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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第183話 王城戦終幕

 虹色に輝く火竜に飲まれるギルベルト。火竜に飲まれたまま飛ばされ、勢いよく壁に打ち付けられる。衝撃で壁が激しく破壊され、大量の瓦礫が床へと落下した。

 力を使い果たした火竜は霧散し、壁にめりんでいたギルベルトの体が支えを失って落ちていく。彼が床に激突した瞬間、鈍い音がした。


「ぐ、う……」


 あれだけのダメージを食らっても、まだギルベルトは気を失っていない。俺はすぐに結界の床から飛び降り、彼の元へと駆けていく。

 足音に気付いて、ギルベルトはゆっくりと起き上がりこちらを睨んだ。


「まだ、まだだ……エルトゥール……!!」


「頼むからもう……降参してくれ」


 掌から火の玉を発射するギルベルト。俺はそれを宝剣で真っ二つにし、彼に接近する。

 続けて出された鎌鼬も避けて、彼の喉元に宝剣の切っ先を当てた。


「私を殺すか、エルトゥール?」


「……できれば、殺したくはない」


 大切な家族を奪った相手。仲間を傷つけ、世界中の神子達を苦しめている敵。今すぐ、屠るべき人間だ。

 しかし、幼い日に良くしてもらったギルベルトの面影が、父さんが友人であるギルベルトのことを楽しげに語る笑顔が、そして何より──離れた場所で俯き、生気を失った双眸でこちらを見つめているハインツの縋るような表情が、俺の腕を押しとどめた。


「お、父さ……ユウ……」


 微かに聞こえるハインツのかすれ声。

 そのほんの少しの躊躇った時間。俺の瞳が困惑に揺れたのを、ギルベルトは見逃さなかった。


「甘いな!!」


「!!」


 ギルベルトの殺気。背後から迫る気配。

 しまった、と全身の血が引く。


 咄嗟に振り返った瞬間、氷の槍が体を貫く低い音が鳴り、そして真っ赤な血飛沫が舞った。


「な……!!」


 全員が、大きく目を見開く。八雲が、思わず口を手で覆った。


「そんな……!!」


 時が止まった様に、静まり返る謁見の間。

 背中から胸を貫かれ、それでも倒れるまいと懸命に足で踏ん張って体を支えている。氣術で刺した本人であるギルベルトも驚いて口をポカンと開けていた。


 俺の後方で刺されていたのは────ベルトラムおじさんだ。


 彼は床から生えた氷の槍と俺との間に割り込み、その身を貫かれたのである。

 胸から突き出る槍の先。貫通した個所からは血がだらだらと流れ出ており、ベルトラムおじさんは苦痛に顔を歪めている。


「父上!!」


 悲痛な叫び声をあげながら、レオンが走ってくる。するとベルトラムおじさんは声を張り上げた。


「来るな!!」


「!?」


 血混じりの咳をしながら声を荒げたベルトラムおじさんを見て、レオンがビクっとして立ち止まる。そして彼は俺の方を見た。


「どけ、ユウフォルトス」


「えっ……!!?」


 ベルトラムおじさんは腕で無理やり俺の体を押しのける。俺はたたらを踏みながら方向へ退いた。

 ベルトラムおじさんは神妙な顔をしながら、ギルベルトへと近づく。ギルベルトは困惑した表情でベルトラムおじさんを見上げた。


「友の不始末は、友が片付けよう」


「ベルトラム……」


「いくぞ、ギルベルト」


「──!!」


 座った状態のギルベルトを、ベルトラムおじさんが殴りつける。ギルベルトは避ける素振りを見せなかった。

 胸を殴りつけた瞬間、その拳から刃が生え、ギルベルトの体を突き刺す。その衝撃にギルベルトの体が揺れた。


「がはっ」


 胸を貫く刃。それは体を貫通し、切っ先は鮮血で濡れていた。

 直後、ベルトラムおじさんは膝から崩れ落ちる。ギルベルトとベルトラムおじさんが向き合って座る形となった。


「ち、父上!!」


 どうすれば良いのか分からず、レオンが涙目で声をあげる。ビアンカとティアナおばさんは涙を流している。

 すると、ギルベルトが歪に微笑んだ。俺の位置まででかろうじて聞こえるくらいの声量で呟く。


「すまないな、ベルトラム…………だが、私はこのまま死ねない」


「……?」


「ごほっ……私の体には術が組み込まれていてね。私が死ぬ際、コンクエスタンスの情報が漏れない様に爆発する仕組みとなっている。……まぁ、組織の人間が皆死んでしまった今となっては、何の意味も無くなってしまったが」


「! 離れろユウフォルトス!!」


 ギルベルトの体が発光し始める。

 いけない、このまま爆ぜればベルトラムおじさんが──


「私と共に朽ちてくれベルトラム」


「ダメだベルトラムおじさん!!」


「父上!! 逃げてください!!」


 ギルベルトの声は聞こえなかったであろうレオンも、異常を察知する。ベルトラムおじさんの元へと駆ける、俺とレオン。しかしベルトラムおじさんは覚悟を決めた目で首を振る。

 来るな、俺はこいつと共に逝く、そう言いたげな目だった。

 直後、眩い光がギルベルトの胸から放出される。


「っ!! 死なせない!!」


 俺は殆ど残っていない氣力を振り絞り、風を出す。ギルベルトの前でうずくまっていたベルトラムおじさんの体に勢いよく吹き付け、そして一気に飛ばした。

 彼の体がギルベルトから離れたと同時に、ギルベルトの周囲に分厚い氷の壁を出す。


「八雲、結界を!! 爆発する!!」


「え、えぇ!!?」


 驚きながらも、八雲は氷の壁の外側に結界を形成する。かなり分厚い、強力なものだ。

 次の瞬間、ギルベルトは爆発した。瞬間的に出た強烈の光の後、大音量の爆発音と共に爆炎が上がる。

 氷の壁が一瞬で弾きとんだ。


「くっ!!」

「ひゃああっ!!?」


 猛烈な爆風と爆炎が結界にぶち当たる。恐らくギルベルトの中にあった残りの氣力が全てつぎ込まれているのだろう。強力な爆発は分厚い結界を強く振動させた。

 収まりきらない爆発の威力が、結界にヒビを入れる。


「ま、まだよ!!」


 八雲は結界の外側に、更に結界を張る。もう氣力が尽きかけているのか、先ほどのものよりは壁が薄い。


「くそ、このままじゃ……!!」


 結界が破られてしまえば、ここにいる全員が爆発に飲み込まれて死ぬ。ここまできて巻き込み自爆で全滅なんて、笑えない。

 すると、一枚目の結界が勢いよく割れる。光の粉となった結界を焼き飛ばしながら、爆炎は二枚目の結界に衝突した。

 すぐに亀裂が入る。俺は再度壁を作ろうと、氣力を練った。

 もう俺の中にはほぼ氣力が残っていない。それでも、何かしなければ。


 そう思いながら術を放とうとしたその時、結界の周囲に光の線が走った。


「!!?」


 光の線は結界をまるごと飲み込む様な巨大な立方体を描く。耐えきれずに結界が破れた。

 次の瞬間、半透明の面が現れ、光の線に沿って亜空間が形成される。爆発が亜空間の中で留まった。


「な……!?」


 俺は振り向く。すると、壁際で立ち上がったハインツが掌を向けてこちらを見ていた。

 汗を垂らし、息を切らしている。その双眸には、複雑な感情が入り混じっていた。


「ハインツ……!?」


「……お、お父さん……僕は、僕は……」


 ハインツは悲しそうな表情で下を向き、そして差し出していた手を引き戻して握る。

 すると、それに合わせて亜空間が縮小した。どんどん小さくなる亜空間は、爆炎を閉じ込めたまま静かに拳ほどの大きさにまでなる。

 そして更に小さくなり、そのキューブは完全に消滅した。


 ハインツは小刻みに肩を震わせながら、その場にへたり込む。


「……僕は、僕は……一体何を……。ユウを殺すんじゃなかったのか……? 何がしたいんだ……どうしたんだ……。僕は、お、お父さんを……裏切ってしまった……? 僕が最後にお父さんを……殺してしまった……?」


 ハインツが震え声を出す。自分を抱きしめ、狼狽した様子で床を見つめていた。


「……ハインツ、君が殺したんじゃない。ギルベルトは……ギルベルトおじさんは……」


「俺が殺したんだ、ハインリヒ」


「! ベルトラムおじさん……」


 ギルベルトは自ら命を絶った、と言おうとしたところを遮られた。起き上がったベルトラムおじさんは、傷口を押さえながらハインツの方へと歩いて行く。


「父上、無理に動かないでください。傷に障ります」


 駆け寄るレオンの制止を無視して、ベルトラムおじさんは進む。俺もハインツの元へと歩み寄った。

 うなだれるハインツの前でベルトラムおじさんは立ち止まる。そしてしゃがみ、ハインツと目線を合わせた。


「ギルベルトが自爆する直前、あいつに致命傷を与えたのは俺だ。死ぬキッカケを作ったのは俺だ。ハインリヒ、お前じゃない」


「……あ、う」


「だが殺した責は無くとも、この国を混乱に陥れた責はある。……それを、覚えておけ」


「……うぅ」


 ベルトラムおじさんは低い声でハインツにそう告げた後、立ち上がる。

 そして俺を見た。


「ユウフォルトス、なぜ俺を助けた」


「え、なぜって……」


「俺は……ずっと考えていた。ギルベルトの……友の間違いを正してやることができなかった。友の悩みに気付き、手を差し伸べてやることができなかった。その結果、ギルベルトは闇に堕ち、ライファルトを失うこととなった」


 神妙な面持ちで話すベルトラムおじさん。そんな様子で喋りかけられたことに俺は少し驚く。


 俺の思い出の中のベルトラムおじさんはとても気難しい人間だった。自分にも他人にも厳しく、曲がったことは嫌いで、あまり人と話したがらない。だが実力は確かで、機転も利くし当主としての器も十分に備えていた。つまり人当たりが良くないという点が玉に瑕な人なのだ。

 そんな性格からか、俺の中での印象は正直、苦手な大人、といったところだった。目つきは鋭くて怖いし、口調も強めなので威圧感を感じる。話しかけられる時は常に背筋が伸びた。


 だからこそ、今こうしてベルトラムおじさんが俺に対して穏やか……というか、弱い口調で話していることが驚きなのだ。

 それが俺がもう子供と呼べる年齢ではなくなったことに起因しているのか、それとも──


「そんな、おじさんのせいじゃ……」


「ギルベルトが心の闇に囚われてしまった一番の原因は、あいつ自身の心の弱さだ。だが、その精神崩壊の引き金を引かざるを得なかったのには、周りの影響もある。俺はその可能性に気づいていながら、何もしなかった」


「……」


「ライファルトが殺されて、ローウェンス一族もギルベルトの意のままに支配されて……後悔したよ。そして、何もしてこなかった自分に責任を感じた」


「それは違いますよ、ベルトラムおじさん。あなたに責任は無い。むしろ被害者だ」


「だが、思うのだよ。あの日、ライファルトと共に飲み交わした日に、ギルベルトに何か声をかけてやれば良かったのだろうか、と。昔を思い出す度に、懐かしさと後悔を感じる。だから俺は……友を救えなかったこと、変わり果てた友人から一族を守り抜けなかったこと、その責任を取るためにあいつと逝こうと思ったんだ」


「父上……」


 レオンが悲痛な顔でベルトラムおじさんを見る。

 俺は心の中にモヤモヤとしたものを感じた。


「あーもう……」


 握る拳に力が入る。そして、こちらを見据えるベルトラムおじさんの双眸を睨み返した。


「だから、違う!! 何でそうなるんですか! ギルベルトと一緒に死んだら責任が取れる? 違うだろう!? 俺は父さんとあなたとギルベルトの絆がどれほどのものだったかは知らないです。でも、友人を救えなかったからって、一族を危険に晒したからって、それが命を捨てる理由にはならない!!」


 思わず、叫んでしまっていた。全員が、キョトンとした表情でこちらを見る。


「あなたにはまだ生きている家族がいる! 守るべき人達がいる! 自分が死んだら、悲しむ人がいる! ……だから、お願いだから……簡単に死のうとしないでください」


「ユウフォルトス……」


「俺は昔、全てを失いました。その時の絶望は今でも忘れません。……どうか、あんな悲しい思いをレオンやビアンカにさせないでください」


「ユウ、お前……」


 俺は、たくさんの大切な人を失ってきた。命の尊さを知っている。だからこそ、自分が今まで奪ってきた命の重みも分かっているつもりだ。それを一生、背負っていく覚悟もある。

 だから、助かる命を、失わずに済む命を、安易に手離さないで欲しい。


「せっかく生きてるんだから、無駄にしたりしたら俺……怒りますよ」


「……くくっ」


「?」


 真剣に話していたところで突然笑い出すベルトラムおじさん。彼が笑う姿も新鮮だ。


「ライファルトに似てきたな、ユウフォルトス。……お前の言う通りだ、先程は無様な姿を晒してすまなかった」


「あ、いえ。俺は……」


「さぁ、では……ハインリヒ。悪いが大人しく捕まって色々と聞かせてもらおう。罪人として」


「あ……」


 話の矛先が自分に向いたことに反応して、ハインツが顔を上げる。

 その憔悴した表情からは既に戦意は微塵も感じられない。まだ混乱しているらしく、虚ろな目が泳いでいた。


「僕は……一体どうすれば良かったんだ……僕はただ、お父さんに認めてもらいたくて……頑張ることが、この国の為にもなってるって思って……。なのに、なのに……間違ってた? 誰が? 僕が? お父さんが?」


 か細く、聞き取りづらいくらいの声でボソボソと話すハインツ。ベルトラムおじさんはこちらを見て、そして頷いた。

 俺はしゃがみ、ハインツと視線を合わせる。


「ハインツ……ごめんな。君はずっと苦しんでいたのに……気づいてやれなくて」


「な……何を言ってるんだよユウ……僕は……僕は、ユウを殺さないと……お父さんのために……あれ、でももうお父さんがいない……」


「神子選考のプレッシャーで押しつぶされそうだったことも、当主の後継としての重圧があったことも、俺達の言動にハインツがストレスを受けていたことも、それに……ギルベルトから虐待を受けてたことも。俺、無神経で何も気づいてやれなかった。本当にごめんな」


「…………。ユウ、僕は……僕は……」


 ハインツの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れる。そして彼は、泣きながら抱きついてきた。


「ユウ、ユウ……わああああぁ!!」


 えづきながら大声で泣き叫ぶハインツ。

 人知れず重圧と戦いながら、暴力を振るわれながら耐え続けていた彼は、ただ父親から認められたいがために頑張ってきた。盲目的にそれに固執するあまり、善悪の判断すらできなくなってしまっていた。

 しかしもう、彼が認められたがっていた父親はいない。

 ハインツの中で、何かが崩れ落ちた。彼の中では今きっと様々な感情が飛び交って、自分自身でも訳が分からなくなってしまっているのだろう。


 俺はそっと、彼の頭を撫でた。


「……ギルベルトはハインツのこと、自慢の息子だって認めてたよ。昔も、今も」




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