第43話 襲いかかる剛腕
琴音がボルハを追って山の中へ入っていった。八雲は琴音に任せて、こちらはこちらで彼女の弟を奪還することに集中しよう。
目の前の雑魚達は、こっちの出方をうかがっている。多数の敵を前に、セファンがゴクリと唾を飲んだ。
「こっちは何人いると思ってんだガキ共? たった二人で何ができる! 覚悟しやがれ!!」
雑魚集団の先頭の男が汚く唾を飛ばしながら大声で喋った。
それを皮切りに、一斉に男達が走り出してくる。皆、長さや太さはそれぞれ違えど剣を握りしめていた。
俺はセファンの方を横目で見る。
「セファンはガルシオが出てくるまでは下がって戦ってて。出てきたら雑魚共を撹乱しながらアジトに侵入して、弟を連れ出してくれ。でも無理はするなよ」
「りょーかい!!」
セファンは元気よく返事する。それと同時にサンダーがセファンを乗せたまま後方へ走り出した。俺は前に走り出し、なるべく手負いのセファンの方まで敵を通さないように片っ端から雑魚を倒していく。それでも多少はセファンの方まで行ってしまうのだが、サンダーが頑張って戦ってくれていた。
突き出される剣撃を躱し、代わりに斬撃を繰り出す。一振りで数人を斬りつけ、後ろの敵には蹴りで対応する。たまに氣術で攻撃してくる者もいるが、大して威力のない火の弾などばかりで簡単に避けることができた。
「舐めんなあぁ!」
叫びながら男達が立ち向かってくる。俺は四方から来る攻撃をひたすら躱して剣、拳、足を使い次々と雑魚を減らしていく。周囲の地面がだんだん倒れた男達の体で覆われてきた。
「やっぱオルトすっげぇなぁ……」
感心するセファンの声が後ろから聞こえる。声の調子から察するに今はまだ余裕があるみたいだ。
しかし本番はまだこれからだ。
「くっそぉ、何なんだこの金髪野郎!! 化物かよ!?」
雑魚達に焦りの表情が見えてきた。外に出てきた連中がアジト内にいるメンバーの何パーセントくらいなのかはわからないが、少なくとも外に出た奴らの半数以上は既に倒している。
するとその時、強い殺気を感じた。
「──何の騒ぎだ」
低い声が響いた。騒がしかった雑魚集団の怒号が突然ピタッと止み、皆が後ろを振り返る。
その視線の先に俺も目を向けた。ちょうどアジトから大きな男が一人出て来るところだった。
遠くからでもその男が異様なオーラを発しているのが分かる。殺気に満ちた黒いオーラ、とでも言うべきだろうか。それを発するのは、インジャで馬車に乗る俺達を襲った大男──ガルシオだ。
「来たな……!」
ようやく現れた因縁の相手。俺の頬に汗が伝う。
雑魚達は俺から間合いを取り、ガルシオの顔色をうかがう。殺気は彼らには向けられていないが、それでも放たれる威圧感に怖気づいている。
「が、ガルシオさんこれは……」
「ボルハさんを邪魔しに来た奴らです!」
俺を指差して雑魚の一人が叫んだ。ガルシオがこちらを睨む。
「ほう、あの嬢ちゃんの仲間ってことか」
ゆっくりと、そして威圧しながらガルシオがこちらへ歩いて来る。雑魚は邪魔にならないよう道を開けた。
近づきながら、ガルシオは少し目を見開いた。
「……あぁ、あの付き添いの金髪か」
「久しぶりだな」
「あの時ボルハの毒を食らってたはずだが……生きてたか」
「お陰様で苦しまされたよ」
ある程度近づいたところでガルシオは歩みを止める。そして、腰にさしてある大剣を抜いた。
────来る。
「セファン!」
「おうよ!」
俺の号令に合わせてセファンを乗せたサンダーがアジトの方へ駆け出す。琴音の弟を救出するためだ。
意表を突かれたガルシオ達はセファン達の方に視線を向ける。
「……何を企んでやがる? おい、追え!」
「ウッス!!」
ガルシオが怪訝な目でセファンを見つめながら、雑魚に命令する。雑魚集団がセファン達を追いかけ始めた。そしてガルシオはこちらに向き直る。
「何をしようとしてるのか知らんが、お前もあいつもさっさと葬ってやるよ」
「それはどうかな」
お互いに剣を構え、相手の動きをうかがう。
ガルシオの剣撃の重さは体験済みだ。あれは何度も受けられない。攻撃は基本躱さなければ、腕が壊れるだろう。
「前も思ったが……その余裕、気に食わんな」
そう言ってガルシオは殺気を強く放ってきた。実際には風など吹いていないが、突風に吹き付けられたような圧力に押される。
「はは、すごい殺気だ」
しかし凄まじい殺気に晒されながらも、俺は精神力で踏ん張り尻込みなどしない。ガルシオの表情が歪んだ。
直後、ガルシオは踏み切り大剣をこちらに向けて振ってくる。
「おっと!」
俺はそれを上半身を屈めてかわした。振った際に大きな音が鳴り、風圧で体が少し押される。やはり凄い威力だ。
ガルシオが剣を振り切る前に俺は駆け出し、隙のできた腹の下へ入る。顎に向かって剣を突き出そうとした時、ガルシオの膝が勢いよく上がった。俺はそれに気づいて膝蹴りされる前に飛び退く。振り切った剣を再び構え、またガルシオが突っ込んでくる。
大剣のためガルシオのリーチは長く、俺の間合いの外から攻撃することができた。逆に俺は、奴の間合いの中を攻撃を掻い潜りながら進まなければいけない。
俺は攻撃をひたすら避けながら、生じる隙を狙う。どちらも一歩も譲らず、中々斬撃が当たらない。しばらく拮抗状態が続く。
「すばしっこい奴だ」
何度も剣撃を避けられてガルシオが不機嫌そうに言う。
するとその時、犬の咆哮と男の叫び声が聞こえた。ガルシオの目が刹那、アジトの方を向く。俺はその隙を狙って斬りつけた。
「ぬ!!」
ガルシオは咄嗟に飛び退いて躱したが、反応が遅れたせいで剣を握っている方の手の甲あたりに大きめの切り傷が入る。もともと彼の全身あちこちには古傷がついているのだが。今斬りつけた箇所から血が流れる。
「ふん、油断した」
鼻を鳴らしてこちらを睨みつけるガルシオ。俺はその後ろに見えるアジトの方へ、ガルシオに気付かれないよう少しだけ視点を移す。
アジトの入口前には多数の雑魚メンバーが倒れており、その周辺では地面からドリルが突き出ていた。セファンの姿は見当たらない。恐らくサンダーが撹乱しながら氣術で雑魚をある程度倒した上で、アジト内に侵入したのだろう。
「油断大敵ってね」
俺は笑顔でガルシオに切っ先を向ける。するとガルシオは更に顔を歪めた。
次の瞬間、彼は大剣を地面に向かって振り下ろした。空をかく剣から出る風圧で乾いた地面が抉れ、砂利が捲き上がる。それは風の勢いに乗って俺の体を打ちつけてきた。
「くっ!」
飛んでくる石を腕でガードする。そこを狙ってガルシオが向かってきた。大剣の一振りが繰り出される。避けきれないと判断し、剣で受け流すことにした。
剣同士がぶつかり、鋭い金属音が鳴る。完全に受け止めてしまうと腕がすぐに砕ける可能性があるため、当たった瞬間に力を加えて大剣の軌道をずらした。剣同士が離れ、お互いに剣を振り切った様なポーズになる。
「痛って……!」
力の大半を受け流したにも関わらず、手に痛みが走る。この程度でこの衝撃ということは、インジャでの襲撃時はまだ手加減していたということか。今のを全て受け止めていたらと思うと恐ろしい。
しかし小回りが利く点ではこちらに分がある。ガルシオが振り切ってからもとの構えに戻る前に、俺は懐に潜り込む。剣撃を繰り出した。
「ふん!」
斬撃をガルシオは腕でガードした。斬りつけたはずが、腕が斬れることはなく硬い音を立てて刃が止まる。
「なっ!?」
それによってできた隙にガルシオが腹を殴りつけてきた。俺はモロに食らってしまい、肋が軋む音がする。体が後ろへ勢いよく吹っ飛んだ。
「がはっ!!」
飛ばされながらも何とか受け身を取って地面に打ち付けられるのを回避した。
腹部に激痛が走る。胃の中の物が出そうなのを何とか堪えた。
「残念だったな」
ガルシオはそう言いながら袖を捲り上げた。その下の腕には、金属製の防具が巻かれていた。彼はしたり顔で笑う。
──しかし、俺だってタダで殴られた訳では無い。
「……それはどうかな」
すると防具が割れて落ち、腕に深めの切り傷が現われ出血した。ガルシオが少し驚いた表情を見せる。
「ほう……まさか、これごと斬るとはな」
「腕真っ二つにいくかと思ったけど……無理だったか」
ガルシオに動揺は見られない。俺は口を拭いながら立ち上がる。
とその時、山の中から何かが近づいてくる気配を感じた。猛スピードでこちらへ向かってくる。
その正体が何なのか、俺には確信があった。
「……何だ?」
ガルシオも気づいたらしく山の方へ目を向けた。
「……早かったな」
「──オルト!!」
飛び出して来たのは琴音と抱えられた八雲だ。無事にボルハから八雲を助け出すことができてホッとする。
しかし二人とも酷い怪我だ。琴音は赤黒いアザがたくさんできてるし、八雲も先ほど遠目で見た通りアザだらけで服もボロボロだ。
「セファンがアジトの中だ! そっちへ!!」
「分かりました!!」
琴音に向かって叫ぶと、了承した琴音がスピードを落とさず方向転換してアジトの方へ向かう。
「何だと、ボルハが……!?」
八雲が連れ戻されている現状を見て、ボルハが討たれたことを悟るガルシオ。そしてアジトへ向かう琴音達を見て、その理由を察する。
「そうか、お前ら伊織が目的か!」
ガルシオは琴音の方へすぐさま向かおうとした。しかし俺がそれを見逃さずに斬りかかる。ガルシオは大剣で受け止めた。
「正確には、八雲と伊織の救出だね」
「貴様ら……!」
ガルシオが剣で押し返す。俺は飛ばされる前に剣同士を離して間合いを取った。
その隙に琴音達はアジト内へと入っていく。
「させん。すぐに捻り潰してやる」
そう言ってガルシオが掌をこちらに向けた。その瞬間、俺の体が大きくバランスを崩す。
「!?」
何が起こったか分からず、俺は地面に叩きつけられた。