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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第3章 獣魔使い
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第23話 healer〜心の傷〜

 葉月の嗅覚を頼りに私達はセファン君を追う。森の中、道無き道をクネクネと曲がり、大きな岩などの障害物を避けながら傾斜を上ったり下りたりする。進路を見ていると、どこかを目指して進むというよりは適当に目的もなく彷徨っているという感じだ。


「セファン君、大丈夫かしら……」


「大丈夫じゃないだろうね。今は怒りと悲しみにのまれてがむしゃらに歩いてるのかも」


 慕っていた兄が、目の前で育ての親を殺した。セファン君にとって、とても衝撃的で、とても悲しくて、そして信じたくもない現実だろう。最後の彼の発言からすると恐らく自殺なんて事はしなさそうだが、放ってもおけない。


 しばらく追跡すると、少し景色が開けた場所に出た。セファン君とサンダーが前方にある倒木に腰を下ろしている。

 私達は後ろから近付くが、どう声をかけたら良いのかが分からない。するとセファン君が横目でこちらを見た。


「……なんだよ」


「あの……大丈夫……じゃないわよね」


「放っといてくれよ」


 セファン君はプイと顔を背ける。声はかすれていた。近寄るな、話しかけるなというオーラが彼から漂う。セファン君は完全に心を閉ざしてしまっていた。


 言葉をかける事ができないが、かと言って放置して帰ることもできないのでオルトと私は小一時間ほど彼を後ろで見守る。時々セファン君は溜息を吐いていた。私は勇気を出して、再び話しかけてみる。


「セファン君……ちょっと町に行かない? 全然寝てないし、休憩しましょ」


 セファン君からの応答はない。ずっと膝を抱えて頭を埋めている。サンダーがそれを心配そうに見ていた。

 確かに、親しい者を失う痛みはとても辛い。私も、卯月が死んだ時は心に穴があいたような喪失感に襲われた。とても悲しくて苦しくて……それでも私が立ち直れたのは、心配してくれる人が周りにいたからだ。一継や智喜、春華は私が引きこもっている間もずっと慰めてくれたし、オルトは私に生きる目標をくれた。

 だから、今度は私の番だ。


「行こ!」


 そう言って、私はセファン君の手を取った。触れられて驚いたセファン君が顔を上げる。目が腫れて充血していた。昨日までの元気な少年の姿はそこには無い。セファン君は目を落として顔を背ける。


「いいよ……俺はここにいる」


「じゃあさ、ちょっと町まで案内してくれないかな? 私達、道が分からないの。ここまで適当に歩いてきちゃったし、森の中ってどこも同じ景色に見えるから迷っちゃうわ」


 私は精一杯の優しい笑顔で話す。実際、セファン君を追って森の中をメチャクチャに進んだため、道は分からなくなっていた。……オルトなら分かっているかもしれないが。

 すると、セファン君はこちらをチラと見て少し考える。


「……ついて来い」


 セファン君がようやく腰を上げた。良かった!

 セファン君を先頭に私達は森の中をゆっくりと歩いて行く。私が色々世間話をしても、セファン君は黙ったまま下を向いて進んでいた。それにめげず、何度も話しかけていく。しかしセファン君からの反応は無かった。


 しばらく歩くとシェムリの町に着いた。もう昼だ。昨日から全く寝ていないし、歩いてばかりだったのでもうヘトヘトだった。セファン君もかなり疲れている様に見える。鉄人オルトは相変わらず平然としているが。


「セファン君、ありがとう。ちょっと一緒に宿で休まないかい? 宿の人には宿泊人数が増えるって伝えとくから」


 オルトがしゃがんで優しくセファン君に話す。セファン君もさすがに疲れ切っているらしく、拒絶せずにコクンと頷いた。

 宿で人数を増やしたいと伝えると、新しい部屋を用意してもらえた。私とセファン君はそれぞれベッドに倒れこむ。あぁ、眠い……本当に疲れた……。






「……あれ」


 目を開けると、椅子に座って剣の手入れをしているオルトが見えた。外はもう暗くなっている。寝てしまっていたみたいだ。隣のベッドを見ると、セファン君が寝息を立てて寝ている。


「おはよう八雲」


「おはよ……って言う時間でもなさそうね。オルトは休んでないの?」


「いや、ちょっと休憩したよ」


 いつも通りの笑顔で返事するオルト。本当に休憩したのだろうか……。


「う、ん……」


 呻き声がした。隣でセファン君がうなされている。


「彼もさっき一度起きたよ。またすぐ寝ちゃったけど」


「……そう。ねえご飯食べに行かない? お腹空いちゃった」


「そうだね。今日何も食べてないからね」


「セファン君はどうしよう?」


「まぁ寝てるからそっとしておこう。サンダーがついてるし大丈夫だよ」


 オルトの言葉にサンダーがワウ、と返事をする。セファン君をサンダーに任せて私達は宿を出た。

 オルトと近くに夜ご飯を食べに行った。丸一日何も食べていなかったので、私は一人で三人前もガッツリ食べてしまった。オルトには、こんな沢山食べる女の子を見たのは初めてだ、なんて言われる。しまったな、もう少しお淑やかにするべきだったか。あぁ恥ずかしい。

 そして満足して宿に戻ると、セファン君は寝たままだった。


 その翌日セファン君は目を覚ましたが、何も言わず何も食べずにぼーっと窓の外を眺めていた。話しかけても反応が無い。私はセファン君が心配なので宿に残り、オルトは外で情報収集する事にする。


「じゃあ葉月借りてくね。もし何かあったら教えて。サンダーが遠吠えしてくれれば、葉月が気付くはずだから」


「分かったわ」


 私とセファン君、サンダーが部屋に残った。サンダーは心配そうにセファン君を見つめる。私はセファン君の心を取り戻そうと何度も何度も話しかけた。大袈裟に独り言を言ってみたり、歌を歌ってみたりもした。しかしセファン君は結局何も話さず、その日はオルトが帰ってくるまでじっとしていた。

 その翌日も同様だった。


 そして次の日の昼。


「ねえ、皆でご飯食べに行かない?」


 もう三日以上セファン君は何も食べていない。さすがにこれではマズイだろう。私はセファン君の顔を覗き込む。


「……俺はいらない」


 するとセファン君がようやく答えてくれた。嬉しい。オルトが驚いた表情をする。


「いいから! 倒れちゃうわよ!」


「ちょっ……!」


 私はセファン君の腕を掴んで無理やり立たせた。そしてオルトと一緒に彼を引っ張っていき外に出る。

 ……さて、勢いで出たもののどこに行けばいいだろう。


「オルト、どこ行こう?」


「俺よりセファン君の方が詳しいんじゃないかな? ねぇ、いいお店知らない? 俺達この町のことあんまり知らないんだ」


 正直、この町には五日前に着いて町中で聞き込みしたり食事をしたりしているため、どんなお店があるかは大体把握していた。しかし、ここはあえてセファン君に聞いてみる作戦だ。さすがオルト。私は心の中で親指を立てる。


「……そこの角右に曲がると、うまい定食屋がある」


「よし! そこにしましょ!!」


 ようやく会話をしてくれる様になったセファン君。私とオルトは目を合わせ、嬉しくてニコリと笑う。私達はセファン君オススメの定食屋に入り、メニューを開いた。あぁ、お腹空いた……早く食べたい。店内に漂う美味しそうな香りが更に食欲を刺激する。

 メニューを見ると、先程までいらない、と言っていたセファン君がウズウズし始めた。メニューを見て食欲が湧いてきたらしい。さすがに三日も食べていなければとてもお腹が空いているはずだ。

 三人それぞれ別の定食を頼み、あっという間にたいらげてしまった。まだちょっと物足りなかったが、取り敢えず店を出る。


「セファン君、まだ物足りないんじゃない? 何かオススメのデザートとかないかしら?」


「……チーズタルト。あっちの店のやつ、有名らしい」


「じゃあそれ食べよ!!」


 私は早速チーズタルトを五つ買い、葉月とサンダーにもあげる。彼らは美味しそうに頬張った。


「うわーー美味しい!! ね、セファン君!」


「うん……美味いね」


 よし、セファン君ちょっと元気出てきたかも。さて、次はどうしようか。


「ねえ、あれ何?」


 私は爬虫類博物館と書かれた建物を指す。博物館とあるが、外観は普通の戸建住宅と変わらず、ただ看板に爬虫類博物館と書かれているだけだ。


「……入った事ないけど、何か蛇とかトカゲとかいっぱい展示してあるらしいぜ」


「行ってみよう!!」


「え……お前女のくせにそーいうの大丈夫なのか?」


「ん? 私爬虫類全然平気よ! あと名前、お前じゃなくて八雲」


 ふーん、と小さな返事をするセファン君を引っ張って私は爬虫類博物館へと近付いて行く。オルトは後ろから見守りながらついてきていた。

 私は博物館のドアを恐る恐る開ける。ぱっと見は普通の家なので、人の家に勝手に入るみたいで気が引けたのだ。中に入ると、座っていたお爺さんがこちらを見た。この人に入場料を払うらしい。三人分料金を払って中に入った。


「きゃーー可愛い!」


「え、マジで言ってんの?」


 博物館の中にはたくさんのショーケースがあり、蛇、トカゲ、カメなど多くの爬虫類が展示されていた。その中のトカゲを見て興奮する私にセファン君は若干引いている。そんなに変だろうか。私の里ではトカゲもカエルもたくさんいたから、昔から彼らとはよく遊んでいたのだが。

 ちなみに隣で葉月も興奮していた。オルトは私達の保護者の様に、静かに後ろから見ている。


「ねぇ、これセファン君に似てない?」


 私は壁にへばりついてるヤモリを指した。頭部の色がセファン君の髪の色に似ている。


「似てねえよ!!」


 セファン君のツッコミが復活した。良かった。ご飯を食べたお陰か、顔色も回復している。だいぶ元気が出てきたな。


 その後もしばらく爬虫類を堪能し、私達は外に出る。すると甘い香りがした。


「あれ、何かいいにおいする! 何だろう?」


「あそこの店のクレープだよ。なんか異国で流行ってるらしくて、最近この町にも来たんだ」


「わぁーーあれ食べよ!」


「……よく食うなぁおま……八雲」


 ちゃんと名前を言い直してくれたことに満足しながら私はクレープを買いに行く。オルトが若干呆れていた。

 クレープとやらを頬張る。うん、甘くて美味しい!


 そうして町をフラフラしている間に日が暮れて来た。昨日セファン君と座って話した河原が夕日で赤く染まっている。揺れる水面の中、一瞬何かが光った様に見えた。


「ん……何だろう?」


 川に近づいてみると、魚が数匹泳いでいるのが見えた。


「ねえオルト、これちょっとだけ脱いでもいい? 川に入りたいの」


 ローブをヒラヒラさせてオルトに聞く。オルトは周りをキョロキョロと見回した後、こちらを見た。


「ちょっとだけな」


「やったぁ!」


 私はローブとブーツを脱ぎ、袖を捲り上げて川の中へ入った。膝下までが水に浸かるくらいの深さだ。魚目掛けて手を伸ばす。


「あ、逃げられた」


 もう一度チャレンジしてみる。ギリギリまでそーっと近づき、素早く手で掴もうとするが、魚は逃げてしまう。難しい。


「……こーやってやるんだよ」


 そう言って、急にセファン君が川に飛び込んできた。大きく水飛沫が上がる。

 直後、立ち上がった彼は大きな魚を抱えていた。


「セファン君凄い!!」


「これくらい簡単だよ」


 とその時、魚がビチビチと暴れる。その力に負けたセファン君は体勢を崩して川の中で転んでしまった。全身ずぶ濡れになる。私も水飛沫を被ってビショビショだ。


「…………ふふっ」


「…………あはは」


 私が笑う。そしてセファン君が笑った。

 笑い終わったセファン君は複雑な表情をしてまた俯く。


「なんか……ありがとな。でも俺まだ心の整理つかないや。父さんが殺されて、タネリに裏切られて、集落から追放されて……俺なんか悪い事したのかな。俺なんていない方がいいのかな」


 セファン君の声が震えた。泣きそうになるセファン君を、私は思わず抱きしめる。


「辛かったね。苦しかったね。……でも、セファン君がいない方がいいなんて事、絶対にないから。セファン君は悪くない。そんなこと言ったら、天国のお父さんが悲しむよ」


「ううぅ……」


「だから強く生きよう。それで、タネリさんの目を覚まさせようね」


「……うぅっ。うわああん」


 私の胸の中でセファン君が泣く。大粒の涙をたくさん流して。私は彼の頭をひたすら撫で続けた。オルトはその様子を後ろで静かに見ていた。

 しばらくしてセファン君が落ち着く。もう離しても大丈夫だろうか、と思った時彼が急に私から離れた。顔が真っ赤になっている。


「大丈夫?」


「お、おう。もう大丈夫、じゃないかもだけど、大丈夫」


 なんだか恥ずかしそうにセファン君が視線を逸らした。表情は先程よりは明るくなっているので、泣いてある程度はスッキリできたらしい。

 私は立ち上がってセファン君を見つめる。


「ねぇ、セファン君も一緒に旅しない?」


「……え?」


「帰る場所、無いんでしょ?」


「それはそうだけど……」


 すると後ろからオルトが寄ってきた。


「もしかしたら、タネリさんが変わった理由がわかるかもしれないよ」


「え? どういう事だよ?」


「昔はあんなんじゃなかったんだよね? もしかしたら俺達が追ってる異変が関係してるかもしれない。もちろんそうじゃない可能性もあるけど。だから、一緒に来れば原因が分かるかもしれないよ?」


「……いいのか? 俺なんか」


「もちろんよ! 仲間は多い方がいいわ」


 セファン君は少し考え込む。そして、何かを覚悟したかの様な目でこちらを見た。


「……ありがとう」


「サンダーもよろしくね」


「ワン!」


 サンダーが嬉しそうに尻尾を振る。


「じゃ、取り敢えず川から上がろうか? このままじゃ八雲もセファン君も風邪引くよ?」


「へっくしゅ!!」


「きゃ、セファン君汚いっ」


「あーほらもう……」




 こうして、私達の旅にセファン君が加わる事になった。




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