第20話 真実を求めて
シェムリの町に戻ってきた。
サンダーから降りると、オルトは昨日の夜の現場を見ておきたいと言う。するとセファン君がサンダーを元の大きさに戻しながらこちらを見た。
「あのさ、俺も一緒に行っていいか? 犯人捕まえたいし」
「構わないよ」
セファン君も加わり、私達は三人で現場調査することにした。
現地に着くと警察の現場検証はすでに終わっており、立入禁止のロープがあるだけで誰もいなかった。いかにも金持ちの家という感じの巨大な敷地の中に広い庭と大きな家がある。ドアは施錠されているが、獣魔が開けたとみられる直径三メートルくらいの大きな穴が一階の壁にあったため、実質建物内に自由に入れる様になっている。
「これ、穴を開けた時の爪痕かしら」
「そうだね。この形は目撃情報にあった猫の爪かなぁ。いや、鳥の可能性もあるか」
私達は人目に付かないよう気をつけながら家の中に入る。部屋の中を見回すと、シャンデリアや絵画など高価そうな装飾がされており、家主が贅沢な暮らしをしていることがうかがえた。壁には禍々しい爪痕が残されているが、室内に傷跡はあまり無い。その代わり、戸棚や引き出しが荒らされていた。恐らく金品を探したのだろう。
「サンダー、何でもいいから見つけたら教えてくれ」
「クウン」
サンダーは室内の臭いを嗅いでいる。葉月もその動きを真似して嗅いでいた。
「セファン君はどうしてそんなに犯人を捕まえたいの? シェムリでグルジ族の悪い噂が立ったなら、もう移動しちゃえばいいんじゃない?」
「バカか! そんな逃げるみたいな事したら認めてるみたいじゃねーか! 噂ってのはすぐ広がるから、他の町でもやり辛くなるよ。それに……族長も副族長もグルジ族のために頑張ってるんだ。俺だって何かしてやりたい」
「そっか……家族だもんね。そういえば、族長さんと副族長さんはどんな獣魔を使うの?」
「族長はトラ、副族長は馬だ」
そういえば、初めて会った時タネリさんは馬で集落に帰っていた。あれが彼の獣魔だったのか。
「タネリは凄いんだぞ! グルジ族一の獣魔使いだからな!! すっげえ優秀で、どんな獣魔も自在に操れるんだ!」
セファン君の目がキラキラしている。よほどタネリさんの事が好きなのだろう。
一方オルトは真剣に室内を物色している。
「オルト、何か分かった?」
「この事件にはやっぱり人間が関わってるね。あんな大きな爪痕を残す獣魔だけだったら、小さな引き出しや棚を丁寧に開けずに壊して中身を出すはず」
……ということは、やはり獣魔を操れるグルジ族になるのだろうか。
「で、でももしかしたら火事場泥棒的な奴かも知れねーぞ!? 獣魔が襲った後にコッソリ盗みに入ったとか」
「獣魔が襲撃してから警察が来るまでそんなに時間はなかったから、それは無理じゃないかな。それに獣魔が襲うタイミングは分からないから、四軒も連続でコソ泥はできないだろう」
「ぐぬ……」
セファン君が言葉に詰まる。
「あと、もう一つ気になるのは何かが争った跡があるってことかな」
「争った跡?」
オルトは床を指差す。そこには、複数の赤い模様……血の跡があった。
「本当だ。でも家主は怪我が無かったのよね?」
「そうらしいね。だから第三者がここにいた事になる」
「第三者? 獣魔と泥棒以外に別の誰かがいたってこと? ……あ。もしかして、昨日の夜鳥に乗ってた……」
────忍さんの血なのだろうか。
「それは分からない。もしかしたら彼女が犯人の可能性もあるし、逆に犯行を邪魔するために来たのかもしれない。どちらにしろ、彼女と他に誰かもう一人いたんだよ」
「鳥に乗ってた女がいたのか? グルジ族には……鳥の獣魔を操る女はいなかったはずなんだけど。男ならいるけどな」
「彼女、一体何者なのかしら……」
「なぁ、あんたは今どう思ってるんだ? やっぱグルジ族が犯人だと思ってんのか?」
セファン君がオルトを見る。否定してくれ、と言いたげな目だった。するとオルトが少し暗い顔をした。
「……残念だけどそうだよ」
「っつ! 違う違う違う!! 俺たちじゃない!」
セファン君が叫ぶ。葉月とサンダーが驚いて彼を見た。オルトはセファン君の方に手を差し出す。
「実はね、これが落ちてたんだ」
そう言ったオルトの手には、壊れたブレスレットの様なものが握られていた。──あれ、これどこかで見た事がある。
「!!!」
それを見た途端、セファン君の顔が青ざめた。数秒その状態でフリーズする。
そして彼は悲痛な表情で左右に首を振った後、急に部屋を出て行ってしまった。サンダーが慌ててセファン君を追いかけ家を飛び出す。
オルトは、複雑な表情を浮かべてセファン君が出て行った穴を見つめていた。セファン君がいきなり出て行ってしまって驚いたが、この場合私はどうしたらいいのだろうか。
「あ、え、えっと……私追いかけてくるね!」
何だかよく分からないが、取り敢えず私はセファン君を追いかける。セファン君のあの様子だと、先程のブレスレットに心当たりがあるということだろう。グルジ族の誰かの物なのだろうか。
庭を抜け、家を離れて町中を走って行く。しかしセファン君を途中で見失ってしまった。私は道の分岐点で立ち止まる。
「あれ、どっちに行ったのかな? 葉月、分かる!?」
「キュー……キュ!」
葉月は少し周りの匂いを嗅いだ後、右側の道へ進んだ。セファン君の匂いを見つけたらしい。私は葉月を追う。
葉月の嗅覚を頼りにしばらく走ると、河原に座っているセファン君とサンダーを見つけた。私はゆっくりと近づいて行く。
「あ、あの……大丈夫?」
「……」
セファン君は膝を抱えて俯いたまま返事をしない。サンダーが心配そうに見ている。
「えっと、何かごめんね」
「……お前のせいじゃない」
セファン君の声が震えている。泣いているのだろうか。
「急に出てっちゃってどうしたの? さっきのブレスレット、知ってるの?」
「あれは、────のだ」
「え……?」
河原に風が吹く。草が音を立て、木の葉が舞い上がる。セファン君の口から出た言葉は、彼が一番恐れていた事実だった。
「……そいやさ、こんな感じの川で小さい頃よく遊んでたんだよ」
セファン君は何かを諦めた様に、急に思いにふけって話し始めた。
「俺とタネリと、さっき集落で話しかけてきた女の子のアウラ。どんだけでかい魚が捕まえられるかで勝負しててさ。獣魔無しで自分の力で。当然タネリが一番大きいのを捕まえたんだけど、俺いつも負けるからその日は諦めたくなくて」
セファン君は顔を上げる。目が少し充血していた。
「頑張って川に目を凝らしてたら、一匹すげー大きい魚が通ったんだよ。それに向かってすかさず飛びついてさ。そしたら、魚の方が力が強くて水の中に引きずり込まれちゃったんだよね。タネリもアウラもすぐに魚離せって言ってたみたいなんだけど俺全然聞こえなくてさ。
苦しくなって魚離した時には、俺川に流されてたんだ。結構流れが速くて抜け出せなくなって、滝のちょい手前まで来ちゃってたんだよね。あぁ、俺もうダメだーと思ったら、タネリが川に飛び込んできたんだよ。流れの速い川の中を泳いで俺の手を掴んでくれてさ」
セファン君が鼻をすすった。私は頷きながら真剣に彼の話を聞く。
「でも流れが速すぎて岸に上がれなくて、タネリが掴んでた岸辺の木の根っこだけが命綱だった。それもだんだん折れそうになってきてさぁ。で、今度こそ終わる! って思ったらさ……父さんが助けに来てくれたんだ。アウラが呼んでくれたらしくて。それで無事に二人とも助かったんだけど、後で父さんにめちゃくちゃ叱られてさぁ……」
「それは……大変だったわね」
「だけど父さん、その後急に泣き出して俺達を抱きしめたんだ。俺達を……息子を失うかもしれないのが怖かったって。それで俺達も泣いちゃってさ」
私はその光景を想像して、目頭が熱くなるのを感じた。シルヴァスさんは例え血が繋がっていなくても、セファン君達を本当の息子の様に愛しているのだろう。
「俺さ、川に流された時に半分諦めてたんだ。俺は何やっても出来が悪いし、悲しむ家族もいない。イジメられっ子で悲しむ友達もいないから別にこのまま死んでもいいのかなって。だから、タネリが飛び込んできた時、すごくビックリして……俺なんかを命懸けで助けようとしてくれて嬉しかったんだ。アウラにも泣いて怒られるとは思わなかった」
そう話した後、セファン君は口ごもる。サンダーが心配そうに彼に鼻を擦り寄せた。
「それじゃあ……ちゃんと捕まえてあげないとね」
セファン君が私を見る。少し驚いた様な顔だ。
しかし少々の間の後、彼の悲しそうな、切なそうな表情が決心した表情に変わった。口を結んで少しだけ笑う。
「……そうだな」
そう言ってセファン君は立ち上がる。そして川に向かって叫んだ。
「俺が引導を渡してやる! ……って、まだ犯人だって決まったわけじゃないけどな!!」
「ふふ、そうね。じゃあオルトのところに戻りましょ」
そう言って私は立ち上がる。すると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「俺はここにいるよ」
振り返ると、すぐ側にオルトがいた。私とセファン君は驚いて大きく目を見開く。
「ひゃ!! ビックリしたぁ。いつからいたの?」
「結構最初の方からいたかな。俺は八雲の護衛だからね」
「じゃあ話しかけてくれれば良かったのに……」
「いや、何か話しかけ辛い雰囲気だったしね。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど。ごめんね?」
「まぁいいわ。……で、今夜も張り込みするのよね?」
「そうだね。残りの一軒の近くで待とう。今度こそ犯人を捕まえる」
「俺も行く!!」
「じゃあ、今夜も遅くなるから今のうちに休憩しとこうか」
「はーい!」
こうして、今夜は三人で犯人を待ち伏せすることとなった。