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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第178話 ダークヒーラー

 ジェラルドを倒し、自身も満身創痍で倒れるレオン。

 玉座のそばでは、八雲がギルベルトに髪を掴まれ、うつ伏せ状態で足蹴にされている。その近くには一辺三メートルほどの立方体──ギルベルトが生成した亜空間の中に閉じ込められた葉月がいた。


 先ほどまで炎や風の術を使いこなして戦っていた葉月。どうやらハルモの力で成長したお陰か、直前にコピーした氣術以外も模倣出来る様になったらしい。

 しかしギルベルトには敵わず、亜空間の中で電撃を食らわされた葉月は、体中に傷を負いながら倒れている。


「くそっ!」


 突き出されるザウルの鉤爪を俺は宝剣で弾く。すぐさま腕を引き戻して彼の左腕を斬りつけようとするが、躱された。彼が躱した先に氷柱を発射する。ザウルはそれを鉤爪で粉々に打ち砕いた。

 そして前に詰め、鉤爪が付いてない左手で殴りつけにくる。俺は身を捻らせて避け、剣撃を繰り出そうとした。

 しかし、ザウルの拳に纏わりついていた風によって体を押され、バランスを崩す。その隙を狙って鉤爪が眼前に迫った。


「はあっ!」


 宝剣を持っていない右掌から炎を出す。目標はザウルの顔だ。それと同時に突風を発生させ、自分の体を後ろへと吹き飛ばす。炎は躱されたが飛ばされる直前、宝剣を振った。

 風の力で大きく飛び退いた俺は着地し、ザウルを睨みつける。鉤爪を避けきれず、左肩に浅い切り傷ができていた。

 対するザウルも宝剣を回避しきれず、右腕に切り傷ができている。


「ずいぶんとお疲れやな? こっちはまだまだいけるで」


 ザウルは傷口に手を当てる。すると淡い光が出て、傷が塞がった。八雲から奪った治癒能力だ。

 先程から何度も彼には攻撃を当てているが、ああして傷つけたそばから回復されてしまっている。

 逆に俺は回復手段を持たないため、傷が増える一方だ。負わされた傷は彼よりも多く、体中の各箇所の傷口から血が滴っている。


「はぁ、はぁ、本当に厄介だな」


 氣力はハルモから大量に補充してもらったのでまだ余裕はあるが、体力の消耗が著しい。ザウルが相手では一瞬たりとも気を抜くことができず、常に集中して全力で戦い続けなければいけないのだ。

 それでいても押し負けている。攻撃をさらりと躱すザウルに対して、ギリギリで避け続けている俺。治癒能力があることを差し引いても、彼の実力は俺より上だ。


「……まぁそりゃそうだよな。父さんを殺した相手だもんな」


「なんや、諦めたんか? しょーもな」


「誰が!」


 炎の玉を三発発射する。ザウルは鉤爪で軽く掻き切った。ザウルが鉤爪を大振りしたところを狙って、俺は宝剣を彼の喉元に向ける。


「アホか」


 ザウルはすぐさま鉤爪を引き戻して宝剣を受け止めた。その瞬間、俺は宝剣に電撃を流す。宝剣に接触した鉤爪を伝って、電流がザウルの体へと流れた。


「チィ!」


 顔を歪めたザウルは即座に宝剣を弾き返し、一歩後退する。そして、両目を見開いた。


「!!」


 目の前が真っ暗になる。ザウルの特殊氣術、暗闇だ。血の気が引き、背中の古傷が強く疼く。

 俺はすぐに全身に氣力を勢いよく巡らせると同時に、四方八方に火炎放射を放つ。

 直後、開けた視界、目の前に飛び込んできたのは鋭利な銀色の刃物だ。


「く!」


「えぇ反応しよるな」


 炎を避ける動作によって一瞬遅れて繰り出された鉤爪を、宝剣でガードする。もし視界を取り戻してから炎の氣術を発動していては、防御が間に合わなかっただろう。

 宝剣を握る左手首に痛みが走る。ガブリールから受けた壊死による負傷で、鉤爪の威力を受け止めきれずに軋んでいるのだ。


 ザウルの腹に蹴りを入れようとしたが、彼の腕力でそのまま押されて体が飛ばされる。

 ザウルが畳み掛けてきた。

 すぐさま炎を放つと、ザウルは攻撃を中断して飛び退く。お互い距離を取り、睨み合った。


「はぁ、はぁ……」


 同じような攻防を続けてだいぶ経つ。暗闇を弾き返したのは二度目だ。

 暗闇と治癒能力、そして基礎氣術を使った回数から、彼の氣力残量はそれほど多くは無いと思うのだが、彼からは余裕の表情が消えない。氣術抜きでも俺に勝てるという自信があるからだろうか。


 体術で劣る俺が勝てる方法は二つ。

 一つ目は、今まで同様の攻防をひたすら続けて彼の氣力切れを待つ。氣力が無くなれば治癒能力が使えなくなるため、彼にもダメージを与えることができる。氣力量は恐らく俺の方が多いので、そこまでくればアドバンテージを得ることができるだろう。

 二つ目は、全力で攻撃しまくって一気に倒す。回復する隙も与えないくらい、怒涛の勢いで攻めかかる。


「……でもどっちも現実的じゃない」


 一つ目の方法は、彼に俺の体力が最後までもてばの話だ。既にギリギリの攻防を続けて消耗している。彼の氣力切れの前に、こちらが体力切れする可能性がある。

 二つ目の方法は、そもそも一気に攻撃を当てまくることが難しい。ここまでだって、浅い切り傷を入れることがやっとだったのだ。


「しかもあいつ、俺に触れない様に気をつけて戦ってるしなぁ」


「そらエルトゥールの特性知っとれば、当然の対策やろ。いきなり体燃やされたりしたらたまらんわ」


 ザウルは先ほどからずっと、素手や足で攻撃してくる時は必ず体に風を纏っている。直接俺に触れない様、風圧で離隔を取るためだ。

 もし俺に触れれば遠隔操作を発動されてしまう。だから、彼はこちらの蹴りや拳は必ず避ける様にしている。


「父親譲りのええ腕しとるな。俺にここまで食らいついてくる奴はそうおらへんで」


「……」


 十年前のあの日、父さん達を殺したザウル。その時のことは今でも鮮明に覚えている。

 その光景が脳裏に映し出されたことによって、少し折れかけていた心に火が灯った。ここで負ける訳にはいかない。絶対にザウルを倒し、ギルベルトも倒してユニトリクを救う。


 ずっと映しっぱなしになっている町の映像。憑魔ドゥルジのせいで暴走した人々のお陰でめちゃくちゃになっている。

 建物は破壊され、火事が起き、操られた人同士で乱闘している。地獄絵図だ。

 こんなこと、絶対に許されない。コンクエスタンスとそれに協力する竜の鉤爪は、潰さなければならない。


「……ザウル、さっさと終わらせよう」


「お前が死ぬことでな」


「はぁっ!」


 炎を発射する。ザウルは鉤爪で掻き消した。だがザウルが掻き消した炎の中に見たのは、水泡だ。

 彼は素早く掌を前に出し、突風を出して水泡を弾けさせる。飛び散った水飛沫が彼の体を濡らした。

 そこに、帯電させた短剣を放つ。先ほどジゼルが投げたものを再利用したのだ。体が塗れた状態で短剣に触れれば、確実に感電する。ザウルは大きく横飛びして短剣を躱した。

 俺は追い風を発生させ、高速でザウルに斬りかかる。着地しながら彼は鉤爪で迎え撃とうとした。

 俺は右人差し指と中指を揃えて手首を返し、上を指す。

 直後、ザウルの足元に亀裂が入った。


「!」


 咄嗟に後方へとジャンプするザウル。すると後方から、砕けた床の破片が大量に飛んできた。

 戦っているうちに、俺は琴音の爆弾によって散っていた数々の欠片に触れていたのである。

 ザウルは着地しながら背側に岩の壁を発生させて破片をガードすると同時に、正面から斬りつける俺の宝剣を鉤爪で弾く。しかし、俺の狙いはそこでは無い。


「何っ!?」


 ザウルの足が床にへばりついていた。正確には、着地した状態で氷漬けにされたのである。

 彼の体がパリパリと音を立てて凍り始める。


「さっきの水泡の本当の狙いはこれやったんか」


「その通り」


 ザウルが弾いた水泡の飛沫は、足を中心に彼の体を濡らしていた。俺は遠隔操作でそれを瞬時に凍らせたのだ。

 彼の体に遠隔操作可能な物質が何かしら付着していれば、俺はモーション無しで術を発動することができる。わざわざ水泡の後に電撃を出したのは、濡らした目的をカモフラージュするためだ。

 動きを封じたザウルに、剣撃を繰り出す。


「っ!」


 思うように鉤爪を動かせず、ザウルの鎖骨から腰に向かって斜めに深く傷が入った。

 直後、ザウルが青筋を立てる。


「舐めんなああ!」


「!!」


 大声を出しながら、体を力ませるザウル。腹から血を豪快に噴き出している彼の体が熱を持った。


「なっ!」


 凍りついていた彼の体の節々から蒸気が出ている。炎の氣術を使って、氷を溶かしているのだ。

 次の瞬間、目の前が真っ暗になった。


「またか!!」


 即座に全身に氣力を巡らせつつ、体周りに暴風を発生させる。

 視界が元に戻った途端目に入ったのは、銀色の刃だ。


「く!!」


 風を斬り裂きながら迫る鉤爪を、俺は大きく体を反らせて躱す。同時に宝剣でザウルを斬ろうとした。

 不安定な体勢で振った宝剣は、回避されてしまう。鉤爪によって、暴風が掻き消された。


「ぬう!!」


 ザウルが目を光らせながら鉤爪を引く。次は突きが来るはずだ。

 攻撃を受け止めようと宝剣を構えた。

 直後、鋼同士が激突する。


「!!!」


 鳴り響く金属音。軋む骨の音。

 睨み合う、俺とザウル。

 宝剣が、くるくると勢いよく回転しながら高く舞い上げられた。


「ぐう!!」


 負傷した左手首が衝撃に耐えきれず、激痛が走って宝剣を手放してしまったのだ。

 目を細めたザウルが追撃してくる。

 俺はすぐさま強力な上昇気流を発生させ、その場を離脱した。しかし、ただでは逃がしてくれないザウルの斬撃が左腕に当たってしまっていた。


「くくく……その利き手、もう使い物にならんとちゃうか?」


 ザウルは胴体に大きく入った傷に手を当て、治癒能力で癒していく。流れ出ていた血が止まり、傷口が完全に消えた。

 俺はザウルから離れた位置に着地し、通常剣を鞘から抜く。新たに斬られた左腕、肘の上に横に入った傷口から血が滴っていた。


「マズイな……」


 左手首が鋭い痛みを伴いながら震えている。骨にヒビが入ったかもしれない。

 これではまともに戦うことも難しい。


「しかもあれだけの深手を回復されるって……どんだけ絶望的な状況だよ、これ」


 満身創痍の俺に対して、傷一つないザウル。彼も先ほどの大怪我でかなり出血したと思うが、それでも顔色は変わらない。


「お前はよう頑張った、エルトゥール。十年前この俺から逃れ、今もこうして何度も俺に回復と暗闇を使わせた。誇っていいことやで」


「誇るのはあんたを倒してからにするよ」


「ハッ。この状況でまだ勝つ気でおるんか? やっぱ……親子やなぁ。あん時のお前の親父も、お前が見つかる前まで勝つ気満々やったで。まぁその後は余裕も消えとったけどな」


「……!」


 エルトゥール家当主であり、俺の父親であるライファルト・エルトゥール。彼は、諦めなかった。自身は片腕を失い、腹にサーベルを刺されてボロボロになっていても、彼は諦めてはいなかった。

 父さんは、最期まで必死に俺を逃がそうとしてくれた。家族が、一族が殺され、全てが途絶えてしまわない様に抗った。諦めずにエルトゥールを懸命に守ったのだ。


「……だから、俺も諦めない」


 剣を持つ左手を凍らせる。手と剣が固定され、手首が補強された。

 ずっと疼き続けていた背の古傷が、だんだんと静かになっていく。


 ザウルの闇の氣術。あれほど強力な術には、相当な氣力が必要なはずだ。きっと使用回数に制限がある。

 先ほど三度目の闇を破る時、一、二回目よりも少ない氣力量を巡らせるだけで済んだ。つぎ込む氣力を出し惜しみすることで闇の質が低下しているのだ。

 出し惜しむということはつまり残量が少ないということだ。治癒のために氣力を残さなければいけないことを考えると、あと一、二回くらいが限度だろうか。


「往生際が悪いなホンマ!」


 ザウルが突進してきた。凶悪な鉤爪を突き立てながら、どんどん距離を縮めてくる。

 俺は剣に炎を宿らせた。やはり術の発動速度も威力も宝剣には劣るが、仕方ない。

 目を玉座の方に移すと、髪を掴まれたままの状態の八雲が心配そうにこちらを見ていた。亜空間に閉じ込められている葉月は、縋る様な双眸で俺を見つめている。

 視線をザウルに戻し、氷柱を多数放った。腕一本ほどの大きさの尖った氷の針が、ザウルを真正面から迎え撃つ。


「剣が振れないなら氣術で対応しようってか! そんな甘いこといかへんで!」


 大きな体でザウルは氷柱を次々と躱し、突撃してきた。俺は飛び退いて突風で牽制する。

 ザウルは鉤爪で風を掻き消す。が、鉤爪を振り切ったところに火炎放射が飛び込んできた。


「チィ」


 身を捻りながら横飛びしてザウルは回避行動するが、腕を炎が掠る。軽い火傷を負った。

 ザウルが回避した先に、俺は更に炎を畳み掛ける。

 そして彼が炎を掻き消した瞬間、俺は斬りつける。ガードが間に合わず、ザウルの肩に斬撃が入った。

 次の瞬間、また暗闇に飲まれる。


「!」


 炎を周囲に撒き散らしながら、体に氣力を巡らせる。三回目よりも明らかに少ない量の氣力で解除される暗闇。恐らく、もうザウルの氣力は尽きかけている。


 しかし、暗闇が消えると同時に腹部に激痛が走った。


「ぐ……!!」


 目の前のザウルは、俺の炎によって全身に火傷を負っている。しかし彼の表情は、憂いではなく喜びに満ちていた。

 これ以上切り札である闇の氣術を使えないと判断した彼は、ダメージを回避して仕切り直すことよりも、負傷覚悟で突っ込んで確実に相手を滅することを選択したのだ。



 ────俺の腹部には、一本の細いサーベルが突き刺さっていた。



「がはっ」


 生暖かいものが急に込み上げ、口内が鉄の味で満たされる。血混じりの咳が出た。


「さいならや」


 ザウルが俺の胸ぐらを掴んで掲げる。貫通したサーベルに内臓を複数破壊されており、悶える様な痛みに襲われる。体に力が入らない。

 俺の体を持ち上げながら、ザウルは鉤爪を突き立てた。


 ──しかし、これは想定済みだ。


「やっと、捕まえた」


「!?」


 胸ぐらを掴んでいる彼の手首を俺は右手で掴む。ザウルが驚いて目を見開いた瞬間、左足で大きく蹴り上げた。

 腕を蹴られてザウルは思わず俺を離す。

 直後、彼の体を発火させつつ風で自身を大きく後退させる。そして葉月に視線を移した。


「葉月! ハルモの力を使え!!」


 離れた場所、亜空間の近くに落ちている宝剣を風で浮かせ、炎を宿す。そして勢いよく火炎を出させて火竜を一匹形成させた。

 火竜は俺の指示に従って、葉月を閉じ込める亜空間の方へと飛ぶ。


「貴様あ!!」


 炎を振り払い、ザウルが突進してくる。全身に酷い火傷を負った彼の双眸は怒りに満ちていた。

 力強く振られる鉤爪を、剣で受け止める。


「う!!」


 金属同士がヒットした瞬間、亀裂が入る音がした。剣が衝撃に耐えきれず、真っ二つに割れる。目の前で砕け散る剣の破片の間から、鉤爪が突き出てきた。

 三本の凶悪な爪が、俺の左腕の肉を引き裂く。


 同時に、亜空間に火竜が激突する。その威力と勢いに、亜空間の壁がガタガタと揺れた。


「葉月!」


「キュウ!」


 俺の火竜だけでは亜空間は破れないが、先ほどと同じ様にハルモの力を一緒にぶつければ破れるはずだ。

 葉月は光を纏いながら、亜空間の壁に突進する。



 ……これは、賭けだった。


 氣力の尽きかけたザウルが、一気にカタをつけようとしてくること。

 その際、きっと父さんを刺した様に俺にもサーベルを使ってくるであろうこと。

 きっとその時が、ザウルに触れられる絶好のチャンスであること。

 そして、葉月が何かを訴える様な目で俺を見続けていたこと。


 これらを総合して、勝つためにどうすべきか。


 それを踏まえて俺は、大ダメージを負いながらも火竜を亜空間へと向けた。




 葉月がぶつかると同時に、亜空間が弾ける。

 ガラスが割れる様な音を立てて、半透明の壁が砕け散った。




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