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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第180話 託された想いと約束

 落下した葉月をキャッチした八雲が、大声で泣き叫ぶ。胸に葉月を抱きながら、涙をボロボロとこぼしながら。

 葉月から託されたこの好機。絶対に逃しはしない。

 宝剣を握る左手に力が入る。

 ザウルは体のあちらこちらに黒ずみができており、鉤爪が装着された右腕は重傷だ。対する俺も、全身傷だらけ。左手首の負傷も腹に空いた穴も完治してはいない。


「でもこれで……ようやく同じ土俵で戦えるな!!」


 宝剣の切っ先をザウルに向けた。ザウルが青筋を立ててこちらを睨みつける。


「あぁもう……死ねや!!」


 治癒能力をまんまと剥がされたザウルが鬼の形相で斬りかかってくる。凄い気迫だ。

 彼は鉤爪で攻撃してくる。それを宝剣で受け止めた。彼の右腕は深い傷を負ってまともに戦える状態ではないはずだが、しかし鉤爪の一撃は負傷を感じさせないくらい重い。


「く……らぁ!」


 風の補助を得てなんとか鉤爪を弾き返し、反撃する。カウンターをザウルは左手のサーベルで受け止めた。

 左腹を抉ろうと迫る鉤爪を躱し、同時に彼の服を発火させる。すぐさま水を出して消火したザウルに、電撃を食らわせた。


「ぐ……小賢しい!!」


「うわっ」


 サーベルが俺の右肩を斬りつける。ザウルは電撃を振り払い、鉤爪で突いてきた。俺は跳躍して回避しながら火炎放射を出す。

 ザウルは飛び退いて躱すが、その後ろに待ち構えているのは俺の氷柱だ。発射された氷柱達がザウルの脳天を貫こうと高速で飛ぶ。

 だがザウルはすぐに身を捻り、鉤爪とサーベルで全ての氷柱を打ち砕いた。そして砕いた氷柱の先端部分を握り、こちらに投げつけてくる。

 しかしあれは俺が作り出した氷。自在に操ることができる。腕の一振りで氷を粉々に爆ぜさせた。

 直後、ザウルが勢いよく飛び込んでくる。


「ぐ!」


 同時に振られた鉤爪とサーベルを、宝剣で受け止める。強い衝撃に手首が軋み、痛みが走る。

 次の瞬間、周囲が真っ暗闇に変化した。


「! またかよ……!!」


 ザウルと戦闘を始めてからこれで何度目の暗闇だろうか。毎回、防御用の氣術を発動しながら体に氣力を巡らせ解除、多少の傷をもらいながら戦闘再開、というパターンである。ザウルもかなり氣力を消費するが、俺も結構氣力を使うし大抵何かしらの傷を受けるので、じりじりと確実に消耗させられている感じだ。


「でも今度こそ無傷で乗り切ってみせ……あれ?」


 すぐに闇を取り払おうと氣力を巡らせた。炎を周囲に撒き散らしながら。

 ──しかし、闇が消えない。


「な……!?」


 血の気が引く。確かに今、暗闇を消し去ることができるだけの氣力を全身に巡らせたはずだ。なのに、何も見えないし何も聞こえない。

 焦る。鼓動が早鳴る。

 今、ザウルは目の前にいるはずだ。炎を撒き散らしているので距離を取ってくれているかもしれないが、それも上手く避けて攻撃しにきているかもしれない。今にも俺の首を、もしくは心臓を、もしくは頭部を刃で貫こうとしているところかもしれない。

 どうして術が解けない。氣力が枯渇してしまったか? いや、まだ氣力はある。

 では使用する氣力量が足りなかった? いや、今までと同じ量を使った。では何故?


「くそ……!」


 感覚を全て遮断されてしまっている以上、相手の攻撃を見て回避することができない。いつ殺されてもおかしくないのだ。

 すぐさま体の周囲に分厚い氷の壁を作る。そして、もう一度氣力を巡らせた。今度は少し多めに巡らせてみる。


「ダメか……!」


 闇は消えない。寒気が走る。焦燥感が強くなる。


「落ち着け、俺……!!」


 ここで冷静さを失ってはいけない。この状況を打開する方法を考えなければ。

 相手は竜の鉤爪のボスのザウルだ。父さんを殺せる様な奴が、そう何度も同じ手で仕掛けてくるはずがない。この術には、きっと先ほどまでとは違う何か工夫が凝らされているのだ。


 するとその時、背中の傷が強く疼いた。


「!!」


 咄嗟に俺は身を翻し、宝剣を構える。すると宝剣が何かから衝撃を受けて揺れ、左手首に痛みが走った。

 恐らく今、ザウルの攻撃を弾いたのだ。


っ……!」


 鼓動の音が煩く鳴る。頬に冷や汗が垂れた。間一髪、偶然的に今はザウルの凶刃を防ぐことができた。

 その事実に安堵と、そして未だ暗闇が晴れない恐怖が脳内を駆け巡る。運良く回避できたが、次はどうなるか分からない。

 宝剣を強く握りしめる。


「!」


 また古傷が疼いた。宝剣を構えながら、最大出力の突風を発生させる。

 次の瞬間、首元を何かが掠るのを感じた。それ以外何も感じず、掠った部分から血が滴る。

 たぶん今、また攻撃された。斬りつけようとしたザウルは、風で飛ばされて上手く攻撃を当てることができなかったのだ。


「危なかった……!!」


 少しでも対応が遅ければ、首から上が飛んでいただろう。また古傷に助けられた。皮肉なものだ。


「でもこのままじゃ殺されるな」


 たまたま今も古傷が反応してくれたから良かったものの、こんな幸運がいつまでも続くとは思えない。根本的に解決する策を練らなければ。


「痛覚はあるんだよな」


 視覚や聴覚、嗅覚など相手の気配を感じ取るために必要な感覚は支配され、遮断されてしまっている。痛覚が残してあるのは俺に苦しみを与えるためだろうか。


「そいやさっきレオン、痛みでジェラルドの金縛り解いてたよな」


 体を貫かれる激痛であれば、それを感じるための強い電気信号が出て、この神経を拘束している術を撥ね退けられるのかもしれない。今ここで自分の足を刺せば、暗闇を出られる可能性があるのだ。

 しかしそれは自分の体に大きなダメージが残ることになり、かなりリスクがでかい。術が解ける保証も無いのに実行するのは無謀だ。

 考えろ、考えろ。こうして悩んでいる間にも、ザウルは襲いかかってきている。


「わっ!」


 後方の氷の壁が壊れた。視界が奪われており目視はできないが、確かに自分が氣力を注いでいた氷が砕かれたのを感じる。


「そうか、周囲に術を張り巡らせれば……!!」


 今砕かれた氷の壁には、ただ出現させるだけでなく、その硬度を最大限高めるために氣力を注ぎ続けていた。常に氣力を注ぎ続ける術であれば、術が破られた時に氣力が途切れるのを感じることができる。

 つまり、敵の位置を察知することができるのだ。


「はあああ!!」


 熱風を撒き散らして、恐らくそばにいるであろうザウルを牽制しつつ、周囲に微弱な電流を放出して磁場を発生させる。自身を中心に、半径二十メートルほどのドーム状の磁場を作った。

 もしこの中にザウルが入れば、それを感知することができる。彼がどんな体勢でどうやって襲いかかってくるかまで把握できるのだ。


「──来た!」


 後方から突っ込んでくるザウル。鉤爪とサーベルを大きく振り上げる。

 強く振り下ろされた鉤爪が氷の壁を破壊した。そしてサーベルの切っ先が俺の胸へと迫る。


「らぁ!」


 宝剣でサーベルを薙ぎ払い、そして彼の腹を狙う。ザウルはすぐに飛び退いて躱した。感知フィールドの外に出てしまい、位置が掴めなくなる。


「できた……!」


 攻撃は当たらなかったが、自身の五感に代わる敵の察知方法の確立は成功だ。ザウルは的確に反撃されたことに驚いているのか、近づいてこない。

 これでザウルにダメージを与えることができれば、暗闇の氣術も解けるはず。


 すると、再びザウルが駆けてきた。今度は右からだ。


「はぁ!」


 鉤爪を躱しながら、宝剣を突き出す。サーベルで弾かれた。更に繰り出される斬撃を避け、炎を放ちながら飛び退く。


「はぁ、はぁ。やっぱ得意じゃない属性の術の多用は疲れるな……!」


 雷属性の術は、使えないわけではないが、かといって得意なわけでもない。ザウル相手に術を併用しながら感知フィールドを常に張り続けるのは、結構しんどいのだ。


「だから……早くこの状況を打開する!」


 ザウルは警戒して立ち止まっている。俺はそこに飛び込んで行った。

 宝剣に炎を宿し、斬りつける。鉤爪でガードされた。そしてサーベルが迫り来る。

 サーベルの切っ先に向かって、掌を向けた。直後、床から鋭い氷柱が伸びる。その先端が、ザウルの左腕を貫いた。

 次の瞬間、暗闇が僅かに揺らぐ。


「今だ!!」


 全身に勢いよく氣力を駆け巡らせる。頭から足先まで、体の端から端までをしっかりイメージして、多めの氣力を体内に循環させた。

 すると、遂に暗闇が晴れる。


「何やて!?」


「はあぁ!!」


 目の前で驚いた表情をしているザウル。氷柱に刺さった左腕を抜いているところだった。

 俺は、彼の腹へと宝剣を滑らせる。


「がはっ!!」


 ザウルの脇腹を、宝剣が貫通した。しかしそれと同時に、俺の左肩を三本の鉤爪が貫いていた。


「おのれえぇっ!!」


 ザウルは鉤爪を勢いよく抜き、再度斬りつけようとしてくる。俺は宝剣を抜こうとした……が、サーベルを手放したザウルが左手を強く掴んできた。

 これでは宝剣を抜くことも、鉤爪を避けることもできない。


「離せええ!!」


 宝剣を発火させる。内臓を焼かれる激痛に悶えながらも、ザウルは俺の手を離さない。鉤爪が振り下ろされた。


「ぐああっ!」


 ザウルの鉤爪は、俺が咄嗟に出した氷の鎧を斬り砕く。氷だけでは鉤爪を受け止めきれず、胸から斜めに斬られた。鮮やかな赤が流れ出る。

 更に駄目押しでサーベルが胸へと伸びてくる。


「ぐ!!」


 俺は右掌を差し出す。サーベルが右手に突き刺さると同時に、右掌から強力な冷気を発した。急速に凍りついたサーベルは、俺の右手と同化して動かすことができなくなる。

 舌打ちしたザウルはサーベルを放棄し、鉤爪を振り上げた。


 そして鉤爪が俺を切り刻もうとした次の瞬間。





「……がはっ!?」



 ザウルが目を丸くする。彼は動きを止め、小刻みに震えていた。

 俺の頭へ振り下ろされていた鉤爪が、目の前で停止している。


 彼の胸からは、銀色の鋭い金属が二つ、顔を出していた。


「何やと……!?」


 ザウルはゆっくりと下を見る。腹を貫き、そして焼き続けている宝剣の他に、二つの剣先が胸から突き出ていた。

 ──二つの凶器の正体は、先ほど折れた俺の通常剣とザウルの一本目のサーベルの先端部だ。

 俺が、遠隔操作で飛ばしてザウルを背後から貫かせたのだった。


「く……そが……!!」


 俺は宝剣を抜く。ザウルは膝から崩れ落ちた。

 俺は宝剣をザウルの首元に当てる。


「は……まさか、わざわざ三重にかけた闇の術を破るとはなぁ……最後の最後でエルトゥールの特殊能力にやられてまったわ」


「……」


「ジェラルドもやられてもうたしなぁ……俺もこの有様じゃ、竜の鉤爪はもう終わりやな……ごほっ」


「……」


 ザウルは血を吐きながら、真っ赤に染まっている自分の腹部を触る。そして俺を見上げた。


「……敵討ちできて満足か? エルトゥールの小僧」


「……俺は、家族の敵討ちのために戦ったんじゃない。仲間を、この国を守るために戦っただけだ」


 俺の旅の目的は、コンクエスタンスによって握り潰されたエルトゥール一族とユニトリクの未来を取り戻すこと。

 それが、俺の願いでありリアトリスとの約束でもある。


「……はっ。さすが天下の神子一族様の言うことは違うなぁ。青クサイわ…………ぐふっ」


 かすれ声でそう喋りながら、ザウルはうつ伏せに倒れた。





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