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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第174話 フェラーレルを襲う悪夢

 ブラックホールを破壊されたことに、呆然とするハインツ。レオンが彼の元へ一歩踏み出すと、彼はビクッと肩を震わせた。


「そんな……馬鹿な……僕があれだけ一生懸命開発したブラックホールを……そんな簡単に破るだなんて」


「いや別に簡単じゃなかったぜ? 正直死ぬかと思った。ちゃんとユウ達縄引いてくれねえし、あと少しで体がバラバラになるところだったぞ」


「ごめん。結構頑張って引っ張ったんだけど、ブラックホールの吸引力の方が強くて」


「お、お兄ちゃん良かったっ……!」


 ビアンカがすすり泣く。吹き飛ばされて倒れた俺の上で。ちなみに八雲も俺の上だ。

 飛ばされる際に二人を庇った俺の背中は、床に思い切り打ち付けられてズキズキと痛みを感じている。取り敢えず二人にどいてほしい。

 レオンがこちらに駆け寄ってきた。


「おいユウ、ビアンカ泣かせんじゃねえ。そしてそこをどけ」


「え、泣いたの俺のせい!? そしてどこうにもビアンカ達が動いてくれないとどうにもできません!」


「ユウフォルトス、礼を言う」


「あ、いえ。頑張ったのは俺じゃなくてレオンですよ」


「いや、お前がいなければハインツの術は破れなかっただろうし、そもそも俺達の憑魔ドゥルジが取れたのはお前が神使を呼んでくれたお陰だ。ありがとう」


 ベルトラムおじさんに頭を下げられて、俺は少したじろぐ。厳しくて気難しいこの人にお礼を言われたのは初めてだ。

 八雲とビアンカが俺の上からどいて、ゆっくりと立ち上がる。ハインツは頭を抱え、口を震わせていた。


「お前ら……僕を無視して談笑するなよ……僕はこの国の王なのに……実質的にこの国の全てを握っているのは僕なのに……どうして皆、僕をコケにするんだ……」


「ハインツ、俺達は君をコケにだなんて……」


「ユウも、レオンも、そうやって軽々と僕の上を飛んでいく。昔からそうだ。僕は一生懸命勉強して、練習して、耐えて、苦労して、それでも頑張ってるのに……なのに」


  ハインツは黙り込み、うなだれる。そして両手で顔を覆いながら、体全体を小刻みに震わせだした。

 ……嫌な予感がする。

 直後、再びハインツが発狂する。


「なんでいつも僕の方が冷遇されるんだああぁ!!!」


 ハインツが大声で叫んだその時、何かの波動が彼から出たのを感じた。レオン達もそれを感じたらしく、身構える。


「何だ……!?」


 しかし何も起こらない。俺とレオンは目を見合わせた。

 すると、うなだれたハインツが気味の悪い笑い声を立て始める。


「ふ、ふふ……くくく……皆、皆、全部、全部全部全部壊れちゃええぇ!!」


「ハインツ、一体何をした!?」


 俺の問いかけを聞いて、ハインツが顔を上げて不敵な笑みを浮かべる。こけた頬と目の下のクマが、その気味悪さを増長させていた。


「ふふふ、僕が何をしたのか見せてあげよう! これが今の町の様子だ!」


 ハインツが指を鳴らすと、彼の真上に光の線で囲まれた四角形が現れる。その面の中に、こことは違う場所の景色が映し出された。

 これは──フェラーレルの町中を上空三十メートルほどの位置から見た風景だ。中央には教会があり、周囲には規則的に背の低い建物が建てられており、たくさんの人が歩いている。恐らくこれはハインツが切り取った景色を俺達に見せているのだ。


 見たところ、特に異常は無さそうだが──そう思ったその時、異変は起こった。

 元気そうに歩いていた人々が、一斉に膝から崩れ落ちたのだ。


「な……!?」


「ちょ、おい……? 何が起きたんだ!?」


「もう少しアップで見せてあげよう」


 ハインツが再び指を鳴らすと、もう一つ画面が現れて映像を映し出す。それは、大人の目線の高さから教会周辺を見た景色だった。

 膝をついた人々は頭を抱えて苦しそうに喘いでいたかと思うと、突然力が抜けてうなだれる。そして次に顔を上げた時には──目からは生気が失われ、不気味な笑みを浮かべていた。

 彼らは立ち上がり、近くにあった物を蹴り飛ばしたり、人を殴り始める。


「まさかこれは……憑魔ドゥルジ!?」


「そうだよユウ。今フェラーレルに住んでいる人のほとんどに憑魔ドゥルジが憑いてる。僕はさっき、その力を解放してあげたんだよ」


「町の人のほとんどって、一体どう……」


 どうやって憑けたのか、そう言いかけた時、キフネでの事件が頭の中によぎった。アレハンドロがキフネの町の人間に憑魔ドゥルジを埋め込んで操っていた時のことだ。彼が不特定多数の人間に憑魔ドゥルジを憑けた方法、それは、


「……まさか、流通している食料品に憑魔ドゥルジを混ぜたのか?」


「あはは、よく分かったね! あぁ、アレハンドロの実験を潰したのはユウだったんだっけ? じゃあ知っていてもおかしくは無いかぁ。でも今フェラーレルの市民に憑いているのはもっと強力な完成品だ。オンオフは僕の指示で自在にできるし、宿主の力のリミッターを外して極限まで強化した状態で戦わせることもできる」


「リミッターを外してって……そんなことしたら体が!」


「あぁ、人間の脳の中のリミッターは自身の体を守るためにあるものだからね。外せば当然、体に無理な負荷がかかってそのうち壊れるだろうねぇ」


「ふざけんなハインツ!! そんなことしたら町の人達が皆……」


「ふざけてなんていないよ、レオン! 僕は本気だ!! 僕も、町の人間も、皆全部全部壊れてしまえばいい!! 町の人同士で殺し合って、僕達も殺し合って皆消えちゃえばいいんだ!!」


 マズイ。

 さすがのハルモでも、フェラーレル全体に浄化の光を放つことはできないだろう。一応ハルモの方に視線をやると、彼女は悔しそうに首を小さく振る。

 このままでは俺達が死ぬどころか、この国の首都が崩壊してしまう。ユニトリクが壊れてしまう。


「ユウ、憑魔ドゥルジを寄生させるために、僕は何を使ったと思う?」


「……?」


「ふふふ……実はね、フェラーレルで今話題になってるクッキーだよ。愚民共は、流行につられて喜んで菓子を頬張っていたのさ! 憑魔ドゥルジを憑けられるとも知らないで!!」


「──!!」


 クッキーと聞いて、全身の血が凍る。まさか……と思い、視線を動かした。

 するとそこには……俯き、小さく苦しそうな呻き声を上げるセファンがいた。


「セファン!! 大丈夫か!?」


 王城潜入時に彼が食べていたクッキー。まさかあれが、憑魔ドゥルジ入りだったとは。

 キフネの一件があったのに、油断していた。


「そんな、セファンが……大丈夫!?」


「八雲待って! 危険だ!」


 セファンの元へと走り出す八雲。俺は慌てて追いかけようとした。


「ザウル、ジェラルド!!」


 俺の目の前に突如、先ほどまで部屋の片隅で静観していたはずのザウルとジェラルドが立ちはだかる。ザウルは鉤爪の先を、ジェラルドは鎌先をこちらに向けて威嚇してきた。これでは八雲を追いかけられない。

 彼女はセファンの元へと辿り着いた。セファンは頭を押さえて悶え苦しんでいる。体の中の憑魔ドゥルジに抵抗しているのだ。サンダーが心配そうに彼を見上げている。


「そこをどけ」


 俺は宝剣をザウルに向けた。隣にいるハルモは唸り声をあげる。


「また神使に憑魔ドゥルジを剥がされちゃ困るからね。ザウル、ジェラルド! その狐を殺せ!! ユウも殺して良いぞ!!」


「はいよ」

「了解」


「く!」


 斬りかかってくる二人。俺達は飛び退いた。しかし素早くザウル達は追撃してくる。


「国を導く神使を殺せだなど、何て罰当たりな命令を下すんだハインリヒ!!」


「うるさいよベルトラム。この国にもう神子信仰は無い!! 神使なんていらない!!」


「オルト達を殺させはしません!」


 跳躍した琴音が俺の目の前に迫るザウルへと苦無を放つ。ザウルは鉤爪でそれを弾き、そしてガタイの良いからだで琴音の着地点へと素早く回り込む。

 ザウルを妨害しようとした俺の腹を狙って、ジェラルドの鎌が伸びてきた。鎌を躱すが、派生した風圧で俺とハルモの体が軽々と後方へ飛ばされる。


「琴音!!」


 ザウルが繰り出す斬撃を、琴音は短剣で受け止めた。しかし彼の強力なパワーを受け止めきれず、彼女は壁に向かって勢いよく飛ばされる。


「ぐはっ!」


 壁に背中を強く打ち付け、琴音が床に落ちた。額から血を流し、気絶している。

 元々大怪我で本調子じゃなかったところにガブリール達との対戦、そして今のダメージで琴音の体力が尽きてしまった。


「ハルモ、ここからじゃセファンを浄化できないか?」


『この部屋内であれば距離的には問題無いのですが、残念ながら光を出す隙がありません』


 着地してザウルとジェラルドを睨みつける俺達。ザウルは無表情で、ジェラルドは不敵な笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる。もしハルモが光を使おうとすれば、すぐさま彼らは距離を詰めてハルモを殺しにくるだろう。それにハインツも、もしハルモが能力を使えばすぐ対応できるように構えている。

 ちらと八雲達の方を見た。セファンは相変わらず苦しそうにもがいており、八雲がその目の前で手をこまねいている。葉月がコピーした治癒能力なら憑魔ドゥルジを排除できるかもしれないが、消耗した彼は八雲に抱かれて寝たままだ。

 今のところセファンはまだ憑魔ドゥルジに抵抗できているが、それも時間の問題だろう。もし憑魔ドゥルジに負けて自我を失った場合、きっと八雲を襲う。その前に、彼の元へハルモの光を届かせなければ。


「レオンはジェラルドを、ベルトラムおじさんはハインツをお願いできますか!?」


「おう!」

「良いだろう」


 ビアンカとティアナおばさん、そしてジゼルを守るように立ちはだかっていた二人が、前に出る。


「ご指名や、ジェラルド」


「え、私はエルトゥールと戦いたいのだけれどね」


「あれは元々俺の獲物や。……借りもあるしなぁ」


「はぁ、そうか……ボスがそう言うのなら、非常に口惜しくはあるが仕方ない。ではそこの君、再戦といこうか」


「へっ! 今度はあの時みたいにはいかねえよ!」


 レオンが俺の隣に来た。ベルトラムおじさんはハインツの方へとゆっくり歩いて行く。ハインツは顔をしかめた。


「悪いが、俺はレオン達と違って甘くない。殺すぞ、ハインリヒ」


「……くくくっ。またそうやってお前は僕を見下すんだな。……そうやってずっとずっと僕とお父さんを見下してきて……あぁもう!! 早く死んでしまえ!!!」


「!」


 ハインツがベルトラムおじさんに向かって炎を発射する。おじさんは横に飛んで躱した。


「よそ見しとる場合やないで」


「く!」


 ザウルがこちらに斬りつけにきた。俺は宝剣で鉤爪を弾き、斬り返す。しかしそれは避けられた。間髪入れずに俺は斬撃を繰り出す。


「はあぁ!」


 ザウルに術を使う隙を与えてはいけない。もし彼の闇に飲まれてしまえば、氣力がほぼ残っていない俺には対抗手段が無いのだ。

 何とか剣技だけで対応し、隙を見てハルモの光をセファンに届かなければ──


「ハルモ。もし俺の動きが止まったら、無理やり俺の中に氣力を……」


「何独り言言っとるんや、ガキ」


「っ!!?」


 次の瞬間。


 目の前が真っ暗になった。

 周囲には何も見えず、何の音も聞こえない。ただ漆黒の闇が辺りに広がる。


「しまった……!!」


 ザウルの闇に飲まれた。彼は俺の攻撃に対応しながら、簡単に術を発動してしまった。

 マズイ、このままでは殺される。


「……くそっ! やっぱり解除できないか……!」


 氣力を体全体に巡らせて術を解こうとしたが、そもそも俺の中にある氣力量が少な過ぎてどうにもならなかった。こうしているうちにも、もしかしたらザウルの鉤爪が喉元に当てられているかもしれない。血の気が引いた。

 闇に入る直前にハルモに言いかけた言葉。俺の言いたいことがちゃんと彼女に通じていれば、きっと今すぐこの術を解除してくれる。ちゃんと通じていれば、だが。


 それでも自身でも何とかしなければと氣力を巡らせていたその時……何かが肩に触れた。


 直後、闇の世界が静かに崩れ落ちる。体には大量の暖かな氣力が注ぎ込まれたのを感じた。

 暗い世界から突然光の中に引き出され、眩しくて細めた目に飛び込んできたのは──ハルモだ。


 しかし次の瞬間。




『ああぁっ!!』



 凶悪な銀色の爪が、金色の毛並みを引き裂く。

 血飛沫が起こり、狐は苦しそうに顔を歪める。


 目の前で、切り離された金色の尾が舞った。




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