第41話 和解と突撃
急ぎ足で山道を歩いて行く。日が傾いてきた。もうすぐ日が暮れてしまう。
急がなければ。今回の山はそれほど険しくは無く、比較的登りやすいのだが、やはり夜の山道は危険が伴うからだ。
「なぁオルト、竜の鉤爪は八雲を攫ってどうするつもりなんだろ? 治癒能力目当てって言っても、八雲を手に入れたところで自分が能力使える様になる訳じゃないだろ?」
「うーん、どうするんだろうね? 八雲を手懐けて治癒能力を使わせるか、拘束して無理矢理能力を使わせるか、はたまた何か特殊な方法で能力を奪い取るか、それか……」
「それか?」
「うーん、あとはご想像にお任せします、って感じかな」
「オルトのえっち!」
「何でそうなるんだよ」
これから過激派盗賊団のアジト(支部)に乗り込もうというのに、そんな緊張の無い会話をしながら俺達は進む。
というのも、アジトに着くまでずっと緊張しっぱなしでは体がもたないし、リラックスして戦いに備えた方が良いからだ。特にセファンが緊張していたのもある。
彼の隣にいるサンダーは負傷した足で懸命についてくる。葉月は怪我が酷く速く歩けないため、俺が抱えていた。
「あのさ、オルト」
「ん?」
少し恥ずかしそうな顔をしながらセファンが尋ねてくる。どうしたのだろうか。
「……八雲をちゃんと取り戻したら、俺に戦い方を教えてくんない?」
「戦い方?」
俺が聞き返すと、セファンは更に恥ずかしそうに俯いた。
「前に竜の鉤爪と戦った時もそうだったけど……俺って全部サンダー任せで何にもできないからさ。ロードリールとの戦いで痛いほど分かったよ。俺すっげぇ無様だった。ダメダメだ。でもオルトの足手まといになるのは嫌だし、ちゃんと八雲を守りたい。だから、基本から教えてほしいんだ。」
あぁ、なるほど。そういうことか。
セファンは自分のことを卑下しているが、俺は彼のことを足手まといなどと思ったことは無かったし、むしろ八雲を守る仲間として頼りにしていたくらいだ。
それにまだセファンは子供だ。年齢相応の立ち振る舞いだと思っていたのだが……本人はそんな風に感じていたのか。
「分かった、良いよ」
「ホントか!? やったぁ! 約束な!!」
セファンの顔がパッと明るくなる。
「良いけど、このタイミングで約束とかすると変なフラグ立ちそうだからやめような」
「フラグ?」
セファンが不思議そうな表情をした。
するとその時、前方から叫び声が聞こえる。
「──オルト!!」
俺とセファンは前を向いた。目の前には鬱蒼とした森が広がっており、人影は見えない。だが、地を蹴り茂みを搔きわける音が聞こえる。
高速で誰かがこっちに向かって来ている。声の感じから、その人物はかなり切迫しているらしい。俺は前方に目を凝らす。
すると木々の間をすり抜け、茂みを薙ぎ払いながら現れたのは──
「琴音!?」
手負いの琴音だった。
彼女は俺達の目の前まで来て止まり、膝をついた。全身に切り傷の跡があり、息は荒い。表情も強張っている。明らかに様子がおかしい。
「どうした!?」
「琴音、お前なんで……」
セファンがそこまで言いかけてやめた。恐らくどうして裏切ったのか言及したかったのだろうが、琴音の痛々しい姿を見て気が引けたのだろう。
「オルト、セファン……本当にすみませんでした!」
琴音が傷だらけのまますぐさま土下座する。声は震えていた。
「琴音、一体何があったんだ?」
俺は声をかけながら片膝をつき、琴音の体を起こす。顔を上げた琴音は涙目になっていた。
「本当にごめんなさい。私が……八雲を竜の鉤爪のもとへ連れ去りました。私は竜の鉤爪のスパイです」
「本当にスパイだったのか……」
セファンの声が沈む。琴音は俯いた。
「うん、分かってる。言ってくれてありがとう。八雲は今どこ?」
「オルト、助けてください! 八雲は今この奥にあるアジトに囚われています。夜にはボスのところへ連れていかれてしまいます!」
琴音が再び顔を上げて懇願する。顔面蒼白だった。
「あぁ、そのつもりだよ。だから落ち着いて。琴音はどうしてここに? その怪我は何があったんだ?」
「私は……竜の鉤爪で働かされている弟を助けるために八雲を攫いました。でも、奴らは約束を破って弟を返さないんです。だから私、八雲を逃がそうと思って……でもボルハに阻まれてしまって……」
「琴音……」
「琴音には弟がいるの?」
「……はい。昔から器用で薬を作る天才なんです。それに目をつけられて今は竜の鉤爪のアジトに軟禁状態です」
そうか。それで竜の鉤爪が欲しがっている八雲を差し出して、交換条件に弟を解放させるつもりだったのか。
しかしその約束は破られ、八雲と弟は捕まったまま。ならばせめて八雲が護送される前に奪還しようとした訳か。
「ごめんなさい。私、取り返しのつかない事をしてしまいました……本当に馬鹿です。それなのに八雲は優しくしてくれて、伊織も連れて一緒に出ようとまで言ってくれて。でもそれも失敗してしまいました。もうどうしたらいいか……」
伊織、というのはおそらく弟の名前だろう。琴音が弱々しく泣き崩れる。
セファンは困惑した顔で横に立っていた。
「琴音、大変だったね。よく頑張った」
俺はそう言って、琴音の頭にポンと掌を乗せた。
「オルト……?」
琴音が涙を流しながら俺を見上げる。
「大丈夫。八雲も弟君も助けるよ」
「……!」
「だから一緒に行こう。アジトまで案内してくれる?」
「怒って……いないのですか?」
「琴音には琴音の事情があったんだから、仕方ないよ」
「そ、そうだぞ! そりゃちょっとムカッとはしたけど……琴音も大変だったみたいだしな!」
「セファン……」
「だから一人で抱え込まないで。俺達は仲間だよ?」
琴音の頭をよしよしと撫でてやる。
「うっ……ううっ……」
すると、琴音が泣きながら寄りかかって来た。俺はそれを優しく受け止める。
「ごめんなさい……ありがとう……!」
「大丈夫、大丈夫だよ」
琴音の瞳から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。今まで我慢していた感情が堰を切って流れ出た様に、琴音はむせび泣く。
俺は琴音の背中をさすりながら、彼女が落ち着くのを少し待った。
待つこと数分、琴音が落ち着いた。
「……すみません、お見苦しいところをお見せしました」
涙を拭いながら俺から離れた琴音が立ち上がる。俺もそれに合わせて立ち上がった。
琴音は少しばつの悪そうな顔をしている。
「もう大丈夫?」
「……はい、ありがとうございます」
「よし、じゃー八雲を助けに行こうぜ!」
セファンが笑顔で琴音に話しかける。すると目を腫らしながら琴音が笑い返した。
「急ごう。琴音、案内頼むよ」
刻限が日没までとなると、かなり急がなくてはならない。俺がそう言うと、琴音は真剣な表情に切り替えた。
「はい、ダッシュで行きますね」
「琴音にダッシュされたら俺追いつけねーよ……あ、サンダーに乗ればいいのか。サンダー行けるか?」
「ワン!!」
「あ、じゃあ俺も乗せて」
セファンがサンダーを巨大化させた。これでかなり時間を短縮できる。
サンダーが巨大化すると、チェチェに巻いてもらった包帯がほどけてしまい、傷が見えた。それを見て申し訳ない気持ちになる。しかし今は緊急事態だ。
俺とセファンはサンダーに乗り、琴音は前を走って先導する。ショートカットするために険しい道を敢えて選ばなければならなかった。しかし難なく琴音とサンダーは進んで行く。
はたから見たら、琴音が大狼に追いかけられている様に見えるかもしれない。
「そう言えば琴音、さっきボルハって言ってたけど、そいつがアジトを取り仕切ってるのか?」
「あそこのトップはガルシオです。その相棒がボルハ。ガルシオは大剣を持った大柄な男で、ボルハは短剣を使う小男です。普段は他の幹部メンバーも出入りしているのですが、今日はたまたま二人以外の幹部は出払っています。雑魚メンバーはたくさんいますが」
「うげぇ、雑魚はいっぱいいるのか……」
「大剣の大男と短剣の小男……?」
何か引っかかる。どこかで見たことがある様な……
「! インジャの森で襲って来た奴らか!」
「!? オルトは会ったことがあるのですか?」
琴音は驚いて頭だけ振り返る。
「あぁ、馬車に乗っているところを襲撃された。何とか逃げたけど……そいやその直後に琴音が助けてくれたんじゃなかった?」
「それって、あの毒でオルトが倒れてた時ですよね? 私はたまたまオルト達が転がって来たところに居合わせただけなので、それ以前のことは知りません。それにしても、あの二人から逃げ切れたところだったのですか……」
そう言って琴音は前を向く。そして走りながらも考える様な仕草をした。
「琴音?」
「ガルシオは竜の鉤爪の中でも、戦闘能力の実力者上位五人の中に入ります。私では勝てません。ですが……オルトなら何とかなるかもしれませんね」
「そうなの? うーん、頑張るよ」
「ボルハだけなら私でも対応できると思います」
「じゃあそっちは任せるね」
「え、え、じゃあ俺は?」
セファンが自分を指差しながらキラキラした目で聞いてくる。圧が凄い。
「セファンは葉月を守りながら逃げ回って敵を撹乱してくれ。で、八雲と琴音の弟を見つけたら連れ出して」
「おっしゃあぁ! りょーかい!!」
やたらテンションを上げるセファン。役割が決まっただけでこの調子だ。今からエンジン全開で最後まで持つだろうか。
しばらく進んでいるうちに日が沈んでくる。もう周りはだいぶ暗い。間に合うだろうか。
すると、前方を走っている琴音がこちらをチラと見た。
「もうすぐ着きます」
敵に気付かれない様、琴音がスピードを落とす。
すると、山の中、木々が途切れぽっかりと開いた空間の中に廃墟が見えてきた。二階建ての住宅が十軒くらいは入りそうな大きさだ。廃墟と言われるだけあって、外壁は傷や雨風の汚れでボロボロで、窓は割れている箇所が多数ある。木の部分は腐朽しており、地震があればすぐに壊れてしまいそうだ。建物の隣には馬小屋があり、何頭か馬が並んでいる。
裏口があるとのことなので、俺達はそちらへ向かう。裏手に回って奇襲する作戦だ。
「……ん?」
すると、裏口に回り込む前に廃墟から誰か出てきた。皆足を止め、茂みに身を隠す。
「あれはボルハと……八雲!」
琴音が小さく声をあげる。出てきた人物はボルハ、そして彼に連れられた八雲だった。
八雲は猿轡をかまされ、手は縛られており、弱々しく歩いている。服はボロボロに破れており、手足にはアザができていた。
琴音が攫う時もそれなりに服は破けていた様に見えたが、明らかにその時より酷くなっている。
「あいつら……!!」
怒りが沸き起こる。今すぐここを飛び出してボルハを殴りつけてやりたい。
しかし、ここでカッとなって冷静さを失えば、八雲を助けられなくなる。そう自分に言い聞かせて、俺は心をなだめた。
「マズイです。このまま馬に乗って連れて行くつもりですよ」
身を潜めながら見ていると、ボルハが馬小屋から馬を出した。八雲を担ぎ上げて馬に乗せている。
「どうする!?」
「馬を使って距離を開けられては八雲を取り戻せません。今すぐ行きます」
「……頼んだよ」
「はい、命に代えても八雲を取り戻します」
「いや、違うでしょ? 八雲も琴音も無事にここに帰ってこい」
「……はい!」
琴音は一瞬目を丸くした後、少し嬉しそうに、そして真剣な表情で頷いた。彼女は俺とハイタッチするなり、ボルハの方へ飛び出していく。
それと同時に俺達を乗せたサンダーは廃墟の方へと走り出す。
ボルハが琴音に気づいた。
「おっと!! やっぱり企んでやがったな! おい、野郎ども!!」
ボルハが叫ぶ。すると、俺達が向かっている廃墟から竜の鉤爪の人間が多数出て来た。
「そこの裏切り者を始末しろ!」
「「させるかよ!」」
ボルハの指示に雄叫びをあげる男達。その前にサンダーは立ち塞がる。俺はサンダーから降りて剣を抜いた。
「ち! 仲間を連れてきやがったか」
ボルハは悪態をつきながら馬に飛び乗った。そして勢いよく馬を駆け出す。
それを琴音が猛スピードで追いかける。
「おい、待て女ぁ!」
「てめえら邪魔だ、そこどけ!!」
「なんだこの優男は!? 引っ込んでろ!」
雑魚が口々に怒鳴る。
しかし俺は怯まず、剣を向けながら微笑んだ。
「残念、退場するのは君達の方だ」
八雲、伊織救出作戦が今始まる──。