第39話 それぞれの行方
謁見の間の炎を鎮火した後、俺とセファン、エイリン、そしてチェチェは客間に腰を下ろした。チェチェは葉月とサンダーの手当てをしている。
「で! 琴音が八雲を攫ってったってどーゆー事だよ!?」
中庭で琴音が去るのを見た後、風太丸に乗られていては追いつけないと判断して俺達は一先ず謁見の間の鎮火を最優先した。そのため、琴音と八雲に関してはまだちゃんと話し合っていない。
「……たぶん、竜の鉤爪のところへ連れ去ったんだと思う」
「「りゅ、竜の鉤爪ですって!?」」
物騒な名前が出てきてエイリンとチェチェが驚く。セファンは目を丸くした。
「え、ちょっと待て。何で琴音があいつらのところに八雲を連れてくんだよ?」
「たぶん琴音は竜の鉤爪のスパイだ」
「はぁ!? スパイ!? そんな……」
驚いた後、セファンの顔が曇る。頭の中を必死に状況を整理している様だ。エイリンとチェチェも真剣な表情でこちらを見る。
「で、でも琴音は前、竜の鉤爪から俺達を助けてくれたぞ!?」
「たぶんあれは仲間に入るためのパフォーマンスだったんだよ」
「は? どーいうこと?」
「わざと竜の鉤爪の雑魚連中をけしかけて、それから俺達に助太刀して信用させたってこと」
「そんな……信じられねえよ。今まで一緒にいて全然そんな感じしなかったし、八雲とは特に仲よさそうにしてたじゃねえか。竜の鉤爪の仲間だったなんて思えねえ」
「まぁ……そうなんだよね。今まで彼女を見てきて、正直そういう事をする人間じゃなさそうだってのは感じたよ。それすら騙されてるのかもしれないけど」
「じゃあ、何で」
「何かスパイをしなければならない理由があるんじゃないかと思う」
「理由?」
「本人に直接聞かないとわからないけどね」
琴音は以前、俺達の仲間に加わりたい理由として、弟のために竜の鉤爪を潰したいと言っていた。それに何か関係しているのかもしれない。
それに、先ほど琴音が去り際に言った言葉。声は聞き取れなかったが、口の動きは
「……ごめんなさい」
そう言っている様に見えたのだ。竜の鉤爪のスパイが、そんな言葉を口にするだろうか。
「その……私は先ほど会ったばかりで琴音さんのことをよく知りませんが、あの盗賊団に入るような人には見えませんでした。オルトさんの言うように、きっと何かあるのかもしれませんね」
エイリンが目を伏せながら言う。
「でも……もしそうだとして、これからどーすればいいんだ?」
「もちろん八雲を助けに行くよ」
「どーやって?」
セファンが眉をひそめて聞いてくる。俺はエイリンの方を見た。
「この辺りに竜の鉤爪のアジトはありませんか?」
「アジト、ですか」
「竜の鉤爪は世界各地にアジトを持っているらしくて、おそらく琴音はそこに行ってるのではないかと思います。確たる情報じゃなくて噂話程度のものでもいいんですけど」
「うーん……」
「……ランバートの北の山中に廃墟があります。そこではないかと」
チェチェが葉月とサンダーの手当てを終え、救急箱をしまいながら言った。二匹とも包帯を各所に巻かれた姿が痛々しい。
「チェチェ、あなた知っているの?」
「いえ、あくまで予想なのですが……ここがキメラに占拠されるちょっと前に、北の山の麓辺りで竜の鉤爪が行商人達によく目撃されていたのです。資材を持って山に入って行く姿をよく見られていたみたいですよ。あの山にはもう十年以上前に放棄された廃墟があるので、そこを根城にしているのかもしれません。とは言っても二年以上前の情報なんですけどね」
「ここから近いですか?」
「半日もかかりませんよ」
「ちょっと待て……それってアジトに乗り込むってことだよな?」
セファンが恐る恐る、そして縋るような目で聞いてきた。頬に冷や汗が垂れている。
「そうだよ」
「んな無茶な!!」
テーブルを叩きつけるセファン。その音にエイリン、チェチェ、葉月そしてサンダーがビクッとする。
「無茶でも、八雲を助けに行かないと」
「うぅー、そうだけどさぁ……」
セファンは弱々しく嘆き、テーブルに突っ伏した。当然の反応だと思う。相手は過激派盗賊団、わざわざアジトに乗り込んで行くなんて自殺行為だ。
「ここで待っててもいいよ? 俺は一人でも行くから」
「なっ、それは……俺も行く! 男だかんな!」
急に顔を上げて、引きつりながらセファンはそう叫んだ。かなり危険だと分かっていながら行くことを決断するとは大したものだ。体は小さいが、なかなか勇気がある。
「葉月はどうする? 怪我が結構酷いし、ここにいるかい?」
「キュキュ!」
葉月は首を横に振り、もちろん行く! と言いたげな目で見てきた。彼もまた、八雲が心配なのだろう。
「じゃあ決まりだね。すぐ出発するよ」
「お、おっしゃあ!」
俺は椅子から立ち上がる。セファンは自分を鼓舞するようにガッツポーズを決めた。
「あ、あの」
エイリンが慌てて立ち上がる。俺は彼女の方を見た。
「その、すみませんでした。巻き込んでしまって、こんな状況になってしまって」
「いえ、あなた達のせいじゃありませんよ。こっちの事情なので」
「……それでも、すみませんでした。そして改めて、協力してくださりありがとうございました。おかげでキメラからここを奪い返すことができました」
エイリンが深々と礼をした。チェチェもそれに合わせて礼をする。
キメラを屋敷から追い出したことによって、彼女達は無事に神子の地位を取り戻すことができた。しかし、これでランバートの神子の問題全てが解決した訳では無い。
「でもこれからが大変ですよ? 失った信頼はなかなか取り戻すのが難しい。お告げはもう街の人には聞いてもらえないかもしれないですし」
「はい。誠心誠意取り組むつもりです。まずは、この屋敷を開放するのと私自身も姿を隠さず前に出ることから始めようと思います」
「え、それは……!」
胸に手を当て、真剣な眼差しでエイリンが言う。その瞳には強い覚悟が宿っていた。
「エイリン様!? 神子が人前に出るなどとは……」
「神子が姿を現さないことを利用されてこの事態に陥ってしまったのでしょう? もはや町の人の心は神子から離れています。ですから、今度は私の方から人々に近づいて行かなければ行けないのです」
「エイリン様……」
「まずは今回の事件の全貌をちゃんと説明して、この屋敷に残る財産は町の方々に渡しましょう。屋敷自体も売るか、図書館や公民館など町の人が利用できる様なものにして、私達はもっと簡素な場所で暮らします。神使と会う場所はまた考えましょう。それに装飾品や高価な食器など売れるものは全て売払って、そのお金も皆さんにお返しします。……それでもテオルが二年間で絞り取った分には到底及ばないかもしれませんが」
エイリンは屋敷も神子の常識も捨てるつもりだ。身の回りのものを全て手放し、町の人々と誠心誠意向き合い、そして壊れかけの神子の町を再建しようとしている。さすが、本物の神子だ。
「なるほど、思い切りましたね。実現できれば凄い改革になるでしょうね」
これが実現できれば、大きな屋敷に引きこもっているという神子の常識をひっくり返すことになるだろう。
八雲といい、エイリンといい、神子になる者は肝が据わっているなと感心する。
「何かよくわかんねーけど、頑張れよ!」
セファンが親指を立てて応援する。それに合わせてサンダーも尻尾を振った。
「ありがとうございます。あなた方も気をつけて行ってきてください」
「ありがとうございます。頑張ってくださいね。それでは、俺達は行きますので」
エイリンならきっと、町を良い方向へ導いていけるだろう。
俺達は俺達で、今は早く八雲の元へ向かわなければ。俺は部屋を出ようと足を進める。すると、エイリンが俺を引き止めた。
「あ、少しだけ待ってください」
「?」
エイリンが何かを差し出した。その掌の上には小さな巾着袋が乗っている。
「これは?」
「お守りです。きっと役に立つはずです。あなた方に加護がありますように」
「ありがとうございます」
「お気をつけて」
受け取ったお守りをしまい、俺達は部屋を出る。エイリンとチェチェに見送られながら神子屋敷を後にした。
念のため、町の出入口につくまでの間、すれ違う人達に大きな鳥を見ていないか聞き込みをした。すると、何人か大きな鳥が北の山の方へ飛んでいくのを見たと言う。
「やっぱり北の山の廃墟みたいだな」
「あーーなんか緊張してきた! 頼んだぜ、オルト!」
「もちろん」
セファンとハイタッチする。セファンとサンダーは手負いだし、相手は竜の鉤爪だ。しかも恐らく幹部クラスの連中が待ち構えているだろう。よってかなり厳しい戦いになるかもしれない。
しかし、八雲のためにグズグズしてる訳にはいかないのだ。
「よし、行くよ」
気を引き締め、俺達は早足で北の山へと向かった。




