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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第4章 首都ランバート
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第25話 迷える子狐

 八雲とセファンが熱を出した。どうやら昨日雨に降られた時に体を冷やしてしまったらしい。しかしここは山道の途中のため、風邪を引いても病院などに行くことはできない。

 ……濡れた後ちゃんと着替えたが、ダメだったか。


「ごめんね、オルト」


「うぅ……頭が痛い」


 二人はテントの中で横になっている。一応持ち合わせの風邪薬を飲ませたが、二人分使ったのですぐに無くなってしまった。だが薬が効き始めたらしく、先ほどよりは辛さが軽減している様に見える。


「いいよ、大丈夫? なんか飲む?」


「ん、水が飲みたい」


 俺は八雲に水筒を渡す。八雲はだるそうに上体を起こして水を飲んだ。

 ちなみに葉月とサンダーは元気に外で遊んでいる。


「セファンは? 水いるかい?」


「俺はいいや……世界が回ってる」


「目眩がしてるってこと? 気持ち悪くは無い?」


「うーんそれはたぶん大丈夫……」


「タオル変えるからちょっと待ってて」


 セファンのおでこに乗せていたタオルがだいぶ生暖かくなっていた。冷たいものに変えてやる。冷たい感触が気持ちいいのか、セファンの表情が和らいだ。

 さて、今日はここで足止めだな。明日までには治るだろうか……。


「八雲、セファン、薬が切れちゃったから薬草を取りに行ってくるね。ちょっと待ってて」


「うん……大丈夫?」


「あはは、誰に向かって言ってんのさ。大丈夫だよ」


「そうよね。ありがとう、気をつけてね」


 八雲は力なく笑って俺を見送る。俺はテントを出て葉月とサンダーを呼んだ。


「今から薬草を取りに行ってくる。その間留守番頼めるかな?」


「キュウ!」


「ワン!」


「もし何かあったら遠吠えしてくれれば、すぐ戻ってくるから。じゃあよろしく」


 葉月とサンダーは元気よく返事して、尻尾を振って見送っている。なかなか彼らも優秀なボディーガードだ。安心して任せられる。


「さて、この山にもあるかな」


 俺は正規の道を外れ、藪漕ぎしながら奥へと進んでいく。念のため、迷わない様にある程度の距離間隔で木に剣で目印を付けながら進んで行った。

 地面を見ながら薬草を探しつつ、転ばないよう前方も確認する。解熱鎮痛剤として使える薬草をいくつか見つけた。二人分いるので、もう少し探そう。

 しばらく歩くと、せせらぎを見つけた。綺麗に透き通った水が流れている。触ってみるととても冷たくて気持ちが良い。少し飲んで喉を潤してから、二人のために水筒に水を汲んでおく。


 そうしてまた少し歩くと、何かの気配を感じた。気配のする方向を見ると、金色の何かが茂みに隠れているのを見つけた。


「ん? 何だ?」


 敵意は感じない。そろりそろりと近づきながら茂みの中を覗いてみる。

 すると、金色の美しい毛を纏った小さな狐が怯えた目でこちらを見ていた。子供だろうか。左後ろ足を怪我している。両目の下には唐草文風の赤い模様がついていた。……ただの狐ではなく、獣魔だ。


「大丈夫、何もしないよ。驚かせてごめんね」


 そう言って、俺は茂みをかき分けた手を離す。草葉で隠れて狐が見えなくなった。

 本当はどうにか助けてやりたいが、自然界の事に人間が手を出すべきではない。厳しい弱肉強食の世界に安易に手を出せば、生態系が狂うことに繋がる可能性があるからだ。

 俺は黙って立ち去る事にした。


「……?」


 しかし歩を進めると、後ろから気配を感じる……というか、足音が聞こえる。振り向くと、子狐がついてきていた。

 怪我した足を引きずりながら近づいてくる。そして俺に助けを求めるような目で見つめてきた。


「あーー……どうした?」


 このまま無視もできず、しゃがんで話しかけてみる。子狐は大きな耳と長い尻尾を垂らして悲しそうな顔をした。


「母親は? はぐれたのか?」


 その言葉に子狐は反応して顔を上げた。どうやら迷子になってしまったらしい。


「うーん、じゃあ一緒にお母さん探そうか」


 子狐の表現が明るくなった。尻尾を振っている。

 葉月やサンダーもそうだが、この子狐も人の言葉が理解できるのか。頭が良いな。


「と言ってもアテが無いんだよなあ。狐がねぐらにしそうな場所を探せば見つかるかな」


 俺は立ち上がって周りを見渡してみる。取り敢えず、薬草を捜しながらさらに進むことにした。

 俺の後ろを子狐がついてくる。しかし、足を怪我しているため歩みが遅い。こんな時八雲がいれば簡単に治せるのだが……仕方ない。

 それにしても、この怪我は何かに襲われたのだろうか。噛まれた跡の様にも見える。


「ということは、噛んだ主がまだ近くにいるかもしれないな」


 一応周りを警戒しながら歩いて行く。すると、前方少し遠くの方に川が見えた。すると、子狐がビクッとする。


「どうした?」


 水が怖いのか……? それとも何かいるのか?

 川の方をジッと見てみる。すると、何かグレーの小さな生物がヒョコッと顔を出した。


「あ、カワウソだ」


 愛嬌のある顔をしている。八雲だったら可愛いーーとか言って近づいていきそうだ。続いて一匹、また一匹と顔を出した。次々と姿を現すカワウソ達。凄い数のカワウソがそこにいるのが気配で分かる。


「……?」


 すると愛らしいカワウソ達が、歯ぎしりする様な音を立てだした。威嚇音だろうか。

 それを聞いて子狐は怯えて後ろに隠れる。


「……まさか、あいつらにやられたのか?」


 確かに足についている跡はカワウソの歯型くらいの大きさだ。見た目は可愛らしいが、こいつらもしかして……。


「っおい!」


 子狐が後ろに走り出した。と言っても、足を怪我しているためうまく走れず、大したスピードは出ていないが。

 それと同時に、カワウソ達が川から飛び出してこちらに向かって来た。牙を剥き出して群れで走ってくる。さっきまでの可愛い姿はどこへやらだ。


「マジか!」


 俺は急いで子狐の後を追う。すぐ追いついて子狐を抱え、カワウソの群れから逃げていく。


「昨日は猪、今日はカワウソか」


 彼らを倒すのは何てことない。しかし昨日の猪獣魔と違って彼らは何人もの人を襲っている訳ではないため、また死骸の山を作るのは気が引けた。


「うん、逃げるが勝ちだな」


 俺は走るスピードを上げる。カワウソ達もスピードを上げて追ってくる。

 後方を確認すると、先頭の一匹が大きく口を開けた。すると口から勢いよく水鉄砲が発射される。俺には当たらなかったが近くの木に命中し、木が折れた。ただの水鉄砲ではない。


「やっぱ獣魔だったか」


 氣術を使える動物を特別に獣魔と呼ぶが、この子狐や昨日の猪の様に模様や大きさなどの見た目で獣魔と分かるものと、見た目は普通の動物そっくりのものがいる。このカワウソ達は後者だ。


「なかなかの威力の水氣術だね。当たるとヤバそう」


 生身で食らえば体に穴が開くかもしれない。

 俺の言葉を聞いて子狐が不安そうな目でこちらを見上げる。


「大丈夫、ちゃんと送り届けるから」


 俺は片手に子狐を抱えながら剣を抜き、カワウソ達の方へ振り返った。


「このまま走ってても逃してくれなさそうだから、ちょっとだけ戦わせてね」


 子狐に向かって言う。子狐はさらに不安そうな表情をした。

 走り来るカワウソ達が一斉に水鉄砲を発射してきた。俺は氣力を剣に込める。目があかく染まった。大量の水鉄砲を剣で全て弾き、弾かれて勢いを失った水が落ちて周りはびしょ濡れになる。


「よし、行くよ!」


 踵を返して再び走って逃げる。攻撃を躱されて怒り狂うカワウソ達は追走を止めない。

 しかし、びしょ濡れになった場所にカワウソ全員が足を踏み入れた瞬間、彼らの動きが止まった。


「……引っかかってくれてありがとう。残念でした」


 カワウソ達は何故急に動けなくなったのか分からず動揺している。しかし、下を見て状況をすぐ理解した様だ。

 カワウソ達の足が凍って地面にへばりついている。

 そう、先ほど弾いた水に氷の氣術をかけて、カワウソ達が踏み入れた瞬間に濡れた彼らの足もろとも凍らせたのだ。


「じゃあね」


 俺はカワウソ達が動けないのを確認しつつ、彼らに手を振りながら走って行く。子狐はこの状況を見て驚いていた。


 俺はスピードを落としながらカワウソ達が見えなくなる位置まで逃げた。


「さて、この辺まで来れば大丈夫かな」


 走るのを止め、子狐を抱いたまましばらく母親を探すことにした。勿論薬草も探しながら。

 しばらく散策して薬草を採取していく。もう十分な量が集まった。あとは子狐の母親を探すだけだ。


 すると少し歩くと、子狐の耳がピクンと動く。顔を上げて鼻を鳴らした。先ほどとは違って怯えた感じではない。


「お、もしかして母親が近くにいるのかな?」


 そのままサクサクと歩いて行くと、前方の大きな木の裏あたりから金色の獣が出てくるのが見えた。

 金色の美しい毛並みに長く大きな耳、スラッと細長い四肢、そして──長い尾が九本。恐らくこの子狐の母親だ。

 子狐が嬉しそうに尻尾を振るので、地面に降ろしてあげた。すると、足を引きずりながら母親の元へ歩いて行く。


「会えて良かったな」


 後ろから子狐にそう言って、俺は近づかずに親子の再会を見守った。嬉しそうに母親にすり寄る子狐。母親もまた嬉しそうに子狐を舐めている。

 俺は子狐がちゃんと母親に会えたのを確認できたため、足早に退散することにした。

 振り返らずに足早に歩いて行く。すると、狐達の視線を背中に感じた。




 ────ありがとう、焔瞳ブレイズアイズ




 そう聞こえた気がして振り返った。


 その呼び方を聞いたのはいつぶりだろう。

 しかし、そこには狐達の姿はもう無かった。


「……気のせいか?」


 俺は頭を掻きながら首を傾げる。

 そして再び前を向いて歩き、方向感覚を頼りにテントまで戻った。





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