第1話 出会い
ここは上依の里。周りは山と川に囲まれ、自然豊かな景色が広がっている。人口は少なく、辺境の何も無いいかにも田舎の里、といった感じだ。
とは言っても、生まれも育ちもこの里の私にはここが田舎と言われてもこれが普通なのだからピンとこない。たまに外から入ってくる情報を聞くとここって田舎なんだなとは思うけれど、何となくそう思うくらいで特に実感は湧かなかった。
いつか外の世界に出て、噂に聞く都会とやらを散策してみたい。
この里はとても長閑だ。朝は鶏の声で起き、山で採れた山菜や畑で採れた作物を朝ご飯に食べる。その後は畑の手入れをしたり、家畜の世話をしたり、子供は学校へ行って勉強する。学校が終われば山の中でかくれんぼしたり、田んぼでザリガニを捕まえたりして遊ぶのだ。
そして夕方になれば、農作業を終えた大人と遊び終えた子供は家に帰り、この里で採れた食材で作られた夕飯を家族で囲む。夜にはカエルの鳴き声やフクロウの鳴き声が聞こえてくる。心地よい冷たさの風にあたりながらその声を聞きつつ、綺麗な星が夜空いっぱいに広がっているのを眺めるのが私は好きだ。
そうして同じような日常が、ゆっくりと過ぎていく。
こんなのどかな里だから、治安もまぁ悪くない。外から来る人はともかく、元々この里で暮らしている人達は皆ゆったりしていて悪さをするような輩はいない、そう思っていた。
──それが、甘かった。
「待てコラ!!!」
「逃げられると思うなよ!!」
良い人ばっかりだし、大丈夫だろう! ……なんて油断していたものだから、私は今こうして男三人に追いかけられている。
先頭を走るのは白いタオルを頭に巻いた男。農作業をしているおじいちゃんおばあちゃんがよくしているタオルスタイルだ。しかし彼は農作業をやりそうにはどうも見えない。……もしかしたらハゲ隠しだろうか。
そしてタオル男の右後ろにはトサカヘアーの男、左後ろにはリーゼントの男が走っている。足を踏み出す度にその纏めた髪が大きく揺れ、どんどん乱れていく。トサカヘアーはまるで扇子のごとく優雅に横揺れしており、情緒的なものを感じる。いや、感じない。リーゼントは縦方向に揺れて視界を塞ぐので非常に走り辛そうだ。足元不注意になって転んでしまえばいいのに。
と、そんな事はどうでもいい。彼らの目的は金品だ。やはり、アクセサリーや服はもう少し目立たない様にしなければダメだったらしい。私は駆けっこにはそこそこ自信があるのだが、やはり相手が男三人となると分が悪い。どうにかして撒かなければ……!!
こんな田舎町だから人なんてそうそう歩いていないため、助けを呼べる状況ではない。
何とか逃げ込めそうな場所がないかキョロキョロしながら必死に走っていると、遠くの木橋の上に人影が見えた──一瞬、その金髪の青年と目があった様な気がする。髪の色といい、服装といい、この辺りで見かけるような格好ではない。異国の人だろうか?
しかし助けを請おうにも距離が遠い。そして異国の人に助けを求めたところで助けてくれるだろうか?
そんな事を考えながら走って移動している間に、その人は物陰に遮られて見えなくなってしまった。
あぁ、チャンスを逃した……! しまった、どうしよう。
そう思っていると、入り込めそうな路地裏への道が目に付いた。私はすかさず方向転換してそこへ入る。
後ろから、男達もこの路地裏へ入って来た音が聞こえる。何か怒りながら叫んでいる様だ。
それに構わず私は入り組んだ道をクネクネとひたすら走り、なんとか逃げ切ろうとする。
「どこか隠れる場所があるといいんだけど」
このまま走り続ければ、きっと追いつかれてしまう。それに体力もかなり消耗してきているのでここは身を隠すべきだ。どこか身を潜めるのに良い場所がないか探しながら私は駆ける。
……ところが私の前に現れたのは、静かに、そして残酷に佇む行き止まりだった。
「げ、やば……!!!」
私は立ち止まって頭を抱える。すると背後に迫る足音が聞こえた。全身の血が凍ったような感覚に襲われる。青ざめた表情で振り向くと、追いついた男三人が鬼の形相で私を見ていた。
「残念だったなぁ? 嬢ちゃん」
「さ、観念しな……」
男三人はいやらしい顔で笑いながらゆっくりとこちらへ歩いて来る。少しずつ近づいて来るのに合わせて、私は壁に向かって後ずさる。何歩か下がっていくと、背中に冷たいものが当たった。壁だ。あぁ、万事休すか……。全身から冷や汗が流れ、心臓の鼓動が速くなり、そして足がすくみ出すのを感じる。
すると近づいてきたタオルDEハゲ隠し男の手が私の顎に手をかけ、上げる。悪意に塗れたその目が私を捉えて離さない。
「本当は金目のもの奪って逃げようかと思ってたが……あんた綺麗な顔してるじゃないか。こんだけ手間かけさせられたんだ。ちょっと楽しいこと、付き合ってもらおうか?」
その言葉を聞いて、悪寒が私の体中を駆け巡る。逃げなければ……! しかし体が恐怖に凍りついてしまい、手足が震えて動かない。
「い、いや……!!」
何とか振り絞って出てきた声。弱々しいその声を聞いて口角を上げるタオルハゲ隠し男。
そして直後、彼の手が私の体へと伸びる。
助けて! そう心の中で叫びながら目をつむった瞬間。
何か、鈍い音が聞こえた。私の体には何も触れていない。……恐る恐る目を開ける。
すると、先程まで目の前にいたハゲ隠し男の姿が消えていた。その代わり、さっき走っている時に見た金髪の青年が立っている。
「大丈夫?」
金髪の青年がわざわざ屈んで目線を私と合わせてくれながら言う。下を見ると、ハゲ男が倒れていた。
「え…? あ、えと……は、はい」
私が答えると、金髪の青年はにっこりと笑う。
青年の後ろに立っている残り二人の男も私と同様、呆気に取られている。しかし、はっと我にかえった。そして顔を怒りで歪めながら青年に殴りかかる。
「てめ、何しやがる!!!」
「いきなり出てきて何モンだ!!」
青年の後ろから襲いかかる二人の男。
「あ、あぶなっ……!!」
しかし私の口からその声が出た瞬間、右後ろから襲ってきていたトサカ男の体が大回転する。思わず目を疑った。青年が彼の腕を掴み、その大きな男の体をいとも簡単にひっくり返したのだ。
「なっ!!???」
青年は百八十度回転したトサカ男の腹に拳をお見舞いする。苦しそうな喘ぎ声が出ると共に、トサカ男の体が力を失う。更に青年は白目を剥いたトサカ男を抱え上げ、リーゼント男に向かって投げ飛ばした。
仲間を投げ飛ばされて怯んだリーゼント男。その隙を見逃さず、青年は仕上げに華麗なキックを腹へと入れた。モロに食らってリーゼント男は呻き声をあげ、そして白目を剥く。
こうしてあっという間に二人共のびてしまった。数では不利だったにも関わらず、余裕で勝利した金髪の青年はパンパンと手をはたいてこちらを見る。
「大変だったね。もう大丈夫だよ」
金髪の髪に青い瞳、端正な顔立ち。身長は百八十……いや百八十五センチくらいあるだろうか。白いシャツに防具ベスト、黒いパンツ。その腰には細かい紋様の入った柄がついた剣が下げられており、鞘もなんだか凝ったデザインとなっている。所謂名剣というやつなのだろうか。
顔が綺麗でスタイルも良いという何とも外見偏差値の高い青年は爽やかな笑顔を私に向けてくる。
綺麗なその姿に、思わず私は見惚れてしまった。