落ちている。


「……セファンがいるのかしら」


「恐らく」


 私達は急ぎ足で階段を降りる。大した段数ではないのですぐ地下室のドアの目の前まで来れた。私と琴音は目を合わせる。

 そしてドアの外から部屋の中をそっと覗き込むと、手前にセファンとサンダーの背中が見えた。そして奥には一人、痩せた男の子がいる。

 男の子と言っても歳は私と同じくらいだろうか。黒髪を鎖骨辺りまで伸ばし、その目と通った鼻筋は琴音とそっくりだ。身長は私と同じくらいで手足は瘦せ細り、頰はこけている。年季の入ったボロボロの服を着ており、そこからはずっとこの部屋に閉じ込められていただろう雰囲気が漂っていた。


「伊織!!」


 琴音が叫ぶ。その声に反応して、男の子、そしてセファンとサンダーがこちらを見た。


「姉様……?」


「八雲、琴音! 無事だったか! ……いや無事じゃないよな?」


 私達の怪我の酷さを見て、セファンが一瞬嬉しそうにした顔を引きつらせた。


「姉様、どうして……?」


 伊織さんが困惑した顔で琴音を見る。私と琴音は部屋に入り、伊織さんに近づいた。


「伊織、ここから出ましょう。もうあいつらの言いなりになる必要なんてありません」


「そ、そんなこと言ったってガルシオが……」


「私の仲間がきっと倒します。だから安心して」


「そうそう、だから俺もさっきからそう言ってるじゃねーか」


 セファンが会話に割り込む。伊織さんは俯いた。


「それに、ボルハだって他のメンバーだっています」


「ボルハなら私が倒しました。他の団員も彼らが一掃しています」


「え……!?」


「俺何回も言ってるんだけどな……」


 セファンが若干切なそうに言う。この様子だと、恐らく地下室のドアを壊して伊織さんを救出しようとしたが、全く話を信じてもらえなくて今に至っているのだろう。

 伊織さんは目を丸くして琴音を見上げていた。


「だから、ここを出ましょう。もうここで麻薬なんて作らなくていいんです」


「「麻薬!?」」


 私とセファンが驚いて琴音を見る。すると伊織さんはバツの悪そうな顔をしてまた下を向いた。


「……はい、伊織は竜の鉤爪に麻薬を作らされていました。特殊な麻薬で、一目では小麦粉にしか見えません。臭いも無いですし、成分を調べても小麦粉と酷似しているので、もし疑われても小麦粉だと言い張れば通ってしまいます。体内に取り込んで初めて麻薬に変化するので、隠蔽という意味ではかなり優秀な物です。伊織にしか作れません」


「……もしここを逃げられたとしても、結局僕は監獄送りになりますし、その先に未来はありません」


「でも、自分の意思で作ってたわけじゃないんでしょ?」


「それでも罪は罪です」


「だからって、ずっとここにいるわけにはいかねーだろ? それに事情を話せば警察だって分かってくれるよ」


「……ダメです」


「伊織?」


「僕は姉様達にはついて行けません」


「どうして?」


「竜の鉤爪は……怖いですし、ここの生活も辛いです。大人しく捕まった方が楽かもしれません。でも、もう僕は元の世界には戻れません。……ここで死にます」


 そう言って伊織さんは近くの机に置いてあった小さなナイフを手に取った。


「伊織!? 一体何を……」


「僕の体はもう……麻薬に取り憑かれています」


「え……!?」


 伊織さんの言葉に衝撃が走る。

 誰よりも驚いていたのは琴音だ。顔面蒼白になっている。


「だからもう、ここで終わらせてください」


 伊織さんの声が震え、目には涙で潤んでいる。そして細い首元にナイフを突きつけた。


「伊織、やめて! どうしてそんな……」


「……こんな暗い部屋に閉じ込められて、ずっと一人で麻薬を作り続けさせられて……もう訳がわからなくなってしまいました。姉様はたまにコッソリ見に来てくれましたけど、もう限界でした。それで……自分の作ったコレに手を出してしまったんです。隠しててごめんなさい」


「伊織……」


「たとえここから出たって、牢獄に行こうが行かなかろうが僕はずっと麻薬の禁断症状に苦しむことになるでしょう。釈放されたって真っ当な生活なんて送っていけません。もう……終わってるんです、僕の人生は」


 ナイフの先が少し首に当たり、血がわずかに滲む。琴音もセファンも伊織さんの次の行動を警戒して動けないでいる。二人とも伊織さんの身を案じて、心配して動けないのだ。



 だがしかし、この状況が、伊織さんの演説が、彼の行動が────酷く私の気に障った。



「……バカね」


「……え?」


 伊織さんが涙声で語った主張を、私はバッサリ切っていた。そして彼に更に歩み寄り、顔を目の前に近づける。

 伊織さんは何を言われたのか分からずに呆然と立っていた。


「あなたの人生がもう終わってるですって?」


 私は伊織さんとしっかりと目を合わせて喋る。


「何言ってるの? あなたはこうして生きてるじゃない」


「な……だ、だって僕はもう……」


「麻薬で体が侵されてるから死んだも同然ってこと?」


「そ、そうだよ! 僕なんてもう生きてても何の意味もない!」


 伊織さんは感情が高ぶって声を荒げ、首元から話したナイフを握り締めながらこちらを睨んできた。しかし私は一歩も引かない。


「ふざけないで!!」


 次の瞬間、私は伊織さんの頬を平手打ちしていた。乾いた音が鳴る。

 何をされたのか把握できずに伊織さんの目が泳いでいた。


「あなたには、まだ命があるじゃない。そしてあなたを心配するお姉さんがいるじゃない。琴音がどんな思いをしてここまで来たか知らないでしょう? あなたのために必死に働いて、心を痛めながら仲間を裏切って、それでもあなたを助けようとしたのよ!」


「八雲……」


 後ろから琴音の呟く声が聞こえた。切なく、悲痛な声だ。


「それに、生きたくても生きられない人だっているのよ?」


 脳裏に卯月の姿が浮かぶ。胸が締め付けられた。


「そんなの……そんなの! 父様も母様も殺されて、家も失って竜の鉤爪に閉じ込められて、麻薬なんて作らされて……お前なんかに僕の苦しみが分かるか!」


「……確かに分からないわね。私も両親はいないけど、あなたよりずっと恵まれた暮らしをしてきたと思う。でも、大切なものを失う苦しみは知ってるわ。だから琴音に、その苦しみを味合わせたくない。それにあなたはまだ若いじゃない。いくらでもやり直せるわ。私も協力する」


「伊織、八雲の言う通りです」


 琴音が後ろから話した。伊織さんが琴音に目を向ける。


「私は伊織がいたから生きてこれました。あなたは私のかけがえのない弟です。だから、死ぬなんてそんな悲しいことしないでください」


「姉様……」


 すると伊織さんの目から涙がポロポロとこぼれ出した。大粒の涙だ。


「やり直す方法なんていくらでもあるはずです。だから、一緒にここから出ましょう」


「……」


 伊織さんが無言で俯いた。


「あなた達インジャ国民よね? なら安心しなさい! 私がちゃーんと居場所作るから!」


「え……?」


 私の発言に伊織さんが顔を上げる。涙目でキョトンとしながら見つめてきた。


「私はインジャの上依の里の神子よ! だからあなた達のことはしっかり守ってあげる!」


 私は腰に手を当て、もう片方の手で胸を叩いて笑顔で宣言した。

 すると伊織さんが眉をひそめる。


「……上依の里ってど田舎じゃないか」


「すっごくいい場所よ? ぜひ来るといいわ!」


 しばし沈黙が地下室の中に流れた。何か変なことを言っただろうか。説得は……失敗だろうか。





「……あはは」


 沈黙を破ったのは、目の前で涙を流していた伊織さんだった。涙をながしながら、しかし笑っている。


「……姉様は、何と言うか……すごい人と仲間になりましたね」


「……良い人でしょう?」


「そうですね。……分かりました、僕、頑張ってみます」


 伊織さんの表情が穏やかになる。

 なぜ笑われたのか、なぜ褒められたのかよく分からなかったが、取り敢えず脱出することを決心してくれたらしい。良かった。


「うん、皆で一緒に頑張りましょ!」


「一緒に……」


「そ! 一緒に!!」


 私はニコッと笑いながらそう言って伊織さんの手を取る。涙を拭いながらナイフを机に置き、伊織さんがついてきた。

 琴音とセファンが安堵した顔でこちらを見ている。


「ありがとうございます」


「よし、行こうぜ!」


 長い幽閉生活と薬の影響で体が弱っているのかフラつく伊織さんを連れて、ゆっくり歩いて建物の外へ向かう。先頭を琴音が歩き、伊織さんとその手を引く私を挟んで、後ろをセファンと元の大きさに戻ったサンダーが歩いた。


 建物の外に出ると辺りは暗く、月明かりだけが景色を照らしている。建物を出たところで伊織さんの手を離した。開けた視界の先、倒れたたくさんの雑魚達の中を歩いて来る青年がいる。


「オルト!」


 私は思わず走り出した。離れていた時間はほんの半日くらいのはずなのに、酷くその時間は長く感じた。

 また会えたのが嬉しくて、お互い無事なのが嬉しくて、安心して、オルトに抱きついた。


「オルト……!」


「八雲、無事で良かった。また怖い目に遭わせてしまってすまない」


「ううん、大丈夫。助けてくれてありがとう……!」


 オルトの胸に顔を埋めながら言う。すると優しく温かい声が頭の上から降ってきた。泣いてしまいそうだ。あぁ、本当に安心する。

 そして温もりを少しの間堪能し、ふとオルトが私の背中に回してくれた腕の抱き方に違和感を感じた。


「……?」


 私はオルトの胸から顔を離し、後ろに回された手を見る。


「きゃ!! ひ、酷い怪我してるじゃない!!」


「あーー、ごめんごめん。一応血は付かないようにしたけど。あ、あと俺結構返り血が付いてるからあんまり触らない方がいいかも」


「そうじゃなくて!! 骨見えてるわよ!? 痛くないの!?」


 見るも無残なオルトの両手。見てるこっちが痛くなる。


「んーーまぁまぁ痛いかな。でも八雲も相当な怪我してるよ」


「オルトの方がよっぽど酷いわよ……」


「ガルシオを倒したのですね……さすがです。ありがとうございました」


 こちらに歩いて来る琴音が言った。


「琴音もお疲れ様。八雲を助けてくれてありがとう」


 オルトはそう言い、琴音の隣を歩いている伊織さんに視線を移した。


「弟さんも無事みたいだね」


「はい」


 そして、セファンの物言いたげな視線にオルトは気づいた。


「セファンもお疲れ様。ありがとう」


「おう!! こんなん大したこと無いぜ!」


 その言葉に満足して誇らしげに、そして笑顔全開でセファンが叫ぶ。サンダーも嬉しそうに尻尾を振った。


「それじゃあ……戻ろうか」


「うん!」



 そうして、私達はサンダーに乗りランバートへと戻る。乗る人数が増えて、サンダーは少し重そうにしていた。



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