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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第4章 首都ランバート
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第37話 謁見の間の攻防

 テオルが葉月を追いながら何かを叫ぶ声が、窓の外から聞こえる。

 葉月にはテオルに対抗できる手段が恐らく無いはずだが、大丈夫だろうか。とは言っても私は糸で体を雁字搦めにされているため、助けに行こうにも動くことができない。

 更に言えば、今はラーグが私を監視している。迂闊に動けば攻撃されるかもしれない。


「……あなたの体にも獣魔が入ってるわけ?」


「はい、私にも入っていますよ」


 やはり彼の中にも何かが埋め込まれているらしい。となると、結界もまともに出せないこの状況では大人しくしているべきだろう。

 しかし、ただ捕食されるのを待っているだけ、という訳にもいかない。どうしたものか。


「あなたも人を食べるの?」


「キメラは皆そうです」


 キメラというのか。

 こんな人体実験をして、さらに卯月を苦しめた奴らを……私は絶対に許さない。


「あなた達をキメラにした組織って一体何?」


「それは言えません。極秘事項ですので」


「そんな体にされて辛くないの?」


「……何か勘違いをされている様ですね。私達は望んで実験に協力したのですよ。テオル様も先ほどそう言っていたではありませんか。それに、この体で不便を感じたことはございません」


「実験に加担したのは神子の地位を手に入れるため、だったわね。地位を手に入れてどうするつもり?」


「ただ楽に富を手に入れて暮らしたいだけです」


「……サイテーね。町は神子がちゃんと機能していないから酷いことになってるわよ。このままじゃ神子信仰は崩壊するわ」


「そうなれば、別の寄生先を探しますよ」


 あっさりとそう言うラーグ。ダメだ、話にならない。


「さっきテオルはここの神子の地位を手に入れる代わりに実験に協力したと言っていたわ。ということは、乗っ取る時に組織の手助けがあったのよね? 手助け無しで別の寄生先なんて見つかるのかしら」


「まぁ、多少は手こずるかもしれませんが、我々キメラの能力を持ってすれば大丈夫でしょう」


 淡々とラーグは話す。躊躇なく冷酷なことを口走る彼からは、もはや人間味を感じなかった。

 こいつらを野放しにしておく訳にはいかない。でなければ、他の神子信仰の町がまた被害に遭ってしまう。

 どうにかして倒さなければ……オルトなら倒せるだろうか。そういえばオルト達は今どうなっているんだろう。

 私はラーグに尋ねる。


「私の仲間は今どうなっているの?」


「あぁ、ご安心ください。屋敷のメイドの手によって葬られているはずです」


「なっ……!? オルト達に何をしたの!」


「毒を盛られて今頃はもう動けなくなっているでしょう」


「そんな……!」


 オルト達が毒で死んだ……? まさか……。

 その言葉で私は頭が真っ白になった。


「オルト……」


 今までの旅の記憶が脳裏に浮かぶ。楽しいことも悲しいことも、そして、何度も危機を乗り越えてきたことを思い出した。



 ──そう、そんな簡単に彼らが死ぬはずがない。きっと毒なんて回避して、神子が偽物だってことも、私が危険な状態にいることも察知してくれる。きっと助けに来てくれる。


 だから……私も精一杯足掻く!



「私の仲間はそんなヤワな人達じゃないわ。今に見てなさい、きっとあなた達を倒しに来るから」


「そんな無様なお姿になっていながら、よく強気でいられますね」


「無様で悪かったわね。あなたの神子のせいよ」


 ラーグは私を見ながら笑う。確かに糸でグルグル巻きにされた今の私は無様かもしれない。

 まずはこの糸を解かなくては。胸から腰の下あたりまでガッチリと糸が巻きついている。しかも何だかネバネバしていて気持ちが悪い。

 刃物で切るよりは、氣術を使った方が良いのかもしれない。手さえ広げられれば、結界が出せるから自衛できる。手だけは何としても解放しなければ。


「おや、そんな簡単に切れる糸ではありませんよ」


 私がモゾモゾと動きながら上体を何とか起こした姿を見て、ラーグが言う。


「……そうみたいね」


 さて、どうしよう。連日練習したおかげで、炎と水の氣術は多少なら使える様になった。とは言っても戦闘で使用できるレベルではないが。炎なら糸を焼き切ることができるだろうか。

 しかし、それを実行するにはラーグに途中で気付かれないようにしなければならない。何とか彼の気をそらせ、その隙に切らなければ。


 まずは、彼の意識を私から遠ざけることからだ。


「この部屋の装飾品はもともとこの屋敷にあったものなの?」


「いえ、絵画はありましたがそれ以外の盃や水晶など装飾の大半はテオル様が飾ったものです」


「あの水晶で占いでもするのかしら?」


「たまにウットリと眺めてらっしゃるのをお見かけしますよ」


 私が少し離れた位置に飾ってある水晶を顎で指したのを見て、ラーグが返答する。この人、結構ちゃんと私の質問に答えてくれるな。


「あら、天下のテオル様でも未来を占うことはできないのね」


「はは、占う必要などありません。我々の未来はキメラの能力によって約束されていますから」


「へぇ、大した自信ね。自信も散財力も凄いわ。高かったでしょう? あんな大きな水晶」


 するとラーグはニヤリと笑いながら水晶の元へ歩き出した。私に自慢できることに喜びを感じているらしい。単純な男だ。


「それなりに値段はしました。この大きさ、そして綺麗さですからね。しかしこれも実験に協力した報酬の賜物ですよ」


 ラーグは手袋をはめた両手で水晶を丁寧に持ち上げ、愉悦に浸りながらそれを撫でた。


 ──その直後、ラーグは顔をしかめる。


「何か臭う……焦げ臭い!?」


 彼はハッとして私を見る。


「貴様……何をしている!!」


「この糸……焼き切らせてもらうわ!」


 ラーグがこちらに駆け寄ろうとした瞬間、炎の出力を上げて一気に糸を燃やす。密着した糸と共に、服にも火がついた。


「あっつ……!!」


 腕を思い切り振ると、燃えて弱くなった糸が全て切れた。それと同時に水泡で体を包んで鎮火する。火傷にしみて痛い。あとで治癒しよう。

 服は半分ほど焼け焦げてしまった。


「まさか自分ごと焼くとはな!」


 ラーグが目の前に迫っていた。彼の手にはナイフが握られている。

 手を拘束されていればなす術は無かったが、今の私の両手はもう自由だ。


「残念だったわね!」


 手をラーグの目の前に出し、結界を出現させた。私とラーグの間に突如現れた透明な壁に彼はは思い切り激突する。


「ぶふっ!? 何だと!」


「もう……あなたの攻撃は一切受け付けないわ!」


 ラーグは少しフラつきながら頭を抱えた。彼は眉間に皺を寄せながら私を睨む。


「ぬ……不覚でした。テオル様に合わせる顔がありませんね」


 そう言ってラーグは数歩下がり、うなだれる。

 そして溜息をついてから顔を上げた。目つきが先ほどより鋭くなっている。


「少々手荒になりますが、動けない様にするしかありませんね。息さえあれば、テオル様も許してくれるでしょう」


 怪しい笑みを浮かべるラーグ。

 すると彼は持っていたナイフを投げ捨て、その体に力を入れる。

 次の瞬間、両腕の袖が破れて中から大きな赤いハサミが出てきた。更に背中からは六本の足が生えてくる。


「か、カニ……?」


「その通り、私の中にはカニの獣魔がいます」


 ラーグはハサミを開け閉めしてガチガチと音を鳴らした。

 さっきのテオルの蜘蛛に比べると、悍ましさに関してはだいぶ劣る。あまり強そうにも見えない。

 と、危険な状況のハズなのにそんな悠長なことを考えてしまった。安全な結界の中にいるからそう見えるのかもしれないが。


「先手必勝!」


 私は手を振り上げ、ラーグの四方に結界を発生させた。透明な壁が彼を取り囲む。

 それに気づいたラーグはハサミで結界をコンコンと叩いた。


「なるほど、閉じ込められたということですか」


 なぜか余裕のラーグ。彼は腕を引き、何かを繰り出しそうなポーズを取った。


「舐めないでもらいたい」


 そう言った直後、ラーグは大きなハサミで思い切り結界を叩いた。

 あまりに強い衝撃を受けて結界にヒビが入る。


「えぇ!?」


 そこそこの強度をもたせたつもりだったのだが、こんなに簡単に結界を壊されるのは初めてだ。

 ラーグが二撃目を繰り出し、結界は割れて消え去った。


「もっと強くしないとダメか……!」


「私は力自慢でね。ちょっとした壁くらいならすぐに破壊できますよ」


 もっと強力な結界を出すこともできるのだが、それを行うにはそれなりの氣力量を使うし時間も必要だ。その隙を与えてくれるとは思えない。

 それに、閉じ込めたところで私には攻撃手段が無い。ここは逃げるのが正解だろう。


 私はチラリとドアの方に目をやる。先ほどラーグは鍵をかけていた。内側にも鍵穴があることから、鍵が無ければ開けられないのだろう。


「うーん、どうしましょ……」


 鍵が無いと部屋から出られない、結界はパンチ二発で破られる、私に攻撃手段は無い。唯一外へ通じるのは窓だが、葉月と違って私は飛べないからそこから出ることはできない。

 そう言えば葉月は大丈夫だろうか、ちゃんと逃げ切れただろうか。テオルがまだ戻って来ないということは、まだ追われているのだろうか。


「大人しくしていただけるなら、危害は加えませんよ」


「大人しくしてたって、結局食べられちゃうんでしょ!? そんなの御免だわ!」


 私はラーグに向かって叫び、自分周りの結界を解いて駆け出す。目指すのはドアだ。

 対するラーグは走りもせず、ゆっくりと歩いてついてくる。

 私はドアの前に辿り着き、ドアノブを捻った。


「う、やっぱ開かないわよね」


 ドアにはやはり鍵がかかっている。


「鍵が無いと開きませんよ」


 ラーグがカニの足で左ポケットを押さえながら歩いてきた。たぶんあそこに鍵が入っているのだろう。


「あーもう!」


 ラーグが近づいてくるので、私は走って逃げる。しかしラーグは余裕で歩いてついてくる。

 私が生き残るための道は二つ。一つ目は、このまま結界を作って足止めしながらラーグから逃げ続け、オルト達の助けを待つ。二つ目は、氣術を駆使してラーグから鍵を奪い取り逃げる。

 一つ目の手はオルト達が助けに来る前に私の体力が尽きたら終わり。二つ目は鍵を奪い取れる勝算が薄い。


「……それでも!」


 私は近くの棚の上にあった盃を掴み、ラーグに向かって投げた。

 オルト達がきっと今頑張ってくれている。だから、私だってただ待ってるだけではなく足掻かなければ。一人で戦うのは怖い。勝てる気がしない。でも、気持ちで負けていてはいけないのだ。そう自分を鼓舞する。

 ラーグは飛んできた盃をハサミで弾いた。弾かれ落ちた盃が割れる。


「あぁ、テオル様に怒られてしまいますね。やめてもらえませんか」


「そう言われてやめるわけないでしょ!」


 走ってラーグから距離を取りつつ、近くにある高価そうな装飾品を手当たり次第掴んではラーグに向かって投げる。投げたものはハサミに弾かれたり、はたまた見当違いな場所に落ちたりなどして、置物や壺などが次々と割れていく。


「やめなさいと言っているでしょう!」


 さすがに見過ごせなくなったらしく、声色に怒りを滲ませてラーグが走ってきた。


「えい!」


 ハサミが私に届く直前にラーグの顔面手前に結界を出現させる。走ってきた勢いのままラーグは結界にぶつかり、フラついた。

 その隙に、私はラーグの左ポケットに手を伸ばす。


「小賢しい!」


 ラーグはそれに気づいて身を引きながらハサミを振る。私はそれを避け、また走ってラーグから距離を取った。


「あーー惜しかった!」


 あと一歩で鍵が取れそうだったのに。もうこの手は使えないだろう。


「あまり手を煩わせてないでいただけませんかね」


 ラーグが今度は走って追いかけてきた。私も急いで走る。

 だんだんと後ろから足音が近づいてくる。距離を縮められているのだ。このままでは追いつかれる。


「来ないで!」


 私は走りながらラーグの目の前に結界を出した。しかし手の動きで結界の出現を察知したのか、ラーグはそれを避けて追いかけて来る。もう、彼との間に距離が無い。


「何度も同じ手には引っかかりませんよ!」


 次の瞬間ラーグはこちらに飛びかかり、私の体は二つのハサミに捕らわれた。飛びかかった勢いで、二人で床に突っ伏す。


「きゃ!」


「捕まえましたよ。さて、腕と足は折っておきましょう」


 ラーグは立ち上がり、ハサミで私を持ち上げる。足が宙に浮いた。


「あ……あぁ!」


 ハサミに全身が締め付けられる。痛い。

 ラーグは片方のハサミで私の右腕を挟んだ。


「やめて……!」


 折られる……! 嫌だ、助けて……!!



 しかしハサミに力が入れられようとしたその瞬間、何かがラーグを横殴りにした。ラーグの体が大きく揺れる。

 それと同時に、衝撃で緩んだハサミの中から私の体が救出された。急に視界がグルグルと回って、私には何が起きたのか分からない。どうやら誰かに抱えられているらしい。


 私を抱っこしたまま、その人は飛び退いてラーグから距離を取った。




「────琴音!」


 顔を上げると、目の前に琴音の顔があった。




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