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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第179話 葉月の覚悟

 葉月と火竜の力で亜空間が破られる。葉月はすぐさま飛び出し、火竜はその勢いのままこちらに突っ込んできた。眼前に迫る炎の竜を見て、私は思わず目を閉じる。

 次の瞬間、頭髪を引っ張る力が消えた。


「ぐあああ!!」


 頭上に強い熱気と風を感じた。すると後方で何かが壁に打ち付けられる音がする。

 私は目を開け、後ろを見た。


「!」


 玉座の後ろには、火竜に噛まれ、壁に押さえつけられているギルベルトの姿があった。灼熱の炎に体を焼かれ続けている。

 そして私はすぐに正面に目を向ける。

 腹をサーベルが貫通し、左腕は鉤爪に深く斬りつけられて無残な状態、血もたくさん流して全身ボロボロの、今にも死にそうなオルトにとどめを刺そうとしているザウルがいた。そこへ葉月が飛び込んでいる。


「キュウ!」


「邪魔や!!」


 喉を掻き切ろうとしていた鉤爪の軌道を変更し、ザウルは葉月を斬りつけようとする。しかし葉月は間合いにギリギリ入らず、成長した羽を大きくはばたかせて急上昇した。

 一回転しながら葉月は全身から優しい光を放出する。


「何やいきなり」


「──ありがとう葉月!!」


「!!」


 訝しげに葉月を見上げたザウルの首を、銀閃が掠めた。辛うじて気配を感じ取ったらしく、紙一重で避けている。

 彼の首を刈り取ろうとしたのはサーベルだ。そしてそれを握っているのは、自分の体からサーベルを引き抜いたオルト。オルトの負った深手が、少しずつ治癒している。葉月が放った光のお陰だ。

 ザウルは驚き、そして青筋を立てながらオルトを鉤爪で斬りつける。オルトはサーベルでガードした。


「いってっ!」


 高い金属音を上げながらサーベルが割れる。まだ完治していない手首の傷が痛んだらしく、オルトは顔を歪めた。

 しかし同時に、氣術で引き寄せておいた宝剣を掴み、反撃する。ザウルは斬撃を弾きながら飛び退いた。


「おい何しとんのやギルベルト」


 ザウルは厳つい表情でギルベルトを睨みつける。

 火竜に押さえつけられたギルベルトは、体をこれ以上焼かれない様に皮膚に氷を貼り付け続けていた。溶かされては貼り付け、溶かされては貼り付けの繰り返しだ。体中から蒸気を出しながら、ギルベルトは心底気怠そうに溜息をつく。


「いやはや、君こそ何をしているんだい? まんまと隙を突かれているではないか。お陰で身動きを封じられてしまったよ」


「アンタなぁ……」


 ザウルのイライラ度が更に上がる。全身に負った火傷を治癒能力で治しながら、舌打ちをした。

 瀕死の状態で倒れていたレオンさんも、葉月の光を浴びて回復しつつある。すぐに全快とはいかないが、生命の危機を脱するだけで充分だ。

 私は立ち上がり、すぐにその場を走って離れる。


「ギルベルト、自分でそれくらい抜けれるやろ。それよか、もう氣力が尽きかけとる。補充してくれや」


「はぁ……全く、仕方ないな」


 ギルベルトは一度俯いた後、急に顔を上げて目を見開く。次の瞬間、火竜が吹き飛んだ。


「開発者のガブリールが死んでしまったから、残りはもうこれ一つだけしかないぞ。大切に使え!」


「! させるかっ!」


 ギルベルトは、懐から取り出した親指くらいの大きさのカプセルの様なものを投げる。恐らく、使用すると氣力が回復する氣術器か何かだ。

 オルトはそれをザウルに渡さまいと炎を放つが、ギルベルトによって消火されてしまう。炎と同時に放っていた氷柱も溶かされてしまった。

 ザウルはカプセルをキャッチし、上を向いてそれを口元に運ぶ。カプセルを開け、何かを飲み込んだ。ここからではよく見えない。


「……はぁ、じゃあ仕切り直ししよか」


「……」


 空になったカプセルを放り投げ、口角を上げるザウル。オルトは宝剣を構えた。

 葉月は上空でこの様子を見つめている。


「そんな……また一から氣力を削らなきゃいけないなんて……」


 氣力が完全回復したらしいザウル。先ほどの状態まで消耗させるのに、またあの激しい攻防を繰り返さなければいけないのか。

 オルトも傷が少し回復したとはいえ、完治させるにはまだかなり治癒能力をかけなければいけない。それに血はかなり流したし疲労も溜まっているはず。

 例え彼の氣力にまだ余裕があっても、かなり厳しい状況だと思わざるを得ない。


「さて、じゃあ私は大人しくユウ君の最期を見届けさせてもらおうか。それが終われば娘、君の番だ」


「!」


 突如、目の前に半透明の壁が現れる。周囲を見回すと、壁に囲まれていた。ギルベルトの亜空間に閉じ込められたのだ。


「八雲!」


「ほれ、再開や」


「!」


 私が閉じ込められたのを見て思わず叫んだオルトに、ザウルが襲いかかる。オルトはすぐさま応戦して鉤爪を弾き、宝剣で斬り返した。

 すると、ザウルは腰にぶら下げていたもう一本のサーベルを鞘から抜く。右に鉤爪、左にサーベルの二刀流だ。二刀、というか一爪と一刀か。奥の手として温存していたサーベルは先ほど披露してしまったので、もう出し惜しみせず最初から使うらしい。


「さて、邪魔なその竜は排除させてもらおうかな」


 ギルベルトが葉月に掌を向ける。葉月はすぐに反応して身を翻した。ギルベルトから放たれた冷気のビームを躱す。


「キュウ!!」


 葉月は火の玉を五発、発射する。ギルベルトはそれを風で打ち消した。そして、火の玉を放つと同時に急降下してきた葉月の爪を躱す。避けつつ、葉月の長い尾に触れて電流を流した。


「ギュ!!」


 電気を食らって悲鳴をあげた葉月は即座に上昇する。羽ばたきながら雷を落とした。今さっき食らったギルベルトの術のコピーだ。


「全ての術を模倣できるのは厄介だが、威力は私の術には遠く及ばないな!」


 ギルベルトは雷を雷で相殺させ、光線を出す。葉月は氷の壁を出して防御した。


「く……私もなんとかして自力でここを出ないと……!」


 疲弊の色が濃いオルト、術で押し負けている葉月。オルトと葉月が力を合わせればこの亜空間は破れるだろうが、彼らにその余裕は無い。

 さっきの様にオルトがギリギリになれば、彼は捨て身で私を助けようとするだろう。そうなれば今度こそオルトは死んでしまう。そうなる前に、私自身でこの状況を打開しなければならない。


「オルトの強力な術とハルモの力の合わせ技に等しいものをぶつけるなんて……どうすれば……」


 私に攻撃用の氣術の才能は無い。今できることは結界を張ること、ちょっとした術を使うこと程度。


「がむしゃらに氣力注ぎ込んで術出せば壊せるかしら……?」


 以前氣力を練りこみ過ぎて、術が暴発し自身もろとも焼け焦げそうになったことがある。正直、自殺行為だ。


「でも、このままじゃオルトと葉月が……」


 オルトとザウルの戦闘はどんどん激しくなっている。ザウルは二つの武器で容赦なく畳み掛け、オルトは宝剣と術で必死に応戦していた。

 オルトには既にいくつもの傷が新たにできている。対するザウルは治癒能力を使って、傷を負うごとに完治させていた。


「キュウ!」


 葉月の牙がギルベルトの頬を掠めた。直後、葉月の片羽が風の刃によって一部抉られる。痛みで歯を食いしばりながら、葉月はギルベルトの足元から岩ドリルを生やす。

 ギルベルトが跳躍して躱したところに、葉月は光線を発射した。ギルベルトは氷の壁を出してそれを防ぎ、同じ光線を放つ。滑空して回避した葉月は、火炎放射を出した。


 ギルベルトは再度氷の壁を出現させて防御し、火炎放射を放出する。葉月は素早く動いて躱そうとするが、片羽が抉られたことでバランスを崩し、炎が右前足に当たった。

 葉月はすぐに炎を振り払ってギルベルトから距離を取る。


「はぁっ!」


 オルトが一瞬動きを止めた後、炎を周囲に放ちながら風の力で跳躍する。恐らく、ザウルの闇の氣術を破りながら次の攻撃の回避行動をしたのだ。相手の神経系統を犯す暗闇の術は、当事者以外には術が発動していることが目には見えないが、オルトの様子からして術を受けたことは間違いないだろう。

 何度も暗闇を使いつつ鉤爪で攻撃、というパターンを食らっているのでオルトも回避行動がこなれてきているが、ザウルはザウルで同じパターンでの攻撃を繰り返すことはなく、その都度アレンジを加えて奇襲してくるのでオルトは暗闇を受ける度に何かしらの傷を受けている。

 今もまた、跳躍した先に飛んできたサーベルは弾き返したが、そこに更に突っ込んできた鉤爪を躱すことができずに左足を負傷した。


「オルト!」


 オルトはザウルとすれ違いざま強い熱風を撒き散らす。ザウルは腕でガードしつつも飛ばされた。

 着地したオルトはすぐさまザウルの服を遠隔操作で凍らせながら斬りかかる。なんとか着地したザウルは、氷を砕きながらサーベルを拾い、オルトを迎え打った。


 次の瞬間、葉月の悲鳴が聞こえる。


「葉月!?」


 ギルベルトの方へと視線を移すと、彼に首を掴まれもがいている葉月がいた。そこにギルベルトは電流を流す。


「キュウウウウウ!!」


 苦しそうに喘ぎ、炎を撒き散らす葉月。しかしギルベルトに炎を瞬時に掻き消され、絶えず電撃を食らい続ける。


「お願い止めて!!」


 私は叫ぶが、ギルベルトには届かない。しばらく彼は電気を流し続けた後、葉月を手放した。

 葉月は力なく床に倒れる。


「葉月、葉月!!」


 壁を叩いて葉月を呼ぶが、葉月は応答しない。倒れ、薄目を開け、体を痙攣させている。


「ふう、これでもう治癒能力を使う余力も残っていまい」


 ギルベルトは葉月を足蹴にした。ぐりぐりと葉月の頭を床に押し付ける。


「止めなさい!! 葉月から足をどかすのよ、外道!!」


「全く、礼儀のなっていない小娘だね」


「きゃ!?」


 突如、足元に冷気が走る。踝までが凍りついた。


「これ以上騒げば、全身を氷漬けにする。ユウ君達の戦闘が終わるまでそこで大人しくしていたまえ」


「く……!」


 歯を食いしばり、ギルベルトを睨みつける。ギルベルトは気怠そうに鼻を鳴らした。

 そして、葉月を蹴って転がす。されるがままに葉月は転がり、私が閉じ込められている亜空間の前で止まった。

 私はしゃがみこみ、葉月に話しかける。


「葉月、大丈夫!? お願い……目を開けて……」


 荒い息をしながら薄目を開ける葉月。酷い傷だ。


『や、くも……ボクは大丈夫だよ……』


「! 葉月……」


 苦しそうに口を開けて話しかけてくる葉月。私は涙目で彼を見る。


『今から言うことをよく聞いてね』


「う、うん……」


『ボクがハルモの力を使って、さっきみたいに亜空間を攻撃する。八雲はそれと一緒に氣力一気に使って何でもいいから術で攻撃して。そしたらきっとこれ、壊せるから』


「でも、そんなことしたら葉月の体力が……」


『大丈夫、それくらいの力はまだ残ってるよ。それで、亜空間が破壊できたら今度はボクがザウルの治癒能力を解除する。治癒能力が無くなればオルトはきっと勝てるはずだ。でもたぶんそれでボクの力尽きちゃうから、そしたら八雲、ボクを回収してくれないかな?』


「え……治癒能力の解除なんてできるの?」


『たぶんね。ボクに考えがある。あと、八雲に治癒能力も返せると思うから』


「本当に……? 葉月、何か無茶なこと考えてない?」


 半信半疑で葉月に問いかける。正直、あまり良い予感はしない。

 そんな上手い話があるのだろうか。


『大丈夫だよ。きっと、これしかこの状況を変える方法が無いと思う。だから、ボク頑張る』


「葉月……」


 私は俯く。葉月の縋る様な双眸を見つめた。

 そして、頷く。


「分かったわ。私も頑張る。でも葉月、無理はしないでね」


『よし、じゃあ行くよ……』


 葉月は目を閉じ微かに笑ったあと、キッと目を見開いて体を起こす。

 ギルベルトは余裕の表情でオルト達の戦闘を観戦しており、葉月の動きにはまだ気付いていない。


『いち、にい……さん!!』


「はあ!!」


 体中の神経を研ぎ澄ませ、一気に氣力を練り上げて炎の術を発動させる。今自分ができる最大火力だ。暴発覚悟で放つ火柱。熱気で足元を凍らせていた氷が溶けた。自分周りに結界を張って身を守りつつ、亜空間の壁を攻撃する。

 私が攻撃した面に葉月が光を纏いながら体当たりした。


「何をしている!」


 私達の行為に気付いて驚いたギルベルトが冷気をこちらに放つ。


「キュ……!!」


 冷気に当てられた葉月の体が凍っていく。しかし私達は攻撃を止めない。

 ギルベルトが更に冷気を強くしようとした瞬間、半透明の壁に大きく亀裂が入り、そして勢いよく砕けた。


「何っ!?」


 亜空間が弾けると同時に私の炎が周囲に一気に広がり、葉月の体を凍らせかけていた冷気を消し去り、ギルベルトの元へと灼熱が蹂躙していく。ギルベルトはすぐさま自分の周りに亜空間を作り、炎を凌いだ。

 炎が突然私達の周囲に充満したことに驚いたオルトとザウルがこちらに目を向ける。

 直後、葉月が上空へ羽ばたいた。


『ザウル、これで終わりだ!!』


 葉月は翼を大きく広げ、発光する。炎が消え、私達全員が葉月の方を見た。


「は、葉月が喋った……!?」


 オルト達にも葉月の言葉が聞こえているらしい。ハルモに力をもらったお陰で、彼女同様に思念波の様なものを送ることが可能になったのだろうか。


「一体何やねん……ぬぅ!!?」


 訝しげに葉月を見上げたザウルが突然、眉をひそめて自分の体を見る。オルトは何事かと警戒して構えた。


「ぐ、これは……あの竜、何をしたああぁ!!?」


「何だ……!?」


 ザウルが苦しそうに自分の体を抱きしめる。オルトが一歩引いた。そして葉月を見る。

 葉月は上空でザウルを見下ろしている。だがその表情は非常に苦しそうだ。


『ぐ……ザウル、君の中には八雲の治癒能力と合わせて移植されたボクの生きた細胞が入っている。今ボクが使っているのはガブリールの壊死能力だ。自分の体の細胞を壊死させている。……君の中にあるボクの細胞を共鳴させながらね』


「ぐぬううううう!!」


 ザウルは体から蒸気を発しながら苦しそうに悶えている。体の所々にコイン大の黒ずみが浮かんできた。


「え……葉月、ちょっと待って!! 自分の体を壊死させるですって!?」


『八雲、ごめんね。これしか方法が無いんだ』


「ダメよ!! そんなの許さないわ!!」


『ザウルの治癒能力を排除するには、彼の中にある能力が宿ったボクの細胞を破壊するしかないんだ。移植された細胞は生きているものだからね。ちゃんとボクの行動に共鳴してくれる……ぐぅっ』


「葉月!!」


 空中で弱々しく羽ばたく葉月は辛そうに顔を歪めた。彼の白い体がだんだんと黒ずんでいく。全身の細胞が壊死しつつあるのだ。


「お願い……お願いだからやめて葉月!!」


「おのれええっ!!」


 ザウルが葉月に襲いかかろうとする。しかし彼が術を使おうとした瞬間、右腕を宝剣が貫いた。


「!!」


「させない!!」


 オルトはすぐに宝剣を抜き、回し蹴りをする。ザウルは飛び退いて躱した。


『ありがとう、オルト……あとは、任せたよ……』


「葉月……!」


 今にも消えそうな声で話す葉月。彼を空中に留めていた羽が、力を失った。

 オルトは歯を食いしばる。


「葉月……ありがとう。あとは任せとけ……!!」


 悔しそうにオルトが紡いだ言の葉を葉月は噛み締め、そして儚げに微笑む。



 直後、彼は頭から落下した。



「葉月ーーーーーー!!」



 私は駆け出す。

 叫びながら。

 祈りながら。





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