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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第4章 首都ランバート
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第35話 氷の蜘蛛

 俺はテオルと睨み合う。セファンとロードリールもまた、睨み合っている。お互い、出方をうかがっているのだ。

 その緊張状態を最初に破ったのはロードリールだった。


「食らえぇーー!!」


 叫ぶロードリールの体から電撃が繰り出される。


「食らうかあぁーー!!」


 サンダーが岩の壁を出現させた。電撃が壁に当たり、壁とともに弾けて消える。

 そして消えると同時に猫達が飛びかかった。


「させるかよ! 一気にいくぜ!」


 セファンが叫び、サンダーがドリルを突き出す。部屋中の床から鋭いドリルが出て、猫達が一掃された。

 俺とテオル、ロードリールは避ける。一度砂埃によって間を置いたことで、セファンの緊張が解けたらしく技のキレが良くなっていた。


「図にのるな!」


 ロードリールが素早く跳躍する。セファンを狙うその爪に、電流が流れているのが見えた。

 セファンは屈んでかわしたが、ロードリールは去り際に反転してサンダーの尻尾の先を引っ掻く。


「あだだだだ!!」


「ガウウゥ!!」


 尻尾から伝ってセファンとサンダーに電流が走る。

 ロードリールはその隙を狙ってサンダーの左後ろ足を切り裂いた。サンダーが悲痛な声をあげる。

 幸い巨大化した足の皮が厚かったため足が千切れるなんて事にはなっていないが、傷口から鮮血が噴き出し、とても痛々しい。


「サンダー!?」


「大丈夫か!?」


「ちょっと余所見しないでちょうだい?」


 俺がサンダーの方へ駆け寄ろうとした時、テオルがこちらへ突っ込んできた。

 急いでそちらに向き直り、蜘蛛の足の突きを躱す。しかし一本躱しただけではテオルの攻撃は終わらない。自由自在に動く八本の蜘蛛の足が次々にこちらへと襲いかかる。繰り出される連続突きを、俺は剣で弾き、そして身を捻り、屈んで避けていく。


「あは、やるわねお兄さん。久しぶりにいい肉にありつけそうだわぁ」


「食卓にのぼるのはごめんだね」


 俺はそう言いながら、攻撃を躱してテオルの首を斬りつけようとする。しかし、蜘蛛の足に阻まれた。


「八本もあると厄介だなぁ」


「良いでしょ? この美しい足、気に入ってるの。さっきも八雲って子に褒められたのよ、化物って」


「褒め言葉じゃないだろそれ」


 テオルが悦に入りながら次々と攻撃してくる。不敵な笑みを浮かべながら足を振り回すその姿はかなり気味が悪い。そして俺を見るその目は、完全に捕食者の目だ。

 セファン達の方をチラリと見る。サンダーは怪我を負いながらもロードリールに応戦していた。ドリル攻撃や岩壁で対抗しているがなかなか当たらず、しかしロードリールの電撃波や爪撃の全てを避けきることはできていない。少しずつ押され始めている。


「仲間の心配してる場合じゃないでしょ?」


 テオルが足を突き出してくる。それを避けた瞬間、テオルの口から糸が出た。


「なっ!?」


 糸が剣と腕に絡みつく。俺の動きが封じられたところを狙って、蜘蛛の足が切りつけてきた。

 なんとか体を捻り、蜘蛛の足に糸を切らせる。テオルの口から切り離された糸が絡みついたまま、バックステップで距離を取った。糸を切らせた際にかすった腕の傷から血が滴る。


「あー、何かネバネバするよこれ……」


「よく逃れたわね。でもそれなかなか取れないわよ? 私と一緒で執着が凄いの」


「ねちっこいのは好きじゃないなぁ」


 さすが、蜘蛛の獣魔が埋め込まれているだけはある。しかし、おそらくテオルの能力はこれだけではないはずだ。猫の獣魔を宿すロードリールが雷の氣術を使うように、テオルも何かしらの属性の氣術を使えるだろう。

 剣と腕には粘性のある糸が絡みついて、思う様に動かせない。しかも獣魔付きで氣術を使うテオルを相手にしようと思うと、こちらも氣術を使う必要がありそうだ。ということは、セファンに見られない工夫をしなければならない。


「となると……」


 セファンに避けられたロードリールの電撃がテオルの異常に大きく膨らんだ尻をかすめる。刹那、テオルの視線がロードリールの方へ向いた。


「余所見するなよ!」


 俺はそう言ってテオルの腹に蹴りを一発入れ、フラつくテオルの横をすり抜けて中庭へ走った。

 その途中、横目でセファンとサンダーを確認する。まだロードリールとの攻防を続けていた。両者とも息があがってきている。ロードリールは疲労で動きが悪くなっているのか、サンダーの攻撃が当たる様になってきていた。彼らの攻防は拮抗状態だ。


「ぐ……待ちなさい!」


 すかさずテオルが追ってくる。

 中庭へ出た。ここなら部屋にいるセファン達からは距離があるから、氣術を使っても誤魔化せるだろう。


「よくも私の美しい体を足蹴に……許さないわよ!」


 次の瞬間、叫ぶテオルの背後に氷柱が出現した。腕三本分くらいのサイズの尖った氷柱が十本、宙に浮いている。テオルは歪に笑った。


「氷の氣術使いか」


 テオルが手を振ると同時に氷柱がこちらに向かって高速で飛んできた。俺はそれをステップで避ける。


「ふふ、これであなたも終わり」


 テオルは今度は口から糸ではなく冷気を吐いた。凍える様な絶対零度の気流が周囲に立ち込めていき、物凄い勢いで中庭辺り一面がパキパキと音を立てながら凍りついていく。中庭の芝生はもちろん、建物の壁まであっという間に氷が張り付いた。


「足場を悪くして逃げられなくするってことか」


 氷の足場となれば、滑らない様に注意しながら戦わなくてはならない。


「あっはっはぁ!!」


 テオルが高笑いしながらこちらに向かってくる。八本の足を器用に使いながら滑走している。先ほどよりもスピードが上がっていた。

 蜘蛛の足は新たに氷を纏っており、鋭さがさらに増している様に見える。


「時間がないから……さっさとやらせてもらうよ!」


 俺は全身の感覚を研ぎ澄まし、剣に集中する。炎のイメージを頭に浮かべ、剣に炎の氣術を宿した。宿った炎は剣と腕に絡んだ糸を瞬時に燃やし尽くす。


 間近に迫るテオルの足が四本攻撃用に持ち上げられる。

 そして、こちらに届く……その直前、炎の剣で足を斬った。四本とも本体から切り離される。


「あっ……があぁ!!」


 激痛にテオルが悲鳴をあげる。そして後ろへ飛び退いた。

 テオルは呻き声をあげながらこちらを睨み、そして再び氷柱を出して攻撃してくる。俺はそれを全て剣で打ち砕き、テオルの方へ駆け寄った。


「ぐぅ……!」


 テオルの顔に焦りが見える。先ほどの威勢は微塵も感じられなくなっていた。

 劣性と判断したテオルはすぐさま踵を返す。残りの足を総動員して滑走し、逃げようとした。


「逃がさないよ」


 俺は剣を振り、火の玉を飛ばした。それはテオルの足の一本に命中し、彼女はバランスを崩す。

 そしてその瞬間を逃さず、剣でテオルの胸を貫いた。


「ぐふ……残念だわ、食べ損、ねる……な、んて……」


 暴れるのを止めたテオルの体。剣を抜くと、黒い血が噴き出た。テオルは力なく倒れる。

 氷の上に倒れた彼女の体はピクピクと動いていた。まだ息はある様だ。しかし動かなくなるのは時間の問題だろう。

 俺は剣についた黒い血を払い、セファン達の方を見る。


「……セファン!」


 ロードリールの足元にセファンが倒れていた。頭を踏みつけられている。サンダーがそれを唸りながら睨みつけていた。


「……これで終わりよ」


 ──マズイ!!

 助けなければ。しかしここからでは間に合わない。

 そしてロードリールがその鋭い爪をセファンに振り下ろそうとした瞬間、


「サンダー! 今だ!!」


 セファンが叫ぶのと同時に、サンダーの頭上に現れた茶色い球体から土石流がもの凄い勢いで発射された。


「なっ!?」


 ロードリールが慌てて避けようとする。がしかし、それは叶わなかった。頭を踏みつけられていたセファンが、ロードリールの足をしっかりと掴んでいたのだ。

 土石流はロードリールを直撃し、部屋の外まで押し出した。ロードリールを飲み込んだ土石流は勢いのまま中庭の方へと流れてくる。倒れたテオルの後ろの壁まで流れてぶつかり、ようやく止まった。

 そして崩れた土砂の中から、気絶したロードリールの顔が出てきた。セファンの勝利だ。


「や……やったぞ!」


 セファンがガッツポーズをしている。ホッとした様子のサンダーは元の大きさに戻った。しかしセファンもサンダーもぼろぼろだ。

 取り敢えずセファン達が無事なことに安堵し、俺はホッと息をつく。


「大丈夫か?」


 セファン達の方へ駆け寄る。それに気づいて彼らもこっちへ歩いてきた。


「楽勝だったぜ!」


「ワン!」


「そうは見えないけど」


「……大丈夫ですか!?」


 声のした方を見ると、廊下の奥からエイリンが顔を出して叫んでいた。隠れながらも会話の内容を聞いて、戦いが終わったと察したのだろう。葉月を抱えながら辺りを見回して、戦闘が完全に終わった事を確認するとチェチェと一緒に走ってくる。


「はい、もう終わっ……」


 もう終わった、と告げようとしたその時。




 ──パキパキ。




 背後から、何か嫌な音がした。





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