第21話 残酷な真実
夜になり、シェムリの町は静けさに包まれる。私達三人は、残る一軒の豪邸の近くの物陰に隠れて待機していた。もうすぐ日付が変わる。もし今日も襲撃があるならば、もうそろそろ巨大獣魔が来る時間だ。
「どこから来るのかしらね。昨日の家は正面突破だったけど」
「どの家も正面から壁を突き破られてるらしいよ。今日も同じ手口で来るなら、この位置から絶対に見えるはずだ」
私達からは家の正面側が見える。家主は寝たようで、部屋の明かりは全て消えていた。
「……あ、来たね」
オルトが上を見る。夜空には、昨日見た大きな鳥が羽ばたいていた。私達の上を通り過ぎ、豪邸の裏側あたりに向かって降下していく。高度を落としていくと、建物に隠れて見えなくなってしまった。
「あー、やっちゃったかも」
「? どうしたの?」
オルトが頭をかいている。
「今日は正面突破じゃなかったみたいだな。裏に走るぞ!」
「えぇ!?」
「マジかよ!?」
私達は急いで豪邸の裏側へ走り出した。しかし建物が大きすぎて、回り込むだけで時間がかかってしまう。
「おい、何で正面突破じゃないって分かるんだ? まだ何も起きてねーぞ?」
「んー、勘かな」
「勘かよ!?」
オルトが笑顔で答える。そんな余裕があるのか。
その時、昨日同様の壁を破壊するような大きな音が聞こえた。そして、獣の咆哮と、何かが争って室内のものを破壊している音がする。オルトの言う通り、今日は裏側からの襲撃だったらしい。
建物の裏側に回り込むと、中央の一室の壁に大きな穴があいており、その中で火があがっているのが見えた。
「……あ! 忍さん!」
穴の中、手前の方に忍さんの姿が見えた。隣には大きな鳥がいる。奥の方はよく見えないが、忍さんと鳥は誰かを睨みつけている様だ。
私達は急いで部屋に近づく。距離が縮まるにつれてセファン君の顔は強張っていった。恐らく、彼女の視線の先にあの人がいるはずだ。
私達は穴の手前まで辿り着いた。火はどんどん勢いを増して室内に広がっている。
「八雲はここで結界張って待ってて」
「分かったわ」
オルトとセファン君が中に入った。忍さんはチラリと私達を見る。
「久しぶりね。この前はありがとう」
「……元気になった様で何よりです」
目線を部屋の奥に固定したまま、忍さんは答えた。オルトは忍さんに一礼し、剣を抜いて部屋の奥にいる人物の方を見る。セファン君も部屋の奥に視線を送った。私は壁の穴ギリギリまで近づき、部屋の中を覗き込む。
「……タネリ、何してんだよ」
セファン君の口から、怒りと悲しみが混じった声が出た。
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巨大獣魔を待ち伏せする前の夕方、私達は宿屋で情報を整理していた。
「なぁ、何であんたはタネリが犯人だと思うんだ? 確かにそのブレスレットはタネリの物だけど、だからって犯人かどうかは分かんねーじゃねーか」
──あれは、タネリのだ。河原でそうセファン君は言った。
……私もあれに見覚えがあった。初めてタネリさんに会った時、確か腕に付けていたと思う。
「まずは、さっき言った通りこの事件は獣魔独自の襲撃ではなく、人が裏で操っている。その時点で、獣魔使いのグルジ族が疑われるのは分かるね? この辺りでは、君たちグルジ族以外で獣魔を操れる人はいないみたいだし」
「じゃあ、昨日見たっていう鳥に乗った女はどーなんだよ?」
「彼女が大きな鳥に乗っていたのは確かだ。ただ、あれが獣魔だったのかはわからないし、大きな鳥が飛んでいるのを見たって人が昨日の事件以外ではいないんだ」
「え、そうなの?」
「昨日八雲が寝た後、現場に行ったら野次馬がまだ結構いてね。何人か証言してたよ」
え、あの後また聞き込みしてたんだ……ということは、オルトほとんど寝ていないじゃない。あんた鉄人か。
「あんな大きな鳥が町の上を飛んでいたら、夜遅くても誰か気付くだろう」
「じゃあ、前の三件とは無関係ってこと?」
「恐らくね。となると、やっぱりグルジ族って事になる。そして、現場に残っていたブレスレットは彼女とやり合った時にでも取れたのかな」
「でも、そうだとして何でタネリがそんな事すんだよ?」
「んー、その辺は聞いてみないとわかんないけど、たぶんシェムリの商人との交易が関係してるんじゃないかな?」
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豪邸の一室で対峙するオルト、セファン君、忍さんと────タネリさん。タネリさんが不敵な笑みを浮かべる。タネリさんの横には、巨大なトラ、蛇、コウモリの獣魔がいた。
「何って……見りゃわかるだろ」
そう言って、タネリさんは手に持った宝石などを振る。
「何でそんな事……それに隣のトラ、父さんの獣魔じゃねえか。どういう事だ!?」
「こいつを手懐けるのには苦労したよ。こいつらは割と簡単だったけどな」
そう言ってタネリさんは蛇とコウモリを指す。そう言えば、タネリさんはどんな獣魔でも操れるとセファン君が言っていた。他人の獣魔ですら操れるというのか。
「これは……グルジ族のためなんだよ」
「はぁ!? 意味分かんねえ!」
「話の途中ですみませんが、それは返してもらいます」
忍さんが苦無を構えた。隣の大きな鳥も臨戦態勢を取る。
「それはできないな」
タネリさんが喋った瞬間、忍さんと鳥が攻撃を仕掛けた。蛇とコウモリがそれに応戦する。蛇は牙で苦無を受け止め、コウモリと鳥は取っ組み合いになった。
「タネリ、目を覚ませ!!」
セファン君が叫び、大きくなったサンダーが飛びかかった。トラが迎え撃ちにきた。サンダーの牙が避けられ、トラの爪がサンダーの喉を狙う。咄嗟に躱したサンダーはトラの脚に噛みつこうとした。しかしそれは素早い動きで躱される。
牙と爪を使って獣魔同士の攻防が繰り広げられる。しかし、さすが族長の獣魔だけあってトラの戦闘力はかなりのもので、サンダーが押され気味だ。
「さて、大人しく捕まってはもらえなさそうだね」
そう言いながらオルトがタネリさんの方へ近づく。
「……あなたと戦うのは得策ではなさそうだ」
タネリさんが一歩引く。するとオルトが駆け出した。
「今夜は獣魔全員連れてきて正解だったな。引かせてもらうよ」
タネリさんがそう言った瞬間、蛇が白い霧を吐いた。蛇と戦っていた忍さんは驚いて離れる。
白い霧はすぐさま部屋の中に充満して、何も見えなくなった。
「セファン、見られたからにはお前もグルジ族の生贄になってもらう」
白い霧の中、確かにタネリさんがそう言ったのが聞こえた。一メートル先も目視できない真っ白な世界の中でオルトとセファン君が悔しそうに声をあげる。
「クソ、逃げられたか!」
「おい!? タネリ!! 逃げんな!」
「風太丸、吹き飛ばしてください!」
忍さんの声が聞こえた直後、突然室内に風が吹き荒れた。強風で霧が飛ばされ、視界が元に戻る。
部屋の中にはタネリさんと彼の操る獣魔の姿は無かった。オルト、セファン君、忍さん、サンダー、そして鳥が元いた位置にいるだけだ。忍さんが制止すると、風太丸と呼ばれたであろう大きな鳥が羽ばたくのを止める。
「ごめん、逃げられた。八雲は怪我は無い?」
オルトが申し訳なさそうに私に向かって謝る。
「えっと、私はいいんだけど……皆は大丈夫?」
見たところ皆大した怪我はしてなさそうだ。しかし、セファン君の表情は暗い。
「……私の失態です」
「いや、俺のミスだ」
「お前らのせいじゃねーよ……」
室内の火はまだ壁や絵画を燃やしている。部屋に取り残された三人の雰囲気が沈んだ。
「あ、あの、忍さんはどうしてここに?」
沈黙が怖くて私は声を出した。忍さんはゆっくりとこちらを向く。
「私はある人の依頼で彼を捕まえにきました。しかしまた失敗してしまいました……はぁ、ダメですね。……それでは私はここで失礼します」
「あ、え!? ちょ、ちょっと待っ」
色々言いたい事が、聞きたい事があるのに……! 忍さんはすぐ風太丸に乗り、颯爽と出て行ってしまった。
「あ、えっと……」
再び場の空気が凍る。どうしよう。
「取り敢えずここを出ようか。俺達が疑われても困るし」
沈黙を破ったのはオルトだった。確かに外が騒がしい。野次馬と警察だろう。そういえば家主がこの部屋を見にこないが、獣魔を恐れているからだろうか。
私達はオルトに従って豪邸を離れることにする。人目を避けてさっさと家をあとにし、町の入口辺りまで来た。セファン君がしょぼんとしながら溜息をつく。
「じゃあ、俺は帰るよ。その……ごめんな。ありがとう」
「俺も一緒に集落に行くよ。犯人は確定したし、ケリをつけないと」
「でもきっとシラをきられるぜ? あいつ、俺と違って周りの信頼もあるからちゃんと証拠見せないと皆も信じてくれないだろうし」
「その証拠を探そう。今から行けば、盗品を隠してる場所が分かるかもしれない。持ち帰った戦利品を今頃どこかにしまいこんでるだろうからね。あと、さっきタネリさんが言ってたグルジ族の生贄になってもらうっていう言葉の意味も気になるし」
「私も行くわよ! ここまで知っておいて放っておけないわ!」
「お前ら……ありがとな」
セファン君は少し涙目になった後、笑顔を浮かべる。そしてサンダーを巨大化させた。
私達はサンダーに乗って超特急で集落に向かう。夜の真っ暗な森の中でもサンダーは迷う事なく進んで行った。
オルトも先ほど言っていたが、私も頭に引っかかっていた。セファン君がグルジ族の生贄になるというのは一体どういう意味なんだろう。
そんなことをモヤモヤと考えていると、暗い中、進行方向に光が見えた。集落だ。
「あれ……なんか人がいっぱいいる? こんな時間なのに」
真夜中だというのに、グルジ族の人々が入口の辺りでたむろしている。私達を見ると、こちらを指差してきた。何だか、嫌な予感がする。
「一体皆、どうしたんだ?」
入口に辿り着き、セファン君がサンダーから降りて驚いた様子で言う。すると、グルジ族の人達は険しい顔でセファン君を睨みつけた。
「この……裏切り者が!!」
「恥晒しめ!!」
人々から出たのは予想だにしない言葉だった。一体、何が起きているのか分からなかった。