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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第4章 首都ランバート
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第31話 悪魔の実験

 謁見の間の奥に腰掛ける女性は、とても妖艶な雰囲気を放っていた。

 ツルツルとした生地の服は胸元を大きく開けて大きな胸の谷間を見せている。胸の下から腰骨にかけては服に覆われておらず、細いくびれと綺麗なへそを露出させていた。床までつく長いスカートは両サイドに切れ込みが入っており、美しい太腿がそこからチラリと見える。長い赤茶の髪を無造作に伸ばし、頭には金冠が乗っていた。その金冠からは無数の宝石で作られた帯がサイドに垂れている。


 ──おかしい。私は違和感を感じながら、その女性の前まで歩いて行く。

 近づくにつれて、その違和感と疑念が膨らんでいく。

 客人用の椅子が神子の正面に用意されており、私はその隣で足を止めた。


「私はランバートの神子、テオル。昨日一昨日は会えなくてすみませんでした。あなたはインジャ国の神子なのですって?」


「はい、名は神郡八雲といいます。お体は大丈夫ですか?」


 私は平静を装って答える。

 ────おかしい。


「大丈夫よ、ありがとう。ところで……わざわざ訪ねて来るなんて何のご用事なのかしら?」


 足を組み、色っぽく髪をかきあげながらテオルが言う。

 ────あぁ、違う。疑念が確信に変わる。


「……最近、この町やあなた自身に異変は起こっていませんか?」


「異変、と言いますと?」


「今、原因不明の自然災害だとか事故、戦争の様な厄災が神子信仰のある場所で起きています。私達はその原因を探っています」


「へぇ。……ここでは特に起きてないわねぇ。あなたの里では何かあったのかしら?」


「私の神使が被害に遭いました」


「あらそれはお気の毒に……」


 ────違う。この人は……


「では、二年前に何かありましたか?」


「……どういう事かしら?」


 どうしようか。ここはもう引き下がった方がいいのかもしれない。


「町の人は二年前くらいからお告げの質が変わったと言っています」


「何もないわよ。気のせいじゃない?」


 降参ポーズをしながらあっけらかんとするテオル。あくまで何も知らないという態度を貫き通すつもりだろう。

 ……もし次に私がこれを言ったら危険な目に遭うかもしれない。本当はさっさと切り上げて出て行くべきなのかもしれない。何かあったらオルトにきっと叱られるだろう。


 ……でも、神子として、この街の現状を見て、逃げる事なんてできなかった。

 私は意を決して質問する。




「……本物の神子はどこですか」



 そう、この人は神子じゃない。

 するとテオルがキョトンとした。そして少し俯く。


「……やっぱりバレるかぁ」


 テオルが怖い笑顔を作った。


「どうして分かったのかしら?」


「神子は神使に会うために毎日体を清めるのよ。あなたの体からは汚れた氣力とオーラが溢れ出ているわ。この部屋に充満するくらいに」


「へえ、本物だとそんな事も分かっちゃうのねぇ。バレるかもって思ったから昨日一昨日は帰ってもらったんだけど、やっぱ今日も拒否するべきだったわね」


 部屋に入った瞬間から、おかしいのは分かっていた。神子に限定せず、普通の人間にしたってこの汚れ方は異常だ。

 とは言っても、毎日お清めをしている神子にしか、この感覚は分からないかもしれないが。


 何か仕掛けてくるだろうか。足を組み換えながらテオルが怪しく笑う。葉月も危険を察知したのか、私の足に尻尾を絡みつけてきた。


「二年前、ここを乗っ取ったのよね?」


「うふふ、バレちゃ仕方ないわね。そうよーぉ!!」


 テオルがそう言った瞬間、その背中から勢いよく黒く細長い足が出てきた。細い毛の生えた気色の悪い足が合計で八本。まるで蜘蛛だ。口からは牙がはみ出し、大きく膨らんだお尻から針が生えている。


「ひぇ……!」


 あまりのおぞましさに私は一瞬怯んでしまった。

 その隙を見逃さず、テオルが糸を吐いてくる。私は避けることができず、もろにそれを受けてしまう。


「きゃあ!!」


 体を糸でグルグル巻きにされ、バランスを崩して倒れた。床にぶつけた肩が痛い。糸に締め付けられて苦しい。

 すると傍にいた葉月が糸を噛みちぎろうとする。


「葉月、逃げて!!」


「させないわよ」


 再びテオルが糸を吐いた。葉月は間一髪で躱し、部屋の中を走り抜ける。

 テオルが葉月を狙って何度か糸を吐くが、葉月は素早い動きで避けながら移動する。

 そして運良く空いていた窓の隙間から逃げ出した。

 葉月が逃げてくれたことに私は少しホッとする。


「ちっ。まぁいいか。さて、どう料理してやろうか?」


 テオルが舌打ちをしながら近づいてきた。黒い足で体を持ち上げて歩く様はもう人ではなく怪物だ。


「何なのよその体……!」


「凄いでしょう? 美しいでしょう? 私の体には蜘蛛の獣魔が組み込まれてるの」


 八本の黒光りする足を動かしてみせるテオル。


「蜘蛛の獣魔が……!?」


「そう、ある組織の合成実験に協力する代わりに、こうして神子の地位をもらったの」


 テオルはウットリとしながら色っぽい声で話した。その眼は私でも部屋の中でもなくどこか遠いところを見ている。


「ある組織?」


「うふ、そう言えば最近インジャ国の神使でも実験したけど失敗したらしいわねぇ」


「……え?」


 こちらに視線を戻しながらそう言ったテオル。

 嫌な予感がする。その次の言葉を聞きたくない感情と、知りたい感情が頭の中を渦巻いた。


「私のは人体に獣魔を埋め込む実験だったけど、逆に獣魔や動物の体にある物を埋め込んで人の意のままに操る実験もしてるらしいのよ。それを神使にも使ったらしいんだけど、神使の精神力が強くて上手くいかなかったらしいわ」


「その、神使は……どうなったの」


 体から血の気が引く。質問の答えは自分の中で分かっていた。

 しかし、一縷の希望をかけて問いかける。


「私も詳しい話は聞いてないけど、強力な術らしいから抗ったところで衰弱死じゃなぁい? インジャ国の端っこの里でやったって聞いたけど……あら、もしかしてあなたの神使だったかしら?」


「ふざけないで……! よくも卯月を……!!」


 全身から憤怒の感情が沸き起こる。卯月が、実験に利用されて殺された。私の親友が、ある組織の勝手な思惑で、苦しめられて殺された。


「許さない……!! 絶対許さないから!!」


「私に言ったってしょうがないわよ? 私は実験に協力しただけで、組織の一員じゃないもの」


 卯月はどんなに苦しかっただろうか。どんなに辛かっただろうか。もっと早く私が気付いてあげなければいけなかった。悔しい。自分が情けない。


「卯月……!!」


 怒りと悲しみで涙が出てきた。糸で縛られ倒れたまま身動きも取れない私をテオルが嘲るような目で見る。


「大丈夫、あなたもすぐ神使の元へ行けるわ」


 テオルは蜘蛛の足の鋭い先端を私の方へ向ける。


「美味しくいただいてあげるわ」


 私はこの女に食べられるのだろうか。このまま終わるのだろうか。

 卯月が死んだ原因を知るためにオルトと旅に出て、原因が分かったと思ったら何もできずに殺されるのか。卯月を酷い目に合わせた奴らに仕返しもできずに終わるのか。

 そんなのは……嫌だ。


「化物め……」


「最高の褒め言葉よ」


 そう言ってテオルが足を突き刺そうとした瞬間──窓を叩く大きな音が聞こえた。

 私もテオルも窓の方を見る。


「!? 何だあいつは!?」


 ここは四階だというのに、窓の外にオルトがヒョコっと顔を出していた。……いや、狐耳と小さな羽が生えている。葉月だ。

 最近変身の練習をしていた成果で、角は隠せるようになっていた。


 葉月は私達を確認した後、身を翻して下の方へ消える。


「待て!」


 テオルが窓に向かって走った。そして顔だけ振り向きながら叫ぶ。


「お前はあいつを捕まえた後でゆっくり捕食してやるよ! それまで生きていることを満喫してな! ラーグ、その娘を見張っていろ!」


「かしこまりました」


 テオルの指示を聞いたらしく、ドアを開けてラーグと呼ばれた先ほどの使用人が出てきた。そして静かにドアを閉め、鍵をかけて私を見る。

 テオルは既に窓を突き破って出て行っていた。





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