第182話 YELL
八雲の眼前に迫った氷の塊。俺は身動きを取ることができず、結界も壊れてしまった。
無防備な状態の八雲に氷が当たる、そう思った瞬間。
白い光が彼女の目の前に飛び込み、氷を粉砕した。
間一髪、氷を砕いたのは────葉月だ。
体の黒ずみは消えて、綺麗な白い毛並みと翼が元通りになっている。
「は、葉月!!?」
八雲が涙目で、そして嬉しそうに白竜の名前を呼ぶ。葉月は八雲を振り返り、頷きながらキュウ、と鳴いた。
ギルベルトが横目で葉月を睨む。
「な……まだ生きていたのかあの小賢しい竜め!!」
「く……らぁっ!!」
「!!」
体を蝕み続ける電流の痛みに耐えながら、宝剣を勢いよく発火させた。傷口を焼かれたギルベルトは顔を歪めながら肩を宝剣から抜き、飛びずさる。
俺は宝剣を手放し、そして操って、両手両足を拘束していた氷と岩を断ち切った。すぐに宝剣をキャッチしてギルベルトへと炎を放つ。ギルベルトは肩を押さえながら、苦い顔をして躱した。
「さっきの八雲の光で葉月も回復したのか……」
見たところ、壊死も停止しているし体に傷跡はほぼ残っていない。元気に八雲の前で羽ばたいている。
生きていて本当に良かった。
「葉月、ありがとう。本当に……あなたが無事で良かったわ」
八雲が愛おしそうに葉月をぎゅっと抱きしめる。葉月は頬を摺り寄せた。
「キュウキュウ!」
「うん! 一緒に……ギルベルトを倒すわよ!」
抱擁を終わらせた八雲と葉月がギルベルトを睨みつける。ギルベルトは額に青筋を立てた。
「お前らごときにこの私が倒せるかあああ!!」
「どっち見てるんだギルベルト!」
八雲達に向かって冷気を放出するギルベルト。すかさず俺は彼に斬りかかる。
八雲が張った結界によって冷気は防がれ、宝剣がギルベルトの腹を掠る。ギルベルトはすぐに放電して応戦してきた。
俺は飛び退いて電撃を避けながら、風の力を借りて勢いよく踏み切り、ギルベルトの懐へと入る。
「!!」
斬りつけようとした瞬間、足元に光が走った。俺とギルベルトを中心に、五メートル四方の四角形が描かれる。
即座に攻撃をキャンセルし、上昇気流で飛び上がった。直後、ギルベルトが亜空間に包まれる。
「危なっ。また閉じ込められるところだった」
亜空間を破るのには骨が折れるため、あそこには入れられない様に気を付けるのが最善策だ。きっと術者であるギルベルト自身は亜空間を自由に出入りできる。今もし捕まっていたら、恐らくギルベルトだけは亜空間から出て俺だけ一人閉じ込められることになっていただろう。
そうなれば、後はギルベルトのやりたい放題だ。亜空間内を炎や氷で満たすこともできるし、電流を流し続けることだってできる。身動きができない相手をいたぶることができるのだ。
今まで俺達や八雲にそうしなかったのは、余興を楽しむためであったり、そうする必要が無いくらい余裕があったから。だが今のギルベルトは違う。本気で俺達を殺そうとしている。
「さっきからちょこまかと……死ねえエルトゥール!!」
「……」
俺のことを『ユウ君』と呼んでいたギルベルト。それが、『エルトゥール』へと変化している。
「ギルベルト!! そんなに俺が憎いか!!」
結界の床に着地し、亜空間内にいるギルベルトに向かって叫ぶ。彼は眉間に皺を寄せた。
「あぁ憎いさ!! バルストリアを見下したエルトゥール、私を見下したエルトゥール、ハインツから王座を奪い取ったエルトゥールが!!」
「俺達一族はあんたの家を見下してなんていない!! あんたのことも見下してない!! さっき言ったじゃないか!!」
「ライファルトが王にならなければ……お前がいなければ……!!」
「──いい加減にしろ!!!」
「「!!」」
俺とギルベルトの怒鳴り合いに、突然横やりが入る。振り向くと、ベルトラムおじさんがこちらを見上げていた。
八雲の光のお陰で、全快とまではいかないがかなり傷は癒えている。
「この大馬鹿者が!! ライファルトが、ユウフォルトスが……エルトゥールがお前に何をしたと言うのだ!! 何もしていないだろう! お前が勝手に恨んでいるだけではないか!! 自分の思う様に事が進まないのを責任転嫁しているだけではないか!!」
「ベルトラム……お前にも私の気持ちなど理解できまい!!」
「今のお前の考えなど理解したくもない! 神子一族の当主ともあろうものが、私利私欲でユニトリクをめちゃくちゃにしおって……!」
「煩い煩い煩い!! 私は全てバルストリア家のことを想って……この国のことを想って行動しているだけだ!! 何が悪い!!」
「国のことを考えてる人間が、国民に憑魔を憑けたりするかよ!」
俺は叫びながら、ギルベルトがいる亜空間へと駆ける。八雲のそばにいた葉月も特攻してきた。
「行くぞ葉月!」
「キュウ!」
宝剣を振り、火竜を出す。葉月は力強く羽ばたき、光を纏いながら火竜と一緒に亜空間に体当たりした。
「おのれっ!」
亜空間の壁にヒビが入ったところで、ギルベルトが強い冷気を出す。壁を押す火竜と葉月を押しのけようとした。
「はああ!」
「ぐぅ!?」
ギルベルトの右腕の袖が発火する。遠隔操作したのだ。先ほど両手両足の拘束を逃れる際、一瞬少しだけ触れたのだ。
怯んだギルベルトは冷気の威力を刹那、弱めてしまう。その隙に火竜と葉月が壁をぶち破った。
「くそっ!」
ガラスが割れる音を立てながら粉々に砕けて消えゆく亜空間。ギルベルトはすぐに袖の火を消火し、火竜と葉月を避けた。
「まだまだあ!」
火竜を旋回させ、再びギルベルトへと向かわせる。竜は火の粉を大量に散らしながら襲いかかった。
「エルトゥールうぅ!!」
目を血走らせながらギルベルトが応戦する。彼の掌から出た火炎放射が火竜とぶつかった。
互いの炎が拮抗する。
「くそ、やっぱ氣術対決じゃ分が悪い」
俺の火竜はかなりの氣力量を使う。王城に潜入してからの戦闘で、既にかなりの氣力を消費した。恐らく火竜が出せるのはこれで最後だ。
対するギルベルトは氣力を大量消費する亜空間を何度も作り、空間転移を行い、こうして通常の氣術も威力の高いものを幾度と使用している。だが、きっとギルベルトには俺よりもまだ余力があるはずだ。
もしここで押し負けて火竜が消え、ギルベルトに一撃を与えることができなければ、後はきっと氣術でねじ伏せられてしまう。
「らああ!!」
火竜に込める氣力を更に増加させ、勢いを増させる。ギルベルトも負けじと炎を強化してきた。
「キュウウ!!」
氣術に集中するギルベルトの横に、葉月が突っ込んでいく。反応したギルベルトは葉月に向かって片手で電撃を放った。
葉月は素早く横回転しながら電撃を躱す。更に飛んでくる電撃の嵐を次々と避けていく。
「邪魔だ!!」
「ギュ!!」
「葉月!!」
電撃を避けた葉月の真下から、岩の柱が出現した。いきなり生えた岩を回避することができず、葉月は体を思い切り打ちつけられて飛ばされる。
同時にギルベルトは炎を消し、障害物が無くなって迫ってくる火竜を横飛びして躱した。そしてこちらに向かって再度炎を放ってくる。
「くっ!」
炎を避けつつ、壁に向かって飛んで行った火竜の軌道を変えてギルベルトへと向かわせる。すると、ギルベルトが歪に笑った。
「捕まえた!!」
「しまった!」
火竜の下に突然走った光。直後、火竜の四方に壁が出現し、床と天井が閉じられた。完全に亜空間に閉じ込められてしまった火竜が、中で暴れまわる。
「これでもうお得意の火竜は使えないだろうエルトゥール!! そろそろ氣力も尽きているはずだ、覚悟しろ!!」
「!!」
俺の体が炎に包まれる。体を焼かれながら、後方に飛ばされた。
「オルト!!」
「ユウフォルトス!!」
結界の床の端に倒れた俺を見て、八雲が悲鳴をあげる。ベルトラムが険しい顔でこちらを見ていた。
葉月も床に倒れている。痛そうに体を震わせながら、懸命に立ち上がっていた。俺も、全身に走る痛みを堪えながら立ち上がる。
「さぁ!! 死ね!!」
ギルベルトから放たれる冷気。それを避け、彼に向かって走る。
更に発射させる炎、雷、風、岩を躱して近づいて行く。
「もう……氣力は無駄遣いできない」
ギリギリで躱し、掠り、傷を作りながら少しずつ接近していく。ギルベルトは絶え間なく氣術で攻撃してきた。
「はは、もう術を出す力が残っていない様だな!」
ギルベルトまであと五メートル。しかし次の瞬間、足元に光が走った。
「!!」
横飛びして、形成されかける亜空間を躱す。躱されることが分かったのか、ギルベルトは亜空間の形成を途中で取りやめた。
俺は間髪入れずに斬りかかる。
「ぐ!!」
ギルベルトの肩から腰にかけて、浅い傷が入る。彼も既に肩には大怪我、その他たくさんの切り傷も負っていて、体力的にはかなり削られているはずだ。
お互い、もうそれほど余力は残っていない。
「私に触れるなああ!!」
大声を上げて冷気をばら撒くギルベルト。腕を凍らされながら、俺はまた後方へ飛ばされた。
着地し、宝剣を構える。ギルベルトは息を切らしていた。
「……もしかして、もう氣力が残り少ないのか?」
明らかに消耗しているギルベルト。今俺を吹き飛ばしたのは、亜空間を作る余裕が無いからではないだろうか。防御策としては、俺を吹き飛ばして離すよりも、亜空間の方が確実で安全だ。一度亜空間の中に閉じこもってしまえば、こちらはかなりの氣力を削ってそれを解除しにいかなければならないのだから。
そうしなかったのは、そうするだけの氣力が残っていないから。
「……もしくは、とっておきの切り札のために温存か?」
できれば後者であって欲しくない。もし切り札だなんてものがあったとしたら、今の俺では対処しきれない可能性が高い。
火竜は未だ亜空間の中。葉月は羽ばたき、俺の後方へと飛んできた。
「頼むから火竜、消えないでくれよ」
あの火竜が消えてしまえばもう強力な術は出せない。なんとしても亜空間を破り、火竜と宝剣を使ってギルベルトを仕留めたい。
「葉月、いけるか?」
「キュウ!」
後ろから力強い返事が聞こえる。頼もしい。
「ユウ、負けんじゃねえぞ!!」
下から聞こえる激励の声。レオンだ。
先ほどの治癒の光である程度回復したらしく、まだ傷はいくつも残っているが、起き上がれるくらいにはなっていた。よく見れば、セファンも琴音も立ち上がれる様になっている。フラつきながらも、心配そうにこちらを見ていた。
死の淵から逃れた仲間達を見て、安堵とそして心強さを感じる。
「あぁ……負けないよ!!」
葉月と共に飛び出す。ギルベルトが放った鎌鼬を、宝剣で両断した。
「葉月!」
俺はギルベルトに向かって走り、葉月は火竜が閉じ込められた亜空間へと飛ぶ。ギルベルトは二手に別れた俺達に、同時に氣術で攻撃してきた。
「はぁ!」
迫り来る電撃を躱し、ギルベルトへと接近する。葉月も電撃を躱した。
これから葉月が亜空間に激突するタイミングに合わせて、火竜を操り同じ面に衝突させる。
「させるかあぁ!!」
ターゲットを葉月に絞ったギルベルトが、特大火力の冷気を放出する。俺はすぐさま火炎放射を出して、葉月への射撃ルートを遮断した。葉月の近くを横断する炎に、冷気がぶち当たる。
しかし恐らく威力はギルベルトの方が上。すぐに押される。そう判断して即座にギルベルトの服を発火させつつ、接近して斬撃を放った。
「くっ!」
服を消火しつつ、紙一重で宝剣を避けるギルベルト。そのほんの僅かな時間のロスにより、葉月が亜空間の壁へと到達する。
葉月は壁に触れると同時に体を光らせた。
直後、葉月と火竜が攻撃した亜空間の壁が砕け散る。
「行けええぇ!!」
火竜の尾に向けて炎を放つ。出した炎が火竜と同化したのを確認して、すぐさま残りの氣力を炎伝いに送った。火竜の体が大きくなり、炎の勢いが増す。
この攻撃が、最後の一手だ。
もう体力も氣力も残量が無い。今自分が出せる全ての力を、この攻撃に注ぎ込む。
「エルトゥールの分際で、氣術に長けたバルストリアに勝とうとするなあぁ!!」
ギルベルトが火竜を迎え撃とうと、掌に氣力を集めた。
「えい!!」
「なっ!?」
ギルベルトが目を見開く。その両手には、一辺二十センチくらいの立方体の亜空間が装着されていた──いや、あれは彼の亜空間ではない。八雲の出した結界だ。
「これで氣術、出せないでしょう!?」
「小娘がああ!!」
八雲を阿修羅の様な形相で睨みつけるギルベルト。彼はすぐさま掌から勢いよく冷気を出した。掌を囲む結界の中に冷気が充満し、真っ白になる。ギルベルトは結界を破ろうと、物凄い勢いで氣術を発動した。
「はああ!!」
俺は火竜をギルベルトに向かわせる。轟音を立てながら近づく火竜があと数メートルで標的を捉える。
しかしその時、ギルベルトの結界が爆ぜた。解放された冷気が、火竜を迎え撃つ。
「くうっ!」
激しくぶつかる火竜と冷気の光線。暴風を撒き散らしながら氣術同士が押し合う。
お互い一歩も譲らず氣術を放ち続けるが、少しして火竜が押されだした。
「く、そ……!!」
体中から氣力を掻き集め、火竜に送る。少しだけ押し返すが、ギルベルトが更に冷気の勢いを増させたことで、再び劣勢に変わる。
すると次の瞬間、葉月が炎で援護射撃をしてきた。葉月の炎が火竜に加わり、勢いを増す。
「オルト、負けないで!!」
八雲が下で叫んでいる。
「オルト、頑張れ!」
「あなたなら勝てます!」
セファンと琴音が、エールを送る。
「ユウ、踏ん張れ!!」
レオンも叫び、その後ろではジゼルやビアンカ達が固唾を飲んで俺達を見守っていた。
「はは……こういうのって、力が出るもんだな!」
皆の応援で、力が漲る。今自分が出せる力を、限界まで、いや限界を超えて、振り絞る。
負けない。絶対に負けたくない。仲間の想いを背負い、一族の運命を背負い、そしてユニトリクの明るい未来を求めて、渾身の力で氣力を押し出す。
「行くぞおおぉ!!」
「なっ……!?」
次の瞬間、威力を増した火竜が輝き、大きくなりながら虹色の光を放つ。
火竜は力強く咆哮をあげながら冷気を押して弾けさせ、そして──ギルベルトを飲み込んだ。