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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第3章 獣魔使い
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第22話 偽物の家族でも

 グルジ族の人々の冷たい視線がセファン君に向く。怒鳴られた意味が分からず、セファン君はたじろいだ。


「う、裏切り者って何の事だよ!?」


「とぼけるなよ、全部タネリから聞いたぞ! この盗っ人め!」


「俺が盗っ人!? 何でそーなるんだ!?」


「証拠もあがってるんだ! 観念しなさい」


「グルジ族の顔に泥を塗りやがって!」


「証拠? 本当に何なんだよ、俺は何もしてねえ!」


 口々にセファン君を責めるグルジ族の人達。皆はセファン君の言葉に全く耳を貸さない。すると怒る大人の間から、アウラさんがヒョコッと出てきた。


「セファン、まさかあんたが巨大獣魔の事件の犯人だったなんて……」


 アウラさんが悲痛な表情を浮かべながらセファン君を見る。涙目だ。


「おい、何なんだよお前まで……」


 セファン君の言葉に力が入らなくなった。彼の顔から血の気が引いていく。


「ちょっと待ってください。一体どういう事ですか?」


 オルトがサンダーから降り、セファン君の前に立って口撃を制止した。視線が一斉にオルトに集まる。


「あんた、朝来てた客人だな。どうもこうも、あんたらセファンと協力してシェムリで獣魔使って盗みを働いてたんだろ? タネリから聞いた。盗んだ金品もセファンの部屋から出てきてるから、もう言い逃れできねえぞ」


 ……あぁそうか。私達はタネリさんにハメられたんだ。


「全くどうしてくれるんだ! グルジ族の信用ガタ落ちじゃないか! もうどこも取引してくれなくなる」


「そうだそうだ!! グルジ族の面汚しめ!」


「まぁ待て」


 飛び交う怒号の中、低くそして威厳のある声が響いた。グルジ族の人達がが口を噤み、後方を見る。

 人々の後ろから大きな男が近づいて来た。族長のシルヴァスさんだ。


「セファン、本当にお前がやったのか?」


「違う! 俺じゃなくて……タネリだ!!」


 周りがざわつく。副族長のせいにするなんて、なんて奴だ! という声が聞こえる。その声を気に留めずにシルヴァスさんはセファン君の目の前に立ち、彼の目をしっかり見つめた。

 しばらくの沈黙の後、シルヴァスさんが口を開く。


「……盗んだ物を返しに行くぞ。ついてきなさい」


 その言葉にセファン君は呆気に取られている。シルヴァスさんは……信じてくれなかったのだろうか。セファン君が犯人だと本気で思っているのだろうか。


「タネリ、お前もついてきなさい」


「……はい」


 人々の奥にタネリさんの姿が見えた。先ほどの獣魔の姿は側に無い。弟を売ったというのに、罪悪感は微塵もにじませていなかった。


「皆は待っていなさい。話をつけてくる」


 セファン君への叱責の言葉が無いことに周囲の人達は不満そうにする。しかし族長の言葉に従い、バラバラと各自家に戻っていった。中には舌打ちをしたり、文句を言いながら帰っていく人もいた。

 セファン君は暗い顔で俯いていた。





 私達はシェムリの町へ歩いて向かう。シルヴァスさんのトラ、タネリさんの馬、サンダーに盗品を乗せて森を進んでいく。先頭からシルヴァスさん、タネリさん、セファン君と続き、その後ろを私とオルトが歩く。夜明けが近く、辺りが薄明るくなってきた。

 私はオルトにヒソヒソ話をする。


「ねぇオルト、私達お尋ね者になっちゃうのかしら……どうしよう」


「たぶん大丈夫じゃないかな。今から族長さんが盗品を返して謝罪するんだと思う。もし許してもらえなかったとしても、俺達はそもそも三件目以前の事件が起きた時にはシェムリに着いていなかったし、俺達が関わった物証も何もないから逮捕されることは無いよ」


「だと良いんだけど……」


「問題はセファン君だね。逮捕されて懲役になるかもしれない。あと、タネリさんが言ってた生贄の意味。……もしかしたら、最悪の事態が起こるかもしれない」


「最悪の事態?」


「おっと……着いたね」


 話しているうちにシェムリの町に着いた。シルヴァスさんは自分が警察に事情を話してくるから、皆は待っているようにと言って獣魔から盗品を受け取り歩いて行った。

 一緒に待機のタネリさんは無表情無言、セファン君は落ち込んでうなだれている。残された私達に沈黙の時間が流れた。……非常に気まずい。


「あのさ、生贄ってどういう事です?」


 唐突に沈黙を破ってオルトがタネリさんに聞く。私とセファン君もタネリさんの方を向いた。


「……すぐに分かりますよ」


「……へぇ?」


「グルジ族は変わらなければいけないんです。我々は誇り高き獣魔使いなんです。……その辺の横柄な奴らに従う必要は無い。今の融和策ばかり取るやり方ではダメなんだ。それがあの人は分かっていない」


 話しているうちにタネリさんの口調が強くなる。そして彼は空を見上げ、遠くを険しい目で見つめた。オルトの顔も険しくなる。再び沈黙の時間が舞い戻ってきた。


 それからどれくらいの時間が過ぎただろうか。しばらく経ったがシルヴァスさんが戻ってこない。何かあったのだろうか。


「さすがに遅いね。俺ちょっと見てくるよ」


 オルトが痺れを切らして歩き出そうとする。するとその時、遠くからシルヴァスさんの姿が見えた──様子がおかしい。左足を引きずり、右腕を押さえている。近づくにつれて、その体にたくさんの傷が付いているのが見えてくる。体のあちこちに擦り傷やアザがあり、口からは血が滴れていた。顔も激しく腫れている。


「父さん!?」


 私とセファン君はギョッとして一緒にシルヴァスさんの元へと駆け寄る。酷い傷だ。治さなければ! そう思い、私がシルヴァスさんに手をかざそうとした瞬間、オルトに手を掴まれた。オルトは首を左右に振る。


「でも……!!」


「今はダメだ」


 真剣な目でオルトに言われてグッと堪える。人前で治癒能力を安易に使ってはいけない。こんな町中で使えば誰に見られるか分からないのだから。

 隣のセファン君が顔面蒼白でシルヴァスさんの体を支える。


「何があったんだよ!?」


「あぁ、ウチのせがれが盗みを働いて申し訳ないと謝って盗品は返した。それで親の責任だと殴られたんだ。まぁこれで警察も自警団も被害者も納得してくれたから良かったよ」


 この酷い怪我は、シェムリの町の人達に暴力を振るわれた傷だった。いくら何でもあんまりではないか。全身ボロボロで弱っており、昨日見た威厳のある姿はどこかへ行ってしまっていた。


「そんな……町の奴らなんて事しやがる!」


 セファン君は涙ぐみながら怒っている。今にも暴力を振るった輩に仕返しをしに行きそうな勢いだ。


「落ち着けセファン。これも交渉のひとつだ」


「でも……!」


「族長、ありがとうございました。帰りましょう」


 タネリさんは全く動じることなくピシャリとそう言った。冷静……いや、冷徹というべきか。


「そうだな。オルトさん、八雲さん、ご迷惑おかけしました。あなた達はこの件に関して全く無関係ということになっていますのでご安心ください。では、私達は戻ります」


「……俺達も着いていきます。気になることがあるので」


「? 何だよ気になる事って」


「今は秘密だよ」


 するとタネリさんが訝しげな目でオルトを見る。オルトは睨み返した。


「そうですか。では行きましょう。すみませんがこの怪我なので、少しスピードは遅くなりますよ」


「構いません。ゆっくり行きましょう」


 オルトはタネリさんが何か仕掛けてくると踏んでいるのだろうか。

 確かに、セファン君に罪を着せて、盗品を返して、族長さんが謝って殴られて、町の人は気が済んで、巨大獣魔の事件は解決……タネリさんの目的がよく分からない。ただセファン君を貶めたいだけだったとは思えない。


 この道を通るのはこれで何回目だっけ、と思いながら集落を目指して歩いて行く。酷い怪我のシルヴァスさんは、トラの獣魔にもたれかかりながら歩いていた。先頭をタネリさんが歩く。


「なぁ父さん、またこれからもシェムリに行って大丈夫なのか? それとも移動する?」


「そうだな……取り敢えずもう少し滞在して信頼を回復してから移動だろうな。今回の一件でしばらく商談でも厳しく当たられるかもしれないが」


 セファン君が心配そうにシルヴァスさんに語りかける。シルヴァスさんは優しい顔で答えた。

 すると突然、一番前を歩いていたタネリさんが足を止める。それに釣られて私達も止まった。


「……そんな事いつまでも言ってるから舐められるんだよ親父」


 彼は振り向かずに低い声で喋る。その言葉からは怒りが滲み出ていた。


「舐められる、か。確かにそうかもしれないが、我々は誇り高き獣魔使いだ。獣魔を盾に圧力をかける事などしてはならない。人と人で、譲歩しながら折り合いをつけなければいけないんだ」


「あんたは譲歩ばっかりじゃないか。俺はもうたくさんだ。このままじゃグルジ族が貧弱な民族になってしまう」


「タネリ……」


「だから俺は……それを変えてやる」


 タネリさんが振り返る。その目には邪悪な光が宿っているように見えた。全身から攻撃的なオーラが出ている。そして右手には──短剣が握られていた。


「タネリ、お前……」


「あんたは消えろ!!」


 次の瞬間、タネリさんがシルヴァスさんの胸に飛び込む。即座にオルトがタネリさんに向かって剣を振る。


 私とセファン君は全く動けなかった。


「ぐ……ぅ……」


 ほんの一瞬の出来事だった。


 シルヴァスさんの胸をタネリさんの短剣が貫く。剣は背中まで貫通していた。対してオルトの剣は、タネリさんに届く直前に彼を庇いに来た馬の獣魔に刺さっている。オルトは驚きで目を見開いていた。

 オルトとタネリさんがそれぞれ剣を抜くと血が噴き出し、シルヴァスさんと馬の獣魔は崩れ落ちる。すぐ傍にいたトラの獣魔が悲しそうな表情をしていた。


「と、父さん……?」


「クソっ!」


 オルトがタネリさんに剣を向ける。同時に私とセファン君はシルヴァスさんに駆け寄った。

 ……致命傷だ。これでは治癒能力でももう間に合わない。

 タネリさんが無表情で口を開く。


「俺を殺せば、事情を知らないグルジ族全員を敵に回す事になりますよ? 信頼のないあなた達の言葉など誰も信じないでしょう」


「……」


 オルトは鬼の形相でタネリさんを睨みつけた。しかしタネリさんが動じることはない。


「父さん! しっかりしてくれ!! タネリ、どうして……」


 倒れたシルヴァスさんを抱え、泣きながらセファン君が叫ぶ。するとタネリさんが目を吊り上げた。


「俺が族長になってグルジ族をもっと強固な民族に変える! そのために親父には消えてもらう。セファン、お前も追放だ。罪を犯した子供の為に族長は自らの命をもって贖罪し、子供は一族から永遠に追放。親父とお前はグルジ族の未来のための生贄だ。……本当は親父に罪を着せるつもりだったが、なかなかガードが固くてな。脇の甘いお前が現場に来てくれて良かったよ」


「そんな……!!」


「あなた、自分の親なんでしょ!? どうしてこんな酷い事できるのよ!!」


「……本当の親子じゃない」


 その言葉に、セファン君が固まる。


「お前……それ本気で言ってんのか」


「いいんだ、セファン。私が至らなかったのが全ての原因だ……ぐふっ」


「父さん!!」


 シルヴァスさんが血を吐きながら、息も絶え絶えの状態で話す。


「タネリ……お前には本当に辛い思いをさせてしまったな……すまない。セファン、お前もだ。私は……父親失格だな」


「何言ってんだよ父さん……!!」


「タネリ、グルジ族を……頼む。あと、セファンの事は何とかできないか……?」


「……」


 タネリさんは黙って聞いている。シルヴァスさんは長い息を力無く吐いた。どんどん弱々しくなっていく。


「セファン……強く生きてくれ」


「父さん……嫌だ、死なないでよ」


「タネリ、セファン。お前達は……たとえ血が繋がっていなくても、私の大切な息子だ。誇りに思っている」


 セファン君の目から涙がボロボロとこぼれていく。気付くと私の目からも涙が出ていた。


 そして、シルヴァスさんが儚い、最期の笑顔をセファン君に向ける。



「二人とも……愛して……いる……ぞ」






 ────シルヴァスさんの体から力が抜けた。





「父さん……? 父さん!! うわああぁーーーー!!!」


 セファン君の悲しい叫び声が響き渡る。シルヴァスさんはもう動かない。

 私もオルトも、ただ見ている事しかできなかった。


「……さて、セファン。お前はどこか遠くへ行け。二度と集落に戻ってくるな」


 父親の死を目の前にして淡々と、そして冷徹に言い放つタネリさん。オルトは再び下ろしていた剣の切っ先を向けた。


「ここで俺を殺しても何の得にもなりませんよ? あなたが犯罪者になるだけです」


「……それでも、これは見逃せないな」


 オルトの青い双眸が怒りに満ちている。


「私も……あなたを許せないわ。殺すつもりは無いけれど」


 私は立ち上がる。何もできないかもしれないけど……このまま見過ごすなんてできない。




「……もういいよ、オルト、八雲」


 すると、枯れた声でそう言ったのはセファン君だった。初めて名前を呼ばれた。彼は頬を涙で濡らしながら、タネリさんを睨む。


「俺は集落を出ていく。だから、皆にはオルトと八雲は事件と何も関係なかったって言ってくれ」


「……いいだろう」


「セファン君!? でも……!」


「いいんだ。タネリならグルジ族をきっと引っ張っていってくれる」


「……」


「……でも、こんなやり方は絶対ダメだ。だから、いつか……いつか絶対に目を覚まさせてやるからな!! お前の……弟として!!」


「……もう行け」


 タネリさんがそっけなく言うと、セファン君は立ち上がった。そしてすぐに踵を返して走って行ってしまう。


「……いつか絶対に後悔しますよ」


「心に留めておきます」


 オルトがタネリに忠告する。オルトは剣をしまい、私の方へ寄って来た。


「彼を追いかけるよ」


「うん」



 私達はセファン君を追う。タネリさんは、私達が見えなくなるまでずっとこちらを見ていた。






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