第184話 絆
王城での決戦の日から三日。ユニトリク王であるゼルギウスは架空の人物であったこと、ギルベルトが作ったコンクエスタンスという組織の存在、そして彼がこの国や周辺他国に行ってきたことが全て白日の下に晒された。勿論、エルトゥール一族滅亡の件の真実もだ。
俺は十年越しにようやく無実の罪を晴らすことができたのだ。
「……なんか、変な気分だな」
これでもう身を隠す必要はない。名を偽る必要もない。
コンクエスタンスを潰したのでもう神子信仰が脅かされることはないし、ユニトリクは明るい未来に向かって歩いていけるはずだ。エルトゥール一族だってこれから復興していける……と思う。
自分の旅の目的を果たすことができた。決して楽な道のりではなかったし、呆気なく終わった訳でもない。だが、達成感があるというよりは、まだ実感が湧いていないのか……不思議な気分だ。
今まで肩に荷が乗り過ぎていて、降ろして急に軽くなった体に違和感を覚えるような感じだろうか。
「なにぼーっとしてんだよ、ユウ」
「はは、ちょっと物思いにふけってた。そっちの調子はどう?」
「やることだらけでめちゃくちゃ忙しい。この面会終わったらまたすぐ仕事戻らないといけねぇ」
「大変だね騎士団長様は」
王城の一階ホールの待ち合わせ場所にレオンが来た。頭を掻きながら溜息をついている。目の下にはクマができており、顔からは疲労がうかがえた。
レオンは今、憑魔によって破壊された町の復旧、先日の一件によって不安定になっている国民の不安の解消、そしてバラバラになったローウェンス一族の再興など、騎士団長として、そしてローウェンス家嫡男としての仕事を一手に引き受けて走り回っている。
ギルベルトとハインツの二人が王位を退き、現在はベルトラムおじさんが王の代理を務めている。ティアナおばさんの補助を得ながら、ギルベルトが刺客を差し向けた国への謝罪や、コンクエスタンスの残した実験場などの後処理、自国の復興や国民のケアなどで忙殺されていた。
「本当、忙しすぎて体がいくつあっても足りねえ。まぁ父上ほどじゃねえねえけどな」
ベルトラムおじさんは、十年に渡るギルベルトの悪行が公表されたことで生まれる国民の混乱を収めることに尽力しているのだ。発表当初は人々は皆騒然としていたが、ようやく事態を飲み込み始めてきていた。
ちなみにギルベルトとハインツ以外のバルストリア家の人間には憑魔が憑けられていた。憑魔から解放された今、彼らも一族の復興に全力を注いでいる。
また、ここ十年神子がいなかったお陰で、自然災害による被害や農作物の不作、治安の悪化が進んでいた。レオン率いる騎士団が機能していたためそこまで深刻にはなっていなかったが、ライファルト王の時よりも国力が低下しているのは確かだった。なるべく早く、神子信仰を復活させなくてはいけない。
「そういうユウはどうだ? ちゃんとエルトゥール一族は復活できそうかよ?」
「うーん、色々と努力はしてるよ。まぁ一族の血を引いてるのが俺しかいないから、だいぶ道のりは長いけどね。取り敢えず、謝礼金やら慰謝料やら結構お金貰えるっぽいから、それで基盤になる家でも建てようかな」
「悪者を倒した賞金と冤罪被らされたお詫びの金でマイホームか」
「王族じゃないのにずっと王城で暮らし続けるのもなんかなーと思ってね。ひとまず足がかりになる家を作って、ジゼルと一緒に少しずつ一族復興していこうかなと。ジゼルは世界のどこかに散っているかもしれないエルトゥール一族の生き残りを探すってさ」
「別にユウは父上の仕事の手伝いしてるし、王族と無関係って訳でもねえだろ? てか今誰も王じゃないんだから、王族とかいねえよ」
するとレオンが眉根を寄せてこちらを見る。俺は首を傾げた。
「っていうか、正式じゃねえけど神使はユウを選んだんだろ? じゃあ暫定でも何でもユウが王でいいじゃんか」
「だから、それはハルモが引退したから違うって話になったろ? 次の神使がすぐ来るだろうから待とうよ」
──そう、ハルモはあのギルベルト達との戦いで全てを使い果たしたのだ。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
三日前、ギルベルトが消滅し、ハインツが泣き崩れた後のこと。
ベルトラムおじさんがハルモの前に跪く。ハルモはゆっくりと起き上がった。
ベルトラムおじさんは頭を下げる。
「お初にお目にかかります、ローウェンス家当主、ベルトラム・ローウェンスと申します。神使様、ギルベルトの度重なる非礼、私からお詫び申し上げます」
『頭を上げなさい、ローウェンス家の長よ。此度の件に関して、あなたが責を感じることはありません』
脳内に響く、ハルモの美しい声。ベルトラムおじさんやレオン達にも聞こえているらしい。
「神使様の慈悲深さに感謝いたします。……ところで、十年前から延期されていた神子選考の件ですが……神使様はユウフォルトスを選んだ、ということでしょうか?」
『はい。確かにあの時、私は彼を選ぼうとしていました。……残念ながら選ばれる前に彼は国外へと追放されてしまいましたが』
「ギルベルトの思惑に気付き、止めることができなくて申し訳ございませんでした。ですが、ということは、こうしてユウフォルトスが戻ってきた今、神使様は神子として彼をお選びになるということでしょうか?」
『それですが……』
するとハルモは俯き、目を伏せる。そして開いた優しい、そして少し悲しげな目でこちらを見つめてきた。
『非常に心苦しいのですが、私は先ほどの戦闘でかなりの傷を負いましたし、力をほぼ使い切ってしまいました。例えどれだけ休もうと、あれだけ使ってしまった神使の力が戻ることはもう無いと思います。私には……もう神使を務める能力はありません』
「!」
俺を含め、ハルモ以外のその場にいた者が驚く。
確かに、この戦いでハルモが使った力も、受けたダメージも大きい。憑魔を浄化し、亜空間を破り、俺に大量の氣力を渡し、瀕死の葉月を蘇生させしかも成長させた上で力を渡したのだ。尾も失ってしまっている。
『焔瞳……すみません。私は、あなたを神子に召し上げることができない』
「いや、俺は大丈夫。むしろ無理させてしまってすまなかった。助けてくれてありがとう、ハルモ」
俺もベルトラムおじさんの隣に跪く。するとハルモは目を閉じてこうべを垂れた。
俺は彼女の頭を撫でてやる。ハルモは嬉しそうに目を細めた。
そして撫で終わった後、頭を上げる。
『……次の神使がすぐに現れます。神使が誰を選ぶのかは、その時の神の決め事なので私達には分かりません。ですから、私が次の神使にあなたを推薦だなんてことはできませんが……御武運を』
「ありがとう。ハルモは次の神使が誰か知ってるの?」
『知ってる、というよりは分かる、ですね。……まぁそれはお楽しみにしておきましょう』
「?」
ハルモは小さくクスクスと笑う。そして九本の──今や綺麗に残っているのは六本となってしまったが──尾を立てた。
すると彼女の体が淡く発光する。
『それでは、私はこれにて失礼いたします。どうか、この国を良き方へと導いていってくださいね』
「ハルモ!」
『さようなら、ユウフォルトス・E・エルトゥール』
ハルモはそう言い残して、素早く穴の空いた壁へと飛ぶ。そして穴に着地し、そこから大きく飛んで王城の外へと出て行った。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「次の神使ってどんな奴なんだろうな?」
「さぁ……ハルモはなんか意味深に微笑んでたけど」
次代の神使の姿形など皆目見当も付かない。だがあの時のハルモの表情からして……もしかして俺が知っている者なのか?
「まぁ……考えてても分からないし、大人しく待とうよ。現れたらまた十年前と同じ様に神子選考やるんだよね?」
「父上はそのつもりだ。もしやるとしたら、ローウェンス家からは俺が出る予定だぜ。ユウも出る……よな?」
「うーん、そうだね」
「歯切れ悪いなぁ? やっぱ子供の時と同じで神子には興味無えのか? まぁ俺としてはその方が候補者が減って嬉しいけど」
「いや、神子選考は出るつもりだし、もし選ばれれば勿論ちゃんと神子として務めるつもりだよ。ただ、俺は十年間ユニトリクを離れてたから、レオンやハインツ達と違ってこの国の現状とか情勢とか詳しく知らないし……国から逃げてた身だからね。ちゃんと務まるのかってのと、俺なんかが相応しいのかなって」
旅する中で、何人もの神子に会ってきた。神子達は性別も年齢も性格も様々だったが、総じて言えることは、誰もが芯のある、心の強い人間だということだ。
八雲も、エイリンも、フィオラも、不思議な強さを持っている。だが俺に彼女達が持つ強さがあるのか、神子に相応しい人物であるのかは……分からない。
「おうおう、もう選ばれる気満々じゃねえか。さすがハルモ様のお墨付きは違うねぇ」
「えっいやごめん、そういうつもりじゃなくて……」
「ははっ。分かってるよ。でもまぁ、新しい神使が出たところでなんかユウが選ばれる気が濃厚な気がするけどなぁ」
「そんなの分からないよ。ハルモだって言ってたじゃないか」
「まあな。俺だって選ばれたいし、選ばれるために努力するさ。だからユウも頑張れ。そのために今父上の手伝いを率先してやってんだろ?」
「うん、政治的な判断とかは経験がものを言うしね。頑張って十年分の知識を取り込むよ」
「おし、じゃあ立ち話してないでそろそろ行こうぜ。ハインツが待ちくたびれてるだろうし、俺も後がつかえてる」
「そうだね」
そう、俺達は今からハインツのもとへ行くのだ。彼は今、罪人として牢屋に入れられている。一日一回の面会が許されており、今日はレオンと共に行くのだ。
昨日一昨日とハインツはまだ精神的に落ち着かなく、あまりゆっくり話すことができなかった。今日こそはちゃんと会話できるといいのだが。
「そいや、御嬢さん達の様子はどうだ? 今何してる?」
歩きながらレオンが話しかけてくる。
「八雲はセファンの看病中だ。琴音はコンクエスタンスと竜の鉤爪の後処理をしてくれてる」
先の戦いで大きく負傷したセファンはまだ本調子ではなく、王城の一室で休んでいる。八雲は彼の世話をしているのだ。当然葉月とサンダーも一緒。
琴音はコンクエスタンスの残党がいないか調べたり、ザウルが排されたことで殺気立つ、フェラーレルに潜伏する竜の鉤爪団員を粛せ……退去勧告したりしている。
「お宅の忍のお姉様は優秀だなぁ。俺達騎士団が手の届かない範囲までしっかりカバーしてくれてる。うちの諜報部員として欲しいくらいだ」
「琴音は凄く優秀だよ。でもたぶんユニトリクには留まらないだろうね。弟と一緒に故郷に帰るんじゃないかな」
「へぇ、弟がいるのか。まぁそれならそうだよな」
少し微笑むレオン。
俺達は階段を下りていく。
「ビアンカの様子はどう?」
「ぼちぼちだな。長い監禁生活で落ちた体力を取り戻すためにトレーニングしつつ、ローウェンス家復興の手伝いをしてくれてる。表情は明るくなってきたぞ」
「そりゃ良かった」
「なぁユウ……お前はあの御嬢さんのことが好きなんだよな?」
「は、はぁ!!?」
いきなり斜め上からの質問を投げかけられて、思わず俺はたじろぐ。いや、今更こんな問いにたじろぐな、俺。
「…………あぁ」
「……ぶっ」
「な、レオン笑ったろ今!?」
「ごめん、珍しくユウが狼狽える姿が見れて凄え新鮮! その恥ずかしそうな顔とかマジで……ぷくく」
「笑うな馬鹿!」
「あー悪い悪い。ふふっ。えっと、じゃあビアンカにはそういう感情は無いんだよな?」
「……ん?」
「あー、無いんなら良いんだ。その方が安心……安心なのか? いやまぁ、取り敢えず中途半端なことしてビアンカ泣かすなよ?」
「? なんかよく分からないけど、ビアンカを泣かせるつもりはないよ」
「ならよし」
レオンの意思はイマイチよく分からない。首を傾げる俺を放って、レオンはすたすたと歩いて行った。
しばらくして独房が設置されている地下階への入口に辿り着く。見張りの衛兵に声をかけた後、ゆっくりとドアを開けた。
ドアを開けた先の階段を下りていくと、左右に独房を連ねた廊下が現れる。迷わず奥へと進むと、最奥の牢屋でハインツがうずくまっていた。
「ハインツ、来たよ。今日はレオンも一緒だ。調子はどうかな?」
「……ユウ、レオン」
声をかけると、ハインツはゆっくりと顔を上げた。昨日よりもだいぶ落ち着いている様に見える。顔色も少し良くなっただろうか。
「調子は……どうかな。まだ頭の中ぐちゃぐちゃだし、悪夢も見るし動機もするよ……」
「ご飯は? 食べれた?」
「うん……今日は食べれた」
「なら良かった」
良かった、ちゃんと会話ができるくらいには安定してきている。俺とレオンは顔を合わせた。お互い、安堵の表情をする。
「ハインツ、欲しいものとかあったら遠慮なく言ってね。ここに持ち込めるものは限られてるけど、できるだけ努力するよ」
「……ありがとう、ユウ。…………ごめんね」
「どうしたの?」
「その……ユウに酷いこといっぱい言ったし、ユウも仲間も傷付けた。あの日のエルトゥール一族への襲撃は僕は全く知らされていなかったけど……でもその後父さんがユウを大罪人に仕立て上げるのを止めもしなかった。それどころか父さんと結託して、ユウを苦しめた。僕……どうかしてた。ただお父さんのためにって思って……それ以外考えられないでいた。」
「大丈夫、ハインツが本来ああいうことする人間じゃないのは知ってたし、傷は皆もうちゃんと治ってる」
「でも……僕、フェラーレルをめちゃくちゃにしちゃった……!」
「ハインツ……」
「あんなの、王がすることじゃない。僕はとんでもないことをこの国にしてしまったんだ……レオンの一族にだって酷い仕打ちをした。許されることじゃない」
「まぁ確かにギルベルトとハインツが俺の一族にしたことは許せねえよ。でも、コンクエスタンスの悪事の主犯はギルベルトだし、ハインツはハインツで追い詰められて正常な判断できなくなってたんだろ? それに今ローウェンス一族は絶賛復興中だ。俺達一族はそんな簡単にぶっ壊れるほどヤワじゃねえよ」
レオンは腕を組みながらハインツに話す。ハインツは涙目で、震え声で喋っていた。
「……でも、僕は罪人だ。裁かれるべき存在だ」
「ハインツ、確かに君が発動させた憑魔は国を混乱に陥れたし、国民を騙す行為もローウェンス家を虐げた件も、コンクエスタンスの行いに加担したことも、全て許せることじゃない。断罪されるべきだ」
「ユウ……」
「でも、だからこそ俺は、ハインツに前を向いて歩いて欲しい。自分が犯した過ちを、人に与えた苦しみや悲しみを、ちゃんと正面から見つめて背負って、少しずつ償っていってほしいんだ」
「ユウの言う通りだぜハインツ。俺達はお前にしょぼくれててほしいんじゃねえ。ちゃんと反省して、地道に償って、いつかは……また三人で笑い合いたいんだ」
レオンの言葉に、ハインツの双眸が揺れる。彼は呆気に取られた様に一瞬固まった後、ぼろぼろと涙をこぼした。
「うぅっ……二人共、何でそんな……どうしてそんなに僕に優しくするんだ……僕は大罪人で、皆に酷いことをしたのに」
「どうしてそんなって……なぁ?」
レオンは俺の方を見る。俺は口角を上げながら見返した。
「「親友だからだ」」
「……!!」
幼い頃、よく三人で遊んだ。お互いにとても親しい、信頼できる友人だと思っていた。それは今も変わらない。
例えハインツが罪を犯し、俺達に危害を加えたとしても、それは彼自身の本質から出たものではないし、彼ならきっと元の優しい人間に戻れると信じている。
三人の絆は、未だ解けてなどいないと信じている。
「ユウも、レオンも……本当に昔から変わらない。……本当にお人好し過ぎるよ」
「「ありがと」」
「もう……本当に馬鹿なんだから」
ハインツは涙を流しながら微笑む。十年ぶりに見た、彼の温かい笑顔だ。
ようやく叶った三人の再会。それぞれ心に傷を負いながら、何かを背負いながら、辿り着いた。
俺達はそれからしばらく時間を忘れて話していた。




