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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第4章 首都ランバート
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第32話 神子の罠

 八雲が一人で神子との面会に向かった。

 彼女が客間から出て行き、部屋が一瞬静かになる。その沈黙をすぐ破ったのはセファンだ。


「なぁ、簡単に神子って信じてもらえたみたいだけど、神子の証明書とか何かあるのか?」


「いや、何もないよ。だから言ったもん勝ちみたいなところはあるね」


「でもそれだったら神子じゃないのに神子だって嘘つくやつとかいるんじゃね?」


「そうだけど、実際ちゃんと神使からお告げをもらっていないと町を守れないからね。自然災害とかは予測できないし。それができなければ神子信仰は崩壊するよ。ランバートも神子がちゃんと機能してないみたいだから、時間の問題かも」


「ふーん。八雲もちゃんと働いてたんだなぁ」


 腕を組みながらセファンが感心する。少し八雲を見直した様だ。


 しばらく俺達はそのまま待った。

 特にやる事もないので、時間が過ぎるのが遅い。セファンは部屋の中をウロウロしている。それとは対照的に、サンダーはお利口に大人しくお座りしている。部屋内を観察し終えた琴音は窓のそばの壁に寄りかかって静かに外を眺めていた。

 さすがにセファンは飽きてきたらしい。


「まだかなぁー? ちゃんと話聞けてんのかな?」


「どうだろうね? まぁ八雲を信じるしかないかな」


「まだかかる様でしたら、屋敷の中をもっと拝見してみたいです」


「そうだね。ちょっと交渉してみる?」


 そんな話をしていたちょうどその時、ドアをノックする音が聞こえた。


「はい」


「失礼します。遅くなりましてすみません。お茶をご用意しました」


 ドアを開け、部屋に入ってきたのはメイド服を着た十代後半くらいの髪をツインテールにしている女性だ。ティーカップに入った赤茶色の飲み物をテキパキとテーブルの上に置いていく。彼女の茶色いツインテールは膝下まで長く伸びていた。


「すみません、八雲達の話がまだかかるなら、屋敷の中を見学させてもらえませんか?」


 俺はダメ元で聞いてみる。

 するとツインテールのメイドは少しキョトンとした。そして、目を伏せる。


「すみません、それはできません。もう少々この部屋でお待ちください」


 メイドはそう言って砂糖やミルクをテーブルに並べる。配膳が完了し、彼女は一礼してさっさと部屋を出て行ってしまった。


「残念、断られちゃったね」


「あーくそー! 暇だーー!」


「まぁ……仕方ありませんね」


 ダメなものは仕方がない。諦めよう。

 せっかくなので、用意されたお茶を飲もうと、皆ソファに腰掛ける。

 そしてセファンと琴音がカップを手に取るのを見て──何か嫌な予感がした。

 俺が二人にストップをかけようとしたその時、


「……待ってください」


 ティーカップを持ったまま、琴音が言った。セファンがカップを持ったまま静止する。


「なんだ?」


 セファンは止められた理由がさっぱり分からず琴音に聞く。対する琴音は眉間に皺を寄せ、お茶の臭いを嗅いだ。


「飲まないでください。毒が入ってます」


「え!?」


 毒、という単語にビックリするセファン。彼は思わずカップを手放し、床に落としてしまった。カップは割れて、破片とお茶が撒き散らされる。

 しかし全員すぐ立ち上がって避けていたので服は汚れなかった。


「……マジかよ?」


「よく分かったね」


「はい。私も仕事によっては作る側の人間になるので」


 琴音は忍だ。以前は特定の人から依頼されて、様々な仕事をしていたらしい。まぁ忍に頼むくらいだから、大きな声で言えるような仕事内容ではなかったらしいが。


「……もう琴音が入れたお茶とか怖くて飲めなくなるよ」


 セファンが若干引いている。


「あ、いえそんなつもりは……。ごめんなさい」


「え、いやごめん。大丈夫。ありがとな!」


 琴音が本気でショボンとするので慌ててセファンが訂正した。


「八雲が危険だ。助けに行くぞ」


 何か裏がありそうだと疑ってはいたが、この毒でそれは確信に変わった。おそらく八雲も危険に晒されている。急がねば。

 俺達はドアの方へと向かう。すると、ドアノブに手をかける前にドアが開いた。そこにいたのはツインテールのメイドだ。


「……大人しく飲んでいただければ、さほど苦しまずに済みましたのに。残念です」


 ツインテールが入ってきた。先ほどとは雰囲気が違う。目つきは鋭く、殺気を放っている。……本気で俺達を殺す気だ。

 俺達は後ずさり、彼女と一定の距離を取る。


「毒でも苦しいは苦しいでしょ」


「私の目……いや、鼻は誤魔化せませんよ」


「ふざけんなよ!? 毒飲まそうとするとか何なんだよ!」


「神子様からの命令です。あなた方には死んでもらいます」


「なっ!? 神子が? 何でだよ!?」


「……」


 ツインテールは荒ぶるセファンの質問に答えず、何か仕掛けようと構えた。それに合わせて、俺達もそれぞれ戦闘態勢に入る。

 相手の出方をうかがったその時……獣の鳴き声が聞こえた。


「「「……?」」」


 複数の鳴き声が近づいてくる。これは……猫だ。どんどん声の数が増えていく。

 そして次の瞬間、勢いよく窓やドアからたくさんの猫が出てきた。白、黒、三毛、トラ、グレー等様々な毛色の猫が大集合し、部屋中が猫で埋め尽くされる。一体どこからこんなに湧いて出てきたんだ。そして何故この部屋に集まる。まさか、これはツインテールの能力か何かか?


 集まった猫達は毛を逆立て、威嚇してくる。


「ね、猫!?」


「かわいいですね……」


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃなさそうだぞ?」


 猫に囲まれたツインテールがこちらを睨む。

 彼女は拳に力を入れた。すると突如、猫耳、尻尾、牙、爪が伸びる。猫耳メイドの完成だ。……どういう仕掛けだろうか。


「……オルト、こんな時にアレだけど、猫耳女子って可愛くね?」


「……そうだね」


「ふざけてると毒盛りますよ?」


「「勘弁してください」」


 セファンの軽口に乗ったところで琴音に横目で圧力をかけられた。怖い。

 というかさっき琴音も猫可愛いとか言ってたじゃないか。理不尽。


 そんな俺達の様子を見て、ツインテールは不機嫌そうに顔を歪める。


「ずいぶんと余裕ね? 覚悟なさい!!」


 ツインテールが手を振ると、猫が一斉に襲いかかってきた。牙を立て、爪を立ててこちらに迫る。

 普通の猫に手を出すのは少々気が引けるが、それぞれ武器で応戦しようとした。


 ──しかしその時。


「お待ちください」


 ツインテールの後ろから女性の声が聞こえた。猫達の動きが止まる。


「……なんですの」


 ツインテールが不快感を露わにしながらドアの方を見る。俺達もそちらに視線を向けた。

 すると、彼女より少し年上に見えるメイドの女性が入ってきた。群青色の髪を低めの位置でお団子にしている。


「神子様からの命令です。この者達を地下へ幽閉しろとのことです」


 冷静に命令を伝えるお団子頭。ツインテールはギロリと彼女の方を見た。


「……私は殺せと言われましたわ」


「先ほどそのご命令を訂正されました」


 メイド同士が睨み合う。仲間割れだろうか。だとしたらこちらとしては有り難い。

 少し間を開けて、ツインテールが溜息を吐く。


「分かったわ。あなた達、ついてきなさい」


「はい分かりましたって行くわけないよね?」


 俺達は身構える。するとツインテールが笑った。


「ご自分達の立場が分かってらっしゃらない様ですね? あなた達の神子の身柄はこちらが預かっているのですよ?」


「なっ!? 汚ねえな!」


「……やられましたね」


「うん、迂闊だったな」


 正直、八雲一人で行かせることにかなり抵抗はあった。疑っていたのならあそこで引き止めるべきだったと後悔してももう遅い。先日の少女誘拐事件の時といい、俺は何やってんだと自責の念にかられる。

 ただ、八雲も氣術を少しずつ使える様になってきたし、結界もあるし葉月もいるから、そう易々と殺されたりはしないはずだが。


「手を出してください」


 お団子頭が言う。俺達は素直に従うと、それぞれの両手を後ろで縛られた。


「ついてきなさい」


 ツインテールに言われて俺達は仕方なく後をついていく。

 どこまでも同じ様な廊下をしばらく歩き、階段を下りて地下室まで辿り着いた。

 地下空間は薄暗く、まさしく地下牢という感じの鉄格子の牢屋がいくつも並んでいる。カビ臭い香りがした。

 その一部屋に俺達は押し込められる。


「それではごゆっくり」


 鍵を閉めてそう言い捨てたツインテール。彼女はさっさと上階へ戻っていった。

 ……沈黙が流れる。


「……どーするよ」


「もちろん八雲を助けに行く」


「どーやって!?」


「まぁ落ち着いて」


「だってヤベーじゃん!? 縛られてる上に閉じ込められたんだぞ!? 八雲がヤバイってのに」


「ちょっと待って、今外すから……」


「え、外せんの?」


「私も外しますので待ってください」


「え、琴音も? マジで? ……二人とも凄えな……」


 俺と琴音は後ろで縛られた手をゴソゴソ動かす。その様子をセファンが呆然と見ていた。



「……あの」


 すると、縄抜けをしかけたところで、どこからかか細い声が聞こえた。セファンと琴音にも聞こえたらしく、二人は動きを止めた。


「……ん?」


「あの、すみません」


 俺達は耳を澄ます。隣の牢屋から声が聞こえる。女の人だ。


「え、俺たち以外にも誰か閉じ込められてんのか? 誰だ?」


 隣の部屋にいる声の主が鉄格子に近づく音が聞こえた。



 そして──次に発せられる言葉に俺達は驚いた。



「……私はランバートの神子です。その、私と協力してここから出ませんか?」


 牢屋に閉じ込められているランバートの神子が、そこにいた。





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