第44話 重力使い
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
突然全身に得体の知れない違和感を感じ、体が何かにのしかかられた様に急激に重くなったのだ。しかもちょっとやそっとの重みではない。
俺は急な加重に耐えられず、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。いや、叩きつけられた。
「ぐあっ!?」
地面に激突して痛みが走る。何とか起き上がるために膝を立てようとするが、全身が地に押し付けられて身動きが取れない。
「これは……」
俺は目だけをガルシオの方に向ける。ガルシオは掌をこちらに向けながら不敵な笑みを浮かべていた。
「氣術……重力か」
「ご名答。俺は触れたものを中心に重力場を発生させることができる。軽くするも重くするも自在だ」
なるほど、さっき腹に食らった一撃は触れるためでもあったのか。
……早く起き上がらなくては。このままでは簡単に大剣の餌食になる。
「ぐ、ぬ……!」
「ほう、起き上がれるか。しかし無駄だ」
「うっ!」
ガルシオが重力をさらに強くした。起き上がりかけた俺の体がまた地面へ引き寄せられる。
「ふん、無様だな。這いつくばったまま死ね」
ガルシオはそう言いながら大剣をゆっくりと振り上げた。冷徹な目でこちらを見下している。
そして、勢いよく振り下ろされる剣が無抵抗の首を狙い、はねようとした。
──しかし、次の瞬間。
「……仕方ないな」
「ぐあぁ!?」
ガルシオの体が突然発火した──俺が氣術を発動したのだ。
その瞬間重力場が消え、重力から解放された俺は振り下ろされた大剣を間一髪で避ける。大剣は地面に突き刺さった。
俺はガルシオから少し距離を取り、剣を構える。
「貴様ぁ……!」
ガルシオは恨めしげに叫ぶ。彼は全身に力を込め、フンっと力強く叫ぶと同時に暴風を放った。ほんの刹那の風であったが、火は消え燃やされた部分の服が破れる。
そしてガルシオは完全に火が消えたことを確認した後、地面に刺さった大剣を軽々と抜いた。
「……何のモーションも無しに氣術を発動できるとはな。厄介な奴だ」
「あんたの重力場も充分厄介だけど?」
再びガルシオが掌を向けてくる。マズイ、また重力場を仕掛けてくる気だ。
俺はそれを見るなり即座に斬りかかった。掌を狙った斬撃は避けられ、代わりに大剣の一振りがこちらに襲いかかる。俺は剣の軌道から逃げると同時に今度は足を狙う。しかしこれも空振りに終わり、ガルシオは飛び退いて距離を取った。
「お前……さっき目の色が変わったよな」
「おや、気づいちゃった?」
さっき氣術を使った際に紅くなったのを見逃さなかったのだろう。エルトゥールだとバレただろうか。いや、たとえエルトゥールを知らなくても目の色が変わる事実を知られた以上は逃すわけにはいかない。いやそもそも逃げる気なんて無いだろうが。
「変わった目をしているな」
「そうかもね」
どうやらエルトゥールについて知らない様だ。
ガルシオが大剣を構えた。そして、こちらへ駆け出す。
間合いに入った瞬間、剣を突き出してきた。俺はそれを剣でいなす。ガルシオはそのまま足を踏ん張り、いなされた大剣を握る手に力を入れてその刃を再びこちらに向けてきた。ガルシオの体と大剣に挟み込まれる形になる。
「おっと!」
俺は地面を蹴り上げ高くジャンプして剣を躱した。その時、ガルシオの掌が開く。
「!」
寸止めされた大剣の風圧が体に吹き付けたその時、勢いよく俺の体は空高く放り出された。高さは十メートルほどにもなるだろうか。決して自分の脚力で飛び上がった訳ではない。ただの風圧だけで舞い上がったわけでもない。
「軽くしたのか!」
ガルシオの能力によって自分の周りの重力がかなり少なくなり、それによって軽くなった体が大剣の風圧で空中へ飛ばされたのだ。
体が宙に舞い、時の流れが遅くなった様に感じた。眼下にはアジトが、そして倒れた雑魚集団が見える。
そしてガルシオの方を確認したその時、彼の口元が笑みを形作るのが見えた。
「──しまった!」
ガルシオが次に何をするのか察した直後。彼は掌を俺の方に向けて拳を握り、また開いた。
次の瞬間、俺の体に過大な重力がかかり、一気に地面へと引き寄せられる。このまま叩きつけられれば体は粉々に砕け散るだろう。
「ミンチはごめんだね!」
俺は急速に近づく地面に向かって手を出す。そして落下地点付近に強力な上昇気流を発生させた。降下する体に強風が吹き付ける。
風の抵抗を受けて、落下速度が急に緩くなり地面へゆっくり近づいていく。強風で目と鼻が塞がれない様に腕で顔をガードしながら、視線をガルシオに戻した。
彼は片手に大剣を持ち、片手はだらんと降ろして、少し警戒しながらのしのしとこちらの方へ歩いてきている。
俺の体はゆっくりと着地した。
「ぐ……重いな」
足が地面に着き、風を止めた。すると体全体にえげつない重力がのしかかる。何とか両足で踏ん張って堪えるが、正直走ったりできる状態ではない。一度倒れてしまえば先ほどの様に身動きが取れなくなるだろう。
ガルシオは今、掌をこちらに向けてはいないのに重力場は健在だ。一度発動してしまえば、放っておいても氣術が継続するのか。
しかし、炎を受けた時は術が解けた。ということは、発動時は掌を向ける、解除は集中が解けた時、とかそんな感じだろうか。
「よく立っていられるな」
そう言うガルシオに向かって、俺は火炎を発射した。しかしそれは避けられてしまう。
「く……」
「何度も火ぃ付けられてたまるかよ」
ガルシオは舌打ちしながら言った。
そして次の瞬間、斬りかかってくる。避けるか受け流さなければ。
だがこちらは強力な重力場のせいで、剣を構えることも難しい。しかしここで死ぬ訳にはいかない。
「おおぉ!」
俺は自分の周りに暴風を発生させる。それによって斬りつけてきた大剣を弾いた。ガルシオが驚く。
そして風に乗って自分も後方へ飛び退いた。着地した際に地面に転がっていた雑魚メンバーの剣に足が当たる。よく見ると、周囲には大量の倒れた雑魚とその武器が散らばっていた。
するとガルシオが顎をさすりながら口を開く。
「紅いその目……思い出したぞ、ユニトリクの王家一族にそんな特徴があったな。氣術を使う時だけじゃなく常時だったと思うが。十年前くらいに滅びたと聞いたが、お前もしや生き残りか?」
「知らないな」
「……ふん、まあいい。今ここでお前が死ぬことに変わりはない」
ガルシオが再び斬りかかってくる。こちらも暴風を発生させた。
「同じ手は効かぬ!」
先ほどよりさらに力を込めて振っているのか、暴風に弾かれることなく俺の目の前に大剣が迫る。俺は風の力を利用して剣を握る手を持ち上げ、剣の腹をもう片方の手で押さえて大剣を受け止めた。
「ぐぅっ!!」
大剣がぶつかった瞬間、強烈な衝撃が体を走る。風の力で大剣の勢いはある程度殺しているものの、それでも剣撃の威力はとても強く、両腕がミシミシと軋む音がした。腕だけでなく、肋、腰、両足にもダメージが加わる。
これまでの戦闘でボロボロになっていた手袋は破れて飛んでいった。両手へのダメージはかなりのもので、いくつか骨が折れて血を噴きながらとび出てきている。
「ぬおおぉ!」
鬼の形相で大剣を振るうガルシオ。彼はそのまま力で押し切ろうとした。
──しかし直後、重力場が消える。俺の体が重みから解放された。
そして、ガルシオの目が見開かれる。
「……な、ん……だと……!」
ガルシオの大剣から力が抜ける。俺は軽くなった体で剣を振って大剣を弾き、ガルシオと距離を取った。
俺の両手は血まみれになっている。
「ごふっ」
ガルシオが血を吐く。彼の双眸は困惑に揺れていた。そして、ゆっくりと視線を下に向けていく。
彼の胸には後ろから剣が突き刺さっていた。ガルシオは自分の体を見下ろし、何が起こったのか理解できず後ろを見る。
「……こいつらの剣が、なぜ」
ガルシオを貫くその剣は倒れていた雑魚のものだ。しかしその場に立っている雑魚はいない。
……そう、所有者が剣を振った訳ではないのだ。
「それが俺の得意な氣術だよ」
訳が分からず立ち尽くすガルシオを見ながら、俺はそう言って歩き回る。周辺を歩きながら、雑魚達の散らばった武器を足で触っていく。
そしてある程度触ったところで立ち止まった。
「俺が触れたもの──それは全て意のままになる」
自分が触れたものに氣術を宿らせ操ることができる──それがエルトゥールの特殊能力だ。
俺は剣を握っていない方の手をあげて、風の氣術を宿らせた雑魚達の剣を宙に浮かべる。風の力で大小様々な剣が周りに浮かぶが、切っ先は全てガルシオの方に向く。
「触れたもの……ごふっ。そう、か……だから服が発火したのか」
咳き込みながらガルシオが先ほどの自分の発火現象について納得する。
「そ。殴られた時に触らせてもらったよ」
こんな状況になってもガルシオの威圧感と殺気は減衰しない。彼は胸を貫かれてなお倒れることなく、大剣をゆっくりと構えた。
「全て撃ち落としてくれよう」
「それはどうかな」
俺は腕を前に振った。それを合図に風で浮かんだ剣がガルシオへ向かう。
ガルシオはそれを大剣で次々と薙ぎ払っていく。
「ふん、術者が倒れればこんなもの!!」
そう言ってガルシオは掌をこちらへ向けた。
「させない」
すると直線的に飛んでいた剣の軌道が曲線的になり、回り込んでガルシオが差し出していた手の甲を斜め後ろから貫いた。
「ぐっ!」
ガルシオがひるんだ瞬間、他の剣が間髪入れずにどんどんガルシオの体を突き刺していく。
腕、足、腹など至るところが串刺し状態になった。
「があぁ!!」
ガルシオが痛みに悶えたその時を狙って、俺はガルシオの目の前に踏み込んだ。憤怒に満ちたガルシオの瞳がこちらを睨む。
彼は俺に気づいて大剣を振ろうとしたが、それは間に合わずこちらの斬撃で腕と体が離れた。勢いよく血が噴き出す。そして痛みに悶える間も与えずに肩から腰のあたりまで切り裂いた。
「────」
白目をむき、血を吐くガルシオ。少しの間の後、彼は後ろへゆっくりと倒れた。
ガルシオの周りが鮮血に染まる。これでもう彼が起き上がることはないだろう。
俺は目の前のガルシオを見つめながらふう、と一息つき、顔についた返り血を拭った。
「……それじゃ、返してもらうよ」
動かないガルシオにそう言い、俺はアジトの方へと足を進めた。