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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第1章 旅立ち
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第2話 旅の目的

 助けたその少女は、呆然とこちらを見ながら立ち尽くしていた。

 その淡いピンク色の腰まで伸びる長い髪は毛先の少し手前で蝶々結びで束ねられ、白を基調にした丈の短い着物を羽織っている。着物の間から見えるプリーツスカートの下から白くて細い脚が伸びており、きっと走りにくかったであろう明るい茶色のブーツを履いている。背丈は百五十センチくらいだろうか? そして、頭には変わった髪飾りが付いている。耳の後ろから羽のような飾りが覗き、その後ろから下方向と後頭部方向に帯が伸びている。下方向に伸びた帯の先には宝石のようなものが付いていた。


 なるほど、これではチンピラどもに狙われる訳だ。高級そうな着物や装飾品を付けた少女が人気のない場所で一人でいれば、襲う側としてはカモにしか見えないだろう。それにしても、この身なりは……この里の村長かだれかのお嬢さんだろうか。


 取り敢えず、俺がこの里についてすぐこの子が追われている状況に遭遇したものだからまだ何もできていない。旅人としては、情報収集や宿の確保、食材や道具の調達などやる事がたくさんあるのだ。日暮れまでそんなに時間が無いのでパパッと済ませてしまいたいのだが、この里の地理くらいならこの子に聞けばわかるだろうか? そう思い、ぽかーんとこちらを見ている少女に語りかける。


「えっと、君はこの里の人かな?」


 すると呆けて口を開けていた少女ははっとして、恥ずかしそうに目を逸らした。


「あ!! え、えっと!! 別に助けてもらわなくても逃げられたんだからね! 私一人でも!!」


 顔を真っ赤にしながら放たれた少女の発言に俺は少々ビックリする。そうきたか。……まぁ別にお礼を言って欲しくて助けた訳ではないし、構わないのだが。明らかに一人でどうこうできる状態じゃなさそうだったけどなぁ、なんてことを思いながら聞き流す。

 すると、少女はモジモジしながらこちらを見た。


「まぁでもその……ありがと」


 先程の発言とは打って変わって、言い辛そうに縮こまりながら小さな声で言う。それがなんとも……可愛らしかった。これはもしロリコンだったらイチコロじゃないだろうか。あいにく俺にロリコンの趣味はないが、なんだ良い子じゃないかと印象がガラッと変わった。俺は思わずハハッと笑ってしまう。


 するとその時、後ろからドタドタという足音とともに誰かの叫び声が聞こえた。


「や、八雲やくも様に手を出すなーー!!!」


 振り向くと男が一人、こちらへ駆けて来ていた。身長百七十センチくらいの地味な着物を着た男が、木の棒を持って殴りかかってくる。がしかし、走るスピードが遅い上に殴りかかるフォームはぎこちない。明らかに戦闘に関しては素人だ。

 そんな男の攻撃をヒラリと身をかわして避けると、男は勢い余って体勢を崩しベチャっと地面に突っ伏した。その状態で少しの沈黙が流れる。そして男が勢いよく上体を起こした。


「お、おのれよくもーー!!」


 男はこちらを睨みながらそう言う。顔は土で汚れ、擦り傷だらけな上に鼻血が出ていてなんとも迫力がない。いや、一体何なのだこの男は。

 すると、溜息を吐きながら一歩踏み出た少女が男に向かって叫んだ。


「ちょっと智喜ともき、 待ちなさい! この人は私を助けてくれたのよ!」


「へ……??」




 少女の発言に呆気に取られる男。しばしの間の後、彼の顔が真っ赤に染まった。どうやら誤解は解けた様だ。


 この後、俺は八雲様と呼ばれたこの少女の家に招待されることになった。理由としては強盗から助けてもらったお礼と、智喜と呼ばれた男の勘違いのお詫びをしたい、とのことだった。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 案内されたのはこの里で一番大きな屋敷だった。やっぱりいいとこのお嬢様だったんだな、と心の中で納得する。

 それにしても大きい。普通の家の百倍は軽くあるだろう。外は三メートルくらいの石垣の塀に囲まれており、年季の入った門をくぐると庭園が広がる。ツツジやサザンカ、キンモクセイ等の花木やマツが綺麗に手入れされていた。小さな池に向かってどこからか水が流れてきており、池の端にある鹿おどしが風流な音を立てている。

 木造建築の屋敷からは、ほのかに木の香りがする。入口を入って靴を脱ぐと、どんどん奥へ案内された。廊下が果てしなく長く続いているのだが、何度も修繕しているのか新しい部材と古い部材が混じっており、古い部材の部分は踏むとギシっと音がする。


 ここに来るまでの道中、俺達は簡単な自己紹介をした。先ほど助けた少女の名前は神郡八雲(かみごおり やくも)で、飛び入り乱入してきた男の名前は神郡智喜(かみごおり ともき)。二人は親戚で、この里の長の住む屋敷に住んでいるという。八雲さんは一人で買い物がてら散歩に出かけたところ、チンピラどもに襲われたんだとか。智喜さんは、不用心な格好で八雲さんが出かけたことに後から気づいて追いかけてきたらしい。

 しかし、どうにも腑に落ちないのは智喜さんが八雲さんを様づけで呼んでいることだ。二人はただの親戚、と言っているが、こちらからすればお嬢様と執事に見える。それに、この身なり。もしかして、八雲さんは──。


「ここでちょっと待ってて」


 そう言って八雲さんは俺を畳の敷いてある部屋に案内して、どこかへスタスタと歩いて行ってしまった。智喜さんもこちらに一礼して八雲さんについて行く。二人を見送った後、俺は一人で息をついた。


「はぁ……何で俺わざわざ助けたのかな」


 困っている人がいたら必ず助ける! というほど俺はお人好しではない。確かに目の前で困っている人がいたらそれは助けるが、ある程度距離があったり面倒ごとに巻き込まれそうな場合には基本的には手出しはしない。ある目的のために旅する身としては、行く先々で問題ごとを全部解決する時間も体力も余裕が無いし、下手に手を出して目立つのも御免だからだ。


 しかしそれにも拘らず、八雲さんに関しては何故か気になって助けてしまった。追われている姿は遠かったが、助けなければと思った。


「まぁ結果オーライだから良いか」


 非常に現金な話だが、お礼というと何だろうか。もうすぐ日が暮れるし、夕飯くらいはご馳走してもらえるだろうか。なんせ、現在の財布の中にはとても寂しげに木枯らしが吹いているのだ。旅をする途中で宝石や鉱物を見つけて街で換金、あとは狩の依頼などで稼いでいるのだが、なかなか一人旅をしていると財政状況は厳しくなってしまう。よって宿代や食事代もバカにならない。あえて町に入らず野宿をすることもある。という訳で、決して飯代目当てで助けた訳ではないのだがお礼と言われると期待してしまう。


 そんな事を考えていると、数人の足音が聞こえてきた。そしてすぐそばまで人が近づき、障子が開く。


「お待たせいたしました。オルト様」


 現れた三人がお辞儀をし、この部屋へと入ってくる。七十歳前後とみられる男性と、八雲さんと智喜さんだ。八雲さんは先程と違い、床に引きずる程の丈の長い着物を何重にも重ねた豪華な格好になっている。

 上座から八雲さん、男性、智喜さんの順に座った。そして老齢の男性が再度お辞儀をしながら挨拶をする。


「私は神郡一継(かみごおり いちつぐ)と申します。先程は八雲様を助けていただき、本当にありがとうございました」


「あ、いえ、大したことはしていませんよ。怪我が無くて良かったです」


 申し訳なさそうに顔を上げる一継さん。そして、眉間に皺を寄せながら目を瞑った。


「それと、智喜が大変無礼なマネをしてしまい申し訳ございませんでした……」


「あ、それもお気になさらず」


 俺は笑顔で返答する。智喜さんが恥ずかしそうに下を向いた。八雲さんは我関せず、といった感じで明後日の方向を向いている。すると一継さんがふう、と一息ついた後口を開く。


「オルト様にお礼をさせていただきたいのですが、本日はご予定はありますか? 是非夕食を召し上がっていただきたいのと、良ければ今夜は泊まっていただければと思ったのですが」


 その言葉を聞いて、心の中でヨッシャーー!!! とガッツポーズする自分がいた。我ながらがめついと思う。


「いえ、予定はないです。ありがたく頂戴します」


 心の中とは反対に、会釈しながら冷静に答える。すると先ほどまで神妙だった一継さんの表情が明るくなった。


「それは良かった。最高の宴を用意しますぞ」


 智喜さんも安心したのか、緊張がほぐれた様な表情をしている。いや別に彼を咎めるつもりは全く無かったのだが。ちなみに八雲さんは特に表情を変えずに相変わらず静かに座っている。


「ところでオルト様。旅をしていると聞いたのですが、失礼ですが何故旅をされているのでしょうか? 言い辛いことなら答えていただかなくて構いませんが」


 一継さんが真剣な表情で質問してきた。智喜さんも興味ありげにこちらを見てくる。


「あぁそれは、ですね……。世界の異変を探るため、ですね」


「異変? と仰りますと?」


「最近、世界各地で異変が起きているのはご存知ですか?」


「いや……存じ上げないな」


「今世界各地で、大きな自然災害や獣魔の暴走、原因不明の事件事故が多発しているんです。しかも、神子信仰のある場所ばかりで」



 ──神子信仰、それは、神のお告げを伝える神子を崇める信仰。


 昔、神は世界を創り、生命を創った。神は最初、人間の過ごす世界を遠くから見守っていたが、やがて災害が多発し悪事を働く輩が増えて世界は荒んでいった。見かねた神は神使(みし)を創り、厄災を避けるためのお告げを人間に伝える様にさせた。神使の言葉は神子である人のみが理解でき、神子が大衆にお告げを伝えることによって、様々な厄災を回避することができた。

 やがて人々は神子を崇め奉るようになった。また、神子の神聖さを汚されないよう神子は姿を隠し、お告げの際は姿を隠したまま人々に伝えるのだった。……これが神子信仰。


 ただ、最近は文明科学が発達してきたことや、姿を隠した神子は遠い存在となっていったこともあり、信仰はどんどん薄れてきている。




「この里も神子信仰があると聞いて訪れました。何か最近変わったことは起きていませんか?」


「この里は神子信仰が厚いが……特に異変は無いと思うのだが」


 顎に手を当てながら考え込む一継さん。俺は彼から八雲さんに視線を移した。今から投げかける質問は神子信仰では御法度だが──旅の目的のため、敢えて踏み込んでみる。


「失礼ですが……八雲さん、あなたは神子ですね?」


「!!?」


 俺の言葉を聞いて、目の前の三人が目を見開く。


「なっ……!?」


 八雲さんが慌てている。智喜さんもだ。

 すると一継さんが冷静に口を開いた。


「……そうです。八雲様はこの里の神子です」


「突然すみません。身なりと周りの方の振る舞いからそう思いまして」


「構いませんよ。あなたは八雲様を助けてくださいましたし、この里は八雲様の結界が張ってあるので悪意のある者は入って来れません。だから、あなたに知られても大丈夫でしょう。ただ、他言はしないでください」


「勿論です」


 神子の正体は他人に知られてはならない。地域によって信仰の仕方の差異はあるものの、原則的にはどこもそれは変わらないはずだ。だから、本来俺は八雲さんがこの里の神子であることを知ってはいけないし、八雲さん達も知られてはいけないのである。

 ただ、正体を知ることができる人間の範囲や知られた場合の対応はその地域でバラバラで、どうやらここはかなり規則が緩い場所らしい。屋敷に招待してもらえたら時点でそれは何となく察していたので質問してみたが、改めてお咎め無しと言われて俺はホッとする。


「あと八雲様も……また無断で屋敷を抜け出すなどおやめくださいと何度言ったらわかるのですか」


 ギロリと一継さんが八雲さんを睨む。


「だって……ずっと屋敷の中なんてつまんないんだもん」


 八雲さんは目をそらして口を膨らませる。その様子に一継さんの眉がピクっと動く。イライラゲージがあと少しでMAXになりそうな感じだ。


「八雲さん、いくつか聞きたい事があるのですが、良いですか?」


「えぇ」


「この里で最近何か妙なことはありませんでしたか?」


「無いと思うわ」


「では、神使の様子で変わったことはありませんか?」


「え……?」


 俺の質問を聞いた八雲さんの表情が一瞬固まった。そして、少し目が泳いだ後発言する。


「いえ、何も変わったことは無いわ」


「オルト様。神使については神子一族でも一部の者しか知ることのできないものです。それ以上の質問は控えてください」


 一継さんが俺を制止する。少し表情が険しくなっている。流石にこれ以上ストレートに聞くのは無理だろう。


「あぁ、すみません。では、最後に一つ聞かせてください。首と尾に飾りをつけた、体が白くて大きな羽のある一角竜を見たことはありませんか?」


「……!?」


 八雲さんの目が大きく見開く。


「実はこの里に着く少し前に森の中でその竜に遭遇しました。ひどく衰弱しているようだったのですが、俺が近づいたらすぐ飛び立ってしまいました。この里に向かって飛んでいったように見えたのですが」


「いえ……知らないわ」


 八雲さんは少し考えた後、表情を曇らせて下を向いた。

 ……この子は素直だな。すぐ表情に出て非常に分かり易い。


「そうですか。質問は以上です、ありがとうございました」


「では、オルト様。夕飯まで時間があるのでゆっくりしていてくだされ」


 そう言って一継さんは立ち上がり、障子を開ける。


春華(はるか)、オルト様を案内しなさい」


「かしこまりました」


 障子を開けた先に、黒髪をうなじのあたりでリボン結びにしている女性が正座していた。清楚系女子、といった感じだろうか。侍女だからか着物は地味だが、その見た目や仕草には華がある。


「私は神郡春華と申します。オルト様のご滞在の間、お世話をさせていただきますのでよろしくお願いします。ではオルト様、こちらへどうぞ」


 春華さんに促されて俺は部屋を出る。後目に八雲さんを見ると、ずっと俯いたまま深刻な様子で何かを考えていた。





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