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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第4章 首都ランバート
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第40話 囚われの身

 湿った空気の香りがする。何かの音が聞こえる。誰かの話し声だ。男の人と女の人の声が聞こえるが、何を言っているのかは聞き取れない。

 目を開けるとぼんやりと薄暗い天井が見えてきた。見慣れない景色だ。ここはどこだろう。

 だんだんと意識がハッキリしてくる。


「──!?」


 目を覚まし、周りを見回すとそこは薄暗い倉庫のような狭い部屋だった。ドアの隙間から明かりが漏れてきている。そのドアの向こうで誰かが話す声が聞こえた。


「ん……」


 私は起き上がり声を出そうとするも、それは叶わなかった。代わりに体を締め付けられる感触と口の中に無理やり物を詰められた不快感を感じる。

 自分の体を見ると、縄で胴と腕が拘束されていた。また両足も踝の少し上が縄で縛られている。自分の顔を見ることはできないが、恐らく猿轡をかまされているのだろう。


 どうしてこんなことに? 今自分が置かれている状況が全く分からない。私は記憶を辿ってみる。

 ランバートの神子を訪ねてみたら神子が実は偽物でキメラで、私は捕まって、でもなんとか抜け出して、でもピンチになったところに琴音が助けに来てくれて……。

 そう、そしてラーグを倒して琴音を治療していた途中で記憶が途切れている。


 どうして気を失った? ここはどこ? どうして私は拘束されている? 琴音は無事なのだろうか?

 様々な疑問が頭の中で交錯する。倉庫らしき部屋の中には私以外は誰もいない。何か物が集積されているわけでもない。ただ、狭い空間がそこにある。


 状況からして恐らく私は何者かに攫われて捕まっているのだろう。しかし一体誰に捕まったのか、何の目的で──また私の治癒能力が狙いだろうか──ここに連れてこられたのか。何も分からず、拘束されて暗い部屋で一人でいるのは怖い。早くここを出なければ。

 取り敢えず、光と声が漏れてくるドアの方へ行こう。

 手足が拘束されているため、尺取虫の要領で這いずりながら私はドアへと近づく。近づくにつれて、話し声の内容が聞き取れるようになってきた。


「……話が違うではありませんか」


 聞き覚えのある女性の声だ。言葉遣いは丁寧だが、その声のトーンには怒りが滲み出ているのが分かる。光の漏れる隙間から、ドアの向こうを覗いてみた。

 隙間からみる景色なので視界は狭いが、向こう側に窓が見えた。そこから部屋の中に光が差し込んでいる。まだ日は暮れていないということか。

 そして、手前に声の主が立っていた。逆光になって見えにくいが、ハッキリと誰か分かった。琴音だ。


「八雲を連れて来れば、伊織いおりを解放するという約束だったはずです」


「……俺は何も聞かされていないな」


 琴音が……私をここに連れてきた? 私は琴音に攫われてこうして拘束されているということか? 伊織という人を解放するために、私達は裏切られたのか。

 話し相手の男性は誰だろう。私を狙っているということは、まさか竜の鉤爪だろうか。

 しかしここからでは角度的に確認することができない。


「ふざけないでください。伊織は返してもらいます」


「それはできん。直接ボスに言え。まぁ今は多忙らしくてなかなか連絡が取れないがな」


「約束を破る気ですか」


「だから言ったろう? 俺は何も知らん」


 琴音のボルテージが上がるのが見て分かる。目つきは鋭く、両肩は上がり、握った拳は震えていた。

 なんだか複雑な気持ちになる。琴音に裏切られて悲しく切ない気持ちと、しかしそれが琴音のきっと大切な人のために行った行為であって、私もそれに協力すべきだとも思ってしまった。


「どれだけ私が今まであなた達のために働いたと思っているのですか」


「俺に懇願したって無駄だ。今度ボスに会う時に話しといてやるから、それまで待て」


「もう待てません。限界です」


 琴音の声が震えている。

 ふと、男性の声に聞き覚えがある様な気がした。


「聞き分けの無い小娘だな」


「……では八雲は渡せません」


「……俺と取引しようってのか? 生憎その手には乗れんぞ。ボスの許可も無いからな」


「……」


「妙なことを考えるなよ。死にたくなければな」


「……分かりました。ボスから連絡が来たら教えてください」


 琴音は悔しそうな顔をしながらうなだれた。

 そして、軽く礼をして振り返り、歩いて行った。


「……あいつ、余計なこと考えてるんじゃねえか?」


「そうだな。警戒しとくか」


 別の男性の声が聞こえた。こちらもなんだか聞いたことがある気がする。しかし、隙間から見える視界の中には今は窓しか入っていない。

 なんとか部屋の中を見ようと他に隙間がないか探そうとしたその時、足音がこちらに向かってきた。私はそれに驚き、急いで這いずってドアから離れる。

 そして、鍵が開く音がした後ドアが開いた。暗く狭い部屋に突然光が差し込んで、一瞬目がくらむ。


「……ん!」


 眩しい中目を少しずつ開けると、ドアを開けた人物のシルエットが見えた。とても大柄な男だ。最初はシルエットしか見えなかったが、だんだんと目が慣れて顔が確認できる様になってきた。

 そして──その大柄な男を私は知っていた。


「……起きていたか。久しぶりだな」


 見覚えのあるその男。私達がシチミヤから国境へ向かう際に利用した帆馬車を襲い、森へ追い詰めた竜の鉤爪の人間だ。その際一緒にいた小男も大男の後ろにいるのが見える。

 あの時のことを思い出し、体が強張った。


「夜には出発する。それまで待て」


「ん!? んんんんんーんんんんん!?」


「……?」


 怖さを押し殺して、え!? 私をどうするつもり!? と言いたかったのだが、猿轡のせいで全く喋れなかった。

 大男は眉をひそめる。


「お前をボスのところへ連れて行く。手足を失いたくなければ、逃げ出そうなんて考えるなよ」


 大男がドスの利いた声でそう言った。

 私の頬に冷や汗が垂れる。

 前回はオルトが前に立っていてくれたから特に感じていなかったが、いざこうして対峙すると物凄い威圧感を感じる。蛇に睨まれた様に体が言うことを聞かず、身動きできない。


 そして……その目から放たれる殺気に気圧されて息すらできなくなった。

 怖い、どうしよう。でも動けない……苦しい! お願い、助けて!


「おい、その辺にしといてやれよ。嬢ちゃん呼吸できなくて苦しそうだぜ?」


「……あぁ、すまない」


 小男の言葉を聞いて大男が私から目を逸らした。

 すると、途端に殺気から解放されて呼吸が戻る。体も動く様になった。


「ん、ごほっごほっ!」


 ……助かった。苦しかった。怖かった。

 いや、今も怖い。気づかないうちに涙ぐんでいた。オルトはこんな相手と戦っていたのか。


「まぁ、今ので分かったろ。大人しくしてな」


 小男が言う。そして大男はゆっくりと部屋から出てドアを閉めた。鍵がかけられる音がする。その音に少し安心した。


 しかし、安心している場合ではない。状況を整理すると、私は琴音に攫われて竜の鉤爪のもとへ連れてこられた。そして夜にはボスのところへ連れ出されるらしい。何をされるのだろうか。

 さらに気になるのは琴音だ。先ほどの会話から琴音は伊織という人を助けるために私を攫ったが、竜の鉤爪は約束を破り伊織さんを解放しないらしい。琴音は怒って出て行った様だが、これから一体どうするつもりなのだろう。


「ん、ふ!」


 兎にも角にも、拘束されたままでは何もできない。私は一生懸命に、しかし大男達に気づかれない様静かに、猿轡を取ろうと頭や首を動かす。

 オルト達はきっと私を探してくれている。だから私だって、ただ待っているだけなんてことはできない。何とかここから抜け出して、伊織さんという人も助けて琴音と一緒にここを出たい。

 とは言っても伊織さんの顔も分からなければ、いる場所も知らないのだが。


「ん?」


 頭を動かしていると、猿轡の頭の後ろにある部分が床の何かに引っかかった。引っかかりが外れない様慎重に頭を動かす。すると、猿轡がずれて口が解放された。


「やった……外れた」


 小声で言う。寝返りして見てみると、床板に小さな引っかかりが出ていた。部屋内を見回してみるとどうも建物が古そうなことから、おそらく老朽化したためにそれが出ているのだろう。


「あとは足と手の縄も外さないと」


 体をくねらせて何とか縄を噛みちぎろうとする。しかしこれがなかなか丈夫な縄でうまくいかない。逆に歯が痛くなる。

 しばらく格闘したが縄が切れることはなく、疲れたので一旦休憩した。


「オルト……」


 今頃どうしているだろう。もちろんキメラはとっくに倒して、私がいなくなっている事にも気づいているはずだ。

 あとはここの場所を突き止めて向かって来てくれている、きっと夜までに助けに来てくれる、そう信じる。


「よし、頑張ろう」


 少し休憩したところで、再び縄との格闘を開始しようとする。するとその時、鍵が開く音が聞こえた。ドアが開かれる。


「!?」


 私はドアの方を見る。

 すると、そこには琴音が立っていた。沈んだ顔でこちらを見ている。


「こ、琴音?」


「しーっ」


 琴音は口元に人差し指を当て、静かにする様にと注意する。慌てて私は口を押さえた。

 琴音はキョロキョロと周りを見回してから、静かに部屋に入ってドアを閉めた。そして私に近づき、しゃがんで私の体を起こし、縄を苦無で切る。


「琴音? これは一体……」


「八雲、本当にすみませんでした。私の都合でこんな目に遭わせてしまって……今からあなたを逃がします」


 琴音は苦無をしまいながら話した。縄から体が解放され、私は手足をブラブラと振りながら感覚を確かめる。


「え、でもそれだと琴音が大変なことになるんじゃ?」


「私は大丈夫です。うまくやりますので」


「それに伊織って人のことはいいの?」


「! ……聞いていたのですね」


 琴音は目を丸くした。そして、しゃがんだままの体勢で俯く。


「あ、ごめんなさい。さっき盗み聞きしてしまったの」


「構いませんよ。伊織は私の弟で、ここで竜の鉤爪に働かされています。奴らにとって伊織は重要な役割を果たしているので、殺されることはありません」


「でも、琴音はここから連れ出したいのよね?」


「えぇ。結局それは叶わなかったのですが……そのために八雲を利用しようとしました。本当にごめんなさい」


 琴音は土下座した。私は慌てて琴音の体を起こす。


「大丈夫。最初裏切られたって分かった時はビックリしたし悲しかったけど、琴音にも事情があってのことだもの。だから気にしないで」


「八雲……」


「琴音、一人で抱え込まないで。一緒に伊織さんを連れてここから出ましょ」


「……え!?」


 琴音が私の言葉に驚いて目を見開く。


「い、一緒に!?」


「何もそんな驚くことじゃないでしょ? だってそれが一番良いじゃない! 私を逃がすだけじゃ何も解決しないもの」


「ですが……」


「それにオルト達だってきっと助けに来てくれてるわ。オルトと合流さえできれば逃げ切れるわよ」


 私は努めて明るく話したが、琴音は下を向いて考え込んでしまった。琴音はきっと私をバレない様に逃がして、また伊織さんを助けるために竜の鉤爪として働こうと思っているのだろう。

 しかしそれではまた今回と同じ事になりかねない。大男達の様子だと、きっと当分は伊織さんを解放するつもりは無いのだろう。

 ならば、もうここを抜け出すべきだ。


「琴音、私達を信じて」


「……ですが、ガルシオとボルハを欺いて三人で逃げるのはかなり難易度が高いです。八雲を逃がすだけならともかく」


「さっきの人達のこと?」


「はい。大きい方がガルシオ、彼はとても強いです。私では太刀打ちできません。それと小さい方がボルハで、姑息で足がかなり速いです。ですので二人を抱えていては逃げ切れないでしょう」


「二人を抱えて?」


「八雲と伊織と一緒に脱出となると、風太丸は重量オーバーになるので乗れません。そして私が二人を抱えて走らないと他の雑魚メンバーにも追いつかれると思います」


「……そうね」


 自分の不甲斐なさにガッカリする。雑魚メンバーですら私は巻くことができないのか。


「ですので、ガルシオとボルハに気付かれない様にここを出なければいけないのですが、ボルハはその辺り結構鋭いのです。たとえここから脱出できたとしても、八雲と伊織がいないのにすぐ気づいて追ってくるでしょう」


「うーん、なるほど……」


 私は腕を組んで考える。ガルシオ達に見つかって追われるタイミングで運良くオルトが来てくれればいいが、それはかなりの博打だ。三人一気に逃げるのは難しいということは、もっと別の手を考えた方が良いのだろうか。


「あ、じゃあ琴音がオルト達をここに連れてくるとかどう?」


「あぁ……でしたらまず、私と八雲で外に出てオルト達と合流します。それから伊織を奪還でどうですか? 八雲が連れ出されるまであまり時間がないので」


 確かに、オルト達を待っている間に私が連れていかれてしまっては困る。もうすぐ日が暮れる。


「そうね、じゃあそうしましょ」


「ですが、オルト達は私を許してくれるでしょうか……」


 また俯き、声が小さくなる琴音。


「大丈夫! ちゃんと話せばオルト達だって分かってくれるわ」


「……はい」


「じゃあ行きましょ!」


「──どこへ行くって?」


「「!!」」


 突然聞こえた男の声に背筋が凍る。琴音も固まっていた。

 私は恐る恐るドアの方を見る。


「お前ら、どうなるか分かってるよなぁ?」


 ドアが開き、そこに立っていたのはボルハだった。


「八雲、目を瞑って!」


 琴音が叫ぶ。私が目を瞑った瞬間、瞼の向こうで眩い光が発生したのが分かった。

 その直後、私は抱えられて足が宙に浮く。そして抱えられたまますごいスピードで動いているのを感じた。ゆっくりと目を開けて見ると、琴音が私を抱えて高速で走っている。


「琴音!?」


「このまま脱出します!」


 一目散に走る琴音。走り抜ける途中、何人もの竜の鉤爪の団員を避ける。彼らは何が起こっているのか分からず唖然としていた。

 アジトは神子屋敷に比べれば全然広くないらしく、すぐに出口へ辿り着いた。そもそも神子屋敷と比べるのは間違っているかもしれないのだが。


「やった、出れた……」


 外の景色が目の前に広がり、私の口からは安堵の声が漏れる。



 しかしその時、上から声が聞こえた。



「だから、逃がさねえって」



 見上げると、出口上空からボルハが降って来ていた。




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