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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第4章 首都ランバート
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第42話 ボルハ

 右腕が、左手が、左腿が、右ふくらはぎが、そして腹部が痛い。

 琴音と一緒にアジトから出た途端、降ってきたボルハによって私達の脱出劇は見事に頓挫した。私を抱えたままでは琴音は上手く戦うことができず、そして逃げることもできなかった。ボルハの最初の一撃は避けることができたのだが、山の中へ入ってすぐに彼に捕まり、琴音は怪我を負わされていた。

 琴音だけは何とか逃れることができたが、私は今こうして再び竜の鉤爪のアジトに拘束されている。


「んん……」


 また狭く暗い倉庫の様な部屋へ逆戻りだ。私は猿轡をかまされ、手を縛られて倒れている。そして、体を動かすと全身に痛みが走るため、うまく動くことができない。

 この痛みは、先ほど捕まった際にボルハから暴行されたものだ。罵声を浴びせられながら、何度も殴られ蹴られた。

 その時のボルハは、ガルシオの殺気から私を救った時の彼とは全く違った。その豹変ぶりは、やはり過激派盗賊団に属しているだけのことはある。顔だけは外してくれていたが、ガルシオが止めるまではずっと殴る蹴るが続いた。

 ラーグとの戦いで焼け焦げた服がさらにボロボロに破れ、腕や太腿が露出してしまっている。良い言い方をすればセクシーだろうか……いや、アザだらけになった体に色気も何も無いだろう。


「はぁ……」


 琴音は大丈夫だろうか。何度も斬りつけられていた様に見えたが、無事にオルト達に会えているだろうか。

 もう日が暮れる。そろそろボスのところへ移送されるかもしれない。


 そう思った時、ドアが開く音が鳴る。顔を上げると、そこにはボルハが立っていた。


「……出発だ」


 ボルハが低い声で喋った。先ほど暴行された際は目の中が憤怒に満ちていたが、今は落ち着いている様だ。

 彼は鼻を鳴らしながらこちらへ近づき、倒れた私の体を無理矢理起こした。


「んんっ!」


 体が痛み、思わず声が漏れ出る。


「立て。歩け」


 しかしそんな私の状態に構わず、ボルハは命令してきた。鬼だ。

 私が上手く動けないでいると、背中を軽く叩かれた。痛くは無かったが、先ほど殴られた光景がフラッシュバックして体がビクッと動く。


「ほら、早く」


 治癒能力を使えば傷やアザは簡単に消えるが、かと言って殴られて平気な訳ではない。当然痛いし、あれだけ暴行されれば恐怖が植え付けられる。今、私はボルハが怖くて仕方がない。

 その恐怖に突き動かされながら立ち上がり、前へ足を進める。


「こっちだ。ついて来い」


 ボルハが私を抜かして先導する。先ほど琴音に抱えられていた時と同じルートだ。

 さっきは高速で駆け抜けたのであまり景色は見えなかったが、今度はアジト内部がじっくり見える。倉庫部屋と同様にどの部屋も老朽化が進んでいて、壁に穴が空いていたり柱が傾いていたりした。

 アジトなので当然たくさんの竜の鉤爪団員がいる。筋トレしている人がいたり、雑誌を読んでいたり、食事を摂っている人もいる。かなり生活感があふれていた。


 するとボルハが立ち止まる。


「おい、お前らよく聞け。今からこの嬢ちゃんを届けにボスのところへ行ってくる。だが、たぶんこの近くで邪魔を狙ってる奴がいるはずだ。俺が合図したら、お前ら出てきてそいつを倒せ」


 ボルハが周りの雑魚メンバーに聞こえる様に大声で話した。雑魚は皆、うっす! などと返事をしている。

 邪魔を狙っている奴……とは、琴音のことだろうか。


「よし、行くぞ」


 ボルハに連れられて、私は建物の外に出た。もう日が暮れており、辺りは暗い。

 建物の隣には馬小屋があり、そこまで歩く。この馬に乗って、ボスのいる場所まで行くのだろう。

 オルト達は今どこにいるだろうか。馬に乗ってしまえば、追いつけなくなるのではないだろうか。


 いや、でも絶対オルトなら助けに来てくれるはずだ。私はそう信じる。たとえ痛くて怖くても、私は希望を捨てたりしない。


「乗せるぞ」


 ボルハが私を持ち上げて馬に乗せた。


 そして彼も馬に手をかけ乗ろうとした時──何かに気づいて後ろを向いた。私もつられてそちらに視線を向ける。


「ん……!」


 彼が向いたのは鬱蒼とした森の方。視界に入ったのは、猛スピードでこちらへ向かってくる琴音の姿だった。


「おっと!! やっぱり企んでやがったな! おい、野郎ども!!」


 ボルハが意気揚々と叫ぶ。すると、アジトの中から雑魚メンバーがたくさん出てきた。


「そこの裏切り者を始末しろ!」


 琴音を指差し、ボルハは雑魚達に指示をする。雑魚が皆大声をあげながら琴音の方へ向かおうとした。

 マズイ、このままでは琴音が危ない。


 しかし次の瞬間、彼らの前に見覚えのある巨大な犬が立ち塞がる。そして犬に乗っていた金髪の青年が降りて、剣を構えた。それは待ちに待った人の姿で──


「んんん!」


 オルトだ! やっぱり来てくれた! 嬉しさが込み上げる。そしてまだ助かっていないのに、安心感が出て体から力が抜けた。


「ち! 仲間を連れてきやがったか」


 ボルハが舌打ちする。琴音はもうすぐそこまで来ている。

 しかしボルハはすぐさま私の後ろに飛び乗り、馬を駆け出した。琴音が必死に追いかけてくる。


「んー!」


「おいこら暴れんな! また痛い目見たいのか!?」


 ここまできて、味方が追いつけずに終了なんて結果は御免だ。私は揺れる馬上で何とか琴音を追いつかせようと懸命に妨害する。ボルハが片手で私の頭を押さえながら脅してきた。


「んーー!!」


 しかしそんなのはもう関係ない。怖くなんてない。だってオルト達が助けに来てくれているのだから。琴音はもう目と鼻の先だ。私だって精一杯抵抗してやる!


「クッソぉ!」


 私が必死に体を揺らしたことによって、ボルハがバランスを崩した。

 次の瞬間、私達は馬の背中から離れる。ボルハは華麗に身を翻して少し離れた位置に着地したが、私は手を拘束されていて受身すら取れない。頭から地面に向かってダイブする。


「風太丸!」


 琴音の叫び声が聞こえた。すると、真っ逆さまに落ちた私の体が地面に叩きつけられる前に、何か温かいものに包まれた。


 そして、思わず瞑ってしまっていた目を開けてみると、私は地面に伏せた風太丸の上に乗っていた。


「八雲、大丈夫ですか!?」


「んん!」


 琴音は私とボルハの間に着地した。私を守るようにボルハの前に立ち塞がる。

 ボルハは鋭い目で琴音を睨みつけている。馬はどこかへ走り去ってしまっていた。


「風太丸、八雲の縄を解いてあげてください」


 風太丸が私の方へグルリと首を回し、その大きな嘴を器用に使って猿轡と縄を外した。

 私はようやく解放された腕を動かして動作確認する。しかし痛くて上手く動かせない。縛られた跡もついている。

 だが、それを差し引いても琴音達が助けに来てくれた安堵感で心が一杯になっていた。


「ありがとう琴音、風太丸!」


「間に合って良かったです……」


 振り向かずに答える琴音。彼女の視線の先にいるのは殺気立ってるボルハだ。


「おい琴音ぇ、せっかく命拾いしたのにまたわざわざ殺されに来たのか?」


 ボルハが短剣を抜いた。そして低いトーンで話す。相当怒っている様だ。……先ほどの様に豹変するだろうか。


「死ぬつもりはありません。八雲は返してもらいます」


 琴音もまた、苦無を構える。後ろからではどんな表情をしているかは分からないが、声には怒りが滲み出ているように感じる。


「あーーもう……」


 ボルハが首をコキコキと鳴らした。


 直後、素早く琴音に斬りかかる。琴音が苦無で受け止め、甲高い金属音が夜の森に響いた。

 少しの間短剣と苦無が競り合った後、お互いに後ろへ飛び退く。


「ちっ」


 ボルハが舌打ちした。そして、次に腰の裏へ空いている片手を回したかと思うと、取り出したナイフを投げてくる。琴音はジャンプしてそれを躱した。

 あのナイフには見覚えがある。インジャで襲われた時に投げられたものと同じだ。毒が塗られており、それによってオルトが苦しめられた。


「琴音! あのナイフには毒が塗ってあるわ!」


「嬢ちゃん黙ってな」


 私は琴音へ叫ぶ。反応したボルハが今度は私の方へ向かって来た。

 しかし琴音が立ちはだかり、再び短剣と苦無がぶつかる。私を乗せた風太丸が少し後ろへ下がった。


 すると、ボルハの怒りゲージがMAXになった様だ。彼のもともと悪い目つきがさらに鋭くなり、口はへの字に曲がる。

 ボルハの表情が歪んだことに気づいた琴音は、短剣を弾いた。


「クソがあぁ!!」


 ボルハが叫び、連続で斬りつけてくる。琴音はそれを一つ一つ苦無で受け流して躱す。

 するとボルハに一瞬隙ができた。すかさず琴音が攻撃する。しかし、ボルハはそれを読んでいたのかヒラリと身を翻してて避け、カウンターを繰り出す。


「!」


 琴音はギリギリで躱したが、少し腕をかすった様だ。彼女はバックステップで距離を取る。

 ボルハがニヤリと笑った。


「今わざと隙を見せましたね」


「これも戦略の一つさぁ」


「もう引っかかりませんよ」


「へっ! そんな馬鹿のひとつ覚えみたいにやるかよ!」


 そう言うと同時にボルハがナイフを三本投げる。琴音はそれを全て苦無で弾いた。

 琴音がナイフに対応する間にボルハは距離を詰め、再び短剣とナイフの攻防が始まる。お互いに一歩も引かない。

 私はしばらくそれを固唾を飲んで見守る。


「あーキリがねぇ、さっさと終わらせる」


 そう言うとボルハは短剣ではなく、反対側の手を琴音の方へ突き出した。

 すると、彼の掌から人一人が丸々入るくらいの大きな水泡が現れて琴音を飲み込む。


「ごぼっ!?」


 琴音は水泡の中に閉じ込められてしまった。

 宙に浮いた水泡の中ではうまく動けないらしく、琴音がジタバタと足掻いている。苦無を水泡の壁に突き立てるが、その壁が破れることは無い。


「これ飲んでさっさと逝きな」


 ボルハがナイフを水泡に突き刺した。刺した部分から水が漏れることはなく、ナイフに塗ってある毒が水泡内に流れていく。


「琴音!!」


 あの毒は危険だ。このままでは琴音が毒殺されてしまう。

 私は風太丸から降りて琴音に駆け寄ろうとしたが、それを風太丸が制止した。風太丸は首を振る。琴音は大丈夫だというのか。


「ぐ……ん!」


 すると琴音が苦無を離し、両手を前に出した。

 直後、電流が眩い光を発しながら水泡内を走る。電流が走ると同時に一瞬にして水泡が弾けて消えた。

 水泡から解放された琴音が地面に着地する。彼女は苦しげにハァハァと息をしていた。

 その光景を見てボルハが目を見開く。


「何だと!?」


「今のは……正直焦りました」


「え、何が起こったの?」


 琴音が無事なことにホッとしつつ、目の前で何が起こったのか分からず私は呆然とする。


「ちょっと無理矢理ですが電気分解させてもらいました」


「へっ?」


「あぁ?」


 私とボルハは琴音の説明を聞いてもなお意味が理解できず、間抜けな声を出した。


「よく分かんねえけど、お前は雷の氣術が使えるってことか」


 眉間に皺を寄せるボルハ。彼は今度は先ほどの半分くらいの水泡を出した。それを琴音の頭上に放つ。


「そらよ!」


 ボルハが水泡に向かってナイフを投げた。ナイフが刺さると同時に水泡は破裂し、中の水が雨の様に琴音に降りかかる。


「……つっ!?」


 琴音が顔を歪めた。雨が当たった部分の服が溶けている。服だけでなく肌にもたくさん水滴が当たっており、痛いらしい。

 琴音は急いで雨の範囲から脱出したが、半分ほどは食らってしまっていた。


「どうよ、強酸性の雨を浴びた感想は?」


 彼が先ほど水泡に刺したナイフに何か塗ってあったのだろう。それが水を強酸性に変化させたらしい。


「特にありません」


「つれねーなぁ?」


 琴音の肌は、雨が当たった部分が赤黒くなって斑模様になっている。服は先刻の脱出の際に受けた切り傷と強酸性の雨でボロボロだ。


「さあさあ、行くぜ」


 ボルハは自分の周りに拳三つ分くらいの大きさの水泡を大量に出した。そしてその全てにナイフを刺した直後、その水泡から細い水流が発射される。

 琴音は軌道を見切って躱した。彼女が避けた水流は木々に当たり、当たった部分が溶ける。


 ボルハは容赦なく次々と水流を発射してくる。対する琴音は水流の中を掻い潜ってボルハに近づき、苦無で斬りつける。

 ボルハが短剣でそれを受けた瞬間、水流の向きが急に方向転換して琴音の方へ向けられた。それに気づいた琴音は高くジャンプして水流を避ける。ボルハも水流を避けるため飛び退いた。

 そして、琴音はボルハが飛んだタイミングを狙って手裏剣を投げる。


「ちぃ!」


 ボルハが空中で手裏剣を短剣で弾く。先に着地した琴音はすぐさま地面を蹴り、ボルハの元へ飛んだ。ボルハは迎え撃とうとするが琴音の方が速く、対応が間に合わない。


「これで終わりです」


 次の瞬間、琴音の苦無がボルハの胸に刺さった。

 そして琴音は反対側の手で短剣を振ろうとしていたボルハの腕を掴む。すると直後、大量の電流がボルハを襲った。


「があああぁ!!」


 暗くなった山の中が電流の光で明るく照らされる。少しの間放電した後、琴音は氣術を止めた。

 ボルハの体は動かなくなり、琴音が手を離すとその場に倒れた。周りに浮いていた大量の水泡も弾けて消える。


「……やったの?」


「……はい、もう大丈夫です」


 琴音がこちらを向いてニッコリと笑った。そして、琴音は少しフラついた後膝をつく。


「大丈夫!?」


 私は急いで琴音の元へ駆け寄る。風太丸もついてきた。


「大丈夫です。ちょっと氣術を使い過ぎました……私はあまり氣力量が無いので」


「ちょっと待ってね、今治すわ」


「いえ、それより早くオルト達と合流しましょう」


「でも……!」


「どちらかと言えば、八雲の方が酷いと思いますよ? それにオルトは今ガルシオと戦っているはずです。セファンだってたくさんのメンバーを相手にしているはず。早く助けに行かないと」


 確かに全身の傷を治療しようと思うと少し時間がかかる。だが、琴音だってもうフラフラのはずだ。この状態で助太刀なんてできるのだろうか。


「私のことなら心配いりません。この程度の傷なら慣れてますから」


 そう言って琴音は私を抱え上げた。


「慣れてるって……琴音一体どんな生活を送ってきたのよ……」


 返事はせずに琴音は風太丸を帰し、走り出した。こんなに傷だらけなのに、どんだけ元気なんだ。

 もう日が暮れて周りは暗いが、彼女は迷うことなく進んで行く。


「オルト……大丈夫だよね」


 琴音は太刀打ちできないほどガルシオは強いと言っていた。そのガルシオと今戦っているはずだと言う。

 少し不安だ。でもきっとオルトなら大丈夫だ、そう自分に言い聞かせた。


「──見えてきた」


 琴音がそう言うと、前方の視界が開けてきた。竜の鉤爪のアジトが見える。


 そしてその前に──オルトとガルシオがいた。




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